57・ビリケン攻略方・1
時かける少女BETA・57
≪ビリケン攻略方・1≫
1909年(明治42年)10月26日、ハルピンは季節外れの豪雪に覆われた。
転轍機の凍結と信号機の故障が重なり、ハルピン駅を発着する列車のダイヤは大きく乱れた。
「なあに、六年前の冬に比べれば、こんな寒さは屁でもないわ」
朝鮮統監伊藤博文は、列車の中のスチームに手をかざしながら、秘書の雪子にぼそりと言った。
雪子は、さる男爵家の令嬢で、アメリカのモスチャイルド家の家庭教師をやっていたという触れ込みで、先月から伊藤の個人秘書をやっている。
しかし、その美貌は、かえって雪子の経歴を周囲に怪しませた。なんせ鹿鳴館時代からの女好きで名の通った爺さんだ。そういうことにして、どこかのいい女を侍らせているものと最初は思われた。しかし、このひと月余りの働きは外務省のキャリアよりも切れ、国際情勢に基づいた伊藤へのアドバイスは、適格であると、一部の政治家や軍人には思われた。
「いえ、全て伊藤閣下のご努力の賜物です」
人に褒められると、雪子はかならず、そう答えた。この時代、女が正面に出ることは、ことの善悪に関わらず誉められはしない時代であった。
「おじいちゃん、焼き芋いかが?」
雪子は、どこで調達したのか、薄いアルミ箔にくるんだ焼き芋を差し出した。
「こんなもの、どこで調達してきたんだ」
「ちょっと機関手のおじさんと仲良くなって、缶の傍で焼いてもらったの」
「オニイサンじゃないのか?」
「あら、御餅焼いてっらしゃるの?」
「ばか言うな。恩人の娘に、そんな気持ちを持つもんか。一時間半も居なかったから、何をしていたのかと思ってな。雪子が、ただのんべんだらりと時間をすごすわけがないじゃないか。なにか企んでおるだろ。一時間半も芋を焼いたら炭になってしまう」
「ちょっとハルピンの駅まで、橇に乗って下見してきました」
「雪子は、転轍機や信号のことまで分かるのかい?」
伊藤は、芋を皮ごと美味そうに頬張った。
「おじいちゃんを暗殺するなら、どこらへんがいいか下見してきたの」
雪子は、チマチマと皮をむいて食べる。伊藤が雪子を傍に置いているのは、いろんな理由があるが、存外、この芋を皮ごと食べるような安堵感があるのからかもしれなかった。
「朝鮮のオニイチャンと仲良くなっちゃった」
「おもしろそうなオニイチャンだったのかい」
「君は、百済の出身だろうって言われた」
「お、雪子は朝鮮語もいけるのかい?」
「方言もいけるよ。オニイチャンは北の訛だったから、百済あたりの言葉の方が気楽に話せると思って」
たしかに、朝鮮は旧新羅や高句麗地方の方が、伝統的にも上という感じがあった。百済は国内的にも征服ばかりされてきた地方で、北の地方のオニイチャンには話しやすいかもしれない。雪子侮りがたしと、伊藤は思った。
「これ、お土産」
雪子は、ジャラリと数発の銃弾をテーブルに置いた。
「なんだ、ぶっそうだな」
「オニイチャンの懐の拳銃から抜いてきた。あの面魂は説得できるタイプじゃないから」
「今ごろ慌てとるだろう。いや、警備が厳重と思って……玄人なら逃げとるな」
「ところでさ、六年前の冬が寒かったのは、どうして?」
伊藤は、爆発するように笑った。これだけ切れる雪子が、六年前の日露戦争を忘れている……。




