40・国変え物語・1・プロローグ
時かける少女BETA・40
≪国変え物語・1・プロローグ≫
朝日の眩しさで目が覚めた。
部屋の様子や体の感覚で任務が終わったことが分かった。
「ご苦労様でした。二十年近い仕事で疲れたでしょ」
「ええ、正直……あたし、ほとんど芳子になってました。真一のこと本気で好きになっちゃいました」
「でも、よく耐えてやってくれたわ。あ、起きなくていい、もう少し眠っていらっしゃい」
コビナタの声に安心し、ミナは今少しの微睡みを自分に許した。
次に気づくと、陽は逆方向から差し込んでいた。
「……やだ。半日も眠っていたんだ」
ミナは、体を起こすと大きな欠伸をしながら伸びをした。芳子の面影はすっかり無くなっていた。
「夕陽がきれい……」
コビナタの仮想空間なので、本物の夕陽であるわけがないのだが、ミナは心から、そう思った。
「あれは、あなたが変えた歴史の照り返し。上手くいった証拠よ」
「北C国の拉致は無くなったんですね?」
「ええ、あれがきっかけで日本人は世界の怖さと自分たちの認識のギャップに気づいた。左翼政党も、子供みたいな理想論を言わなくなったし、真一君ががんばったおかげで阪神大震災の犠牲者は4000人も少なくて済んだ……あとは、自分たちの力で歴史をつくっていってくれるでしょ」
二人は、どちらともなく歴史の木に目をやった。一つの枝が明るい緑を取り戻していた。
「その目は、もう新しいことを考えている目ですね」
「うん……ちょっとスケールが大きいの。やってくれる?」
「はい。引き受けざるを得ないことなんでしょうから」
「そう、嬉しい。じゃ、今夜はゆっくり休んで、明日……」
「いえ、今すぐにかかります」
ミナは、初めて自分の意志で飛んだ。400年以上の時を遡って……。
峠を超えると、目の前に河内平野が広がり、遠くに、普請中の大坂城が見えた。
美奈は、こんなに大きな城を見るのは初めてだった。これまで見た(インストールされた)どの城よりも壮大で豪華な様子は、まだ五分にも満たない普請の様子からも知れた。大和川沿いの街道を歩いていても、行き交う旅人や通行人の歩調が軽やかで、田畑で麦や稲の世話を焼いている百姓たちの表情にも祭り前のような活気があった。
本能寺で、信長が死んでから、まだ二年しかたっていない。
その間の秀吉の働きは目覚ましい。
明智光秀を瞬くうちに討ち、一か月後の清州会議では、実質自分が信長の事業継承者であることを宣言。反対する柴田勝家を始めとする織田家の家臣団を打ち破り、あるいは臣従させ、今こうして、大坂の地に天下無双の城を築きつつあった。しかも、民百姓に負担をかけることなく、逆に後の世の公共投資のように、景気を刺激し、天下を明るくしている。
美奈は、そんな明るく軽やかな時代の空気を吸うだけで、田楽の手振りをしながら走り出したくなるような衝動にかられた。
行き交う人々のほころんだ顔を見ているうちに、久宝寺、平野の町を通り過ぎてしまった。
「しまった、商売忘れてた!」
美奈は、大和の国で薬を仕入れて、大坂に売りに来ていたのである。庶流であるが、この時代の名医と言われた真瀬道三の血縁にあたる。
美奈は真瀬家と血縁であることは、めったに名乗らなかった。別段本家から禁じられているわけではないが、美奈は、自分の力と技術で身を立てていた。女ではあるが、生まれついての医者であると思っている。
「うわー、川を掘ってるんだ!」思わず声に出た。
「なに言うてんねん、女子し(おなごし)これは、大坂城の外堀じゃ!」
人足の親父が、もっこを担ぎながら、明るく言った。まるで、自分の城を作っているような誇らしさがあった。
十間ほど先に露天の櫓があり、その上で、ひときわ大きな声で差配している男がいた。のびやかな口調ではあるが、指示が的確であるのだろう。あちこちの人足たちが、その指示に頷いていた。
この男こそ、ミナミの運河にその名を残す安井道頓であった……。




