第五話
パーティー会場には別々の車で向かう。ホテルの前で手を振って別れ、僕はマチウと白のシボレーに乗り込む。賑わうロスの街をしばらく飛ばして、会場は郊外の豪邸だった。
ばかでかい門構えの内に入れば、広大な敷地に紫や青のネオンに照らされた噴水が僕らを迎える。黄昏の涼やかな空気の中、プールに面したテラスには思い思いにドレスアップしたセレブたちが、グラス片手に揺れているのが見える。野外のステージではクラリネットやトランペットを抱えた演奏者たちが「シング・シング・シング」を奏でている。どこかで歓声が沸き立ち、プールでは水しぶきが上がる。スクリーンでしか見たことのないような面々がはしゃぎあう姿。グレートギャツビーって感じの光景だ。
物珍しそうにきょろきょろ見回す僕を制して、マチウは主催者のもとへと案内する。
「やあ、よく来てくれたね。君がルーシェ、ルーシェミネ、だったかな?」
豊満な美女を両隣に侍らせたプロデューサーが赤ら顔で僕に握手する。
既に出来上がってるみたいだ。僕は愛想笑いを返しつつ、
「ルーシュミネ・リーヴェです。以後お見知りおきを」
と返す。音楽にも男にもとんと興味のない様子のプロデューサーは豪快に笑うと僕をその辺にいた初老の紳士に引き合わせ、続々と登場する女優陣に挨拶に行ってしまった。
プロデューサーというくらいだから、今回の映画の話とかがもっとできると思っていた僕は拍子抜けだ。
一方僕が引き合わされた初老の紳士は、映画監督らしい。どこかで聞いたことがあるようなないような名を名乗って、僕と握手する。
今回の映画は別の監督だったはずだから、彼は、プロデューサーの懇意にしている知人枠、ってことでいいのかな。今後の仕事にも影響が、と僕の耳元でがなりたてたマチウの声が蘇り、僕は愛想笑いを貼り付けたまま彼の話に頷く。
「君は作曲家と聞いたが。勿体ないね、その美貌で裏方とは。僕の映画に出てみる気はないかい。君なら、そうだね、カラマーゾフのアリョーシャなんてぴったりじゃないかな。清楚で可憐な雰囲気が非常にそそる。男を惑わす小悪魔の役でもいいね、舞台は中世イタリアの修道院、見習いとして現れた君に、修道士たちが狂わされていくんだ。どう、興味あるかい」
滔々と語りつつ、握手したままの手を離さずに僕の指を撫でてくる初老の紳士に、笑顔が引き攣る。ここで抵抗して逆上されても面倒なことになりそうだし、何より、こんな場で目立ちたくもないし。この場にふさわしい言葉を探して、僕は答える。
「残念ながら、演技はまったくの未経験ですので。作曲のお仕事でなら、いつでもご力添えいたしますよ」
「そうかね。いや勿体ない。君ほどの美形が…」
既に酔っているのか、無限ループに陥りそうな紳士に困惑を募らせる僕のもとに、ふらりとひとりの女性が近づいた。
「失礼。監督、あちらでマリエールがお呼びでしたわよ」
「おやそうかい、ありがとうダイアナ。それでは、また後で、ゆっくり話そう。リーヴェ君」
足元のおぼつかないまま、初老の紳士は離れて行く。ほっと息を吐いて、僕は窮状を救ってくれた彼女に向き直る。小柄な身体に不釣り合いなほどでかいオッパイ、きれいにセットしたブルネットにピンクゴールドのドレスがぴったり似合っている。
彼女はダイアナ・ローズ、セデュとは以前にも共演したことのあるハリウッド女優で、今回の相手役の一人だ。
「どうもありがとう、君のおかげで助かったよ。えーと、僕は――」
「男娼窟からセデュイールに拾われたんですってね。華々しい復活劇、おめでとう。セレブのパーティーに紛れ込んだ気分はどう?」
笑顔を浮かべた口元のまま、氷のような言葉で刺しに来る。スクリーンで見ていた姿とのあまりのギャップに僕は躊躇い、僕らの周りでにこやかに談笑していたセレブたちは、マチウとともにそそくさと散ってしまった。待ってくれ、僕をこの子と二人きりにしないでくれよう。というかせめてマチウはそばにいてくれよ。君は僕のマネージャーじゃあないのか?
仕方なく、僕は彼女に向き直り、丁重に言葉を探した。
「――あのさ、僕たち、初対面だよね? ずいぶんな言われようだな」
「あら、私は事実を並べたまでよ。天下の色男を誑かして、離婚までさせて。いやらしいったらないわ。音楽家だかなんだか知らないけど、今回の仕事もどうせセデュイールのコネなんでしょう? 公の場に顔出しして、恥ずかしくないの?」
「何か誤解があるんじゃないかな。僕はその、レヴォネ氏とは面識がないんだよ。君が映画で共演したのは知ってる。『嵐が丘』、よかったよー感動したなー」
「しらじらしい。認めないのならいいわ、私があんたから、セデュイールを救ってみせる。汚らしい男娼なんかに、負けるもんですか」
「…君はレヴォネ氏のことが好きなんだねえ」
「ええそうよ。何年も前からね。既婚者だったから諦めていたけど、あの人は今フリーだもの。これで心置きなく、想いを伝えられるわ」
「義理堅いんだ。それに気も強い。いいねえ、嫌いじゃないよ、そういう娘」
「馬鹿にしてるの? まあいいわ、あんたはどうせ日陰の身でしょ。セデュイールに近づくことも許されないんだから」
鼻っ柱の強いダイアナはツンと言い放ち、
「セデュイールに汚い病気を伝染したら、あんたを業界から抹消してやるから」
と言い捨てて去った。
嵐のような娘だ。それに熱烈。セデュは幸せ者だなア、あんな美人にあそこまで好かれて。オッパイも大きいし。口は悪いけど一途で一生懸命で、かわいいし。セデュに誘惑されてメロつく人妻を演じるには、ちょっと、いや、かなり、気が強そうだけど。…。
なんだかぐったり疲れてしまった。もう帰っていいかな、僕…。
曲はいつの間にか「スリーピーラグーン」に変わっている。手を取ってムーディーに踊るセレブ達の隙間から、女優陣に囲まれたセデュがかすかに見える。
耳朶に手をやって、ピアスのエメラルドをなぞる。ちょっぴり寂しいけれど、平気だ。せっかく彼が与えてくれたチャンスなんだ、もう少しだけがんばってみよう。




