運ばれしもの
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
あなたは運命を信じますか?
まあ、いきなり言われたら宗教の勧誘か何かと思うわな。神様は我々に姿を見せず、ただ結果を示して語る。
命が生まれて、運ばれて、やがて消えていく……。多くは自分に都合がいいように運んでほしいとは思うだろうな。
命はたいてい長らえるほうがいいし、本当に苦しいときであったらすっぱりなくなってしまったほうがいい。自分の願い通りに進んだときは、つい神様へ感謝したくなってしまうのだろう。
自分が知覚できる範囲でも信じがたいことはあるが、その知覚の外ではいったいどうだろうね?
私のむかしに聞いた話なのだけど、耳に入れてみないか?
うちの親父は、爪や髪の伸びるのが早い人だった。
手足の爪は、せいぜい1~2週間に一度くらい切る私だが、親父はその成長期のころはほぼ毎日のように処理していたらしい。
髪の毛も私の場合はだいたい2か月、長ければ3か月くらいはそのままにしておくが、親父は坊主頭にしても、それを維持できるのは数日がやっと。すぐにまた毛がふさふさと生えて頭皮を覆いつくしてしまう。
毛も爪も、根元の細胞が分裂して積み重なっていくことで長くなっていく。つまり、親父はすさまじく育ちざかりであった、ということの証左にもなるだろう。
親父は当時、身長が低かった。女子が男子に比べて早めな成長期を迎えることもあって、クラスの面々にぐんぐん追い抜かれ、集会の列もどんどん前へ並ばされるようになっていく。
やはり一定以上の身長がほしいとは考えがちなことで。親父も食事、睡眠、運動などへ気をつかい、日々背の高さは測っていたようだけど目立った成果はあげることができず。
それでも成長性を期待して、せっせと日々を積み重ねていた親父だったものの、いよいよおかしなことが起こり始めた。
朝、起きた時に髪の毛がたっぷりと抜け落ちている……というのは、ホラーや病気の予兆として定番のイベントだよねえ?
親父もそれに出会った。枕から頭を持ち上げるや、ザザッと音を立てて布団の上へ散らばったのは、己の髪の毛だったんだ。
たいていは直後に鏡を見て、はげちらかした自分の頭部に軽い絶望を覚えるところだろうけど、親父は違う。
寝る前と、さして髪型が変わっていない。前はおろか側面も後頭部も、目立って毛の抜けたところは確認できなかった。寝て起きたら、いきなり自分の枕元に髪の毛がたっぷりばらまかれているかのごときこと。
――だが、これが「オレ」であったなら……あり得る。
あの毛はまぎれもなく自分のもので、寝ている間に自分の髪の毛があらためて生えそろった、ということが。
ここのところ爪の伸びが輪をかけて早く、学校へ行く前にはきれいに切ったとしても、帰るころにはもうセンチ単位で先端が伸びている。安全も考えると、爪切りは手放せない存在となっていた。
ならば髪もまた、同じようなことが起こっていてもおかしくない。しかし、爪に比べると髪の毛は――あくまで親父の本人比だが――起きている間はそこまで伸びが著しくなかった。
よもや夜の寝ている間か、と親父は徹夜をしてみたのだけれど、どうも髪の毛が抜けていく気配はない。ならばと、仮眠を少しとるとその間にごそりと毛が抜ける。そして生えてきている。
時間によって抜ける量が増減するまでは良いにしても、こうも自分の髪の毛が生えそろうというのは、いかにも信じがたい。
いよいよ親父は、ある手段に踏み切る。
寝ている自分の様子をカメラ撮影しようというわけだ。録画できるデジタルカメラを自分の寝床がばっちり映る、部屋の斜め情報。鴨居の影あたりにセット。
どうせやるなら徹底的だ。この日はきっちり7時間眠るよう心掛けて、布団へ入ったみたい。それなら何が起きているかはっきり分かるだろう、と。
そうしてぐっすり寝た翌朝。やはり枕元にばらつく大量の髪の毛を見て、この夜にも想定した事態が起きたのを確認した親父は、さっそくカメラを手に取った。
きっちり動作することに安心しながら、録画した映像を巻き戻してみる親父。
親父はてっきり、髪の毛が勝手に抜けていくさまを想像していたようだ。寝に入って、しばらくしたら次々と脱毛していって、新たな毛に生え変わっていくのだろう、と。
それをナチュラルに想像できてしまうのも問題かもしれないが、映像は親父のイメージの斜め上を行く。
おそらくは、親父が寝入ってしまったであろう、撮影開始から数十分後のこと。
にわかに映像へ、もやがかかり始めた。
湯気がたちのぼってきたかのようだったが、レンズ越しであってもはっきり分かるくらいにもやは桃色がかっていたというんだ。濃さはそれほどではなく、多少見づらくなっても寝ている親父とそのまわりは視認可能だった。
ほどなく、あおむけに寝ている親父の身体が、にわかにびくんびくんと震え始める。まな板の上の鯉、とたとえるのは変だけども、暴れ出す一歩手前に思える激しさだった。
ただ勝手に動いているわけではない。もやの中をよくよく見ると、親父の顔へ無数のミミズらしき影がへばりついている。めいめいで体をうごめかせながら、それらは耳や鼻の中からもぞもぞと親父の中へ入っていく。その一匹一匹が潜っていくたびに体が震えるんだ。
思わず鼻や耳に手を当ててしまう親父。しかし、それで終わりじゃなかった。
奴らが体へ入りきってしまうと、ほどなく頭髪が伸び始める。カメラがとらえている先でもはっきりと分かる速さで、ぐんぐんと体を伸ばしたそれは、やがて親父の身体から抜けてしまうんだ。
そこにはきっちりと、潜り込んだミミズたちが巻き付いている。抜けた毛一本として例外なく、だ。
髪と一緒に外へ出たミミズたちは、いずれも苦しげに身をよじると溶けるように消えていき、画面のもやが気持ち濃くなったような気がしていくのだったとか。
あとはそれの繰り返しが、何度も行われていった。次々とあらわれるミミズたちが潜入し、そのたびに毛もろとも追い出されて消えていく。親父本人はまったく目覚める様子も見せないまま、丑三つ時を過ぎるあたりまでそれらは続いたらしい。
その後はもやも、ぱっと晴れてしまいミミズたちもいずこかへ消え失せてしまう。親父もまた震えることはなく、こうして目覚めるまでそのままだったという。
特に消去する操作をしなかったにもかかわらず、その映像は親父が見た一度きりで、すっかりデータも残さず消えてしまったそうな。
それから数年の間、親父は例の脱毛にも悩まされたが、とうとう直にあのミミズたちを見ることはなかったとか。
しかし、あのまま潜り込まれていたならどうなっていたか分からない。毛もそうだし、ひょっとしたら爪の伸びも、自分の中に入り込んでいたものを外へ運んでいたのかもしれないと考えていたそうだ。




