11・アナスタシア・7
時かける少女BETA・11
《アナスタシア・7》
「大事なお話があります」
アリサが、迫水大使と艦長に声を掛けたのは、スエズ運河間近のアレキサンドリアで補給し終えた直後だった。
「冨紗は、わたしの妹ではありません。ニコライ二世の第四皇女のアナースタシア殿下なのです」
「……!?」
さすがは大使と艦長である。表情を変えずに驚いた。
「騒乱のどさくさに、アナースタシア殿下お一人を助け出すのが精一杯でした。皇帝のお血筋は革命政府によって断たれるでしょう。あのお方一人が唯一の皇位継承者になられます」
「分かった。日本には暗号電を打つ。ロシアの皇位継承者に相応しいお迎えをしなければならない。しかし……」
「お迎えの船と出会えるのはシンガポールあたりでしょう。それまでは三人だけの秘密ということで……」
「本艦の乗組員は信用のおける者たちばかりだが、どうしても態度に出てしまう。補給中に同盟国とはいえイギリスにも知られるわけにはいかないからな」
アナは、有紗の妹冨紗として艦内では可愛がられていた。持前の明るさ人懐こさに加えアリサの教育や大使館でのひと月余りが、アナをさらに成長させていた。
榊は、機関に故障があるということで、急きょ日本に帰るということにし、スエズ運河をゆっくりとインド洋に向かって進んだ。
「スエズ運河って穏やかね……」
砂漠に落ちる夕日に目を細めながらアナが呟いた。
「運河の両岸はイギリス軍が守っているの。穏やかな平和は力の裏付けがなければ守れないもの。その力は敬愛されることによって発揮できるのよ」
「国民と王室……ロシアは、その両方を失った」
アナは敏い娘である、反乱軍や不平市民、共産党らによって軟禁されている家族の行く末は覚悟しているようだった。
アリサ……いやミナは不憫だった。ミナは、その気になれば皇帝一家全員の救助もできる。でも、それをやれば古い帝政を延命させることにしかならない。アナが軸になって作られるのは血の巡りのいい立憲君主国でなければならない。当たり前の家族なら全員を助ける。ロマノフの血を継いだ者として、アナは一人生きていかなければならない。
「いつだったか、パナマ運河の話をしてくれたじゃない」
「そんなこともありましたね」
「パナマ運河は、26メートルの高低差を閘門でコントロールして、太平洋と大西洋を結んでいるんでしょ。世の中にも高低差があるわ。その高低差を超えて人と人が結びつける……そんな国にロシアがなれればいいのに……」
インド洋に入ってからの航海は順調だった。
インド洋から南シナ海まではイギリスとフランスの植民地、どこの港で補給しても、この小さな駆逐艦には身に過ぎる歓待ぶりだった。一時はアナのことが漏れているのではといぶかったアリサだったが、それは半分当たって半分外れていた。日本の駆逐艦には駐露大使の中に可愛い女性が乗っているという評判だった。ロシア人と日本人の混血で、女ながら男爵の爵位を持ち……そこまでは良かった。その妹の方がとても素晴らしいという評判だった。
「まあ、どーでもいいけどね!」アリサはぼやいた。
予想通りシンガポールで、日本の迎えの船が待っていた。なんと日本で竣工5年にしかならない最新鋭艦・戦艦摂津が二隻の巡洋艦を従え満艦飾で待ち構えていた。
「これは、もう公表せずばなりませんなあ」
迫水大使はため息をついた。アナは、髪の色も瞳の色も元に戻し、大仰なローブを着て摂津に乗り換えた。
「さあ、今度は大日本帝国に飲み込まれないようにやっていかなきゃ」
アリサは、褌を締めなおして……女なのに褌は変だな。と思いつつ気を引き締めたのだった。




