表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

盲目のハープ弾き

作者: 狗恋るか

 寂しい。

 どこともつかない暗い部屋の隅で、独り(うずくま)っています。


 いつからこんな処に居て、いつから独りで……ううん、むしろ今まで誰が傍にいたかもわからない。

 寂しくて、寂しくて、どうにかなってしまいそうです。


「独りにしないで……」


 真っ暗闇でただ一人、暗闇から逃げ目を瞑っていた男の子は(ひと)()ちました。


 怯えた男の子はやがて、こっくり、こっくりと船をこぎ始めます。



 はた、と気がづくと、そこには満天の星空が。

 (きら)めく星々の中に、不思議なことに椅子が一脚。


 そこに座するは一人のハープ弾きでした。


「あなたは、だれ」


「……そうですね、誰なのでしょう」


 そのハープ弾きの女性は、夜空色のドレスを身に纏い、暫く柔らかで心地よい曲を奏でていました。

 よく見ると、彼女の目の焦点が合っていません。


 きっと盲目なのでしょう。


 弾いた弦の余韻が残る中、盲人はやっと口を開きます。


「貴方は暗闇が恐ろしいですか」


 美しく凛とした、それでいて繊細な……そう、まるでハープのような声色で続けます。


「孤独が恐ろしいですか」


 彼女が盲人なのは解っていましたが、まるで視線から逃れるように男の子はぷいと余所を見ます。


「こ、怖くなんかないさ」


 それを聞いた彼女は、くすりと口角を上げて俯きました。


「そうですか。でも、私は恐ろしい。孤独な夜が。何も見えない暗闇が」


 男の子は不思議に思います。

 だって、彼女は目が見えないのですから。暗闇であろうが、そうでなかろうが、彼女は何にも見えないのです。


「暗闇って言ったって、あなたは目が見えていないじゃないか」


 事実ではあるけれど、何だか酷いことを言っているような気持になりながら続けます。


「僕が来るまで独りぼっちだったじゃないか」


 申し訳なさそうに、でも少しとげがあるように言の葉をハープ弾きに突き刺します。


「ええ、私は盲目です。私の目は光をうつしません。目を閉じてもひらいても、真っ暗です」


 そして、と、ゆっくりゆっくり顔を上げてまた微笑みました。


「私はいつだってこの場所に一人でいます」


 今度は男の子も黙って聞いています。


「けれど、私には音が聞こえる、風の吹きすさぶ音確かに脈打つ心の音、貴方の声も」


「そして私のハープ」


 愛おしそうにハープを撫でると、柔らかい音が微かに聞こえるのが、どうしようもなく美しいと彼は思いました。

 けれど、それでも彼は反論します。


「でもそれだけじゃあ光は見えないし、孤独もかわらない」


 何か張り合うように、自分自身に言い聞かせるように、彼は酷く反論するのです。


 けれど、ハープ弾きの柔らかい表情に変わりは一切ありません。

 それどころか、より一層柔らかく安らいだ微笑みをたたえています。


「いいえ、いいえ、一人でつぶやく言葉も、誰もいない宵闇に消えていく私のハープも、 きっと誰かが聞いているのです」


 見えない目で、あたりをぐるりと見渡しながら……いいえ、()()()()()()()()で、しゃらんともう一度ハープに手をかけました。


「私の声が、私の言葉が、私の音色が、誰かに響く限り、私は孤独ではないのです」


 もう男の子は一言も発しません。まるでソロコンサートを聴きに来た一人の観客のように、彼女の言葉と音色に耳を澄ませています。


「誰も聞いていない、誰も聞いてくれない、私はそんな風に悪いほうに決めつけることをしません」


 それは歌のようにすっと心に響きます。


「私は全世界のひとりひとりに“私の音は聞こえていますか”と“私は孤独な人間ですか”と聞きまわったことはありませんから」


 彼はなるほど、と無意識ながら小さな頭をこくりと傾げます。


「それならば、周りが全く見えなくても独りだったとしても、私はこう思うのです」


 ハープの手をとめて大きくてを広げた彼女は、空に佇む一人の女神のように清らかに目を瞑りました。


「世界の誰かが、もしかしたら、世界そのものが私の傍で、私の声をきいている……。

 そうすると、心に暖かな光がさします。私には、その光が見えているから孤独ではありません」


 唐突な壮大な話に、男の子は現実に戻ります。


「でも、世界が傍にいるはずなんか」


 それでもやっぱり、女性は楽しそうに笑いました。


「あら。あなたは世界の一部。私も世界の一部。

 世界の中にいるのに、世界が近くにいないのはおかしいではありませんか」


 くすくすと、笑う彼女に、ほんのちょっと男の子はむっとしますが、彼女はお構いなしです。


「いいんです。曖昧でも。確かではないからこそ、悪いように考えてしまいますが

 確かではないからこそ、良いほうにも考えられるのです」


「幸い、今夜の私には、貴方という話し相手がいました」


「たまに感じる、自分でない誰かの良い記憶を貴方も忘れなければ

 貴方は絶対に独りにはなりません」


「つらくかなしいことがあっても、世界が、私が、もしかしたら

 気づいていないだけで、貴方を想う誰かが必ず傍にいます」


「独りでいる人間はいない。独りでいていい人間などいない」


 ハープ弾きは、返事する暇を与えずにそう言いました。

 これだけは絶対譲れないというように。

 そして最後にこう呟くのです。


「もしも不安になることがあったなら、私にまた会いに来てください」






















「そこの、貴方も」

盲目のハープ弾きは、本来絵本にしようと思って作った作品でした。

絵本用の為、最初のシナリオからそこそこ描写を増やしましたが、いかがでしょうか。


少しはこれで救われる方がいればと思っております。

短編完結作品ですので、ブックマークはないかと思われますが、感想等いただければ大変うれしいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ