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時かける少女 BETA  作者: 大橋むつお
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6・アナスタシア・2

時かける少女 BETA・6

《アナスタシア・2》        



「わたし、冬の宮殿は嫌い」


 アナスタシアは日に何度か口にするようになった。「なにをおっしゃいます」と古参侍女のベラなどに言われて、初めて自分がそんなことを言ったのに気付く。近頃では「またでございますか」と言われるようになった。


 事実アナスタシアは冬の宮殿は好きではなかった。夏の宮殿は淡い水色の壁面で、内装や什器も「夏」にふさわしく、まるでチャイコフスキーのポルカを聞いているように軽やかな気分になれたが、冬の宮殿はワーグナーのように重苦しく、壁の濃い赤茶色も、船の喫水線の下のように重苦しく。感受性の鋭いアナは、近づいてくる革命の血のように思えた。

 でも、ただなんとなくの範囲で、今まで、こんなにはっきりと口に出して言うことはなかった。


 事実、アリサが家庭教師に来てくれてからは、毎日がときめくことばかりだった。


「へー、パナマ運河って、そんなに落差があるの!?」

「はい、最大で26メートル。この冬の宮殿の倍ほど……世界中の人間の格差ほどではありませんけど。それを閘門によって段差を水平にしてゆっくりと船を進めていきます」

 アリサは本物みたいにきれいに色塗りした写真や図面で説明してくれた。

「アリサは通ったことがあるの?」

「はい、日本で一番のオチャッピーでございますから」

「おませな小娘って意味ね?」

「日本語もお上手になられましたね。特に力を入れてお教えしたわけでもありませんのに」

「フフ、あたしって語学の天才かもね!」


 事実、アナの語学に対する興味と才能はずば抜けていた。しかし、わずか3カ月で数か国語をスラングもろともマスターするほど人間離れはしていない。アリサ=ミナがアナの昼寝の間に直接前頭葉と側頭葉に働きかけるからである。今ではロンドンの下町言葉から、モスクワの貧民街の言葉までマスターしている。これは、これからアナが体験し、自ら乗り越えていかなければならない運命に必要な最低の要件だから。


「ねえ、こないだ、こっそり見に行ったモスクワ芸術座さ」

「ああ、かもめ?」

「それは一つ前よ」

「あ、桜の園ですね?」

「そう、抒情的で味わいはあるけど、わたしは、あれは基本的に喜劇だと思うの。原作も読んでみたけど、ちゃんと4幕の喜劇だって作者もトビラのところで書いてるわ」

「ま、スタニスラフスキーさんの良心的な誤解ですね。何年……何十年かしたら、文字通り喜劇で演じられるでしょう」

「わたし、アーニャって子が好きなの。時代遅れだけど憎めないお母さんのことを思いながら目はちゃんと前を向いている。わたしも愛称アーニャのままにしとけばよかった。いま、わたしのことをアーニャって呼ぶのはおばあ様ぐらいのものだもの」


「どうして、アナって呼ばせるようになさったの?」


「うーん、なんとなく。将来そんな名前の女主人公のストーリーが生まれそうな気がするの」

 アリサはアナを見直す気持ちだった。100年もすると『アナと雪の女王』が生まれる。思わずブルーレイで、このアカデミー賞のアニメを観せてやりたい衝動にかられたが、彼女には準備をさせなければならない。来るべき運命から助け出し、そして目的を果たすために。


「わたしは正式なアナスタシアが好きです」

「どうして?」

「もともとはギリシア語で『再生するもの』という意味だから。再生こそ、あなたにはふさわしいわ」

「そう、わたしは再生するのよ。20世紀の若者として……ハハ、なんだかお芝居の台詞みたいね」

「人生は壮大なお芝居。わたしはアナが、その主役になれるように……」

「人生の主役か……なりたいなあ」


 アナは、無意識に感じている、自分の運命と役割を。アリサはミナの心で、そう読み取った。



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