バタフライエフェクト
病室にわたしの愛する妻がいる。
窓の外をみるとちょうど桜が散っているところだった。
ちょうど妻と出会ったのも4月ごろだった。
彼女はもう寿命だ。二人で生きた70年間は他人からみれば奇妙であっただろう。
旅行をするときはいつも電車だった。私たちにはルールがあったため、車で行くのはご法度であった。妻は私との夫婦生活に果たして真に満足をしていたのか。
「いままでありがとう。愛してるわよ」
妻が枯れた声で私にそう告げた。
涙があふれた。
たしかにこの70年間かけがえのない時間だった。
「ねえあなた。私を抱きしめて。」
私は今までの人生を振り返り彼女を強く抱きしめ、屁を放った。
妻と出会う前に手に入れた奇妙な能力のことを思い出した。
私には世界をかえる能力がある。
私がこの能力を手に入れたのは、入社2年目のときだ。ブラック企業につとめ毎日、日付がかわるまで仕事をする。帰りの電車はいつも終電だ。気が狂いそうになっていた。思い描いた社会人生活とはかけ離れた毎日。満員電車に押しつぶされ、パワハラ上司に叱責され、なぜ自分は生きているのだろうと思った。さらにストレスからくるのか、よくおならをした。そんなある日、くたびれて家に帰りすぐさまベットにダイブをすると脳内から低い男の声が響いた。
「力がほしいか?」
びっくりした。辺りを見回しても誰もいない。ここまで病んでいるのか。そう思ったが
また男の声が聞こえた。
「俺は悪魔だ。ちからがほしいか」
うるさいと思った。早く寝たいので「ああ、ほしいよ。勝手にしてくれ。」といいそのままその日はおちた。
翌日パワハラ上司にいつものように怒られている最中、おならがでそうになった。
心の中で「やめてくれ今出ないでくれ」と思ったが、願いむなしくフロアに音が響いた。
「てめえ、俺が指導しているときにおならなんていい度胸だな!」
もうなんでこんなタイミングでおならがでるのだ。
自分の体をうらんでいるとまた例の男の声が聞こえた。
「条件がそろった。能力が発動する。」
ストレスでまた幻聴がきこえた。私はもうだめかもしれない。
すると上司のデスクの電話がなった。
「なんだこの忙しいときに・・・・・はい、なんですか。あ、はい・・・。はい・・・。
すぐにいきます。」
上司は急に人事部に呼ばれた。上司は常日頃のパワハラを通報され、関連会社出向の辞令ををうけた。
1か月後、パワハラ上司が職場にいなくなってから私の生活は好転した。仕事もまわりはじめ早帰りもできるようになり、おならをする回数も減っていった。
ある日の眠る前またあの男の声がきこえた。
「なぜ能力をつかわない。」生活に余裕のできた私は初めて返答した。
「なあ、いったい能力ってなんなんだ」
「説明しよう。お前には能力をさずけた。その名もバタフライエフェクト。
それはお前がおならをしたら目の前の人間に不幸が訪れる、という力だ。
バタフライエフェクトを知っているか?わずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象だ。
目の前の蝶が羽ばたいたら、ブラジルで竜巻がおこるあれのことだ。」
頭の中から聞こえてくる悪魔の説明の意味がまったく理解ができなかった。
「まああまり難しく考えるな。お前がおならをすることによってまわりまわって、目の前の人間が不幸になってしまうということだ。」
なるほど。だから急にあのパワハラ上司が急に出向になったのか。
「そうだ。だからあの上司にも不幸が訪れた。この能力を有効に使うのもお前次第。
いままでこの能力を悪用し、好き勝手つかった人間がたくさんいる。」
そうなのか。私は不思議と納得をした。
その日から私は能力の使い道を考えた。
考えに考えた結果、世のため人のために使おうと思った。
常に私はさつまいもをかばんに常備した。カツアゲされている少年をみつけたら、いそいでさつまいもを食し、不良の目の前で屁をはなった。
後輩の女性社員が飲み会中、上司にセクハラをされていたら、目の前に居酒屋料理があろうが、かばんの中のサツマイモを取り出し急いで食した。セクハラ上司の目の前にいき、放屁した。
目の前の人物にはすぐに不幸が訪れるわけではない。不良には袋叩きにあい、セクハラ上司には説教された。
目の前の人物にどのような不幸が訪れたのか知る由はないが、少年をたすけた際には「よくわからないけど助けようとしてくれたんだよね。ありがとう」と感謝をされた。
後輩を助けた際には「独特な助け方ですね。おなら先輩」といじられたが、照れ隠しなのはよくわかった。
そんなある日私は運命的な出会いをした。満員電車にゆられているとき、私は痴漢されている女子高生を発見した。すぐにたすけようとおもったが、痴漢をしているのは見るからに堅気ではない男だった。万全をきすために、急いで私はさつまいもをたべようとした。しかし、満員電車のためなかなか鞄をあけることができない。
「すいません。ちょっとすいません」
と周囲によびかけなんとかサツマイモをとりだした。
周囲からはなんでこんな満員電車のなかサツマイモを取り出すのかと奇妙な目でみられた。
猛スピードでサツマイモをたべている私をみてされに周囲は困惑した。
おならの準備ができだ。
私は周囲をかきわけ、痴漢男の目の前までいった。すぐ後ろにはさきほどまで被害にあっていた女子高生がいる。
私の尻と彼女の尻があわさってる。
彼女は急に私が目の前にきたため、驚いたのか振り返っていた。つまり今彼女の目の前には私の尻がる。
関係ない。
私は渾身の力をふりしぼり、屁をかましてやった。
人生ベスト1の屁だ。
「くせえ、くせえぞ」周囲の乗客は口をそろえていった。
大混乱だ。犯人が私であることはさきほどさつまいもを暴食していたから一目瞭然だろう。
かわまん。そして私は大声で目の前の男にこういった。「痴漢はやめろ!」
周囲からは「うるせえ!」と罵声をあびた。
こわもての男からは「てめえ次の駅でおりろ」と言われ、ぼこぼこにされそうになった。しかし今回はすぐに男に不幸が訪れた。
次の駅でおりたとたんに痴漢男は警官に逮捕された。車内で痴漢Gメンがみはっていたらしい。「だったら早く助けろよ」という心の声をしまい、私はその場を立ち去ろうとした。
するとさきほどの女子高生が鼻をつまみなら声をかけてきた。
「あの、ありがとうございました!」女子高生はこの世のものとは思えないくらいかわいかった。
そこからの私の人生は急スピードだった。彼女が高校卒業するまで、関係をもつのを我慢し、大学生になったと同時に付き合った。幸せな日々だった。いつしか一緒に暮らすようになった。私は今後の二人のためにバタフライエフェクトの話をした。
彼女はうけいれてくれた。バタフライエフェクトをもつ私と普通の生活はできなかった。
彼女の目の前ではサツマイモを食べることはできないし、一緒に寝るのも危険なため、セックスをしたあとは別々の部屋で寝た。ドライブも危険なため、いつも電車移動だ。もし車内でおならをして彼女を不幸にさせないように。
旅館にとまるときは2メートル間隔あけて寝る。つらかっただろう。しかし彼女はそんな私をいつも愛してくれ、一生そいとげるといってくれた。
わたしたちは結婚し幸せにくらした。
病室にわたしの愛する妻がいる。
彼女はもう寿命だ。二人でいきた70年間は他人からみれば奇妙であっただろう。
しかしかけがえのない時間だった。
私は今までの人生を振り返り彼女を強く抱きしめ、70年ぶりに屁をはなった。
その屁は自己ベストを更新した。ベスト2はもちろん妻と出会った、電車での屁。
いままでありがとう。愛する妻は息をひきとり、私も続けて天上した。