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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第一部幼少期 第二章 首都での生活

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11:急病

 時刻は夕暮れ時だが、外はまだ完全に暗くはない。私は二人を散歩に誘ってみた。


「お屋敷の周りを少し歩いてみませんか?外の風に吹かれれば、気分転換になりますよ」

「ふむ、よいでしょう。閉じこもってばかりでは気も塞ぎますからな」


 というわけで、近場を歩いている。この辺はフェリクスの警備兵が巡回しているから、治安は問題ない。

 ティトにもついてきてもらいたかったが、夕食の片付けを手伝うとかで私だけで出てきた。

 暮れなずむ坂道を3人で歩く。ヨハネさんは体格のいい人なので、ずんずんと進んでいる。子供の足ではついていくのが大変である。

 振り返ると、ラス王子が遅れがちになっていた。


「ヨハネさん!もう少しゆっくり歩いて下さい。殿下が追いつけません」

「甘えたことを。小さくとも殿下は栄えあるシャダイの王族です。このくらいのことで音を上げるわけがない」


 んなこと言ったって足の長さが物理的に違うだろうがよ!

 あと王子くん5歳だぞ、もうちっといたわってやれや!


 と思ったが、口には出せない。私はラス王子の隣まで戻った。


「大丈夫ですか?ゆっくりでいいので、私と一緒に行きましょうね」

「へいきです。ヨハネの言うとおりです。僕はシャダイの王族だから、もっとしっかりしなくちゃだめなんです」


 そう言うけれど、口調が弱々しい。


「じゃあせめて、手をつなぎましょう。私の弟は、手をつないで歩くのが好きなんですよ」


 まあアレクは私とではなく、お母さんと手をつなぐのが好きなわけだが。イカレポンチな姉だったから、警戒されていたのだ。今なら私ともつないでくれるかもしれない。里帰りしたら頼んでみよう。


 ところがラス王子は私の手を取ろうとはせず、首を振った。


「だめです。シャダイの男子たるもの、よその女の人とむやみに触れ合ってはいけません」


 男子ったってあんたは5歳で私は8歳じゃん。ノーカンだよ。日本の銭湯だって5才児なら女湯入ってても文句言われないだろうよ。

 とっさにそう思ったけど、やっぱり口には出せない。くそ、もどかしいな。

 散歩に誘ったのは失敗だったか。とりあえず適当なところで切り上げて帰ろう。


「…………」


 とうとうラスの足が止まってしまった。

 ふと彼の顔を見ると、顔色がかなり悪い。うつむきがちだった上に夕暮れ時で薄暗く、今まで気づかなかった。


「ラス王子」

「いきが、くるしい……」


 私が声をかけるのと、彼が胸を押さえて膝をつくのは、ほとんど同時だった。


「大変!ヨハネさん、王子が!!」


 大声で叫ぶ。だいぶ先に進んでいたヨハネさんが振り返り、すぐに駆け戻ってきた。

 小さな王子はかなり苦しそうで、荒い息を何度も繰り返してうずくまっている。どうしていいか分からず、私は彼の背を撫でた。


「またか……」


 ヨハネさんが眉を寄せて、呟く。


「また?前にもこんな状態になったことが?」

「ええ、ユピテルまでの旅の間に何度か。かなり苦しみますが、長くは続きません。しばらくすれば落ち着きます」


 そうなの?でも、こんなに苦しそうだよ?

 ラス王子は小さな額に冷や汗を浮かべて、苦しそうな息をしている。かわいそうで私の胸まで苦しくなりそうだ。


 ……ふと思った。この症状、前世で見たことある気がする。

 あれは確か、中学生の頃。朝礼で倒れた同級生の女の子がいた。貧血かな?って思ったら、すごく息が苦しそうでびっくりしたっけ。

 先生たちがすぐ担架を持ってきて、保健室に運ばれていったけど……。

 後でその子が「過呼吸だよ」と言っていたな。いろんなストレスがかかると出やすいって。

 対処法はなんだっけ、紙袋に口をつけて息をする……のは、一昔前のやり方でかえってよくないんだったか。

 くそ、うろ覚えだ。思い出せ。

 ――そうだ、息を吐くのに重点をおいてゆっくり呼吸する、だった。不安やストレスで悪化するから、なるべく優しく声をかけて。


「ちょっと待って下さい。まだ動かさないで」


 ヨハネさんが王子を抱えあげようとしていたので、制止する。今、体勢を無理に変えるのも苦しいだろう。

 ヨハネさんが不審そうな顔をしながら、でも手を止めた。

 ラス王子の膝を立てて座らせて、そっと背中を撫でる。


「大丈夫ですよ。落ち着いて、ゆっくり息をしてね。深呼吸するみたいに、ゆっくり。吸って、ゆーっくり吐いて」


 息の間隔が取りやすいように、言葉に合わせて背中を撫でる。だんだん前世の記憶を思い出してきたぞ。一回に10秒くらいかけて息をして、吸う1に対して吐く2くらいの割合がいいんだったな。


「はい、息を吐いて、吐いて。吸って……」


 そんなことをしばらく繰り返していたら、徐々に呼吸が落ち着いてきた。

 おお、効果あった。背中を撫でるのは一度やめて正面に回って顔色を見てみる。

 と、思ったら。


「うぅ、げほっ」


 咳と一緒に夕食で食べたものを戻してしまって、ちょうど前にいた私に嘔吐物がかかった。

 苦しさで涙を浮かべたラス王子が、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返す。


「大丈夫、なんでもないよ。気にしなくていいから、楽にしてね」


 まあ正直言えば「うへあ」という感じだったが、そんなことも言っていられない。お屋敷はすぐそこだから、洗濯お願いしてお風呂に入ればいいや。何なら服も自分でざっと洗うし。

 今度は隣に座って背中を撫でた。だんだん落ち着いてきたので、ヨハネさんに抱き上げてもらってお屋敷に戻る。

 口の中で祈りの言葉を呟いた後、ヨハネさんが言った。


「こうなった殿下がこんなに早く落ち着いたのは、初めてです。いつもはもっと苦しむのに……。ゼニス殿に感謝を」

「いえ、私こそ体調が悪いのに気づかず、散歩に誘ってしまって」


 道すがら、そんな言葉を交わした。

 移動中もラス王子の容態は悪化はせず、けれど憔悴した様子だった。

 出迎えた使用人たちが何事かと驚いている。ヨハネさんはラス王子の部屋に向かい、私は服が汚れてしまったので、一度別れてお風呂に行く。服の洗濯はちょい申し訳なかったが、洗濯係の奴隷の人にお願いした。







 いやはや、めちゃくちゃびっくりした。

 お湯に浸かりながら、私は思った。

 でも今回はたまたま過呼吸――なんか正式な病名があった気がするけど、思い出せないからこれで――の対処法でうまくいったけど、他の病気がないとも限らない。そうなったら私はお手上げである。私に医学の心得なんてないわ。

 前世の中学時代を思い出して動けたので良かったというところか。またパニクってフリーズしなくてほんとよかった。あんな苦しそうな小さい子を放っておくなんて、できないよね。


 さて、さっさとお湯から上がって様子を見に行こう。まだ心配だもの。落ち着いてくれるといいんだけど……。

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転生大魔女の異世界暮らし1巻
TO Books.Illustrated by saraki
― 新着の感想 ―
[一言] やさしくてお姉さんすきそうなアレクに警戒されるとはかなりのイカレっぷりエピソードですね。 昔の価値観らしい子供に精神論で無茶苦茶な指導ですね。
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