1.音の魔女ミューズ 処刑台に立つ
「この者は国家への反逆を計画した大罪人である!よってこの場で処刑する!」
手を縛られ、処刑台に跪く『音の魔女』ミューズは、彼女を見つめる民衆のことを空虚な目で眺めながら、安堵もしていた。
ああ、これで、もう弾かなくて良いんだ、ヴァイオリン……
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野営地にヴァイオリンの音が響く。
戦闘前に緊張していた兵士達は、その音を聞き、自らの闘志が湧き上がってくるのを実感した。
「これが音の魔女の音色か!」
「体の奥から力が湧いてくるようだ!」
口々に興奮の声を上げる兵士達。
その兵士の前には、ヴァイオリンを弾く一人の女性、ミューズがいた。
ミューズの横でその様子を眺めるのは、この部隊の若き指揮官アナトール・クランギルだ。
帝国南西部の国境付近にある辺境国の伯爵クランギル家の長男である。
クランギル家は代々この地を守ってきた武人の一家であり、今日も隣国からの攻撃から領地を守るため部隊を展開しているのだ。
「聞け!我等が勇敢なる戦士たちよ!
非道なる隣国はまたもや我等が帝国の領地を侵略すべく侵攻をしてきた。
この地で我等が敵を殲滅することこそ、帝国の繁栄を支える礎となるのだ!
この音色を聞き続ける限り我等は負けぬ!さあ死を恐れず敵を殲滅しようぞ!!」
ウオオオオオオオと、兵士達が雄叫びを上げる。そしてアナトールの号令とともに迫りくる敵に向けて突撃していった。
こんなにうるさかったら、音聞こえないでしょうに……
怒号を上げる兵士達に対して、ヴァイオリンを弾くミューズの心は冷めていた。
しかし自分の気持ちはどうでもいい。
誰かが聞いてるとか、誰も聞いてないとか、そういうことではない。
ただ戦争を盛り上げるために、ここでヴァイオリンを弾くことが彼女の仕事だ。
この日、クランギル軍は殆ど被害もなく敵を追い返し、大勝を収めた。
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「いやはや見事な戦果だ!
良くやったアナトール!」
勝利に沸くクランギル家の晩餐の時間、クランギル家の現当主デニソフ・クランギル伯爵は、満面の笑みで息子を称えた。
「もったいなきお言葉で御座います、父上。
この勝利は私だけのものではありません。
勇敢に戦った兵士達にこそ真の勝者でありましょう。」
「そうだな、それにミューズも、今回も大活躍だったな。」
ミューズに向けて満足げな表情を示すデニソフ。
「いえ、私はただ、ヴァイオリン弾いてただけで……」
ミューズは思いっきりポテトフライを頬張っていたため、不意を打たれてそっけない返事をした。
「そう謙遜するな!ミューズが我が家に来てくれてから我等クランギル軍は連戦連勝!
まさに勝利の女神だな!」
その様子を息子のアナトールが忌々しげに見つめている。
「お言葉ですが父上。前線で戦っているのは我らと兵士です。
ミューズだけの手柄ではありませぬ。」
「そうですわよ貴方。
ただヴァイオリンを弾いてるだけのミューズが、私たちの可愛いアナトールより活躍してるなんて言えるはずないでしょう。
本国の奥様達の間でも話題になっていましてよ。今最も勢いのある騎士はアナトール・クランギルですって!」
そう誇らしげに声を上げるのは、デニソフの妻でありアナトールの母であるナターシャ・クランギルだ。
「おいおい、25にもなる男子に可愛いはやめてやれ。武人の名が泣くぞ。
それに、来年ミューズが成人して結婚したら、アナトールも妻を持つ身。
もう子どもとは呼べんよ。」
デニソフの言葉に、アナトールはチッと、忌々しげに舌打ちをした。
「本当にアナトールとミューズを結婚させるおつもりですか?アナトールなら、貴族のご令嬢からも引く手あまたなのに、なんでまたこんな、ヴァイオリンを弾くくらいしか能の無いみすぼらしい娘と……」
ヴァイオリン弾くしか能がなくて悪かったな……
そんなに言うならいますぐ婚約破棄してくれよ……
ミューズは心のなかで悪態をついた。
「まあそう言うな!ミューズだってちゃんと着飾れば可愛い所もあるじゃないか。
それに、ミューズの力は特別だ。
アナトールとミューズの子がその力を引き継ぎ子孫にまで受け継がれるとしたら、我らクランギルは未来永劫安泰。帝国の覇権を握る日もそう遠くないだろう。」
「まあ!そうなったら、本国でふんぞり返っている意地の悪い奥様方の鼻を明かしてやれるのですね!」
オッホッホと笑うナターシャ。
そんな一同をミューズは冷めた目で見つめていた。
クッッッッッソどうでもいいわ……
武人が武勲を上げて立身出世を望むのはわかる。奥様方が夫や子供のステータスでのマウント合戦に命をかけるのも、まあ好きにすればいいだろう。
ただミューズには全く興味が無い。
巻き込まないでほしい。
彼女はただヴァイオリンが弾ければそれで良いのだ。
「少し疲れたので、部屋に戻ります……」
ミューズは食事を終えると、そそくさと立って食堂を後にした。
自室に向かい廊下を歩いていると、アナトールが後から追いかけてきて、ミューズの腕を強引に引いた。
「父上に気に入られているからと言って、いい気になるなよ、魔女め。」
ミューズを壁に押し付けると、低くくぐもった声で、そういった。
「別にいい気になんて……」
「貴様の力など我がクランギルには不要だ。
私一人で十分に勝利を収めることはできる。だが父上があそこまで言うからには、不本意だが貴様と結婚してやる。」
「いや、その、そこまでして結婚しなくても……」
そう言うミューズの顎を持ち上げるアナトール。
「女として扱ってやると言ってるんだよ。」
アナトールがミューズに顔を近づけてくる。
ミューズは必死で顔をそらした。
「け、結婚するまでは、そういうのはダメだって、奥様にも言われております……」
「身の程をわきまえろよ。
この俺に抱かれたいって女は山程いるんだ。そんな俺が抱いてやるって言ってるだからありがたく思えよ、魔女風情が!」
体も寄せてくるアナトールに、必死に抗うミューズ。
そのとき、廊下の先でドサッと何かが落ちるような音がした。
二人が振り向くと、使用人の一人が運んでいた本を落としていた。
「す、すみません、私ったら、覗き見するつもりはなくて……」
アナトールの力が少し緩んだ。
それを見計らい、ミューズは一瞬だけアナトールに抱きつく。
「なっ!」
「おやすみなさい、アナトール様!」
それだけ言ってミューズは勢いよく廊下を駆けていく。
使用人とのすれ違いざま、「ありがとう」と声をかける。
使用人は本を拾いながら、無言で頷いた。
部屋に戻ったミューズは勢いよく扉を締め、鍵をかけた。
「あっぶね〜
今回はマジ危なかった。
貞操の危機……」
部屋に戻ると素がでて、そのままベッドにダイブ。
常に貴族もどきでいることを求められるこの家の中で、自室は素に戻れる数少ない場所の一つだ。
アナトールは背が高くたくましい体つき、美しい金髪に整った顔立ちの誰もが認める美青年である。
町中で声でもかけられたら、どんな町娘でもイチコロだろう。
しかしミューズは全く好きになれなかった。
恋だの愛だの興味はないし、そもそもこの貴族の家が性に合わない。
男達は戦争のことしか考えてないし、女達はマウントに命がけだ。
ミューズ程のヴァイオリンの名手が家にいれば、真っ当な貴族なら毎日でもその演奏を聞きたいと思うだろうが、この家の連中にはそう言った音楽を楽しもうという風情もない。
家族の生活が楽になるならと、許婚になることは受け入れたものの、そんなクランギル家のお坊ちゃまアナトールと夫婦として生活することは未だに想像も出来ず、正直言って無理だった。
「流石に結婚したら無理矢理ヤられちゃうのかな〜……
イヤだな〜……」
ミューズは枕に顔を埋め、一人呟いた。
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