第11話 地蔵と閻魔
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
地蔵尊は閻魔大王の化身である、という説がある。
四季映姫・ヤマザナドゥは、まさにそれを体現する人物であった。
道端の地蔵像から、閻魔への昇格。
どれほどの功徳と修行を、どれほど長い年月、積み重ねてきたものか。
自分では無理、想像する事すら不可能だ、と矢田寺成美は思っている。
(まあ、そもそも……私なんかと比べるな、ってお話にしか、ならないんだけど)
「成美」
そんな雲の上の相手に突然、話しかけられた。
「億劫がりの貴女が、この度は大いに功徳を積んだものですね。感心しながら見ていましたよ、私は」
「わっ私、何にもしてませんけど」
「貴女が風見幽香と行動を共にしていたおかげで、未然に防がれた大殺戮が何件もあります。そして、それは……貴女にも言える事ですよ、宵闇の妖怪ルーミア」
四季映姫の微笑が、人喰い小妖怪にも向けられる。
「風見幽香の凶暴性と殺戮欲は、貴女を愛玩する事で、いくらかは間違いなく抑えられています。大妖怪の愛玩動物となる事で、貴女は間違いなく、他の命を救っているのですよ」
「そ、そうかなー。よくわかんないけど」
「あの、映姫先輩」
成美は訊いた。
「今、一体……何が起こってる最中なんですか? 実際、幻想郷に普通じゃない事が起こってて、私たちも巻き込まれてます。何かご存じなら、教えてくれてもいいんじゃないかなって思うんですけど」
「……確かに、もはや貴女たちも当事者ですからね」
映姫は言いつつも、即答はしてくれない。
代わりのように、霧雨魔理沙が言葉を発した。
「外の世界で、どえらい人死にが起こった。死んじまった連中が、本来なら冥界へ行くはずなのに……何故か幻想郷に、大量に、流れ込んでいる。幽霊になって、花に取り憑いて、でたらめに咲かせている。ま、そこまで大した害じゃあない。今のところは、な」
今後どうなるかは、わからない。
そこまでは言わずに魔理沙は一瞬、映姫の傍らで空中に佇む小野塚小町の方を見た。
「そんな幽霊どもを、あんた方が今、御苦労様な事に回収してる最中と。そこまでは、わかったぜ」
「そこまででいい。それ以上の事に首突っ込んで来るなと、あたいはそう言ってるんだ。何度だって、言うぞ」
言いながら小町は、さりげなく映姫を背後に庇った。
そして、大鎌を担ぐ。いつでも振り下ろせる。
「ここから先は、是非曲直庁の管轄だ」
回収された大量の幽霊が、小町の周囲で弱々しく渦巻いている。
つい先程まで、巨大な植物の城砦を作り上げていたものたち。
その城砦は、こうして幽霊たちを抜き取られて崩壊し、太陽の畑の肥やしとなった。
崩壊跡の上空で今、是非曲直庁の職員二名と、幻想郷の弾幕使い四名が、対峙しているところである。
「……こっちもな。何度だって、言わせてもらうぜ」
魔理沙が、睨み返し、言い返す。
「お前らだけで……西行寺幽々子を、どうにか出来るのか?」
「なるほど。私は、実力を疑われているのですね」
映姫は、微笑んだ。
「無理からぬ事。それでは今から、この四季映姫がいかなる弾幕使いであるのか……ヤマザナドゥが、いかなる役職であるものか。霧雨魔理沙、貴女に知っていただくと致しましょう。小町、私を通してくれますか?」
「……四季様、気をつけて下さい。霧雨魔理沙は、油断のならない相手です」
小町が道を空け、映姫が前に出る。
魔理沙の周囲に、光の矢が大量に浮かんだ。
「お前さんが弱い、とは思わないぜ。四季映姫・ヤマザナドゥ」
言葉に合わせ、スターダストミサイルの一斉射が行われた。
「不意打ち、とは言え。風見幽香を、ああも! あっさり! 仕留めて見せてくれたもんなぁあ!」
それだけではない。
魔理沙の周囲、いくつも浮かんだ水晶球から、レーザー化した魔力が射出される。
スターダストミサイルとイリュージョンレーザーから成る弾幕が、映姫を強襲し、だが弾けて散った。
何本もの、悔悟の棒。
映姫の眼前で、花弁の如く円形に並び、盾を成している。
そこに激突したイリュージョンレーザーが、スターダストミサイルが、ことごとく砕け散ってキラキラと消滅する。悔悟棒は、全て無傷だ。
その時にはしかし魔理沙は、映姫の背後に回り込んでいた。
この速度。自分には永久に真似が出来ない、と成美は思った。
映姫の背中に、八卦炉が押し当てられている。
「霊力でも、魔力でも、妖力でも、何でもいい! 全部の力、防御に注ぎ込め四季映姫!」
魔理沙の叫びと同時に、空が真っ白に染まった。
爆炎の閃光。
轟音と共に八卦炉から迸り、晴天真昼の空をさらに明るく照らしながら、映姫の小柄な全身を零距離から灼き払う。
地上に向けて放たれていたら、太陽の畑が跡形もなく消え失せていたであろう、マスタースパークだ。
ひとたまりもあるまい、と成美は思った。
(映姫先輩じゃなかったら……ね)
空を染める白色の閃光、よりも鮮烈な白さが見えた。
映姫の、肌。
マスタースパークに灼き払われたのは、閻魔の少女が身にまとう、絢爛豪奢なヤマザナドゥの制服だけであった。
いや、下着も消し飛んでいる。
無傷の白い裸身が、爆炎の閃光を蹴散らすように振り向いて細腕を伸ばす。
可憐な五指が、魔理沙の喉首をガッチリと捕獲していた。
「ぐえ……ぇ……」
魔理沙は青ざめ、映姫は赤くなっている。
「……………………よくも…………ッッ!」
凛とした美貌が、初々しく紅潮している。
愛らしく膨らんだ胸を、左の細腕で抱き隠しながら、映姫は右手のみで魔理沙の頸部を掴み捕えていた。
折れるのは時間の問題だ、と成美は思った。
地蔵から閻魔へと昇り詰めた少女が可憐であるのは、外見だけである。
小柄で可愛らしい裸身は、凄まじい剛力を秘めているのだ。
「よくも……霧雨魔理沙! よくも私に、こんなっ……このような……ッ!」
「ま、待って映姫先輩……」
時間の問題、どころではない。
魔理沙の首は、今すぐに折られる。
成美はそう思い、止めようとしたが、その必要はなかった。
「魔理沙から、手を離しなさい」
映姫の細く柔らかそうな首筋に、ナイフが突きつけられている。後方からだ。
十六夜咲夜。
映姫の背後に、いつの間にか佇んでいた。
「し、四季様……!」
そんな声を発しながら、しかし小町は動けずにいる。
無数のナイフに、囲まれていた。
大鎌を振りかざそうとする死神の周囲で、全てのナイフが、切っ先を小町に向けたまま空中静止している。
「私のナイフで、貴女の首を斬れるかどうか。死神の身体を、切り刻めるかどうか……試してみなければ、わからないわ」
咲夜は言った。
映姫は顔だけを振り返らせ、睨む。
およそ一秒、睨み合いが続いた。
やがて映姫は、魔理沙の首から手を離した。
苦しげに咳き込みながら魔理沙は落下し、ルーミアに抱き止められる。
咲夜は映姫の首筋からナイフを遠ざけ、指を鳴らした。
小町の周囲から、全てのナイフが消え失せた。
そう見えた瞬間。小町は、咲夜に斬りかかっていた。
ねじ曲がった大鎌が、一閃。
その斬撃を、咲夜はかわした。
空中の、見えざる足場を蹴って跳躍していた。
小町は追わず、右手で大鎌を振るい構えて咲夜を威嚇する。
その時には左手で、己の身体から着物を引き剥がしていた。
晒と褌の巻かれた半裸身が、露わになった。
豊かな胸の膨らみは力強いほどで。晒を今にも内側からちぎり飛ばしてしまいそうである。
褌を食い込ませた尻は、まるで育ち過ぎた白桃だ。
むっちりと膨らみ締まった太股も、綺麗にくびれて腹筋の浮いた裸の胴も、普段ぐうたらな死神娘の卓越した身体能力を表すものだ、と成美は思う。
そんな見事な肢体を晒したまま小町は、脱いだ着物を映姫の裸身に着せ被せている。
そうしながら、咲夜を睨む。
「してやられたよ。全員が、霧雨魔理沙一人に注意を向けていた……その隙を見事、衝かれたね。気配を消すの、上手いじゃないか」
「いつでも道端のお地蔵様になれる、そちらの閻魔様ほどではないわ」
咲夜は言った。
「……やれやれ、ね。リリカ・プリズムリバーを連れ戻すのは、いくらか先の話になりそう」
「…………私に……協力して、くれるのか? 咲夜……」
ルーミアに支えられたまま、魔理沙が苦しげに声を発する。
「レミリアに……怒られるんじゃ、ないのか?」
「私たち紅魔館は、外の世界で大いに殺戮を行った。その事を罪悪とは思わない。贖罪の必要を感じない。償いなど、しないわ」
閻魔の前で、開き直りにも等しい事を、咲夜は言っている。
「ただ。この度の、花の異変……原因を作ったのが、私たちのその行いであるのなら。紅魔館の代表者として、何もしないわけにはいかないのよ」
「……代表者とは、大きく出たものですね」
明らかに寸法の合っていない着物の中で、映姫は言った。
「そうですか。紅魔館を背負って立つのですね、十六夜咲夜……かつて守矢神社の先兵として、誰よりも烈しく紅魔館に攻撃を加えた貴女が」
「やめなさい」
咲夜の口調が、いくらか危険な響きを帯びた。
「……人の過去に、土足で踏み入る。それが閻魔様のお役目? 反吐が出るわね」
「閻魔が踏み入らずとも。血塗られた過去は、貴女を決して逃がしはしませんよ」
言いつつ映姫は、滞空の高度をフワリと上げた。
上空へと、遠ざかりつつある。退却をするのか。
「外の世界で、守矢神社が大きな動きを見せ始めています。幻想郷と外の世界は、時の流れが常に一致するわけではありませんが……今は、奇跡的に一致しています。守矢神社の動きは、幻想郷にも影響を与えかねません。いずれ何らかの形で、貴女は守矢神社と向き合わなければならなくなるでしょう」
「幻想郷に……守矢神社の軍勢が入って来る、攻めて来る、とでも?」
咲夜は、瀟洒に嘲笑った。
「万が一、そんな事が起こったら……私が、皆殺しにする。あの汚らわしいものどもを、レミリア様のお目に触れさせるわけにはいかない」
「……十六夜咲夜。貴女は人間に対して、残酷過ぎる。冷酷過ぎる。それは貴女が人間であるから」
映姫は、小さく溜め息をついたようだ。
「妖怪が人間に対して残虐になる、以上に貴女は残虐。人間でありながら、人間を惨たらしく扱わずにはいられない」
「人間を守る事が正義であると、信じていた時代が私にもあった」
咲夜の嘲笑は、自身に対してのもの、でもあるように見えた。
「あの頃の自分を……切り刻んで、しまいたいわ」
「守矢神社の戦力として十六夜咲夜、貴女は確かに、大勢の人々を救い守ってきた。功徳、と言う事は出来ると思います。それを幻想郷で台無しにする事の無きように、と切に願いますよ」
言ってから映姫は、視線を魔理沙に移した。
「認めるぜ」
魔理沙の方から、言った。
「四季映姫、お前さんの強さは認めざるを得ない。マスタースパークの直撃……ここまで平気の平左でいられるとはな」
「……何が、平気なものか! こんな、私にこんな! このような、辱めを……っ!」
小町の着物にギュッと包まったまま、映姫は微かに、だが確かに、涙ぐんでいた。
唇を噛む表情が羞恥に赤らんで、裸の身体をしっかり隠していても刺激的である。
成美は、思った事を包み隠さず言った。
「映姫先輩、可愛いです」
悔悟の棒が一本、飛来して顔面にぶつかった。
鼻血を空中にぶちまけ、落下しかけた成美の身体を、咲夜が支えてくれた。
「大丈夫? 貴女……男だったら、殺されていたわね」
「け、結構ね、映姫先輩ってね。強いんだけど泣き虫、なのよね」
どうにか空中に踏みとどまり、成美は言った。
咲夜がハンカチを出し、鼻血を拭ってくれた。
「……ありがとう、紅魔館のメイド長さん。貴女も、強いのね」
「大した事はないわ。月の宙域には、私など問題にならないような化け物しかいなかった。例えば霊夢、それに……西行寺幽々子」
咲夜や魔理沙が、今から接触せねばならない相手である。
映姫にとっても、そうか。
「……まず、直撃を受けるとは思っていませんでした」
涙を拭い、映姫は言った。
「霧雨魔理沙。貴女を侮っていた事、私も認めましょう」
「一対一の戦いだったら……私の、負けだぜ。首を折られて」
「誰かが助けに動く、それも貴女の功徳ゆえ」
「四季映姫・ヤマザナドゥ。私たち、協力し合う事は出来ないかな」
まっすぐに映姫を見つめ、魔理沙は言う。
「西行寺幽々子を、どうにかしようとするなら……正直、それでも戦力が足りないと思う」
「…………小町」
魔理沙と視線を合わせたまま映姫は、さらに上空へと遠ざかって行く。
「ここは……退却、しますよ」
「は、はい」
小町が、それに付き従う。
「……すいません、四季様。何か、あたいが人質に取られたみたいでしたね」
「関係ありませんよ。私も、貴女も……今は、身嗜みを整える必要があるというだけです」
映姫も小町も、引き連れた幽霊たちもろとも消え失せた。
距離を操る、小町の能力が発動したのか。
「行っちまった……か」
魔理沙は、頭を掻いた。
「いきなり協力体制ってのは、まあ無理だろうな」
「貴女だって、霊夢と協力が出来ていないものね」
「それ言われるとなあ」
魔理沙と咲夜の会話を聞きながら、成美は思う。
映姫が退却したのは、羞恥心が限界に達したから、かも知れない。
今頃は小町に抱きついて、泣きじゃくっているのかも知れなかった。




