盲目のハープ弾き
寂しい。
どこともつかない暗い部屋の隅で、独り蹲っています。
いつからこんな処に居て、いつから独りで……ううん、むしろ今まで誰が傍にいたかもわからない。
寂しくて、寂しくて、どうにかなってしまいそうです。
「独りにしないで……」
真っ暗闇でただ一人、暗闇から逃げ目を瞑っていた男の子は独り言ちました。
怯えた男の子はやがて、こっくり、こっくりと船をこぎ始めます。
★
はた、と気がづくと、そこには満天の星空が。
煌めく星々の中に、不思議なことに椅子が一脚。
そこに座するは一人のハープ弾きでした。
「あなたは、だれ」
「……そうですね、誰なのでしょう」
そのハープ弾きの女性は、夜空色のドレスを身に纏い、暫く柔らかで心地よい曲を奏でていました。
よく見ると、彼女の目の焦点が合っていません。
きっと盲目なのでしょう。
弾いた弦の余韻が残る中、盲人はやっと口を開きます。
「貴方は暗闇が恐ろしいですか」
美しく凛とした、それでいて繊細な……そう、まるでハープのような声色で続けます。
「孤独が恐ろしいですか」
彼女が盲人なのは解っていましたが、まるで視線から逃れるように男の子はぷいと余所を見ます。
「こ、怖くなんかないさ」
それを聞いた彼女は、くすりと口角を上げて俯きました。
「そうですか。でも、私は恐ろしい。孤独な夜が。何も見えない暗闇が」
男の子は不思議に思います。
だって、彼女は目が見えないのですから。暗闇であろうが、そうでなかろうが、彼女は何にも見えないのです。
「暗闇って言ったって、あなたは目が見えていないじゃないか」
事実ではあるけれど、何だか酷いことを言っているような気持になりながら続けます。
「僕が来るまで独りぼっちだったじゃないか」
申し訳なさそうに、でも少しとげがあるように言の葉をハープ弾きに突き刺します。
「ええ、私は盲目です。私の目は光をうつしません。目を閉じてもひらいても、真っ暗です」
そして、と、ゆっくりゆっくり顔を上げてまた微笑みました。
「私はいつだってこの場所に一人でいます」
今度は男の子も黙って聞いています。
「けれど、私には音が聞こえる、風の吹きすさぶ音確かに脈打つ心の音、貴方の声も」
「そして私のハープ」
愛おしそうにハープを撫でると、柔らかい音が微かに聞こえるのが、どうしようもなく美しいと彼は思いました。
けれど、それでも彼は反論します。
「でもそれだけじゃあ光は見えないし、孤独もかわらない」
何か張り合うように、自分自身に言い聞かせるように、彼は酷く反論するのです。
けれど、ハープ弾きの柔らかい表情に変わりは一切ありません。
それどころか、より一層柔らかく安らいだ微笑みをたたえています。
「いいえ、いいえ、一人でつぶやく言葉も、誰もいない宵闇に消えていく私のハープも、 きっと誰かが聞いているのです」
見えない目で、あたりをぐるりと見渡しながら……いいえ、見渡すような仕草で、しゃらんともう一度ハープに手をかけました。
「私の声が、私の言葉が、私の音色が、誰かに響く限り、私は孤独ではないのです」
もう男の子は一言も発しません。まるでソロコンサートを聴きに来た一人の観客のように、彼女の言葉と音色に耳を澄ませています。
「誰も聞いていない、誰も聞いてくれない、私はそんな風に悪いほうに決めつけることをしません」
それは歌のようにすっと心に響きます。
「私は全世界のひとりひとりに“私の音は聞こえていますか”と“私は孤独な人間ですか”と聞きまわったことはありませんから」
彼はなるほど、と無意識ながら小さな頭をこくりと傾げます。
「それならば、周りが全く見えなくても独りだったとしても、私はこう思うのです」
ハープの手をとめて大きくてを広げた彼女は、空に佇む一人の女神のように清らかに目を瞑りました。
「世界の誰かが、もしかしたら、世界そのものが私の傍で、私の声をきいている……。
そうすると、心に暖かな光がさします。私には、その光が見えているから孤独ではありません」
唐突な壮大な話に、男の子は現実に戻ります。
「でも、世界が傍にいるはずなんか」
それでもやっぱり、女性は楽しそうに笑いました。
「あら。あなたは世界の一部。私も世界の一部。
世界の中にいるのに、世界が近くにいないのはおかしいではありませんか」
くすくすと、笑う彼女に、ほんのちょっと男の子はむっとしますが、彼女はお構いなしです。
「いいんです。曖昧でも。確かではないからこそ、悪いように考えてしまいますが
確かではないからこそ、良いほうにも考えられるのです」
「幸い、今夜の私には、貴方という話し相手がいました」
「たまに感じる、自分でない誰かの良い記憶を貴方も忘れなければ
貴方は絶対に独りにはなりません」
「つらくかなしいことがあっても、世界が、私が、もしかしたら
気づいていないだけで、貴方を想う誰かが必ず傍にいます」
「独りでいる人間はいない。独りでいていい人間などいない」
ハープ弾きは、返事する暇を与えずにそう言いました。
これだけは絶対譲れないというように。
そして最後にこう呟くのです。
「もしも不安になることがあったなら、私にまた会いに来てください」
「そこの、貴方も」
盲目のハープ弾きは、本来絵本にしようと思って作った作品でした。
絵本用の為、最初のシナリオからそこそこ描写を増やしましたが、いかがでしょうか。
少しはこれで救われる方がいればと思っております。
短編完結作品ですので、ブックマークはないかと思われますが、感想等いただければ大変うれしいです。