第五話ーイリス·ロズウェルの憂鬱
遡ること二日前、王城からの帰り道。
馬車の中で、妹のリリアナが言った。
「もうっ。せっかくのチャンスだったのに、グレイシス公爵を見つけられなかったわ」
その名の聞いて、ドキリとしながらイリスは聞いた。
「グレイシス公爵閣下が、どうしたの?」
「お姉様はあの場にいなかったから知らないでしょうけど、陛下がみんなの前で公爵に命令なさったのよ。舞踏会で1人の令嬢と必ず踊るようにって!」
なんだその命令は。ぽかんとしてイリスは聞いていた。リリアナは話し続ける。
「グレイシス公爵は滅多に踊らない方なの。今日のパーティーは公爵とアレンデル様の結婚のお相手を探す為のものっていう噂もあったし」
あの美貌で、公爵という立場だ。探さなくても結婚相手などたくさんいるだろうに。
「公爵閣下は女性が苦手なのかしら?」
「知らないわ。いつもは領地にいらっしゃるから。だから今日は本当にチャンスだったの!」
悔しそうに言うリリアナに、イリスは何も言えなかった。
(ーでも、そうなのね。だから私をダンスに誘ってくださったのだわ)
夢のような時間だったが、考えても何故私が?と言うような状況だったので、理由が分かってホッとした。
ロズウェル伯爵家は、伯爵家とは名ばかりの貧乏貴族だ。ドレスの一着も新調出来ない。
にも関わらず、後妻の継母と妹が浪費を繰り返すので没落寸前と言っても過言ではない。
そんなロズウェル伯爵家の唯一の希望が、イリスとバチェル商会の長男との婚約だった。
王国でも有数のバチェル商会との、爵位を求めての政略結婚だった。
ー2週間前ー
「イリス。婚約を破棄しよう」
久しぶりにアカデミーから戻ったイリスの婚約者ハセド·バチェルは、そう告げた。
「ど、どういうことですか?」
そう言われても、来年のハセドのアカデミー卒業と共に、結婚するよう準備が進んでいる。
「父にはこれから言おうと思っている。先に君に伝えるのが筋だと思ってね」
そう言うと、カフェの入り口に視線を送った。
送られた先にいた女性が近付いてくる。薄紅色の髪をした、美しい女性だった。
「ノーマン男爵家のレイア嬢だ。アカデミーで想いを通わせてね。彼女は男爵家だが、君の家の状況を鑑みると、父も了承するだろう」
イリスは、聞くことしか出来ない。
「では、伝えたからな。君の家には後ほど書面を送ろう」
家同士の婚姻の破談を、書面のみで終わらせようとするなんて。それも破談した側が。明らかな侮辱だったが、イリスにはどうすることも出来なかった。
ハセドはああ言っているが、ハセドの父は許さないだろう。
ロズウェル伯爵家は今は資金不足で没落寸前だが、元は聖女を輩出したこともある名家だった。ハセドの父は爵位と共に名声も欲しかったはずだから、ロズウェル家を復興させたという名声も手にしたかったはずだ。
(もしかしたら、後日破棄はなかったことにしてくれと言ってくるかもしれない)
それでももうハセドと一緒になりたくはなかった。
そのために王城のパーティーに参加したのだ。
ハセド以外に、力になってくれる家門の人と知り合えたら····と。
しかし実際に参加して、ドレスの見すぼらしさを嘲笑れ、しまいには庭園でハセドの友人に絡まれた。
「ーふぅ」
少し疲れた。目を閉じると、助けてくれた公爵の姿が瞼の奥に浮かんだ。
(とても綺麗な、月の神様みたいだったな)
婚約破棄を言い渡されて2週間。バチェル家からの連絡はない。このままハセドとの婚約が継続しても、破棄したとしても、イリスの幸せはないのだと思った。
❋❋❋❋❋❋
それから2日後の朝、珍しく朝食を邸宅で食べている父に会った。
「最近婚約者とは会っているのか?」
イリスはどきりとした。父は会ってないことを知っていながら、聞いているのだ。
「いいえ」
「今日会いにいけ。お前の結婚に我が家の存続がかかっているのだぞ」
娘の結婚にそんなものかけないでほしい。
「お父様、実は少し前に、ハセド様から婚約破棄の希望を聞きました。彼には想い合っているご令嬢がいるそうです」
イリスの父、ロズウェル伯爵は怒りを込めて言った。
「それがなんだ!そうだとしても会いに行け。破棄を受け入れるな」
イリスは諦めたように父を見た。
(父は私の幸せなど考えてもいないのね)
「こんなことなら、最初からリリアナと婚約させていれば良かった」
「リリアナの方が愛嬌があるものね」
「えっ嫌よ!私は爵位の高い方と結婚したいもの」
聞くに堪えない家族たちの会話に、イリスは席を立ち部屋に戻った。
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第6話は明日の更新予定です。




