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CAR LOVE LETTER 「Rachel 」

作者: YAS

車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。

貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?

そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。

<Theme:NISSAN Fairlady Z(Z34)>


先日、久しぶりに実家に電話したんだ。学生の頃に読んだ本を、無性にまた読みたくなって、お袋に送って貰おうと思ったからだ。


社会人になって4年、何とか仕事もこなせる様になってきたし、地元を離れて独り暮らしするのにも慣れた。

しかしお袋の地元訛りの声を聞いていると、どんどん郷愁が湧いてきて、少しだけ切ない気持ちになってくる。


他愛の無い会話を30分もした頃、お袋が思い出した様にこう言ってきた。

「お父さんね、凄い車買ったのよ。」


何と親父はフェアレディZなんてスポーツカーを買ったらしい。

親父も定年を迎え、第二の人生を謳歌しようと言うのだろう。新米の俺の給料ではそんな車とても手が届かない。うらやましい話だ。


それにしても親父がそんなスポーツカーに興味があったなんて初耳だ。

近く連休があるので、俺は本を取りに行くついでに親父のフェアレディZを冷やかしに行く事にした。


連休当日。電車に揺られ2時間半、高架の眼下には見慣れた地元の田園風景が広がっている。

駅に着いたと実家に電話すると、しばらくして妹が迎えに来た。

お袋のミラに初心者マークを貼り付けて、いかにも免許取立てですと言う運転で、ノロノロとロータリーに侵入してきた。


「兄貴、久しぶり〜!」ニコニコしてるが、何となく笑顔がぎこちない。


「俺、運転代わろうか。」と言っても、「練習したいの。」と言って代わってくれない。

無事に家までたどり着いて、親父のフェアレディZを拝む事が出来るんだろうか・・・。


駅から家まで20分の道のりを、小一時間かけてノロノロと妹のミラは走る。田舎だからなせる技だ。


すると向こうから黄色の派手な車がやってきた。それはなんと親父のフェアレディZだった。

俺たちの到着があまりに遅いので、心配で探しに来たと言うが、俺はその派手な車と今までの地味な印象の親父とのギャップに言葉を失った。


今までは、乗ってた車も銀色のセダンだったし、ダサダサのゴルフウェアがお洒落着だったのに、今は真っ黄のスポーツカーに、服装だってチョイ悪風で、ヒゲまでたくわえている。

こりゃ一体どう言う風の吹き回しなんだろうか??


その晩は、姉貴夫婦も実家に遊びにきて、久しぶりに家族が全員そろった。

最近俺は正月もろくに帰らずだったので、姉貴夫婦や甥っ子の顔を見るのは多分2年ぶりくらいだろう。


「あんた、少し太ったんじゃない?」

「そういう姉貴も、人の事言えないぜ。」

そんな久しぶりの姉弟の小競り合いを、赤ら顔のチョイ悪親父は、クールな表情でお義兄さんにお酌しながらも、密かに喜んでいる様だった。


「お父さんさ、何か最近変わったでしょ。どう思う〜?」

酔っ払った姉貴は親父をいじり始める。


「えー、別にいいじゃん!以前のただの中年オジサンよりかさぁ。」妹も話に乗っかる。

親父は自分の話をされるのが嫌だったのか、くすぐったそうな表情で、タバコをくわえて自分の部屋にこもってしまった。


お義兄さん、姉貴、妹との話に花が咲き、俺はその晩、ずいぶん深酒してしまった。

その為、翌日俺は少々二日酔い気味で、起きた時には太陽がかなり高い位置にあった。


頭をかきながら、むさくるしい表情でリビングに降りると、窓の外に親父のフェアレディZが目に留まる。磨き上げられた黄色いボディに太陽がまぶしかった。


「やっと起きてきたか。コーヒー、飲みにいくぞ。」


親父はそう言って早く支度をするようにと俺を急き立てる。別にコーヒーなんて家で飲めばいいのに。


顔を洗って着替えして、チョイ悪の助手席のドアに手をかける。

ガチッとしたドアハンドルを引くと、指にドアの重みがずしりとかかる。

乗り込む感触からして高級なイメージだ。俺が普段使っている社用車の軽とは、まさに月とスッポンだ。

フェアレディZの車内は、新車の香りとタバコの煙が混ざりあった匂いがした。

遠い昔に銀色のセダンでもかいだ事のある匂い。浮き世離れしたスポーツカーでありながらも、この車は親父の車なのだと感じた。

せっかくだから、後で運転させてもらおうかな。


親父はどうやら街の方に向かっているようだ。

久しぶりの地元の繁華街。何だか俺の知ってる頃の街からはずいぶん様がわりしてしまった。

親父に連れて行かれた店も、やはり俺の知らない、街の様がわりしたひとつだった。


「オールディーズ」と書かれた看板をくぐると、昔のハリウッド映画なんかで見るカフェの光景が広がっていた。


丸い椅子のカウンター席と派手なビニール生地のボックス席。安っぽいバドワイザーのネオンやレコードが回るジュークボックス。

こんな田舎の繁華街に、こんな洒落た店が出来たなんて。


親父はコーヒーとホットドッグを注文する。ホットドッグ?!意外だ。

せっかくなので、俺もその注文にならう。


程なくして俺達の前に注文の品が並ぶ。いい香りのアメリカンに、びっくりするくらいのでかさのホットドッグだ。


親父はがぶりとホットドッグにかぶりつき、付け合わせのピクルスもひょいと口に放り込んだ。


本当に意外だ。親父が自分からジャンクフードを注文して、大口を開けてそれをモリモリ食っているんだ。俺は見たことの無い生物を見ているような、そんな気分だった。


「どうした?食わんのか。」ヒゲについたケチャップをぬぐい、親父はコーヒーをすする。

はっと我に返り、俺も親父に負けない位の大口でホットドッグにかぶりつく。見た目の迫力とは裏腹に、ケチャップと粒マスタードの素朴で懐かしい味だった。


腹も満たされ、店の雰囲気と親父の違和感にも慣れてきたころ、タバコをふかす親父に俺はずっと気になっていた疑問を投げ掛けてみた。

「なぁ、一体どうしてなんだい?こんなに印象が変わっちゃってさ。」


「お前、秘密は守れる方か?」チョイ悪な凄みをきかせて親父は俺の目をじろりと睨みつけてきた。

「あ、あぁ。」と少し気圧され、俺は答える。


「もう30年以上も昔の事だ。お前もお姉ちゃんも生まれていない、母さんとも知り合う前の話だ。」親父は二本目のタバコに火をつけ、深くゆっくり吸った後に重く口を開いた。


「社会に出て少しして、多分今のお前より若かっただろうな、俺はアメリカに赴任していたんだ。」


知ってる。そこでの働きを認められて、若いのに親父は本社勤務に大抜擢されたんだ。


「俺が赴任していた街では、日本人が住んでいるなんて珍しかったんだが、俺が住んでいたアパートのご近所さんはことのほか親切な人が多くてな、本当に住み良い環境だった。

特にお隣さんは大層な親日家でな、本当にいろいろと俺に親切にしてくれたんだ。

次第に俺は、自分のアパートにいる時間よりも、お隣さんの家にいる時間の方が長くなって行ったよ。


そこの親父さんと話をしたり酒を飲んだりするのも楽しかったが、親父さんには俺より一つ年上の、レイチェルって娘がいてな。俺にとっては親父さんとの会話よりも、レイチェルに会う事の方が実はよっぽど重要だった。」


何だ?親父は一体何の話をしているんだ・・・?

チョイ悪は、タバコの灰を灰皿に落として、話を続けた。


「親父さんが乗っていたのが、真っ黄色のダットサン、フェアレディZでな。スタイルも最高だったが、小さいエンジンなのにパワーがあって、走りも良い車だった。


週末には俺とレイチェルは、親父さんのZを借りて、山の湖水や遊園地、映画館なんかによく遊びに行ったんだ。

俺は本当にZが好きだった。一生懸命仕事して、いつか俺も自分のZを買うぞとレイチェルに宣言したんだ。そうしたらレイチェルは、この車はきっと将来貴方の物になるわ、なんて言ってきた。

そうだ。俺はレイチェルと一緒になるつもりだった。きっと彼女もそのつもりだったと思う。


しかししばらくして、俺に日本の本社勤務の辞令が出たんだ。

アメリカに仲間が出来て、レイチェルの様な存在も居て、その辞令は俺にとって本当に迷惑だった。俺はそのままアメリカに残してもらえる様、会社にかけあったのだが、若僧の言うことなんて会社はこれっぽっちも聞いてくれなかったよ。」


俺の知ってる事実の裏側の話を親父は続ける。知らぬ間に俺の心臓は鼓動を早めていた。


「会社を辞めてアメリカで他の仕事に就く事も考えたが、仕事なんか見付かりゃしない。やはりその当時のアメリカ社会は日本人には冷たかった。結局俺は、日本に戻る事になってしまったんだ。


日本に戻ってからは、それこそ毎週の様にレイチェルに手紙を書いた。俺はいつか仕事で成功して、日本にレイチェルを迎えるつもりだった。レイチェルからも毎週の様に返事が届いた。


しかし月日が流れ、仕事も忙しくなり、手紙の頻度も毎週から二週間に一度、月に一度、三ヶ月に一度、半年に一度とだんだん減って行き、いつの間にかぷっつりと手紙を送る事もなくなってしまったんだ。」


親父は冷たくなったアメリカンをぐいと流し込み、フィルターが焦げ始めたタバコを揉み消した。


「それからずいぶん経って、お母さんとも結婚して、多分お前が生まれた頃かな、アメリカから差出人の名前の無い手紙が届いたんだ。

母さんはいぶかしく思っていたようだが、俺はレイチェルからの手紙だとわかっていた。

期待と不安が入り混じった気持ちで封筒を開けると、その中には"This is yours."とだけ書かれた便箋と、こいつが入っていたんだ。」


親父はZの鍵を胸ポケットから取り出した。

そこには古ぼけた皮のキーホルダーが付けられていた。それは、黄色のダットサンの鍵に付けられていたキーホルダーだという。


「このキーホルダーを見て、俺はあの時誓ったZのオーナーになると言う目標を思い出したんだ。そうして今になってその目標が成就したって訳だ。


Zを手に入れ、俺は大昔の思い出に浸っているのさ。別に印象が変わったってわけじゃない。アメリカに居た頃は、こんな服装も、食事も、よくしてたもんだよ。」


親父は少しすっきりした表情で、3本目のタバコに火をつけた。


「しかし親父、この話はお袋や姉貴、妹は知ってるのかい?」更なる俺の質問に親父は「あいつらは、"どうしたの?"といってはきたが、"どうしてなの?"と聞いては来なかった。」と言い、ニヤリと笑った。


俺もニヤリと笑い返し、「"どうしてなの?"と聞かれても、今の話はしなかっただろ?」と聞くと、親父はくすぐったそうな表情をして、そこからは何も答えてくれなかった。


フェアレディZは親父にとって、ただの車ではなく、若かりし頃の甘く苦い記憶なのだ。

親父は「乗ってみるか。」とZの運転を勧めてくれたが、俺は遠慮する事にした。


その晩、俺は何も知らないふりをして、親父が寝たあとお袋に、「親父は何でZを買って、あんなにも変わったのかな。」と問いかけた。


するとお袋は、「昔々のキーホルダーに、思いを馳せているのかもね。」と答えた。俺はそれを聞いてギョっとした。


そしてお袋は、「私にはね、今お父さんとアンタ達がいる。それで幸せなのよ。」と言い、そそくさと風呂に入ってしまった。

親父は、お袋の手の平で転がされているのかも知れないな。


翌日、駅まで親父が送ってくれた。

「また遊びに来い。」そう言う親父の目は、息子を見るものではなく、心を共有した男を見る目の様だった。

多分、俺も親父をそんな目で見ていたのかもしれない。


駅のホームからの眼下に、田園風景の緑の中を掛ける真っ黄色のフェアレディZの姿が見えた。

俺はそれに込められた秘密を思い返しながら、親父のフェアレディZを見送った。


電車が来る直前、彼女からメールが届く。

「お土産は何?」だってさ。


男は、女の手の平で転がされている位が、丁度良いのかも知れないな。



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― 新着の感想 ―
[一言] 長い人生の中で、親にもいろいろあったはず。こう考えると、少し楽しくなりますね。女の手のひらで転がしているなら、それは結構いいことじゃないかな。だって、破滅には向かわないでしょう。そうでないと…
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