表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時かける少女 BETA  作者: 大橋むつお
7/60

7・アナスタシア・3

時かける少女BETA・7

《アナスタシア・3》          



「もう目を開いてもよろしゅうございますよ」


 アナスタシアは、一瞬鏡を見ていると錯覚した。

 目の前に自分と同じ姿の少女がいて、同じ表情で驚き、同じしぐさをしていた。アナは驚くと口と胸元に交互に手をやる癖がある。そのタイミングまでいっしょで、数秒後には興奮になり、胸元を手でさすり始めた。100年後のアイドル前田敦子の癖に似ている。

「アハハ、そっくりでございましょ?」

 その子はアリサの声で笑った。

「アハハ、あたし、びっくりして気絶するところだったわ。でも、喋ると、やっぱりアリサなのね」

「でも、喋ると、やっぱりアリサなのね」

 アリサは、アナそっくりの声で繰り返した。

「エ、エエ……!?」

「アハハ、やろうと思えば、声だって、この通り!」

「アハハ、すごいすごい! これならお母様やお姉さまが聞いても分からないわ。すごい、アハハ!」

「アハハ!」


 その時ノックと同時に、ベテラン侍女のベラが怖い顔をして入ってきた。


「街では暴動の真っ最中。宮殿の中の者は、畏れ多くも皇后陛下から猫まで息をひそめて心配しているのです。お元気であられるのは結構でございますが、もう少し神妙になさってくださいまし。お次の間を通して廊下にまでお声が響いております。アリサ男爵もお気を付けくださいますよう!」

「ごめんなさいベラさん。殿下が、あまりにもお元気がなかったもので、少しはしゃぎすぎました。気を付けます」

 アリサは、自分の姿に戻って、すまなさそうにベラに謝った。

「男爵のご努力には感謝いたします。でも、ほどほどに願います」

 ベラは、幾分落ち着いた顔にもどって、ドアの向こうに去った。

「アリサ、いつの間にもとにもどったの?」

「これが伊賀流の術です」

「すごいのね忍術って!」


 その時、遠くで一斉射撃の音がした。


「軍が発砲したのかしら……」

「おそらく。でも、銃声に緊張感がありません。あれは威嚇射撃ですね」

「どちらにも怪我人が出なければいいのに……」


 ペトログラードは二月革命の真っ最中である。昨日の国際婦人デーに、街のカミさんたちが請願デモをおこした。


 平穏なデモは戦争と飢餓、政情不安で沸点に達していた市民の不満に火を点けてしまった。12年前におこった「血の日曜日事件」にならないように、警備の軍隊は慎重だったが、もうなだめすかしでは通じなくなってきた。

 皇帝ニコライ二世は前線の部隊から数個連隊をペトログラードに派遣させた。その知らせを受けて軍の警戒部隊も強気に出たのである。


「大丈夫ですよ。12年前も無事に収まりました。今度も無事にいきます」

「アリサ……あたし怖い」

 アナは、アリサの胸に飛び込んだ。アリサは優しくアナをハグした。まるで仲のいい姉妹のようだった。


「怖がっていてもなにも解決しません。あたしたちでできることを考えましょう」


「え、あたしたちが役に立てるの!?」

「はい、元々は街のオカミサンたちの請願運動。要は食べられるようにしてあげればいいんです」

「でも、宮殿は広いけど、とてもあの街の人たちみんなを食べさせられるだけのスペースも食材もないわ」

「そりゃ、ここじゃ無理です。民衆は強いのです。知恵を授けてやれば、自分たちでやります。日本には貧しい食材でも美味しくてお腹がいっぱいになって温かくなる料理がたくさんあります。それを学び日本大使館にいきましょう」

「日本大使館?」

「ええ、あちらの方はまだ落ち着いています。食材も豊富です。アナ自身が出向いて勉強なさいな。そしてオカミサンたちに教えてあげるのです。皇后さまや皇太后さまでは畏れ多すぎて、街の者たちは寄り付きません。アナは、まだ17歳のオチャッピーです。成功の可能性は高いです。それともマカーキ(猿=日本人)の手を借りるのは嫌かしら?」

「ううん、あたしはお父様とは違う。日露戦争の恨みなんかありません」

「じゃ、きまり。今から行きましょう!」

「でも、この警備の中を……」

「こうします」

 アリサは、毛布とクローゼットの衣装で、アナに似た人形を作ってしまった。

「すごい、これも忍術?」

「はい、忍法空蝉うつせみの術。喋って」

「え?」

「いえ、人形に言ったんです」


「今は一人にしておいて」


 人形はアナそのものの声で言った。

「アナも、ちょっと変えましょうね」

 アリサがちょちょいといじると、黒髪でブラウンの瞳の侍女見習いが出来上がった。

「うわー、新入りの侍女みたい」

「さ、レッツゴー!」


 アリサには分かっていた。アナが二度とこの宮殿には戻れない、戻ってはいけないことを。粗末な馬車は日本大使館を目指した……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ