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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
14/30

第14話 神徳

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 いわゆる『口パク』ではない、と宇佐見菫子は見た。

 東風谷早苗は、しっかりと本当に歌っている。

 歌も、普通に上手い。加工されているのでなければ、だ。

 ぼんやりとスマートフォンを見つめながら、菫子は思った。

 今時の技術で、画像や音声の加工は、どれほど出来るものなのか。

 不美人を、美人に出来るのか。下手な歌を、上手く聞かせる事が出来るのか。

 別人を作り上げる事が、出来るのだろうか。

「やるかもね……守矢神社なら、ね」

 呟いてみる。

 教室の片隅で独り、守矢神社のPVを視聴しながらだ。

 菫子の同級生である東風谷早苗が、歌わされている。踊らされている。

 着せられているのは、白と寒色の巫女装束で、性的魅力を追求したデザインではない。

 だが。

 広い袖や裾が揺らめく度に、清楚な色香が撒き散らされて、画面外にまで漂い出して来るかのようである。

 これは信者が釣れる、と菫子は思った。

 数日前に上がった動画だが、再生回数は億に迫る勢いだ。

 宗教法人・守矢神社の広告塔として、東風谷早苗は申し分のない仕事をしている。

 仕事をすればするほど、嫌われてもゆく。

 今この国において東風谷早苗は、最も知られた人間であり、最も信仰される人間であり、最も憎悪を向けられる人間であった。

「なー、ほんとマジうっざいんだけど。守矢神社」

 騒ぎが、起こり始めていた。

 教室の、窓側の席。

 一人の女子生徒が、クラスメイト数名に取り囲まれている。

 攻撃されている、と言って良い。

「あんたさぁ、家族ぐるみで守矢神社に入ったんだって? 何、壺とか買わされてんの?」

「俺らにも売りつけよーってんじゃねえだろうな? おい。壺とか変なグッズとかよ」

「なあ知ってる? 隣のクラスの沢村。アイツん家さあ、守矢に金貢いで破産しちまったんだと。で、父ちゃんが首吊って」

「……人殺し。どう思ってんのか、ちょっと言ってみろよ」

 五人いる。

 女子二人。小川美優、島野桜。

 男子三人。木田浩一、加藤裕司、中村朗。

 席に座ったまま俯いている一人の少女を、五人がかりで責め立てている。

 責められている少女に関しても菫子は、顔と名前を辛うじて一致させる事が出来た。

 根津倫子。

 このクラスでは、菫子以上に目立たない女子生徒である。

 身体も態度も小さく、こうして席に座って身を縮めていると、机と椅子の間に吸い込まれ消えてしまいそうに見える。

 そんな、存在感の希薄な女子生徒を、わざわざ見つけ出して攻撃する。

 まるで、小動物を巣穴から引きずり出し、いたぶり殺すようにだ。

 そういう事をしないと、心の安定を保てないという人間は、確かにいるのだ。

 菫子はワイヤレスイヤホンを外し、騒動に耳を傾けた。

「おめえよ、どーせ売春やって金稼いで守矢に貢いでんだろ? 俺らも買ってやるよ」

「百円でいいよな、二百円? まあいいや五百円やるからよ」

「ばっちり撮ったげる。オイ逃げようとしてんじゃねーよ守矢のクセによぉおおお!」

 小川の罵声が、響き渡る。

 根津は、ただ泣き出しそうになっているだけだ。

 泣いても、誰も助けてはくれない。

 教室内の生徒たちは男子も女子も、見て見ぬふりをしている、と言うより何も起こっていないものとして振る舞っている。

 菫子も、含めてだ。

 当然であった。

 面倒な思いをして、助ける。

 そこまでの魅力が、根津倫子には無いのだから。

 自分にも無かったのだろう、と菫子は思う。

 少し前までは、自分が、今の根津倫子だった。

 そうではなくなったのは、人死にが出たからだ。

 数日前。

 小川や木田たちが今、根津にしている事を、菫子にしようとした者たちがいた。

 ほぼ全員が、死亡した。

 純然たる事故死である。校舎の一部が突然、崩落したのだ。

 それ以来、菫子におかしな絡み方をしてくる者は、いなくなった。

 話しかけてくる者も、いない。

 菫子にとっては、願ったり叶ったり、理想と言うべき状況であった。

 元より、学校に友達など求めてはいない。

 今この世に、自分と友達になれる人間などいない、と菫子は思っている。

 根津倫子は、小川ら五人によって、友達に認定されてしまったのだ。

 気の毒だが、どうしようもない。

 助けてやる、理由がない。

 正義の味方になるつもりが、菫子にはなかった。

「……ユナ・ナンシー・オーエンとは違うから、私」

 ただ。

 そのような事とは全く関係なしに、ここで今から事故が起こる。

 窓ガラスが突然、砕けて飛散し、木田、加藤、中村、小川、島野の首筋に突き刺さるのだ。

 不運としか、言いようがない。

「まあ……守矢の神様がお怒り、という事で」

 菫子が眼鏡越しに窓を睨もうとした、その時。

「やめて下さい」

 クラスメイトが一人、教室に入って来た。

 俯いていた根津が、顔を上げ、か細い声を弾ませる。

「…………かぜほうり……さま……」

 風祝。

 現在、この地球上で、そう呼ばれている人間は一人しかいない。

「どうか、やめて下さい」

 もう一度、東風谷早苗は言った。

 まず険悪な声を発したのは、小川である。

「ふーん……やっぱ、庇っちゃうんだ? 守矢同士。きもっ」

「見たよ見たよぉ、こないだ出たばっかのPV」

 木田が、へらへらと絡んでゆく。

「何、アイドルデビュー? 音楽配信とか、しちゃうわけ? 大儲けじゃん守矢神社」

「なーなー、もっと際どいの着なよ守矢のアイドルちゃん。つうか脱げよ、どうせアレだろ? いろんなとこの社長とか政治家とかにヤらせてんだろうがぁ!?」

 加藤が、無遠慮に手を伸ばしてゆく。

 その手をさり気なくかわし、東風谷早苗は微笑んだ。

 画像加工の必要などない、神々しさすら感じさせる笑顔。

「品のない言葉は……貴方自身を、惨めにしてしまいますよ? やめましょう、加藤君」

「…………あ?」

「不安なのでしょう? 常に誰かを攻撃していないと、恐くて怖くて、心が圧し潰されてしまいそうですよね。わかります、あんな事があったばかりですもの」

 睨む加藤の両目を、早苗はまっすぐに見つめた。

「不安に苛まれている、全ての人たちのために守矢神社はあります。信仰は、儚き人間の為に」

 菫子は、確信に至った。

 音声の加工など、されていない。

 この東風谷早苗という少女、不特定多数の人間に聴かせる声の出し方を、どうやら訓練で身につけている。

 かなりの訓練を、積んでいる。積まされている。

 守矢神社の広告塔として、育てられてきた少女なのだ。

「不安も、不満も、怒りと憎しみ、愚痴も恨み言も、全て何もかも……守矢様は、受け入れて下さいます」

 早苗の言葉が、教室内、全ての生徒の心に行き渡る。

 それが、菫子にはわかった。

「お気軽に、守矢神社の鳥居をくぐってみて下さい。別にね、入信をお勧めしたりはしません。壺を売りつけたりも、しませんから。ね?」

 早苗は、微笑んだ。

 加藤も、木田と中村も、何も言えなくなっていた。

 島野が、舌打ちをしている。

「……東風谷よぉ、あんまり調子乗んな? お前さ、二年の苑田センパイに目ぇ付けられてんだからな」

「会わせて下さい」

 早苗の言葉に、挑発の意図はないのであろう。

「どなたであろうと私、会います。儚き人々の、心を学ぶために……それが守矢様の、思し召しですから」

「守矢、守矢……守矢もりやモリヤ守矢守矢! うんざりなんだよ、もう!」

 小川が叫び、教室を飛び出して行った。

 島野も、木田も、加藤と中村も、それに続いた。

 早苗が、いくらか悲しげに、それを見送っている。

 あの五人のような輩に対してさえ、この少女は敵意を持たない。

 守矢神社の鳥居をくぐらせたい、というのは本心であろう。

「風祝様……」

 根津倫子が、熱っぽく声を発した。

「ありがとう、ございます……私なんかの、ために……」

「……小川さんや木田君たちの事、どうか許してあげて下さいね」

 早苗は言った。

「この世に、悪い人なんていないんです。ただ……不安や恐怖心が、人を変えてしまう。私たち守矢の使徒に一体、何が出来るのか。儚き人々の心に、どう寄り添ってゆけば良いのか。一緒に考え、共に歩んで行きましょう。根津さん」

「私が……私なんかが、風祝様と……一緒に、歩む……許されるんでしょうか……?」

「貴女も……それに私も、儚き人間です。何の違いも、ありませんよ」

 茶番が始まった。

 ただ、東風谷早苗は本気であろうと菫子は思う。

 この少女は本気で、信仰を説き続けるのだろう。これからも、ずっと。

 傍から見て、茶番劇にしかならないとしてもだ。

「おはようございます、宇佐見さん」

 その東風谷早苗が、いつの間にか、菫子の隣の席に座っていた。

 じっと、見つめてくる。

 視線も挨拶も返さずに、菫子は言った。

「……あんたの席が、私の隣になったのって。守矢神社が、何か先生方に圧力かけたからじゃないかって思うんだけど」

「私のわがままです。貴女と同じ学校、同じクラスにしていただけるよう、私の方からお願いしたんです」

 訊いてもいない事まで、早苗は話し始めていた。

「貴女は……守矢神社にとって、監視対象なんです。宇佐見菫子さん」

「光栄……」

「理由は、おわかりですよね」

 早苗は言った。

「宇佐見さん、貴女は今……小川さんや木田君たちを、殺そうとしていたでしょう?」

 菫子は思わず、早苗を睨んだ。

 まっすぐに、見つめ返された。

 邪気のかけらもない、真摯な眼差し。

 自分の力で、この眼差しを粉砕する事は出来ない。

 こうして、眼鏡越しに睨みつけたところで。

 東風谷早苗の、頭蓋骨どころか眼球を破壊する事さえ、自分には出来ない。

 それを菫子は、確信せざるを得なかった。

(私の、念動力なんて……東風谷早苗には、通用しない……まだ)

 菫子は目を逸らせ、唇を噛んだ。

(この女に、勝てる……くらいじゃないと。幻想の世界には、行けない……)

「人殺しを、しないで下さい。宇佐見さん」

 早苗の言葉に、菫子は無意味な反撃を試みた。

「守矢神社は……人殺しを、しないわけ?」

「しません。私が、させません」

 早苗は、即答した。

「守矢様の御神徳は、人の命を守るためにあるんです」



 木田浩一の上半身が、原形を失っていた。

 島野桜の臓物が、広範囲に飛散している。

 そんな殺戮の光景の真っただ中を、足取り軽く歩み進む一人の娘。

 形良い左右の太股が、タイトスカートから現れ伸びて軽やかに躍動する。

「はぁい、こちらは守矢神社・警備戦闘班。私、所属の小兎姫と申しますわ」

 片目を、つむって見せる。

 校舎裏の空間で、小川美優も中村朗も泣きじゃくり、まともに喋る事も出来ずにいる。

 どうにか言葉を発しているのは、加藤裕司ただ一人だ。

「ひぃっ、なぁっ! 何なんだよ、てめえはよぉ……」

「警備戦闘班。つまりは、守矢神社のお巡りさん! みたいなものですのよ」

 微笑みながら小兎姫は、片手でボイスレコーダーを取り出して見せた。

「アナタたちにはねぇ、冒涜罪が適用されますわ」

 音声を、再生する。

『なーなー、もっと際どいの着なよ守矢のアイドルちゃん。つうか脱げよ、どうせアレだろ? いろんなとこの社長とか政治家とかにヤらせてんだろうがぁ!?』

 ボイスレコーダーを、小兎姫は一見たおやかな繊手でグシャリと握り潰した。

「……風祝様の、清らかなる御耳を汚した罪。万死に値しますわ」

 レコーダーの破片を蹴散らして、光弾が飛ぶ。

 加藤の下半身が、砕け散った。

 ちぎれた両脚と、潰れた臓物をぶちまけて、上半身が溺れるように弱々しく這いずり、力尽きてゆく。

「…………守矢……さま……」

 中村が、呆然と呟いた。

「……助けて……許して……な、何でもしますからぁ……」

「あら、そう?」

 小兎姫は、校舎の外壁に光弾を撃ち込んだ。

 外壁の一部が崩壊し、コンクリートの破片が大量にこぼれ落ちる。

「ならば、その女を殺しなさい」

 大型のコンクリート片を一つ、中村は両手で拾い上げ、小川美優の脳天に叩き付けた。

「クソ女が! てめえのせいでなぁ、俺が迷惑してんだよゴミ! クズ! クソがっ!」

 何度も、何度も、コンクリート片が小川の頭を、顔面を、直撃する。

 小川は、やがて動かなくなった。

 中村が、小兎姫に愛想笑いを向けてくる。

「へ……へへへ、これで俺も守矢様の信者に」

 その口に、小兎姫は光弾を撃ち込んだ。

 中村の首から上が、綺麗に消し飛んだ。

「はい、お掃除完了……」

 五人分の屍に、小兎姫が背を向けようとした、その時。

「…………もり……やぁ……ぁあああ……」

 屍の一つが、ゆらりと立ち上がっていた。

 頭の潰れた、小川美優だった。

「うっ……ぜえ……うぜぇーんだよ、クソ宗教がぁ……」

 立ち上がりながら小川は、メキメキと痙攣していた。

 痙攣する肉体が、膨れ上がってゆく。

 潰れた頭から、何かが生えて来る。

「貴女……」

 小兎姫は、目の当たりにするのは初めてだった。

 人間が、そうではないものに変異する現象。

 数年前から、確認されているらしい。

 小兎姫は、見回した。

 確かに今、何かが聞こえたのだ。

 それが聞こえた瞬間、小川は変異を始めた。

「クソ守矢がぁ……壺野郎どもがよォ……」

「……ねえ貴女。守矢神社なら、いくら叩いても良い? 守矢神社の関係者なら、いくら虐めても許される? そんなふうに考えてますのね」

「ッッッッたりめーだろクソ宗教野郎が! 守矢に人権なんざぁねええええええええんだよバァーカ! 死ね死ね死ね死ね死ね」

 肥大化・異形化を遂げた、脳髄。

 憎悪の思念で膨れ上がったそれが、牙を剥き、無数の触手を広げ、小兎姫を襲う。

「何とも、はや……」

 おぞましい襲撃を、命中寸前まで引き付けた後。

 小兎姫は、力を解放した。

「常に何かを攻撃していないと、心の安定を保てない。攻撃しても許される相手を、血眼になって探している……ただし弱い相手に限る、と」

 巨大な、光の輪が、小兎姫の眼前、波紋状に生じて広がった。

「まったく。これだから、弾幕のひとつも撃てないゴミ雑魚は」

 異形化した脳髄が、その発生源たる小川の巨体が、光の輪に粉砕されて砕け散り、消滅してゆく。

「私たち弾幕使いに、逆らわず刃向かわず、大人しく目立たず慎ましく、虫ケラのように生きていれば良いものを。目障りな事をされては、殺処分するしかなくなってしまいますのよ?」

 小兎姫は再び、見回した。

 やはり何かが、聞こえたのだ。

 小川を変異させた何者かが、発した音。

「ああ……なるほど。ふふっ、うっふふふふふふ、なぁんだ。やっぱり、そうでしたのね。噂通り、守矢神社のマッチポンプ!」

 小兎姫は、笑いが止まらなくなった。

「守矢の神様が、ゴミのような人間を適当に見繕ってバケモノに作り変える! それを守矢神社関係者が、人前で派手に退治して見せる。信仰獲得と相成るわけ、まあお好きなようになさいませ守矢様。私、神様なんてどうでも良いんですのよ」

 この宇宙で最も清らかで美しいものに、小兎姫は、うっとりと語りかけていた。

「ああ、風祝様……私の、私だけの、早苗様……私、貴女様の御ために、いくらでも手を汚しますわ……早苗様ぁ……」

 人間を変異させる何者かが、発した音。

 それは、蛙の鳴き声だった。

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