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遍歴騎士アレス  作者: 矢田
第一章 『義の騎士』アレス
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03.二つ名の騎士

「……なるほど、ね」


 サキの言葉は、大方アレスの予想通りだった。基本的に、領地に於ける税率や法を定めるのは貴族の有する権利である。あくまでも王国法に反しない限りは、であるが。


 税率は貴族の好きに決められるが、王国法には「国民が健康に生活を送れるよう勤めること」という一文があるため、王国の目が届く範囲では重税や重労働が課せられることは少ない。ただ、これが辺境となると話がちがってくる。


 監視の目が届かないのをいいことに、生きて行くのが難しいような重税を課す貴族も少なくないのだ。アレスは所謂未開の地を探索することが多い関係で辺境にはよく赴く。その為、悪徳領主の類もよく目にしてきた。


 先程アレスが野盗の武具を譲ったのも、重税を課されていた場合、その足しにでもなればという考えが頭の片隅にはあったからだ。


 サキの住んでいたダースト領の領主館がある村は特に酷く、重税は元より、過労死する者も出る労役、代官が処女権を行使して女性を食い物にするなど悪徳領主の見本のような有様であるらしい。


 当然、王国法に反しているため、王都で陳情すれば監査が入り、状況も幾分マシになるだろうが――それは難しい。辺境の辺りは悪徳領主が多く、それ故治安が非常に悪い。武の心得の無い者が身一つで移動するのは余程運が良くない限り不可能だ。


 サキは代官に身体を求められて逃げ出したらしい。父が亡くなり、天涯孤独。逃げたことで罰せられるような家族もなくなって、こうなれば王都にまで赴いて陳情しようと考えていたと聞いて、アレスは溜息を吐いた。


「無謀もいいところだよ」


「しっ、仕方ないじゃないですか! 貴方に何が――」


「――けど、運に恵まれてる」


 サキの言葉に被せる形で、アレスは言って軽く笑ってみせた。


「婦人を尊ぶことを学べ、ってね」


「えっ?」


 先程勢いのある言葉の間を外されて、その上妙なことを言い出したアレスにきょとんとした表情を浮かべるサキ。アレスは壁に立て掛けていた剣を手で示して、続ける。


「女性の危難を見逃すような奴は騎士失格だ。男としてもね」


 俺だって、一応騎士。そして男だ。どうにかしてみせるさとアレスは笑ってみせる。


「……本当ですか?」


「おや、信用がない……のは当然か。第一印象が悪かったからなぁ」


 軽い調子で言うアレスに対し、訝しげな視線を向けるサキ。五人の野盗を斬り伏せた実力は確かだったが、それ以外、アレスはかなり素性の怪しい人物である。


 あれほどの実力を持ちながら誰かに仕えるわけでもなく、こんな辺境を旅する騎士。初対面の時の薄汚れた外見も手伝って、今ひとついい印象をサキはアレスに対して持っていない。


 そもそも、騎士だという名乗りにも疑いを抱いているようで、アレスはサキ疑いの眼差しに参ったなと頬を掻きつつ、誤魔化すように口を開いた。


「さーて、その為にも武具の手入れをしないと」


「……まさか、戦うつもりですか?」


 流石にそれは、とサキは思う。代官は三十人程の私兵を有しているのだ。アレスの実力がいかに高くとも、多勢に無勢。それに、力任せに解決しても代わりの代官が送られて来るだけで根本的な解決にはならない筈で。


「そうなったら一番楽だね。代官が単純な奴だといいんだけど」


「それは無茶で――」


「――た、大変ですじゃ」


 飛び込んで来たのは、村長。その額には汗が浮かび、目は血走って飛び出さんばかり。尋常ではない様子にアレスは椅子から立ち上がると、片膝を着く。軽薄な雰囲気を仕舞って、騎士然とした空気を貼り付けると、息を切らせた村長の肩に手を置いて声を掛けた。


「何があったのですか?」


「む、村に代官様の私兵が……お、女を出せと」


 村長は言葉と共にサキに視線を向ける。外見の特徴でも伝えられたのだろう。どうやら、サキの追っ手らしい。サキはその瞳にはっきりと怯えの色を浮かべた。身体も細かく震えている。


 意外と動きが早いなと感心したようにアレスは思いつつ、壁に立て掛けていた剣を手に取って歩き出した。


「な、何をなさるおつもりですか?」


「少し、話し合おうかと思いましてね」


「あ、荒事は避けて下され! む、村が潰されてしまう!」


 剣を手にしたアレスを見て、村長は半ば悲鳴を上げるように叫ぶ。アレスは「ご心配なさらず」と返しながら、その歩みを止めることはない。


「鎧も無しに無茶はしませんよ。話をするだけです」


 (コレ)が無いと騎士だと信じてもらえそうにありませんから、というアレスの言葉に、村長は唸るような声で喉を震わせた。実際、アレスは現在村人から買い取った安っぽい服を着ているため、一見して騎士とは分からない。一応の説得力はあったのだ。


「サキ」


 アレスの声に、ビクリと身体を震わせるサキ。アレスは彼女に軽く笑みを向けてから、背を向けて口を開く。


「君を、信用させてみせようか」


 軽い、何の気負いもない言葉だったが、サキはアレスが代官の私兵と剣を交える気であることを察した。


「ま、待っ……」


 サキの言葉を聞き終えることなく、アレスは扉を閉めた。歩きながら、格好付けたはいいものの、どうしたものかと頭を悩ませる。


 鎧というのは戦いにおいて非常に重要な要素だ。鎧無しで戦場に赴くのは愚行の極み。打撃には弱いが、斬撃や矢を防いでくれるのは大きい。


 鎧が無い時点で、何処を狙われても致命傷になり得るのが厳しい。腕をやられれば剣を握れなくなる。脚をやられれば数を頼みに囲まれて終わり。腹や胸、首や頭は当然命を落とす。


 加えて、剣の状態も良くない。刃は毀れたまま。血は軽く拭き取ったが、まだ軽く脂が巻いている。斬れて一人か二人。厳しい戦いになることは避けられないだろう。


 アレスの視界が武装した集団を捉える。数は五。奇しくも野盗の連中と同じだが、武装が違う。面倒なことに全員鎧で身体を覆っていて、四人は革鎧だが一人は金属鎧だ。


 ゴロツキに毛が生えた程度なら五人でもどうにかなる自信はある。アレスが見るに、四人の男は重心が定まっていない。武装こそしているが、躊躇なく剣を振り下ろせるという程度だろう。問題は、金属鎧の男だ。


 漆黒の全身甲冑(フルプレート)は重厚で、どこかサイを思わせる。かなりの業物だろう。それを着こなしている男は甘く見るわけにはいかない。


 その上、全身甲冑の男は馬に乗っている。得物は斧槍(ハルバード)で、野盗の頭と比しても負けないほどの優れた体躯。面倒な相手だとアレスは溜息を吐いた。


「失礼する」


 アレスは集団に近寄りながら、声を掛けた。やり合うのなら、ある程度。せめて斧槍の男に馬を使っての突撃(チャージ)が出来ない距離にまで近付く必要があるのだから。


 いかにも騎士といった態度は崩さない。騎士というのは貴族である。殺してしまい、一族郎党に恨まれ、狙われる可能性を考えて刃が鈍ってくれればとの考えからだ。


 自身の家名を名乗れば間違いなくこの場は片がつくが、出来ることなら出さずに乗り切りたいとアレスは思っていた。その方が後々楽になるだろうとも。


「私は、遍歴の騎士アレス。何事か、お聞かせ願いたい」


「……何だぁ、貴様は」


「先に名乗った通りの者。貴公こそ、名乗られては如何か。名乗りを返さぬのは非礼であろう」


 服こそ村人のそれであったが、アレスの堂々とした態度と真っ直ぐな言葉は如何にも騎士然としたものだった。


「騎士ぃ? 剣を持っただけの土民風情が騎士を名乗るとは笑わせる。馬はおろか鎧も持たない騎士などいるものかよ」


 ゲラゲラと笑う斧槍の男。品格に欠く言葉遣いではあるが、男の言葉は全くの正論である。


「故あって鎧は纏っていないが、私は騎士。貴公とて、鎧兜を脱ぎ去ったとしても騎士でなくなるわけではなかろう」


 我ながら似合わない台詞を、とアレスは内心思っていたが、その瞳は一切揺るがず、斧槍の男の瞳を真っ直ぐに射抜いている。


「ほおぅ、成る程。あの野盗は貴様が斬ったという訳だ。そして鎧は整備中とでもいったところか」


 道中に放置されていた野盗の死体と、アレスをしっかりと結び付ける斧槍の男。初めの態度から甘く見ていたが、どうやら頭も回るらしいとアレスは認識を改めた。


「ならば俺も名乗るとしよう。俺は騎士、ライノ・ガランド。『黒騎士ライノ』と言えば通った名よな」


 高圧的な態度は崩さないものの、アレスに一定の礼を持って接するライノ。アレスはその名に憶えがあった。


「……『雇われライノ』か」


 金さえ積めば何でもすると噂されている騎士だ。盗賊団を討伐したかと思えば、別の盗賊に与して略奪行為をしてみたり、貴族の護衛を務めたり、決闘の代理人になったりとその行動は一貫していない。尤も、金を稼ぐという点では一貫しているが。


「聞こえのいい方の呼び名で呼んでもらいたがなァ、『お人好しのアレス』さんよ」


 ライノの言葉に、アレスは不機嫌そうに口元を歪めた。アレスは秘未開の地を探索するにあたって辺境の領地を訪れることが多く、重税等国の法を逸した政が行われているのをよく目にする。


 それらを見過ごせず、王都で陳情したり、時には物理的に介入したりして解決することから侮蔑の意を込めた『お人好し』という二つ名がつけられているのだ。他にも『世直し騎士』だとか『義の騎士』とも呼ばれていたりする。


 どれにしろアレスはされたくない呼ばれ方ではあったが。


「……気付いていたのか」


「初めっからな」


 表情は兜に覆われて見えないが、ニヤリと笑った気配でライノは応えた。どうやら遊ばれていたらしいとアレスが思った次の瞬間、一刀一足の間合いにまで距離を詰めていたアレスは、背筋を走り抜ける悪寒に従って大きく後ろに飛んだ。


 眼前を黒い暴風が通り抜ける。


 ライノの斧槍だと気が付いたのは躱した後、馬上から振り抜かれた斧槍を見てからだ。は瞳を細め、眼光鋭くライノを睨む。


「躱したか」


「いきなり何をする!?」


 言いながら、腰を落とし、剣の柄に手をやるアレス。鍔迫り合いの軋みのように、アレスとライノ、両者の間の空気がギチギチと軋むような錯覚を周囲の者に与えた。


「惚けるなよ。元々やり合おうって腹だろ」


「……何のことやら」


 僅かな沈黙の後、気負いの無い調子でアレスは言う。


 戦いは、避けられない。ライノの言うと通り、元々アレスは剣で話し合うつもりではあったのだが、これ程の強敵が居るのは予想外だった。


 ライノ以外の四人であれば現状でも問題なく相手出来ただろうが、眼前の黒騎士は違う。万全の状態で全力で挑まなければならない相手だ。切り札はあるが、それを切らせてくれる程甘い相手ではないだろう。


 ――さて、どうしたもんかね。


 思わぬ強敵に、万全とは言い難い自分。アレスの背を冷たい汗が流れ落ちた。



改編済みです。

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