第六話ー王城の使者
部屋に戻ると、馬車が1台邸宅の前に停まった。見るからに、豪奢な馬車だ。遠目で紋章が見えないが、どこから来たのだろう。
執事の声が響く。
「旦那さま!大変です。王城から使者がいらしてます」
「なに?王城から?」
伯爵はすぐに出迎えた。
こんなことは初めてだ。イリス達もあとから付いていき、王城からの使者に挨拶をした。
「ロズウェル伯爵、陛下からの伝令を伝えます。ロズウェル家のご令嬢2人、登城するようにとのことです」
「王城へ?陛下から直接言われたのですか」
伯爵は慌てて聞き返す。
「そのとおりです。ですのでお迎えに上がりました」
「きゃあ!すぐに着替えなきゃ」
リリアナは階段を登り、ドレスルームに走った。
「リリアナ、陛下にお会いするのだから、1番良いドレスにするのよ」
夫人が後を追う。
上機嫌な2人と反対に、伯爵は不安そうだ。
「使者どの、陛下は何故娘たちをお呼びなので?」
「私も要件は知らされておりません」
伯爵はイリスを見ると、声を荒げた。
「何をグズグズしている。お前も準備しないか。陛下の前にそのような姿で立つつもりか?」
そうは言っても、陛下の前に立てるドレスなどイリスにはない。
(仕方ないわ。王城のパーティーで着たドレスにしましょう)
「着替えてまいります」
イリスが着替えをおえて降りてくると、リリアナはまだ降りていなかった。
待てど待てど、降りてこない。
(お城の使者の方もお待たせしてるのに)
「イリス、リリアナの様子を見てきなさい」
伯爵はイリスに言った。本来メイドの仕事だが、ロズウェル伯爵家にはメイドも数人しかおらず、リリアナの準備に総出で取り掛かっている。なのでイリスは1人で着替えて支度した。
「リリアナ。使者の方もお待ちよ。まだなの?」
「うるさいわね!お姉様は地味なものがお好きだからすぐ準備出来るでしょうけど、リリアナはそうはいかないの!」
イリスはため息を付いた。
リリアナはようやく出てきた。
リボンとレースをたっぷり付けて満足したようだ。
リリアナはイリスを見て、「やっぱり地味ね」と呟いた。
❋❋❋❋❋❋❋❋
王城に付くと、すぐさま謁見の間に通された。だが玉座には誰もおらず、イリスとリリアナ、ロズウェル伯爵は膝を付いて待っていた。
「陛下はまだなの?足が痛いんだけど」
リリアナが割と大きな声で言うものだから、伯爵はオロオロしている。
慌てる伯爵を薄目で見て、イリスは笑いを我慢した。
「陛下のおなりです」
イリス達は顔を下げた。
カッカッカッと靴音を響かせながら玉座の前に来ると、ダナンディア王は言った。
「顔をあげよ」
前のパーティーでは遠目でしか見えなかったが、今回は表情まで見える。
(どんな要件で呼んだのかしら)
「そなた達。先日のパーティーに参加していたな?グレイシス公爵と踊ったのはどちらだ?」
(えっ)
ロズウェル伯爵は慌てて聞いた。
「うちの娘がグレイシス公爵と?何かの間違いでは」
「先日のパーティーは、公爵の妃探しの目的で、予が開いたものだ。公爵に誰か1人と踊ることを命令したのだが、相手を言わなくてな」
「妃探し····」
ロズウェル伯爵の目の色が変わった。
「聞けば、会場ではなく庭園で踊ったというではないか。相手のご令嬢に名乗りもしなかったのではと心配になってな」
イリスが固まっていると、甲高い声が響いた。
「私です!」
「リリアナ!本当か!」
ロズウェル伯爵の目が輝いている。目の奥にある欲望が透けて見えるようだ。
イリスは血の気が引いた。
(私の義妹はこんなに馬鹿だったの?すぐに分かるような嘘をどうして。陛下に虚偽を述べるなんて)
リリアナの目にも欲望が浮かんでいる。あわよくば、公爵夫人になれるとでも思っているのだろうか?没落寸前の伯爵家が?
チラリと陛下を見ると、目が笑っていない。こちらを品定めするように眺めている。
「暗くてお顔がよく見えませんでしたが、あの時に踊ったのは公爵閣下だったのですね!」
「いや、まさかうちの娘が公爵閣下と踊っているなんて····」
リリアナとロズウェル伯爵がしゃべるたび、陛下の目が座っていく気がするのは気のせいだろうか。
イリスはもう口を開けなかった。それにイリスは名乗ったはずだ。公爵は誰と踊ったのか知っているはず。それを陛下に話さなかったと言うならば、知られたくなかったということだろう。
(踊ったのが私だったから、公爵閣下は言いづらかったのだわ)
しょんぼりしている暇はない。リリアナが虚偽報告で牢に入れられる前に撤回させねば。
イリスはリリアナの肩を掴んだ。
「リリ····」
バシッ
すぐに手を払われた。
リリアナはぐにゃりとした笑顔で笑い、高揚している。
(あ、無理かも)
リリアナはもう酔ってしまっている。
(私が公爵夫人になれるかもしれない。本当に踊ったのが誰だろうと、お姉様だろうと、私を見れば私を気に入るはずだわ)
ダナンディア王が口を開いた。
「ふむ。君はどう思う?正直な話、公爵が君の妹御と踊るとは思えない」
「なっ」
リリアナは声を荒げたが、ダナンディア王は冷たい視線をリリアナに送った。目で「黙れ」と言っている。
流石のリリアナも、青ざめた顔をして下を向いた。
ダナンディア王は本来このように目線を合わせて会話ができる存在ではない。
父王を退け、若くして玉座に就いているのにはそれだけの理由がある。
ロズウェル伯爵も口を閉じた。
ダナンディア王はため息を付いた。
「そう怖がらなくていい。公爵と踊ったから咎めようと言うわけではないんだ」
(あの場に人がいなかった訳ではない。少し調べれば分かることだわ。陛下は公爵と踊った私を見定めている?)
「あの場で公爵閣下と踊ったのは、私です。出過ぎた真似をしました。私などでは、····公爵閣下にー·····ふさわしくありません」
声が震えてしまった。万が一にも、自分が公爵とどうにかなるなどと思ってはいない。しかし自分のせいで公爵の立場が悪くなるのは嫌だった。
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第七話は明日の更新予定です。




