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【書籍1巻発売記念】双子のタイムスリップ小冒険:4


今回分からいよいよ書籍番外編の裏側です。




 ジョカがアグリッパ浴場の建物に入ると、中は暖かい空気で満たされていた。

 靴を脱いで素足で床に触れてみる。タイルの床はほかほかと温かくて気持ちが良い。


 入口から少し進むと脱衣所になっていた。

 周囲の女性たちにならって、ジョカも服を脱いで下着姿になる。胸と腰を布で覆う形だ。


「お嬢さん、お金をいくらか持っていってね。浴場の中でマッサージをしたり、飲み物を飲んだりするときに必要だから」


 何も持たずに中に入ろうとしたジョカを、案内人の女性が呼び止めた。


「はーい! ありがと」


 ジョカは脱衣カゴから財布を取り出した。もともと銅貨しか入っていない財布だ。そのまま持っていくことにする。

 浴場用の木のサンダルに履き替えて、順路らしき廊下を進む。


(お母さまはどこかなぁ)


 このくらい近い位置であれば、魔力感知で場所が分かる。

 すぐにゼニスの魔力の気配を感じた。どうやら奥ではなく横手の方にいるようだ。


 ジョカがさらに歩いていくと、前方から明るい光が差し込んでいる。中庭に続いている通路だった。

 中庭の手前に小部屋がある。

 覗いてみると、何台かベッドが並べられていた。そのうちの二台に女性たちが横たわっていて、マッサージを受けている。


「いらっしゃい。マッサージは銅貨二枚ですよ」


 部屋を覗き込むジョカに、マッサージ係の奴隷女性が話しかけてきた。


「マッサージ、しないとだめなの?」


 ジョカは聞いてみる。奴隷女性は愛想よく笑って答えた。


「えぇ、そうですよ。マッサージで体をほぐして、オイルを塗っておけば、後でしっかり垢すりができますからね。せっかく浴場(テルマエ)に来たのだから、ちゃあんときれいになりましょうね」


「ふうん、分かった。マッサージ、やる」


「はい、はい。ではこちらへ」


 そうしてジョカもベッドに横たわり、マッサージを受けた。いい匂いのする香油を塗ってもらって、肌を優しく撫でられる。


「くすぐったいよー!」


 ジョカがもぞもぞと動くと、奴隷の女性は笑って言った。


「子供さんはみんなそう言いますね。大人になって体が固まったら、くすぐったさより気持ちよさが強くなります。それまでがまんしましょうね」


「うむむむ」


 ジョカは落ち着かなかったが、子供と言われるのは悔しい。大人の階段を一歩でも登るため、やせ我慢を決意した。

 そのうちにやっとマッサージが終わった。お金を払って中庭に出る。


「……あっ」


 中庭の明るい空間の中で、ジョカは見慣れた褐色の髪を見つけた。双子のフーギと同じ色で、大好きな母の色。

 小さなゼニスは、楽しそうにボール遊びをしている。

 ゼニスが動くたび、二つ結びにした髪の毛がぽんぽんと跳ねて、人界の明るい太陽にきらきらと輝いていた。

 周りにいるのはゼニスの師匠のオクタヴィー。それに侍女のティトだ。

 オクタヴィーもティトもジョカが知っているよりずっと若い姿で、新鮮だった。


(小さいお母さまは、太陽と友だちなんだ……)


 ジョカはふと、そんなことを思う。

 太陽毒対策を取れば、ゼニスと双子は人界の活動に支障はない。

 けれどあの小さなゼニスのように、陽光をいっぱいに浴びて楽しそうに嬉しそうに笑うのは難しいかもしれない。そんなふうに思った。


 と。

 ティトがボールを受けそこねる。地面に落ちたボールは、コロコロとジョカの方に転がってきた。

 ボールを追いかけてゼニスが走ってくる。子供らしいはつらつとした足取り。

 ジョカは足元まで転がってきたボールを拾い上げた。


「ありがとう!」


 ゼニスが言う。聞き慣れた母の声よりも少し高い、子供の声。


「どういたしまして」


 内心で少し照れながらジョカは答えた。

 ゼニスは顔を上げて、ジョカを不思議そうに眺めている。ジョカの白銀の髪と真紅の目が珍しいのだろう。


「どうしたの?」


 ジョカが笑いながら問いかけると、ゼニスは我に返ったようだった。


「ううん、何でもないよ。ボールありがとね」


「ねえ、あたしもボール遊びに混ぜて欲しいな。いいよね?」


 先ほどの楽しそうな様子を思い出しながら、ジョカは言った。


「え? う、うん。いいけど」


 ゼニスは戸惑いながらもうなずいている。連れ立ってオクタヴィーとティトの所まで行った。

 オクタヴィーはじろじろとジョカを見て言った。


「変わった髪色と目の色ね。……まさかゼニスの親戚?」


 ジョカはぎくりとしたが、ゼニスは首を振った。


「いえ、違います。初対面です。ていうか何で親戚?」


 ゼニスの問いにオクタヴィーは腕を組んだ。


「最初に見たとき、ゼニスに似ていると思ったのよ」


(わあ。オクタヴィーさん、鋭いなぁ。あたしはどっちかっていうと、お父さま似のはずだけど)


 ジョカは心の中が表に出ないよう、にこにこと笑い続けた。

 オクタヴィーは軽くため息をつく。


「……けど、気のせいだったみたい。あなた、名前は? 親はいる?」


(親だって! お母さまは目の前にいるけど、内緒だもん)


 ジョカは内心で笑いを噛み殺しながら、なるべく普通の顔で答える。


「名前はジョカだよ。お母さまなら近くにいるよ」


「あ、そう」


 オクタヴィーは肩をすくめた。

 これ以上詮索されても困るので、ジョカは元気いっぱいに言った。


「それより、ボール遊びにまぜて! あたしも遊びたい!」


「いいわよ。ただし子供だからって手加減しないから、そのつもりで」


 オクタヴィーがニヤリと笑う。

 そうして本気のボール遊びが再開された。







 運動してたっぷり汗をかいた一行は、中庭から移動した。

 体がほぐれて温まっているせいで、みんな機嫌がいい。にぎやかにおしゃべりをしながら歩いていった。みんな木のサンダルを履いているので、石造りの床にカラコロと音が鳴っていた。

 次に入ったのは、冷温浴室と呼ばれる部屋だ。

 ここは秋の外気と同じくらいの温度に保たれていて、しばらくすると汗が引いてきた。それから体中の香油を洗い落とす。

 ユピテルでは石けんが普及していないため、細かい砂をまぶしてこすり落とすのだ。


 油と砂と垢を落とした後は、高温浴室に行く。床暖房と壁暖房でかなりの高温になっている浴室で、サウナとして使う。

 木製のベンチに並んで腰掛けて、ジョカはゆっくりと暖気を吸い込んだ。


「暑い……」


 最初に音を上げたのはティトである。ジョカが彼女の顔を見ると、真っ赤になっていた。


「まだよ。我慢しなさい」


 オクタヴィーが冷静な口調で言った。彼女も顔が赤らんで汗が出ているが、まだ余裕があるようだ。

 今のジョカは魔力体なので、温度に影響を受けない。汗をかいたりもしない。

 でもこの状況で汗一つかかないのは不自然なので、魔力体の表面を調整してそれっぽい感じにしてみた。


 それから皆で数を百まで数えて、高温浴室を出る。

 隣は水風呂の部屋だった。おのおの軽く汗を拭き取ったり、水を飲んだりしてから水風呂に入る。


「あ~~~きくわぁ~」


 オクタヴィーが心の底からの声を出した。


「本当……気持ちいい……」


 ティトもとろんとした目でいる。

 ジョカも水風呂に入ってみた。魔力体は温度に影響を受けないが、温冷を感じ取ることはできる。

 単純に火照った体が冷やされて気持ちいいだけでなく、温度差が生む血管の収縮と、脳内物質の反応が予想された。


「うーん、これぞ『ととのう』って感じ!」


 前にゼニスから聞いた単語を思い出して、ジョカは言った。今度、肉体で試してみようと思う。

 ところでゼニスはなかなか水風呂に入ろうとしなかった。足先を入れてはビクッとして引っ込めたりしている。


(お母さまは変なところが臆病よね)


 ゼニスは前世、不摂生の末の突然死をしている。そのせいで心臓に負担がかかる水風呂に慎重になっていたのだが、ジョカはそこまで思い当たらない。

 それでもやっと水風呂に入ると、たいそう気持ちよさそうにしていた。

 ちょっと間抜けなくらいの顔で、ジョカは「お父さまにはとても見せられないね」と思った。




書籍第1巻発売中! WEB版からパワーアップした内容をぜひ読み比べてみてくださいね。

よろしくお願いします。

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