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時かける少女 BETA  作者: 大橋むつお
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9・アナスタシア・5

時かける少女BETA・9

《アナスタシア・5》          



 日本大使館の炊き出し……カップラーメンの配布は好評だった。


 アリサの部屋は二十世紀末から二十一世紀初めのN食品の倉庫と時空を超えて繋がっている。一日に100箱かすめてくる。一日と言っても、向こうの世界の話で、一日で一年分持ってきても、日に100箱に変わりはない。これくらいなら毎日工場見学にくる小中学生にふるまっている数の中に紛れて分からない。三日で三年分をペトログラードの市民に配った。10万箱330万食ほどになる。おかげで、史実では三日間しかもたなかったペトログラードは、まだ平穏を保っている。


 三日目にアナは心配になった。


「あの身代わりのお人形じゃ、わたしが居なくなっていることに気づかれているんじゃないかしら?」

「ご心配なく。日に二度はあたしがアナに化けて宮殿に戻っています。あのベラでさえ気づいていません。それより、日本の伝統料理のお稽古いたしましょうか?」

「そうね、あのカップ麺は伝統料理ではないでしょうから」

 そう、毎日がカップ麺では人間は一か月ほどで飽きてしまう。そうのんびりもしていられないがアナの気持ちも引きつけておかなければならない。

「ご飯の炊き方から伝授しましょう」


 大使館のキッチンで、ご飯を炊き始めた。


「お米は、このようにとぎます……洗うんじゃありません。水を少し入れて……こう手をまわしながら、最後はギュッと抑え込むように……それを三回やったら手の甲まで水を入れます。はい、そうしたら火にかけて、始めチョロチョロ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るなです」


 ご飯を炊くと、おにぎりの作り方、さらに焼きおにぎりの作り方へと進んでいった。味噌を塗って焼くと長持ちすることも教えた。最初はご飯の炊きあがる臭いが鼻に着いたアナだったが、醤油や味噌を塗った焼きおにぎりは気に入ったようだ。

 続いて、アリサはかす汁と肉じゃがの作り方を教えた。これもアナのお気に入りになった。


「この肉じゃがは、元々はイギリスのビーフシチューなんです。東郷提督がイギリスに留学したときにレシピを持ち帰り、日本風にアレンジしたものなんです」

「え、あのバルチック艦隊を打ち負かした!?」

「嫌かしら?」

「いいえ、あの方は広瀬中佐とセットで尊敬してます。かす汁もなかなかいけるわね」

「これは、日本酒の搾りかすでできています。後日日本酒の作り方も教えるわ。これ日本酒、ちょっと試してみて」

「……うん、白ワインに似てる。こっちのミルクみたいなのは?」

「それは……」

 いう暇も無くアナは飲み干してしまった。

「こっちの方が刺激的!」

「それは濁酒どぶろくです。ちょっとアルコール度が高いの、でもウォッカほどじゃないから、これを飲めばロシア人の酒癖も違ったものになるわ」

「アリサ……あなた、ひょっとしてロシア人の食文化を変えるつもり?」

「少しはね。ロシアは、これから試練の時代に入っていく。それに少しでも役に立ちたいの……」

「いつになく真顔ね……」


「アリサさん、もうカップラーメンじゃ支えきれん。大使館を締めてパリに避難する。そのアーニャ君はどうする?」

「大使、宮殿はどうなっています!?」

「民衆が取り囲んでいる。兵も逃亡しはじめて、早晩軍は機能しなくなる」

「あわたし、宮殿に戻る!」

 そう言ってキッチンのドアから出ようとして、アナは意識を失った。


 気づいた時は列車の中だった。


「ここは?……アリサ。どうして宮殿に戻してくれなかったの!」

「アナ……アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ、あなた一人を助けるのが精一杯だったの。ごめんなさい」

「お母様や家族のみんなは!?」

「幽閉されておいでです。もうあたしの力でも及ばないところで……お命に別状はありません」


 アリサは知っている。来年の7月17日、皇帝一家は皆殺しになる。いや、ならねばならない。そしてアナスタシアを中心にボルシェビキを打ち倒し、新しいロシア……いや世界を作るために。



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