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時かける少女 BETA  作者: 大橋むつお
58/60

58・ビリケン攻略方・2

時かける少女BETA・58

≪ビリケン攻略方・2≫



 雪子は髪形と化粧を少し直すだけで、アメリカかイギリスのハイソサエティーの娘に見えた。


 いま雪子は、そのなりで当時まだ珍しいアメリカの高級車に乗って、高級軍人や官僚の屋敷が並ぶ山の手を目指している。


「やっぱ、このナリの方が、しっくりいくかなあ?」

 運転手のトマスに聞いた。

「お嬢様は、おばあ様似でいらっしゃいますから、見る者が見れば、モス・チャイルドの人間だと分かります。わたしは、そのお姿の方が好きです」

「ハハ、トマスったら、こないだは日本人のナリをアジアンビューティーだって誉めてたじゃないの」

「ハハ、そうでしたか。とにかく、このトマスは、アリスお嬢様が一番生き生きされているのが何よりだと思います」


 坂道に差し掛かった。この坂を上ったところにビリケンこと寺内正毅の屋敷がある。


 寺内は、顔が、当時流行しはじめたアメリカ渡りの幸福の神さまに似ているので、国民からは、その神さまの名前で通っていた。


「フフ、ほんとうにビリケンに似ておられますこと。閣下は、きっと東アジアに幸福をもたらす神さまのような人なんですね」


 初対面の寺内に、オチャッピーな東京娘のように言った。


 寺内は、みかけのわりには、よく言えば剛直で一徹な陸軍大将。冷静な目で見れば、昭和の軍人の祖型とも言える。権威主義、誇大妄想的な人物で、つい先日も、ある師団司令部を訪れた際、師団のブロンズの看板が錆びていたので、それをまっさきに師団長に指摘したという男である。看板は、さる皇族の揮毫によるもので、自分の偉さを示すために天皇や皇族を持ち出す、昭和軍人の悪弊をすでに持っていた。

 ただ長州閥というだけで、取り柄の無い男であったが、朝鮮併合の旗振り役で、そのビリケンに似た容貌で存外国民に人気がある。


「伊藤閣下は、ハルピンで命拾いされたとか」

「憎まれっ子はナントカと、言っておきました」

「ハハ、伊藤閣下も雪子さんにかかると、子供同然ですな」

「では、伊藤閣下の秘書としての仕事から入らせていただきます。まず、これが伊藤閣下のお手紙です」

 雪子は、伊藤の手紙を渡し、ビリケンが読んでいる間、窓から庭を眺めていた。

「あの、桜や松などに、藁が縛りつけてあるのはなんですか?」

「菰巻です。ああやっておくと、冬の間に虫が藁の中に入って、春に外して菰ごと焼いて駆除するんです」

「閣下がなさるんですか?」

「ハハ、年寄りのささやかな趣味です……伊藤閣下は、やはり朝鮮の併合にはご反対のようですな」

「はい、半島の統治は、お金ばかりかかって日本の持ち出しが多く、得にならない。これが、伊藤閣下の論点です」

「手紙にも、そのように書いてありますな」

「もう一つは、ムクゲのことを書いてございません?」

「ああ、二枚目に追伸で書いておられますな。朝鮮からムクゲを移植したが、うまく育たず、枯らしてしまったので、うまい育て方があったら教えて欲しいと書いておられますな」

「ムクゲって、難しんでしょうか?」

「なあに、簡単な花ですが、土が合わんかったんでしょう。ムクゲは朝鮮に限ります」


 そこまで言って、あまり勘のよくない寺内にも分かった。ムクゲは朝鮮の国の花である。ダメ押しの併合反対の意志である。


 寺内が理解したところで、雪子はアリス・モスチャイルドの表情になっていった……。



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