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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第二部少女期 第七章 北西山脈

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14:私たちの功罪



 私が目を覚ましたのは、山麓の街の宿でのことだった。

 すぐ横にアレクとラスがいる。ずっと付き添ってくれていたらしい。


「丸二日、眠っていたんですよ。目が覚めて良かった」


 と、ラスが泣き笑いの表情で言った。

 私の記憶は狼を全滅させた辺りで途切れている。あれからどうなったのか聞いてみた。

 アレクが答える。


「あの鉱脈の広場から出口を見つけて、俺が外に出たんだ。そしたら近くに川があったから、上流に行ってみた。途中でドルシスさんたちと会って、もう一回戻って、ラスと姉さんを助け出したんだよ」

「そうだったんだ」

「ドルシスさんが言うには、山の中腹が突然光ったのだそうです。それでそちらの方に向かったら、アレクに会ったと。きっとあの時の魔力石の光ですね」


 山の外側まで光ったのか。そりゃあ魔力石が相当埋蔵されてるってことかな。

 そんなことを考えていると、ドルシスさんと採集隊の女性も部屋に入ってきた。


「ゼニス、意識が戻って良かったな!怪我の具合はどうだ?」


 言われて右腕を見る。包帯がぐるぐる巻きになっていた。きちんと手当てをしてもらっていたようだ。

 動かすと痛くて「ほぎゃあ!」みたいな悲鳴を上げそうになった。危ない危ない。


「さすがにまだ痛いですねぇ」

「そりゃそうだな。幸い、骨に損傷はないと医者が言っていたぞ。それに獣の咬み傷は化膿しやすいが、それもない。運が良かったな」


 消毒の魔法を使ったからね。治癒の前に消毒で正解だったと思う。先に治癒だと傷は治るが、最悪破傷風とかで死んだかもしれない。

 咬み傷というか、牙が突き立てられた直後に狼を殺したから。牙が肉に食い込んだ状態で振り回されたり、噛み千切られたりしたらもっと重症だったろう。


「ゼニス、今から治癒魔法は使えないんですか?」


 と、ラス。


「使えるよ。あれは怪我を一瞬で治すんじゃなくて、体の治癒力を大幅に高めるものなの。全治一ヶ月の怪我が三日で治るとか、そんな感じで」


 答えながら、私は違和感を感じた。今、ラスが「ゼニス」って言った?「姉さま」じゃなくて?

 そういやアレクも「姉ちゃん」から「姉さん」になってたな。どういう心境の変化だろう。

 首をひねりながら包帯を取る。

 ……うわぁぁ、傷がグロい。薬草を塗ったようで、なんか緑色のヘドロみたいな有様になってる。こわい。


 なるべく傷を見ないように呪文を唱えようとして、部屋中の人がじーっと見てるのに気が付いた。


「あのー、そんなに見られると気が散ってしまうんですけど」

「おっと、すまん!腕とはいえ、女性の肌と傷をジロジロ見るものではなかったな。後ろを向いておくから、魔法を使ってくれ」


 ドルシスさんが後ろを向き、ラスと採集隊の人もそれに習った。

 アレクはベッドサイドに近づいてくる。


「俺は弟だからいいよな?姉さんが魔法を使うところ、あんまり見たことないから見学させて」

「アレク!一人だけそんなこと言うのはずるいです」


 ラスがアレクの肩を掴んで、無理やり壁に向けた。……なにやってんだか。

 ずらりと並んだ皆さんの背中とお尻を眺めながら、魔力循環を始めた。二日も眠っていて体力を消耗していたので、魔力回路もギシギシ軋んでる。それでもなんとか必要分の魔力を作った。


『命に宿る大いなる力よ、我が手に触れるこの者の、流れる血を固め、小さきものの献身にて傷口をふさぎ、やがて芽生える新しき肉と皮をもて、健やかなる肉体を取り戻せ』


 出血も少しだけあったので、血止めの効果を呪文に入れて唱えた。

 柔らかい光が手のひらから発して、傷口に吸い込まれていく。ズキズキした痛みが引いていった。

 今すぐ見た目が変わるものではないが、これで数日後にはほぼ完治まで持っていけると思う。


 魔法が終わったので、みんなが前を向く。ラスが新しい包帯を巻き直してくれた。


「馬車で移動しても大丈夫なくらい回復したら、みんなで首都の家に帰りましょう」

「うん、そうだね。きっと向こうのみんなが心配して待ってるよ」


 目覚めたばかりで魔法を使って、疲労感が濃い。とろとろとまぶたが下がってきたら、ラスが布団をかけ直してくれた。

 なんだか前と反対だね。そんな風に考えているうちに、また眠りに入っていった。







 それから何日か経って、私の怪我もすっかりよくなったので、首都に帰ることにした。

 今回の一連の件は都度、ティベリウスさんに急使を出して情報を報告していたそう。魔力石の鉱脈発見も、私が無事でいることも伝えてあるということだった。


「それにしても、どうして狼があんなに出てきたんでしょうね」


 帰り道、馬車に揺られながら私は聞いてみた。近くにいた採集隊の人が答えてくれる。


「分かりません。今年は山の木の実が不作だったので、狼の獲物になる動物も少なくて、山を降りてきたのかもしれないけど……」

「このくらいの不作は前にもあったが、狼は出なかっただろ」


 他のメンバーも口を出す。

 例の魔力石の鉱脈がある場所も、本来の狼の生息域より山を下った場所にあった。移動してきた狼がねぐらにいい洞窟を見つけて、居着いたのではないかということだった。


 街道の横で材木が積まれているのが見えた。そのそばでは木こりたちが斧を振るって、太い木を伐り倒している。

 森林伐採、環境破壊……。ふと、そんな単語が浮かんだ。


「この森の開発が進んだのは、最近のことですよね?」


 私が言うと、メンバーたちとドルシスさんもうなずいた。


「首都の薪や建材の需要が旺盛になったのがこの20年、さらに魔力石の採集で人が増えたのが2、3年といったところだな。それがどうかしたか?」


 20年は最近といえるのか?まあ、ユピテルは前世よりも時間の感覚がおおらかなので、最近の範疇なのかな。

 それはともかく、話を続ける。


「可能性の話なんですけど。伐採で森が狭まって、動物たちが減ったり環境が変わったりして、狼の行動に影響が出たということはありませんか」


 皆は顔を見合わせた。採集隊の人たちが言う。


「……ありえます。俺は以前、狩人をやっていました。祖父と親父も同じ狩人で、年々獲物が減っていると言っていました」

「伐採は山の裾野だが、狼の行動範囲は広い。ちょっとした変化が山の上の方にも影響を与えた可能性は、大いにあるでしょう」


 この問題、けっこう大事な気がする。これから魔力石の採掘が始まるとなれば、環境への影響はさらに大きくなるから。

 前世で鉱山開発に伴う鉱毒の流出や環境破壊は、大きな問題になっていた。

 魔力石自体に毒性はないが、山中を掘り進めることで崩落や地盤沈下が起こったり、地盤自体に何らかの有害物質が含まれていて流出したりと、考え出すときりがないほどだ。


 鉱脈を発見するべきではなかったのかもしれない。そんな思いが頭をよぎった。

 でも、もう報告が行ってしまっている。なかったことにはできない。


 不幸中の幸いは、前世でよく起きた銅や重金属の鉱毒と違って、魔力石は精製する際も特に汚染物質が出ない点か。

 私は鉱山採掘の技術も鉱毒関連についても、まったくの素人だ。これからどんな問題が起きるか、予測もできない。

 だけど白魔粘土の開発者、鉱脈の発見者として責任を感じる。


 採掘が始まったら、時折様子を見に行こう。そして問題が起きるようであれば、可能な限りの対策を施そう。

 ユピテル人は環境破壊などという概念自体を持っていない。そういうことがありえると、地道に話をしていかなければ。

 それで十分とは言えないだろうが、何もしないでいるよりはマシだと信じて。






 馬車は街道を進んでいく。

 北西山脈の山々が徐々に遠ざかり、森はまばらな林となって、やがて平野と丘陵へと姿を変える。あと一つ川を越えれば、ユピテル半島だ。


 狼が教えてくれた、環境の問題。

 いつの間にか大人びた雰囲気になっていた、ラスとアレク。

 魔力石の大鉱脈だけでなく、様々な変化と気づきを得た旅だった。


 ユピテル人もその他の人々も、そしてこの世界そのものも。よりよい未来へと歩いていけますように。

 ――なんて、私が願うのは大げさかな。

 そう思いながら振り返れば、もう遠くなった山々が空に青い稜線を描いていた。






お読みいただきありがとうございます。これで第七章本編は終わりです。閑話をいくつか挟んで第八章に続きます。少女期は第八章までの予定。


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