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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第二部少女期 第八章 テュフォン島の災厄

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02:友の帰還


「ひどい、ひどすぎる。久方ぶりに帰還した友人に、いきなり氷の魔法をぶつけるなんて」

「悪かったって」


 廊下でひっくり返ったシリウスに手を貸して起こして、研究室へ逆戻り。

 もじゃもじゃヒゲのシリウスは、ぶちぶち文句を言いながらお茶をすすった。


「僕は感動の再会を想像してたんだ。互いに成長した姿で、離れていた時間を思いやって、だ。それがどうしていきなり暴力に訴えるんだ。ゼニスはそんな奴だったのか、失望したぞ」

「成長っていうか、シリウスはヒゲが伸びまくった姿じゃない。別人みたいで、すぐには分からなかったんだよ」


 気が利くティトが、銅を磨いた鏡を差し出した。

 彼は自分の顔を写して首を傾げる。


「……そうか?前と大して変わらないだろ。ヒゲはずいぶん前からこんな感じだ。ノルドじゃヒゲを伸ばすのが普通でな」

「いやいやいや、ユピテルにいる頃はツルッとしてたでしょ!」

「ツルッと?お前それ、伯父に言うなよ。彼は髪が寂しいのを気にしてるんだ」


 そうじゃねえ!それはそうだけど、違う!

 こいつ、相変わらず自分を客観視できていない。彼にとっては「ずいぶん前から」でも、私たちにとっては初見だとイマイチ理解してないんだ。まったく世話の焼ける。まあいいけど。


「そうだ、伯父さんの学院長に挨拶はした?あの人もずっとシリウスを心配してたよ」

「まだだ、これからする。兎にも角にも、ゼニスに新発見を知らせようと真っ先にやって来たんだ。それなのに……」

「はいはい、ごめんなさい。以後気をつけます。――で、新発見とは?」


 私が期待を込めて視線を向けると、シリウスはニヤリとした。


「聞いて驚け。例の『実行』が書かれた石版の、残りの破片が見つかった」

「…………!!」


 それは、大当たりだ!

 興奮で顔に血が上るのが分かった。思わず立ち上がってシリウスの肩に掴みかかりそうになり、それじゃこいつと一緒だと思い直して踏みとどまる。


「見せて!見せて!」

「そう慌てるな。今見せる。荷物のこの辺りに……」


 シリウスはリュックを体の前に持ってきて、中身をごそごそやり始めた。

 私は焦れる心をぐっとがまんして、石版が出てくるのを待った。


「この辺りに……」


 石版はなかなか見つからず、彼は徐々に顔色を悪くする。

 おい、まさか。


「ない……」

「嘘でしょ!!」


 おいシリウスこの野郎、お前は片付けできる人になったんじゃなかったのか!?

 それとも何か?ヒゲを伸ばしたついでに脳みそにまでムダ毛を生やしたのか?

 ムダ毛はすね毛までにしとけ!!


 脳内で0.5秒、怒涛のツッコミが入ったが口にだすのはこらえた。


「そんな超重要資料をなくすなんて、信じられない!」

「なくしたって決まったわけじゃない!どこかにあるはずだっ」


 あまりの出来事に、とうとう私は彼に詰め寄った。期待が大きく膨らんでいた分だけ落差が激しい。

 希望と絶望を慌ただしく行き来したせいで、たぶん瞳孔開いていたと思う。ティトが後ずさっていた。


 と、ここでコンコンとノックの音がした。

 しかし申し訳ないが、今はそれどころではない。

 このヒゲ野郎がとっとと石版を見つけてくれないことには、何も手に付きそうにない。


「ない、ここにもない、そんな馬鹿な」


 コンコン。


「シリウス、そこのポケットは探した?紛れ込んでない?」


 コンコン。

 ティトが立ち上がってドアを開けている。うん来客対応頼んだ。


「そこはとっくに探した!なぜないんだ!」

「探しものはこれですか?」


 可愛らしい声がして、私たちの目の前に小さな石版の破片が差し出された。

 何度も見直して模写してすっかり暗記してしまった、あの石版とよく似た材質。その縁のぎざぎざは、確かにあれにピッタリ合う!


「これだ!」

「これだよ!」


 私たちは叫んで、次いで石版を持つ手の主を見た。

 12歳くらいのかわいい女の子が、にこにこしながらこちらを見ている。知らない子だ。


「えーと、どちらさま?」

「初めまして、あなたがゼニスさんですか?私はカペラといいます。ゼニスさんの『シリウスの説明書』にすっごく助けられました」

「へ?」


 意外な単語が出てきて、私はまばたきした。

 シリウスの説明書とは、彼が旅立つ前に私が書いた冊子だ。気難し屋のシリウスの扱いのコツとか心理背景を解説した内容である。


「そいつは僕の妹だ」

「妹いたの!?」


 初耳である。


「いたんです」


 カペラはほんわか笑っている。そういえばこの子も金髪だ。シリウスによく似た金色の髪を三つ編みにして、背中に垂らしている。

 瞳は灰色。不思議な光沢で、ムーンストーンみたいだった。


「この石版は、兄さんがわたしに預けたでしょ。『僕の荷物に入れると、圧迫されて割れそうだからお前が持て』って」

「む……そうだった。ゼニスに報告できるのが嬉しくて、忘れてた」


 そんな重要なこと忘れんなや。

 カペラは石版を布で大事に包むと、私に差し出した。


「はい、どうぞ」

「あ、どうも」


 間抜けなやり取りをして受け取る。受け取って良かったの?

 私は手の中の石版を眺め、ふと気づいて言った。


「カペラちゃん、立ち話も何だから座ってね。ティト、お茶をお願い」

「はい。すぐに」

「はあい。いただきます」


 余計なことで混乱してしまった。お茶でも飲んで一度仕切り直そう。

 しかし、シリウスが絡むと必ずこの手の茶番をやるよなぁ。こういうのはたぶん一生直らないから、気長に付き合うつもりである。



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