第三話 ケイヤク
さっきから俺の部屋には人が来る。一人目は窓から。二人目も窓から。ただし二人目は窓を壊して入ってきた。
「ヨミさん……こいつは……」
「ああ。私たちが探していた黒山羊だ」
黒山羊と呼ばれるその男は体についたガラスの破片を落としている。大方払いのけるとヨミを睨んだ。
「連爆のヨミ……。有名人だ」
「お前は小早川瞬太だな。黒山羊は対策法に則り、殴る」
「おーおー、俺も黒山羊か。なんだか寂しいよ」
小早川は右手を掲げ、空気を掴む様にした。
「でも、アンタとやれるってんなら黒山羊になって良かったよ」
部屋中に閃光が走る。ばちばちと音を立てながら散る火花が徐々に小早川の元に集まり、形を成していく。ゆらゆらした境界線のない陽炎の様な、生き物。
「これが……フラッシュ……」
「下がっていろ少年。危険だ」
ヨミは着ていた上着を脱ぐと小早川に向かって投げた。その上着は小早川に届く前にバラバラになって地面に落ちた。
「武閃か……」
小早川の手にはナイフの様なものが握られていた。
「ガキ守りながらじゃ俺には勝てないでしょ」
小早川はナイフを振り回す。ヨミはそれを避け、後退していく。
「どうしたぁ!こんなもんかよぉ!」
「それは私のセリフだよ。よくもまぁその程度で勝負を仕掛けてきたな」
「あぁ!?」
ヨミは自分に向かって振り下ろされた腕を掴み上げ、ガラ空きの腹に一発。小早川は倒れ込む。しかしヨミは追撃の手を緩めず、顔面に蹴りをいれた。
「どうだ少年。私は強いだろう」
「は、、、はい、、」
「さて、次で決めるか…………ん?」
ヨミの手が止まった。
「まずいな……私のフラッシュが……」
「どうしたのヨミさん!?」
「フラッシュが出せん」
場が凍る。
「へぇ……なんだか知らねえが…チャンスみたいじゃねーの……」
鼻血をだらだらと流した小早川が立ち上がる。鼻を摘みながら笑っている。
「ヨミさんどうしたんです!なんかアイツ負けっぽいのにチャンスとか……元気になってますけど!」
「フラッシュにはフラッシュで……そうでなくとも負の記憶の力が込められたもの以外、有効打にはならない。つまりアイツがフラッシュを解かない限り……どうやっても倒せないと言うことだ」
「そんな……じゃあどうすんの!?俺……ぶん殴られちゃう!?」
「安心してくれ。私がそんな事させない」
(しかしどうしたものか。ここまで野良のフラッシュがいないとは。一匹でもいれば……)
「ヨミさん! なんだコレ!!」
「なっ……」
コカゲの周囲の大気が揺らいでいる。
「フラッシュだ…………」
小早川の顔に恐怖が映る。
「なに……どうなってる……! ガキ! なんでそんなにツいてる!?」
「ツいてるって……え? え!?」
ヨミがコカゲの後ろにまわる。
「契約だ! 誰でもいい! 私と契約しろ!」
コカゲの後ろに動きはない。それはコカゲから離れるつもりはないと示唆していた。
「ちっ……そんなに少年と契約したいのか……」
「なんだよビビらせやがって……! まだ契約してないんじゃねえか! 怖がる必要なかったぜ!」
意気揚々と突進してくる小早川。ヨミは小早川の繰り出す攻撃を全て捌いていく。
「逃げるんだ少年! こいつの狙いは私だ!」
「でもヨミさん!」
「安心しろ!私がこいつに負けるなど……絶対にない!」
「はは……!」
(確かに……アイツ全くヨミさんに敵ってない。足手まといの俺がいない方がヨミさんも……)
「いいや連爆のヨミ。お前はここで終わる」
小早川はナイフを放った。ナイフは空中でさらさらと消えた。
「このフラッシュ、知ってるだろ?」
「なっ……」
小早川の手にはナイフの代わりに槍。槍にはぎょろぎょろした目玉がいくつかついている。
「火槍……!なぜお前が持っている!」
「どうでもいいだろそんな事は。どうせアンタは死ぬんだから」
ヨミの焦りがコカゲに伝わる。
「あ……あぁ……」
「少年!惚けているな!早く逃げるんだ!」
「いや……それはできないですよ……」
「な……!?」
「だって……ここで俺だけ逃げたら一生後悔すると思うんだ。そして…毎晩今日を思い出して……情けない自分に呆れて……」
コカゲは右手を上げる。コカゲの右手を中心に空間が渦巻いていく。
「だからさ、俺の黒歴史で……明日をつくるよ」
「やめるんだ!そんな数と契約したら……」
この部屋一帯の全てを入れ替えた様な、澄んだ空気が流れる。コカゲは静かに目を開け、唇を動かした。
「契約だ」