1・リスタート
時かける少女 BETA・1
《リスタート》
よくもって明日の朝だと言われた。
菜緒子に残された数時間、数十分……数分かもしれない時間。母はそれを永遠にしたい気持ちで、弱く脈打つ娘の手を握っていた。
父は無精ひげのまま、看病やつれした妻を庇うように抱き、その手を重ねた。
「菜緒子……菜緒子なんて名前つけなきゃよかった」
「なにを言ってるんだ。菜緒子は、菜緒子だ。菜緒子はがんばれる子だ」
「あたしの名前をとったのが良くなかったのよ」
「菜緒の娘だから菜緒子。立派な名前じゃないか、頑張れる名前じゃないか!」
父は、妻を抱く手に力を込めた。
「この子は受け継いでしまったのよ、あたしの運命を……!」
「ちがう。受け継いだのは母さん自身のの強さだよ、母さんの運の強さだよ……」
その刹那、菜緒子の心臓が止まった。
「菜緒子! 菜緒子! まだ行くな、しっかりしろ!」
父の声が届いたのか、菜緒子の心音が戻ってきた。
「見ろ、菜緒子は菜緒子だ、強い子なんだ!」
「そうね、そうね、菜緒子、菜緒子……」
気づくと菜緒子の足許に女医が立っていた。ぶら下げたIDがほんのり黄色く光っている。
「すみません、つい取り乱して」
「いいえ、こんな時ですもの、しっかり声をかけてあげてください」
女医の声は聞きなれた主治医のそれでは無かった。
「……東條先生じゃないんですか?」
「申し遅れました、小日向と申します。いま東條先生から引き継ぎました」
「え……」
両親はとまどった。
「わたしの方が助けられる可能性が高いので交代しました。とりあえず強心剤を……」
女医は、菜緒子の胸の上から赤いペンライトのようなもので照らした。菜緒子の心音が強く規則正しくなってきた。
「心音が……」
「お母さん。お父さんのおっしゃるように名前のせいじゃありません。まして、お母さんが17の歳で患った脳腫瘍を引き継いだわけでもありません。ただの偶然です」
「そ、そうですとも。で、先生、菜緒子は治るんですか!?」
女医は小首を傾げた。
「治ります。ただ少し……」
「障害が残っても構いません。寝たきりでもかまいません。生きていてくれさえしたら!」
「障害は残りません。ただ少し我慢していただかなくてはなりません」
「……我慢と申しますと?」
「きちんと治るまで、娘さんには会えません」
「そんなの、いくらでも待ちます。何日でも何カ月でも何年でも!」
「菜緒子を助けてやってください!」
女医のIDがグリーンに変わった。両親は、そんなこと気にも留めなかった。
「分かりました、そのご決心が聞きたかったんです……小日向です。状況グリーン、ストレッチャーを」
女医は、さっきのペンライトに話しかけた。数秒おいて二人のナースがストレッチャーを運び入れた。二人のナースはそっと手を添えるだけで、マジックのように菜緒子をストレッチャーに乗せた。病室のドアが開いてストレッチャーは音もなく廊下に出た。
「先生、よろしくおねがいします!」
「お二人は、ここでお待ちください」
「せめて、待合まで……」
「お約束です。治るまではご辛抱を」
そう言うと、女医とナースたちは、廊下を足早に行ってしまった。父はストレッチャーに脚もキャスターも付いていないことに気づいた。
「ちょ、ちょっと先生!」
五部屋向こうの角を曲がったところで追いついた……つもりだった。
エレベーターは止まったままだった。ナースステーションの当直のナースが怪訝な顔で見ている。女医の姿もストレッチャーもナースの姿も見えなかった。
かすかに「リスタート」という声が聞こえたような気がした……。
※ 時かける少女のリスタートです。これまでにない展開になります。こうご期待!




