43・国変え物語・4・五右衛門見参・2
時かける少女BETA・43
≪国変え物語・4・五右衛門見参・2≫
五右衛門は唐突に現れた。
美奈が湯あみの最中に、湯屋の梁の上に現れた。
美奈は、それが湯屋の近くに寄ってきたときから分かっていたが、子狸かなんぞの小動物だと思っていた。
その小動物が、闇語りで話しかけてきた。
「不思議な女子だ……」
「あら、子狸じゃなかったのね」
「ほう……闇語りが出来るのか?」
闇語りとは、忍びの者や老たけた盗人が、口も動かさず会話する術である。並の人間ができることではない。
次の瞬間、それは、道頓そっくりの顔で湯船に浸かっていた。大胆にも裸の美奈の真ん前である。
「……見れば、ますます不思議だ。こんなにいい女なのに、そそられん。道頓の新手の隠し女でないのは本当のようだな」
「五右衛門さんも大胆なことで……それに大した化けよう」
「ハハ、化けすぎて自分の顔を忘れてしもうた」
「あなたの噂は虚実取り混ぜてあるから、正体が分からなかった」
「おれもな。外堀の作事の道頓が、器量よしの女子の医者を連れていて、これが、医者としても評判がいい。稼業の合間に拝んでおこうと思ってな」
「ただの盗賊でないことは、気配を感じたときから分かった。目の力に子供のような好奇心しか感じられない。そのくせ、目の奥が企みのない凄味であふれている。気持ちの根っこに恨みがある。評判通り長嶋の一向一揆の生き残り……」
「敵に回したら、怖そうだな」
「羽柴さまを、信長公の物まねかどうか見定めているのね」
「ああ、信長と同じなら、とことん邪魔をしてやる」
瞬間、五右衛門の姿が消えた。下女が湯加減を聞きに来たからである。下女が美奈の返事に満足して去っていくと、また現れた。
「天下は羽柴様が取るわ。信長様と同じようかどうかは分からないけど」
「あの禿げネズミに天下が治まるのか?」
「治まりすぎるほどに。それに信長様のような苛斂誅求なことはなさらない」
「それはつまらん。オレはただの盗賊に成り果ててしまう」
五右衛門は、つまらなさそうに湯船の中で放屁した。湯の表面でポカンと大きな泡になって弾けた。不思議なことに柑橘系のいい香りがする。何ともおかしく美優は忍び笑いをした。
「治まり過ぎて、海の外に目が向くのが恐ろしい」
「エウロパやノビスパン(メキシコ)に目が向くのであれば、癪だが悪いことでは無い。オレも海賊には興味がある」
「いえ、予感でしかないけど、なにかとても禍々しい予感がするの」
「……異国との戦か?」
「おそらく……でも、それまでにも、もっと恐ろしげなことも……」
「そうか……あんたとは面白い話ができそうだ。また来るぜ」
五右衛門は掻き消えるように居なくなった。逃走経路はわかるが、美奈はあえて知ろうとはしなかった。
「美奈はん、なんや今日はええ香りがするなあ」
久宝寺の堀を渡ったところで、道頓が言った。道頓の目が珍しく好色になった。
「今朝、ゆず風呂にしてみましたの」
「ああ、今年もそないな季節やねんなあ……」
道頓が、季節の移ろいに思いをいたしている間に、美奈は五右衛門が残していった香りを急いで分解した。
はるかに八分通り完成した大阪城の甍が、朝日に光った。




