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蛇公爵が、運命の人に出会ったら。〜こじらせ公爵と、幸薄令嬢の初恋物語〜  作者: 織子


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9/10

第九話ー贈り物(前)

マーシャルが見えなくなると、イリスは近くにあるベンチに腰掛けた。


(ここでグレイシス公爵と踊ってから、分不相応な事ばかりおきるわね)

一介の伯爵令嬢、しかも没落仕掛け。ーが、国王と面会し、国の英雄たちとお話をして、グレイシス公爵にエスコートされ薔薇園を散策するなんて。信じられない。


「イリス?」

考え込んでいたので、人がいることに気付かなった。パッと顔を上げると、立っているのはハセドだった。


薔薇園は開放されているし、ハセドがここに居てもおかしくはないのだが、1人で居るなんておかしい。

イリスは警戒した。


「ああ、やっぱりここにいた。リリアナ嬢から聞いてね」


リリアナから聞いてここに居るのならば、良からぬ事に違いない。イリスは冷ややかな声を出した。

「ハセド様。お久しぶりです。何かご用でしょうか?」


「ああ、うん。この間、君に婚約の破棄を伝えただろう?」

「はい」

婚約破棄を正式に伝えに来たのか?わざわざ?


ハセドはもごもごと言った。

「父上が承諾してくださらなくてね。イリスと結婚しないのならば、跡目にはすえないと言うんだ」


イリスは嫌な予感がした。

「そこでだ。きみを第2夫人にしようと思う」


「え?」

呆れてものも言えない。王族でもないのにそんな制度はない。

「つまり私を愛人にしようと言うのですか」

「愛人などと!下品な物言いはしないでくれないか。とりあえず一緒に来てくれ。父上と話そうと思う」

ハセドは首を振った。


(この人はどれたげ頭が悪いの···)

ハセドの父が欲しいのはロズウェル伯爵の家名だ。イリスではない。ロズウェル伯爵家に婿入りすることが目的なのに。


イリスは思わずため息をついた。

「ハセド様、それではお父上は納得されません。そして私も受け入れられません」


ハセドは目を見開いて詰め寄ってきた。イリスは後ずさる。

「なんだと!私の正妻になりたいなどと言うのか?身の程も知らずに」


(話が通じないわ)

「私は婚約破棄を受け入れます。もうお帰りください」

辟易した顔で言うと、ハセドは怒りを顕にした。

「お前!私の言ってることが分からないのか?来い!」


ハセドが怒りのまま腕を掴んだ。

(痛い)

イリスは顔をしかめたが、痛みは一瞬だった。


「わあぁ」

叫び声に顔を上げると、腕を掴まれたハセドが宙に浮いている。


「イリス嬢、だれだコイツは。ただの暴漢ならば衛兵に引き渡すが」

マーシャルは淡々と言った。マーシャルが掴んだ腕がみるみる青紫になっていく。相当痛そうだ。


イリスは慌てて言った。

「彼はバチェル商会のご子息です。離してあげてください」


「ふむ」

マーシャルは腕を離してハセドを解放した。

マーシャルの表情はイリスからは見えない。ハセドは地面に尻もちを着き、青紫になった腕を手で押さえながら震えている。


「お前がハセド・バチェルか。レディに乱暴は良くないな。それも王家の庭園で」

声が低い。ハセドは震えながら口を開く。


「こ、婚約者を迎えに参りました。閣下には関係のないことです」


「ほう?」

声がさらに低く響いた。イリスからは後ろ姿しか見えないが、首筋の血管が痙攣している。


「おかしいな。聞き間違いでなければ、ロズウェル嬢は婚約破棄を受け入れると言っていたようだが」


「それは···」

「さらに王国では第二夫人などというふざけたものは存在しない」


(全部聞いてらしたの)

イリスは恥ずかしさと情けなさで下を向いた。愛人になれと言われた女を、公爵はどう思っただろう。


「そのような顔をする必要はない」

マーシャルが肩越しにイリスに言った。


「君が恥じることなど何もない。馬鹿げた提案をするこの男が悪いのだ」

そう言いながらマーシャルはハセドに近付いた。膝を折り、耳元で何か囁いた。


「バチェル商会か。最近金の巡りが良いことは知っている。目を瞑っていたが、そうもいかないな。帰って父親に伝えろ。近々伺うとな」


イリスには聞こえなかったが、ハセドは慌てて立ち上がり、蒼白のまま逃げるように走り去った。





「怪我はないか?」


呆然と見ていたイリスは、とっさに手首を手で押さえた。

「はい。ありがとうございます」

マーシャルはイリスの手をとり、ハセドに掴まれた手首を見た。薄っすら痣が出来ている。


「生きて帰すべきではなかったな」

呟いた言葉が少し過激だったので、何に対して言っているのか分からなかった。


(え?この痣を見て言った訳ではないわよね?だって閣下は掴んだだけで、ハセドの腕を骨を折りそうな勢いだったし)

ハセドの腕は随分痛みが長引きそうだ。


気付くと、マーシャルが自分の腕に何か巻き付けている。白くて綺麗な、花の刺繍が施されているハンカチだ。

(痣を隠そうとしているのかしら)


「先ほどの露店でコレを買っていたんだ。貴方に借りたハンカチはワインで駄目になったからな」


「えっいえ、こんな上等なもの」

露店とはいえ、王家の庭園に出るほどの店だ。イリスの持っているものとは質が違う。


「貰ってくれ。花の刺繍のハンカチは私には似合わない」

 

「そんなことは····」

言いかけて、固まってしまった。私より花が似合いますとは言えないし、なんと言っていいやら。


(私のために選んでくださったなら、嬉しいわ)

素直に貰うことにした。


「お気遣いありがとうございます。大切に使いますね」

ハンカチの、繊細な刺繍を見て心が弾む。思っていたよりずっと、自分は嬉しかったみたいだ。自然と顔がほころぶ。

ー思えば、婚約者だった者からすら贈り物1つ貰ったことがなかった。

(嬉しい。自分の為に選んでくれたものが、こんなに嬉しいなんて知らなかった)








読んでいただきありがとうございます。

次のお話で完結となります。

1時間後に投稿予定です。

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