第七話ー悪夢
「ああ、恐ろしい。悍ましい。あの白い肌、白い髪、赤い瞳。私に近づけないでちょうだい」
幼少期、後妻に植え付けられた言葉。
「人は蛇が嫌いなのよ。皆、貴方を恐れるわ。」
毎日のように言われた、他者から見た自分の姿。
夢を見た。幼い頃、蛇の姿のまま家を出た時だ。自暴自棄になり、誰にも言わずに家を出た。
基本的に人族は蛇を嫌う。「蛇蝎のごとく」という言葉があるほどだ。道に迷い、丸まって震えていると、1人の少女が近付いてきた。
「白くて綺麗な蛇さん。寒いの?」
ーーマーシャルは目が覚めた。
(久しぶりにあの夢を見たな)
父の後妻は人族だった。マーシャルは幼少期、毎日のように後妻から浴びさせられた罵倒の数々を、鮮明に覚えている。
ふと手を見ると、5本指がある。人型に戻っている。手を握って確かめ、伸びをした。ーふぅ。今回は2ヶ月かからなくてよかった。
「起きたか。戻れて良かったな」
アーサーがソファーで欠伸をしながら言った。
「ああ。基本的に温まれば元に戻る」
「そうなのか?蛇はほんとに寒さに弱いな」
「起き抜けのお前に悪いが、落ち着いて聞け。ユリウスが例の少女と謁見中だ」
アーサーが申し訳なさそうに言った。
「ーは?」
なんだと?例のとは、まさか。
「お前が寝言で家名を言うから····ユリウスが朝一で呼び出してたぞ」
「陛下は何の用で呼んだんだ?」
「さあな。おおかた、グレイシス公爵家に嫁げとでも言うんじゃないか」
「·······私に嫁ぐなど、彼女にとっては迷惑でしかないだろう」
「····お前な。いい加減現実を見ろ。公爵家に嫁ぐことの何が迷惑なんだ。名誉だろう」
下を向いたままのマーシャルに、アーサーはため息をついた。
「少し調べたが、イリス嬢はバチェル商会の長男との結婚を控えているそうだな?その長男はアカデミーに別に恋人がいるらしいが」
マーシャルはゆっくり顔を上げた。
「何だそれは」
「望まぬ結婚よりも、自分の方が劣っているとでも言うのか?」
(望まぬ結婚?イリス嬢が?)
あの笑顔を守れない輩が、彼女を娶るというのか?
ガバっと飛び起きてドアに向かう。アーサーが慌てた。
「まて!せめて服を着ていけ。お前、何も着てないんだぞ」
これだから獣に戻ると面倒だ。
素早く服を着て、マーシャルは謁見の間に急いだ。
❋❋❋❋❋❋❋❋❋
「公爵閣下、今謁見の間には誰も入れるなと陛下に言われております」
「私の客人でもある。通してくれ」
「しかし····」
門番と揉めていると、中から甲高い声が聞こえた。
「ーー私です!」
(なんだ?呼び出したのはイリス嬢ではないのか?)
覚えのある声とは違う。
イリスではないなら、入らない方がいいかと悩んでいると、ユリウスの低い声が聞こえた。そして、聞き覚えのある声がした。
「ーーー····私などでは公爵閣下に」
ー声が震えている。
「ふさわしくありません」
バン!!
「····公爵。ドアは壊さずに開けてくれないか」
ユリウスが呆れた声を出す。
が、無視して進む。
「陛下、どういうことですか」
怒りが抑えられない。まさか脅しているのか?
「怯えてるではありませんか」
怒気を抑えられず、漏れ出る剣気がユリウスの玉座にビシリとヒビを入れた。
イリスを見ると、驚いたように目を見開いている。
(落ち着け。これでは私まで怯えさせてしまう)
ふぅ。と小さく深呼吸をする。
いきなり国王の前に連れて来られ、怖かっただろう。
跪いているイリスに手を差し出した。
「申し訳ない。私と踊ったばかりに、面倒に巻き込んでしまった」
イリスは慌てて立った。
「い、いえ。そんなことは」
言いかけて、イリスの目からポロリと涙が溢れた。緊張と不安が溜まっていたのだろう。
怒気は殺気に変わり、ユリウスを睨みつけた。
「····ユリウス。泣いてるじゃないか」
溢れ出る剣気で謁見の間の柱にヒビがはいる。
マーシャルの尋常でない気迫に、ユリウスの護衛が剣を構えた。ユリウスは手をヒラリと振って「いい」と言った。
「誤解だ。マーシャル。俺はどちらがマーシャルと踊ったのか聞いただけだ」
ユリウスは悪びれた様子はなく、冷めた目のままだ。一触即発な緊張感がただよう。
突然床が光った。崩壊しそうな謁見の間の中心に、魔法陣が浮かんだ。
「落ち着け2人とも」
アーサーが現れ、うんざりするように言った。
「ユリウス。国王に呼ばれたら一介の令嬢は緊張して泣いてしまうこともある。覚えておけ」
くるりとこちらを向くと、アーサーは続けて言った。
「マーシャル。イリス嬢が怯えているぞ。お前もユリウスと変わらん」
イリス嬢を見ると確かに怯えている。マーシャルは血の気がすぐに下がった。
「す、すまない」
マーシャルはしおしおと小さくなった。気迫とともに、身体まで小さくなったように見えるほど。
アーサーはため息を付いて言った。
「ロズウェル嬢、旧友たちが申し訳ない。場所を移してかまわないか?ユリウス。応接間を借りるぞ」
「許可しよう」
ユリウスも立ち上がった。
「お、おまちください!陛下」
震えながらリリアナが言った。
声をかけられ、ユリウスはリリアナに視線を向けた。
(この場でまだ声を出せるとは。胆力だけはあるな)
「なんだ?言ってみろ」
「ど、どういうことでしょう?まさかお姉様をグレイシス公爵に嫁がせるおつもりですか?」
「そうだと言ったら?」
ユリウスは冷ややかに見ている。
「いけません!お姉様には婚約者もいるし、見てお分かりになると思いますが、釣り合わないではありませんか!私の方が···!」
そこまで言うと、ユリウスは手で前に出して止めた。
「もういい。どうだ?公爵。妹はそう言っているが」
マーシャルは冷静さを少し取り戻し、リリアナに視線を向けた。
「たしかにその通りだ」
「公爵様もそう思いますでしょう?」
リリアナは歓喜の声を上げた。マーシャルは険しい顔で続けた。
「イリス嬢のような美しいレディの隣に、私がいるなどと許されることではない」
「「···は?」」
ロズウェル伯爵家の面々は、咄嗟に理解が出来なかった。
イリスもマーシャルを見上げた。ぽかんと目を丸くして見上げる姿に、マーシャルは狼狽えた。
「ああ、イリス嬢。そう見つめないであげてくれ。マーシャルが倒れてしまう」
アーサーが言うと、マーシャルは急いで表情を硬くした。
「ふざけたことを言うな。そこまで軟弱ではない」
「イリス嬢の妹、分かっただろう?君と伯爵はもう帰りなさい」
アーサーが言い、ユリウスが合図をすると衛兵が来てリリアナとロズウェル伯爵の肩を掴んだ。
「はっ離して!イリスお姉様みたいに地味な令嬢のどこがいいの?おかしいわよ!」
叫びながら連れて行かれた。
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第8話は明日の更新予定です。




