第四話
「3日後、今回の映画のプロデューサー主催のパーティーがあります。ムッシュ・レヴォネは勿論のこと、共演する女優さんたちも一堂に会します。どういうことかわかりますね?」
「そもそもさ、それ僕が出てもいいやつなの? 表舞台の人たちの交流パーティーなんでしょう?」
テラスから侵入して僕らのキスを目撃したマチウは、よほどショックだったのか、以降はきちんと玄関から入ってくるようになった。
コテージ型になったスウィートルームは中庭を挟んで独立した建物で、一般客室とは数百メートルの距離があり、生け垣やら並木やらが周囲を覆っていて秘匿性が高い。当初ここに侵入したときは業界人パスでなんとかなったらしいが、現在のマチウはセデュに合鍵を融通してもらったらしい。
キス現場を目撃されたときは、警戒心露わの無表情で僕を抱き寄せたままの姿勢で、マチウの言い分を聞くセデュが気に入りのおもちゃを奪われまいとする五歳の男の子みたいで、なんだかおかしかった。
「ですから私には愛する妻があり…そもそも異性愛者でございますので、その、男性に性的魅力を感じたことはなく…」
「君の言い分を信じよう。それで、君はルーを口説いたのか?」
「けっして私はそのような…口説いたという事実はございませんので、はい、いかにムッシュ・リーヴェが魅力的であったとしても、私は…」
「儚げな天使のようだと言ったそうだな。私も同意見だ」
「は、それは客観的事実にございますので、決して、下心から出た言葉ではなく…」
「他には何を言った?」
「は…その、ブロンドや瞳の色が見事だと…折れそうなほど華奢な体躯も、見る人が見れば非常に魅力的に映るのではと…」
「勿論それはそうだろう。しかし、ルーに欲望を抱いたことのない男のコメントとは思えないのだが」
「これまた、客観的事実を述べただけでございまして、私個人の感想などではございませんので、はい…」
コントみたいな二人のやり取りは面白かったけど、平身低頭、といったふぜいのマチウがかわいそうになってきて、僕は助け舟を出してやったのだ。
「大丈夫だって、誰に口説かれたって僕は簡単には落ちないよ。君がよーく知ってるだろう?」
ぐりぐりと額をセデュの肩にこすりつけ、甘えたような上目遣いで囁けば、セデュの気配がふわりと緩む。
「…それもそうだな、疑って悪かった」
セデュはあっさりと言って、僕しか目に入らないとでもいうように微笑む。僕はそれに満足して、彼の頬を両手で挟み込んだ。
「いいよ、許してあげる。珍しい君の姿も見られたことだし」
「…恥ずかしいところを見せた。忘れてくれ」
「忘れられないなー、君の恥ずかしい姿、もーっと見せてほしいなあ」
「…明日出直すので、帰っていいですかね…」
イチャイチャしだした僕らを前に肩身の狭い様子のマチウが恐々切り出し、それでその日は打ち切りとなったのだった。
それで翌朝、仕切り直しにセデュのホテルを訪れたマチウは、僕の3日後のスケジュールについて通達した。
「これは、今の貴方の顔と名を売るチャンスでもあります。パーティーには映画館関係者のほか、業界人も多数参加する予定です。貴方の今後の仕事如何も、今回のパーティーにかかっているといっても過言ではない」
「過言だろう。それはさすがに。僕は実際の仕事で判断してもらえればいいんだけど?」
「業界での政治が巧くなければ、仕事も回ってこないということです」
「政治ねえ…」
天才ピアニストとして売れっ子だった幼少期から転落するまでの10年弱、僕に近づいてはおべっかを吐いてきた無数の顔を思い出し、僕は憂鬱な気分だ。彼ら彼女らは僕がスキャンダルをすっぱ抜かれた途端、蜘蛛の子を散らすように去って行って、僕のそばには誰一人残らなかった。またああいうことを繰り返さなきゃならないのかと思うと、陰鬱にもなるってもんだ。
まあ、今はセデュが近くにいてくれるから、心強いといえば、そうなんだけど。
もともと業界人じゃなかったセデュは、僕が表舞台から姿を消してから映画俳優としてデビューした。僕を探すためだなんて言っていたけど、それについては話半分に聞いている。口説き文句をあまり本気にしすぎると、後が怖いしね。
けど、今回のパーティーでは、あまりセデュにひっつきすぎるのもよくないようだ。
「映画の共演者ってことは、あいつとラブシーンを演じる女優さんたちが、ワンサカ来るってことか…」
「そういうことです。これは今回の映画のプロモーションも兼ねていると考えてください」
「気が重いなア…」
「耐えてください。今後の仕事のためを思って!」
マチウはガッツポーズをとって僕を励ます。参加者リストに、僕の過去を知る数人の名前を確認して、僕は重いため息をついた。
パーティーの日はすぐに来た。事務所のコーディネーターが用意したらしい僕の衣装は、裏地が深紅のベルベットの黒いジャケットにレディースのパンツスーツだ。ぱりっと糊のきいた白シャツに袖を通して、ハーフアップにした頭頂部にベルベットの赤いリボンを結ぶ。一方のセデュはオーソドックスな黒のタキシードだ。カラーのついた襟も、エメラルドのカフスボタンも、嫌味なくらいよく似合う。
袖のカフスボタンを留めつつ無言で僕に目線を送るセデュに笑いかけ、僕は以前彼に送られたピアスを取り出した。
「付けてよ、こんな時でもなけりゃ出番もなさそうだし」
マチウに用意させたニードルも併せて掌に押し付ければ、セデュは目を白黒させる。
「今か?」
「パーティーの席上では、他人同士のフリしなきゃなんだろ。だからさ、こいつがあれば、君のそばにいるみたいに感じられると思って」
君のそばが一番、安心していられる場所だから、という意を含め、上目遣いに見上げればセデュは感極まったように唇を引き結び、慎重な手つきでニードルを手に取った。
「一息にやるぞ、いいな」
「やっちゃってやっちゃって。じわじわ痛いの嫌だから、一瞬でお願い」
「お前の身体に穴を開けるのか…」
「今更それ? 贈る前に気づけよな。でも君にその栄誉を与えてやるんだから、感謝してくれないと」
「ああ、ありがとう。では、いくぞ」
「まってまってちょっとまって、ちょっと深呼吸させて」
「…」
「ふー。よし、いいよ、突っ込んで。ぶすっとね!」
「…善処する」
「こんなときまでまじめかよ。おかしいなあ、君の手、汗ばんでるね」
「緊張もするさ、お前を初めて貫くのだから」
「なんか、エロい響きだなア、もう一回言って…」
「…」
「震えてるね、こわい?」
「…ルー、愛している」
「…ん、する前にキスして、もう一回…」
「ご両人そろそろ出かける時間ですが!?? 何をおっぱじめようってんですかこんな時に!???」
隣の部屋で待っていたマチウに乱入されて、出かける前のキスは叶わなかった。
不服そうな顔のセデュに突き刺された僕の耳朶には、僕の目とセデュのカフスボタンと同じ、エメラルドが輝いていた。




