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龍を鎮めたわけではありません。煙突の向きを変えただけです 【十五文化圏周縁抄 龍人都市リンアン】

作者: 黒瀬 量衡
掲載日:2026/08/03

「シンリ。お前、龍を鎮めたのか」


 工房署の下庭で、灰役人がそう言った。


 やめてほしい。


 朝一番に言う言葉ではない。


 こちらはまだ、灰で喉がざらついている。


 髪にも灰が入っている。


 袖にも灰が入っている。


 靴の中にも、たぶん灰が入っている。


 その状態の者へ向かって、龍を鎮めたのか、はない。


「鎮めていません」


 わたしは答えた。


「では、なぜ白龍の息が止まった」


「煙が都の方へ戻らなくなったからです」


「だから、龍を鎮めたのだろう」


「違います」


 灰役人は、長い爪で帳面を叩いた。


 龍人の爪は硬い。


 だから、帳面を叩く音も硬い。


 こつ、こつ、と鳴る。


 怒っている音である。


「シンリ」


「はい」


「お前は方術師ではない」


「はい」


「天命官でもない」


「はい」


「徴を読む学びも終えていない」


「はい」


「高炉主の血筋でもない」


「はい」


「ただの煙道下役だ」


「はい」


「では、どうやって龍を鎮めた」


「ですから、鎮めていません」


 わたしは、煤で黒くなった手を見せた。


「煙突の向きを変えただけです」


     *


 龍人文化圏では、白い煙はよく龍にされる。


 リンアンでは、特にそうだ。


 朝焼けの雲が長く伸びれば、東龍が起きたと言う。


 山の霧が谷へ下れば、眠る龍が息を吐いたと言う。


 高炉街の煙がまっすぐ立てば、工房の火が天に通じたと言う。


 逆に、白い煙が都へ戻れば、龍が怒ったと言う。


 そう言った方が、みんな納得するからである。


 納得するだけなら、まだよい。


 問題は、役人が動くことだ。


 役人が動くと、札が増える。


 札が増えると、署名が増える。


 署名が増えると、会議が増える。


 会議が増えると、高炉は止まる。


 高炉が止まると、工房が怒る。


 工房が怒ると、煙道下役が走る。


 つまり、最後にわたしが走る。


 よくない。


 非常によくない。


     *


 リンアン。


 龍人文化圏の都であり、白磁と高炉と官署の街である。


 わたしは、その外れにある高炉街で、煙道下役をしている。


 高炉街は、都の中ではない。


 都の外でもない。


 城門から見える。


 しかし、貴人の窓からは遠い。


 官署の帳には載る。


 しかし、宴の詩にはあまり出ない。


 火がある。


 灰がある。


 金属がある。


 焼き物がある。


 石炭がある。


 煙がある。


 そして、その煙をリンアンの内側へ入れないための煙道がある。


 煙道は、偉いものではない。


 地味である。


 汚い。


 狭い。


 熱い。


 詰まる。


 鳥が巣を作る。


 子どもが石を投げ込む。


 工房主が勝手に枝道を足す。


 灰捨て場の壁が勝手に高くなる。


 雨が降れば水が入る。


 乾けば煤が舞う。


 風が変われば、全部戻る。


 それでも、煙道がなければ都は咳をする。


 咳をするリンアンは、たいへん面倒である。


 貴人が咳をすると、まず香炉のせいにされる。


 次に厨房のせいにされる。


 次に高炉街のせいにされる。


 そこまではよい。


 だいたい高炉街のせいでもある。


 だが、その次に「龍の息が濁った」と言われる。


 そうなると、方術師が来る。


 天命官が来る。


 礼官が来る。


 白い布を持った神官もどきが来る。


 工房主が袖を整えて来る。


 役人が筆を持って来る。


 わたしたち煙道下役は、その全員の後ろで、詰まった灰を掻き出す。


 それが仕事である。


     *


 わたしが煙道下役になったのは、賢かったからではない。


 咳が軽かったからである。


 龍人は長く生きる。


 角も伸びる。


 皮も硬い。


 声も低くなる。


 長命の者は、ゆっくり考える。


 ゆっくり怒る。


 ゆっくり許さない。


 しかし、煙はゆっくり待ってくれない。


 煙はすぐ戻る。


 すぐ目に入る。


 すぐ喉に来る。


 すぐ都へ行く。


 わたしは若く、官位もなく、家も細く、咳が軽かった。


 だから煙道へ入れられた。


 最初は嫌だった。


 煙い。


 熱い。


 灰まみれ。


 しかも、間違えると怒られる。


 東の抜け穴を開けすぎれば、炉の火が暴れる。


 西の灰口を閉じ忘れれば、雨の夜に水が逆流する。


 南の煙突を高くしすぎれば、上だけ抜けて下が詰まる。


 北の逃げ壁を塞げば、朝の風で煙が都へ戻る。


 わたしは何度も間違えた。


 煤を吸って声が出なくなった。


 灰水を踏んで足を滑らせた。


 煙突の向きを変え忘れて、工房主に二刻叱られた。


 火が落ち着いたと思って枝道を閉じ、別の炉をむせさせた。


 だから覚えた。


 覚えなければ、煙道では生きられない。


 煙は、上だけを通らない。


 壁を舐める煙。


 床へ沈む煙。


 灰穴から戻る煙。


 高い煙突へ行く煙。


 途中で冷えて下りる煙。


 雨の後だけ重くなる煙。


 昼の熱で跳ねる煙。


 夜明け前に都へ這う煙。


 同じ白でも違う。


 同じ風でも違う。


 同じ煙突でも、昨日と今日は違う。


 わたしは方術を知らない。


 天命の文字も読めない。


 でも、煙がどこで戻るかだけは、少しずつ覚えた。


     *


 事件は、白磁祭の三日前に起きた。


 白磁祭。


 リンアンの高炉街と白磁工房が、年に一度、焼き上がりのよい器を官署へ納める祭である。


 白い器。


 薄い器。


 光を通す器。


 天命の清さを映す器。


 そういう言い方をする。


 だが、高炉街の下役から見ると、白磁祭は、煙と灰と怒鳴り声が増える日である。


 工房は火を増やす。


 炉は休まない。


 灰捨て場はすぐ山になる。


 煙突は全部使う。


 煙道は詰まる。


 そして、偉い人が来る。


 偉い人が来る日に煙が戻ると、たいへんまずい。


 その朝、リンアンの南門から白い煙が入った。


 細い煙ではない。


 幅のある、低い、長い煙だった。


 都の通りをなぞるように流れ、官署の前で薄く広がり、祭壇の屋根へ絡んだ。


 誰かが叫んだ。


「白龍の息だ!」


 違う。


 煙である。


 だが、一度誰かが白龍と言うと、煙は白龍になる。


 市場の女が口を覆う。


 役人が空を見る。


 工房主が顔を青くする。


 方術師が呼ばれる。


 天命官が走る。


 礼官が白布を探す。


 そして、灰役人がわたしを探す。


「シンリ!」


 呼ばれた時、わたしは灰穴の底にいた。


 灰穴の底は狭い。


 呼ばれてもすぐ出られない。


 しかも、上から呼ばれると灰が落ちてくる。


「はい!」


「都へ煙が入った!」


「見れば分かります!」


「龍の息だ!」


「煙です!」


「早く上がれ!」


「梯子を下ろしてください!」


「なぜ下りた!」


「昨日、灰が詰まったからです!」


「なぜ詰まった!」


「捨てすぎたからです!」


「誰が!」


「工房全部です!」


 灰役人は黙った。


 工房全部。


 それは便利な言葉である。


 誰の責任でもなく、全員の責任で、つまり誰もすぐには謝らない。


 わたしは梯子を上り、外へ出た。


 空は白かった。


 都の方が白い。


 高炉街ではなく、リンアンの内側が。


 よくない。


 非常によくない。


     *


 官署前の広場では、すでに会議が始まっていた。


 早い。


 煙はまだ出ているのに、会議が早い。


 龍人の役人は長く考えるが、会議を始めるのだけは速い。


「東の天命が乱れている」


 方術師が言った。


「いや、南の火徳が強すぎる」


 別の方術師が言った。


「白磁祭の前に、白龍が息を返したのだ」


 礼官が言った。


「それは吉兆か」


「凶兆か」


「吉凶を決めるには、まず古例を」


「古例を出すには、まず書庫を」


「書庫を開くには、まず印を」


 長い。


 煙より会話が長い。


 その間にも、白い煙は都へ流れている。


 市の子どもが咳をしている。


 馬が鼻を振っている。


 白布を持った役人が、白布を白く保てずに困っている。


 わたしは、広場の端から煙を見た。


 白い。


 低い。


 細い粒がある。


 匂いは高炉の煤。


 焼き物の窯ではない。


 金属炉の東列。


 ただし、東列の煙突なら、普通は北へ抜ける。


 今日は南から風が来ている。


 なのに、煙はリンアンへ戻っている。


 おかしい。


 わたしは地面に落ちていた灰の葉を拾った。


 葉と言っても、木の葉ではない。


 薄く剥がれた灰の膜である。


 軽い。


 風を見るのにちょうどよい。


 わたしはそれを落とした。


 灰の葉は、まっすぐ下へ落ちず、都の方へ滑った。


 低い風が戻っている。


 上ではない。


 下だ。


 煙突の上だけ見ても分からない。


 灰捨て場の壁だ。


 たぶん。


「シンリ」


 灰役人がわたしを見た。


「何か分かるか」


「灰捨て場の壁を見ます」


「龍は」


「龍ではありません」


「白龍の息と呼ばれている」


「呼ばれているだけです」


「言い方に気をつけろ」


「はい。白龍の息と呼ばれている煙の戻りを見ます」


「よし」


 面倒である。


 だが、言い方は大事だ。


 特に官署の前では。


     *


 灰捨て場は、高炉街の北西にある。


 そこには、白磁祭へ向けて出た灰が山になっていた。


 山だけなら、まだよい。


 問題は壁だった。


 新しい壁が積まれている。


 灰が都へ飛ばないようにするためだろう。


 親切である。


 親切だが、位置が悪い。


 南から来た風が高炉街の屋根へ当たり、煙突を抜けた煙を北へ送る。


 普段なら、その煙は灰捨て場の低い逃げ穴から外へ流れる。


 だが、新しい壁がその逃げ穴を塞いでいた。


 行き場を失った煙は、壁に当たり、灰山の熱で押し返され、低いところを通って都へ戻る。


 なるほど。


 龍ではない。


 壁である。


 白龍の息ではない。


 煙の帰宅である。


「誰がこの壁を」


 わたしは聞いた。


 灰役人は、顔をそらした。


「白磁祭のために、上から命があった」


「どこから」


「美観局」


 美観局。


 強い。


 白磁祭の前に、灰が見苦しいと言ったのだろう。


 見苦しい灰を隠すため、壁を積んだ。


 その結果、見苦しくない白い煙がリンアンへ入った。


 よくない。


 非常によくない。


「壁を一部落とします」


 わたしは言った。


 灰役人が固まった。


「落とす?」


「逃げ穴を作ります」


「美観局の壁だぞ」


「煙が戻ります」


「しかし、壁を壊すには許可が」


「煙が戻っています」


「申請書が」


「煙が戻っています」


「印が」


「都が咳をしています」


 灰役人は黙った。


 しばらくして、低く言った。


「小さくなら」


「大きく要ります」


「小さく」


「大きく」


「中くらいで」


「足ります」


 交渉成立である。


     *


 壁を落とすのは簡単ではない。


 美観局の壁は、見た目だけはたいへん立派だった。


 白い石灰が塗られている。


 上端が揃っている。


 飾り線まである。


 灰捨て場の壁なのに、無駄に美しい。


 そのせいで、壊す場所を選ばなければならない。


 全部壊せば怒られる。


 少しだけでは風が抜けない。


 高すぎる場所を抜いても、低い煙は逃げない。


 低すぎると灰水が流れる。


 幅が狭いと笛のように鳴る。


 鳴ると、また誰かが龍の声だと言う。


 それは避けたい。


 非常に避けたい。


「ここです」


 わたしは壁の下を指した。


「この幅で」


「広すぎないか」


「狭いと鳴ります」


「鳴る?」


「龍の声にされます」


 灰役人の顔が真剣になった。


「広くしろ」


 分かってくれた。


 龍の声は避けたい。


 壁を抜く。


 灰を掻き出す。


 下に溜まった湿った煤を外へ出す。


 その先に、古い逃げ溝があった。


 やはり。


 壁がその上に乗っていた。


 逃げ溝を潰していたのだ。


「溝がある」


 灰役人が言った。


「古い逃げ溝です」


「帳にあったか」


「古い煙道図にはあります」


「見たのか」


「はい」


「いつ」


「叱られて暇だった時です」


「暇ではない」


「煙道待機中です」


「言い方を覚えたな」


「はい」


 逃げ溝を開けると、風が変わった。


 低いところで、すっと抜ける音がした。


 鳴らない。


 よし。


 灰山の熱が逃げる。


 煙突から出た白い煙が、都の方へ戻らず、外へ流れた。


 空の白さが少しずつ薄くなる。


 リンアンの屋根が見える。


 官署の旗が見える。


 白布を持った役人が、白布を見て安心している。


 たぶん、白く戻ったのではない。


 煙が減っただけだ。


 それで十分である。


     *


 だが、まだ終わりではなかった。


 煙が抜けた瞬間、広場から歓声が上がった。


 なぜか。


 誰かが叫んだのである。


「龍が鎮まった!」


 違う。


 逃げ溝である。


 しかし、白い煙が引いた。


 空が戻った。


 祭壇の屋根が見えた。


 方術師が袖を広げていた。


 礼官が白布を掲げていた。


 灰役人がわたしの肩をつかんでいた。


 その絵は、たいへんそれらしかった。


 非常によくない。


 すぐ、記録係が走ってきた。


「シンリ、何をした」


「壁を抜きました」


「龍を鎮めたと聞いた」


「壁を抜きました」


「白龍の息が止まった」


「煙が抜けました」


「方術か」


「煙道です」


「天命か」


「風向きです」


「では、どう書けばよい」


「灰捨て場北西壁、旧逃げ溝上に築かれ、低煙戻り発生。中幅開口により排煙回復」


 記録係は、筆を止めた。


「長い」


「正確です」


「もう少し祭向きに」


「だめです」


「白龍の息を」


「だめです」


「鎮煙の儀」


「もっとだめです」


 記録係は困った顔をした。


 わたしも困った。


 正確な記録は長い。


 祭向きの記録はだいたい危ない。


 灰役人が横から言った。


「表札には、白煙戻りを修める、と書け」


「裏帳には?」


 記録係が聞く。


「シンリの言った長いものを書け」


 よい。


 表と裏を分ける。


 これならよい。


 わたしは頷いた。


「あと、美観局の壁の件も」


 灰役人が咳をした。


「それは、後で」


「後で消えます」


「消えないようにする」


「本当ですか」


「……薄くはなる」


「だめです」


 灰役人は、少しだけ空を見た。


 まだ煙が残っている。


 彼はため息をついた。


「書け。美観局による新壁設置、旧逃げ溝を塞ぐ」


 記録係の目が光った。


 面倒なことを書く時の目である。


 よい目である。


     *


 夕方には、都の煙はほとんど消えた。


 白磁祭は予定通り行われることになった。


 方術師は、天命の乱れは軽かったと言った。


 礼官は、白龍は怒りを収めたと言った。


 美観局は、壁の意匠が煙の流れと調和しすぎた可能性があると言った。


 何を言っているのか分からない。


 工房主は、炉を止めなくて済んだので喜んだ。


 灰役人は、裏帳に長い注記を書いた。


 記録係は、表札と裏帳を分けた。


 そして、わたしは灰穴へ戻された。


 煙道下役なので。


 当然である。


 ただ、少し変わったことがあった。


 翌朝、工房署の下庭に、小さな札が出ていた。


 白煙戻りの件。


 煙道下役シンリ、北西壁下旧逃げ溝を開き、排煙を回復。


 白龍鎮めの儀にあらず。


 煙道修繕である。


 最後の一行がよい。


 とてもよい。


 誰が書いたのかと思ったら、灰役人だった。


 見直した。


 少しだけ。


     *


 しかし、噂は札より速い。


 市場では、わたしは龍を鎮めた下役になっていた。


 子どもが聞いてくる。


「白龍、怖かった?」


「煙でした」


「龍、いた?」


「いません」


「でも、煙が長かった」


「長い煙です」


「龍じゃないの?」


「煙です」


「つまらない」


「煙道はだいたいつまらないです」


 子どもは笑った。


 それでよい。


 つまらない方が安全である。


 煙道が面白い時は、だいたい事故である。


 別の日、白磁工房の若い職人が来た。


「シンリ殿」


「殿はいりません」


「龍を鎮める煙突角度を教えてください」


「ありません」


「では、白煙を天へ返す方術を」


「ありません」


「秘伝を」


「ありません」


「では何を」


「煙突の口を風下へ向けない。低い逃げ穴を塞がない。灰山の熱を溜めない。雨の後は下を先に見る」


 職人は少し黙った。


「地味ですね」


「はい」


「でも、役に立ちますね」


「はい」


「覚えます」


「それがよいです」


 よい若者である。


 派手な名より、手順を覚える者は信用できる。


     *


 その後、高炉街には新しい札が増えた。


 煙突口、風向き確認。


 灰山、熱あり。


 旧逃げ溝、塞ぐな。


 美観壁、建てる前に煙道へ聞け。


 白煙、上へ行くとは限らない。


 低煙、都へ戻る。


 鳴る穴、龍の声にされるので避ける。


 最後の札は、わたしが書いた。


 灰役人は最初、渋い顔をした。


 しかし、方術師が一度本当に「龍の声か」と言ったので、札は残った。


 よかった。


     *


 今でも、わたしは方術を使えない。


 天命も読めない。


 白龍を見たこともない。


 龍を鎮める儀礼も知らない。


 高い官位もない。


 美しい白磁を焼く才もない。


 ただ、煙道へ入る。


 灰を掻く。


 煙突の口を見る。


 逃げ穴を見る。


 灰山の熱を見る。


 風が上を通るか、下を戻るかを見る。


 軽い灰の膜を落として、どちらへ滑るかを見る。


 若い下役が入ると、わたしは最初に灰の膜を渡す。


「落として」


 若い者は嫌な顔をする。


「汚れます」


「もう汚れています」


「これが仕事ですか」


「これも仕事」


「龍を見るのでは」


「見ません」


「天命は」


「上の方が読みます」


「方術は」


「方術師がします」


「では、私たちは何を見るんですか」


 わたしは、煙突の下を指す。


「煙が勝手に戻るところ」


 若い者は、まだ分かった顔をしない。


 昔のわたしもそうだった。


 だから、強くは言わない。


 ただ、灰の膜を落とさせる。


 灰の膜は、まっすぐ落ちない。


 低い風に押され、少し横へ滑る。


 若い者の顔が変わる。


 その時だけ、わたしは少し笑う。


 龍を鎮めたわけではありません。


 煙突の向きを変えただけです。


 天命は読めません。


 方術も分かりません。


 ただ、煙が戻る穴を見ていただけです。


 それは自慢ではない。


 奇跡でもない。


 龍に選ばれた証でもない。


 ただ、煙にむせ、灰に滑り、叱られ、壁を見落とし、逃げ溝を掘り返して覚えたことだ。


 それだけで、すべてが救えるわけではない。


 煙突を直しても、炉は詰まる。


 逃げ穴を開けても、灰は溜まる。


 壁に札を貼っても、美観局はまた何か積む。


 だから、わたしは龍を鎮める者ではない。


 ただ、煙が都へ戻るのをそのままにできないだけの煙道下役である。


 白龍の息と呼ばれた煙は、今日も出る。


 出るなら、逃がす。


 逃がすなら、穴を見る。


 穴を見るなら、塞いだ者の名も帳へ書く。


 それが煙道の作法である。


 龍ではなく。


 天命でもなく。


 煙が低いところから戻ってくる前に。


 ──白霧都市リンアン──

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