第四話ー原因
「おい脅かすな」
長いため息と共に、アーサーはベッドに座り込んだ。
「まったく。この界隈にお前に呪いなどかけられる術師などいないよ」
と言うわりに本気で調べてくれたではないか。
「ではこの不調はなんだ?説明がつかない」
産まれて24年。体調を崩したことなどないのだから。
「ふむ。ーまぁそうだな。悪い病だったら大変だ。どう悪いのか話してくれ」
マーシャルはアーサーにこの昨夜からの不調を説明した。
アーサーの顔色はみるみる曇っていく。
今朝の激しい動悸まで話し終えると、アーサーはついに下を向いていた。そんなに深刻なものなのか。
「ーーーーーお前」
わなわなと震えた声だった。
「いい加減にしろよ!心配して損したぞ!高度な術で調べた俺が馬鹿だった!術代たっぷり請求してやるからな!」
アーサーのここまでの怒号は初めて聞く。マーシャルは呆気に取られて聞いていた。そのままどかどかと部屋を出ていった。
マーシャルが固まっていると、また大きな足音を立てて部屋に戻って来た。
「いや、待て待て。そうだよな。マーシャルだもんな。本気で言ってるんだよな?」
「何のことだ」
訳が分からないマーシャルを置いて、アーサーは顎に手を当てて思案している。
「とはいえ、俺1人では荷が重い」
そう言うと、アーサーは手をかざして呪文を唱え始めた。マーシャルにも聞き覚えがある呪文だった。転移陣だ。
(これも高度な術ではないか?これ以上法外な術代を請求されても困るのだが)
「ーーぅわ」
浮かび上がった魔法陣の上に、アレンデルが召喚された。
「なんっ!?マーシャル?」
アレンデルはアーサーの顔も視認すると、げっそりして口を開いた。
「アーサー、いい加減にしろ。心臓に悪いから」
さすが勇者だ。一般人が同じ体験をしたらもっと慌てて取り乱すだろう。
「すまないな。緊急の事案だ」
アーサーは文字通り呼び出したアレンデルに、小声で経緯を説明している。
何を話しているのかは聞こえないが、アレンデルが目を見開いて驚いているのが分かった。
アレンデルが詰め寄ってきた。
「マーシャル!お前あの時、ダンスを踊っていたのか?何故言わなかった」
「言う必要があったか?」
マーシャルが答えるとアレンデルは手を額に当てて呻いた。
「お前な!ーで、どんなご令嬢なんだ」
何故説明しないといけないのか不明だが、とりあえず答える。
「そうだな。神々しいほどに美しいクリーム色の髪をしている。瞳も翡翠のように美しく···うっ」
そこまで説明してまた動悸がしてきたので止めた。
心臓を抑えて耐えていると、アレンデルとアーサーが初めて見る生き物のように見ている。不愉快な視線だ。
「ーーなんてこった。ユリウスも呼ぶか?」
アレンデルがとんでもない提案をした。アーサーは首を横に振った。
「いや、彼は国王だ。さすがに召喚出来ない。俺たちだけでなんとかしなければ」
2人は何かを決心したように目を見合わせた。マーシャルは何を聞いても驚かないように自らを律した。元々、欠落している感情だ。揺さぶられない自信はあった。
「いいか、マーシャル。落ち着いて聞け。それは恋だ」
アーサーが低い声で言った。
マーシャルは微動だにしない。
アレンデルがマーシャルの肩を持ち、視線を合わせた。そしてしっかりと言った。
「お前はその令嬢に恋をしてるんだ」
マーシャルは思考を停止したまま身体が崩れた。
❋❋❋❋❋❋❋
獣人とは、時に獣にも変身することが出来る。例えば、狼の獣人である騎士などは、戦闘の際には狼の姿になる。人の姿より戦闘に適しているからだ。
マーシャルはあまり獣の姿にならない。諜報活動の際に、必要になれば変身するくらいだ。
あとは体調が良くない時など、衝撃を受けた際、回復のため、身を守る為に獣の姿に成り代わる事案もあった。
ユリウス·ダナンディア1世は、旧友の王宮魔術師が、大きな白い大蛇を連れて私室に現れたことにそれは驚いた。
公務を終え、自室に1人になった瞬間に床に魔法陣が現れた。
アーサーのものだとすぐに分かったが、自室への転移は有事の際のみに許可した権限だ。何が起こったのか身構えた。
目を見開き、ユリウスは問うた。
「その蛇は、マーシャルか?」
アーサーが頷く。
「ああ。ユリウス、お前からもなんとか言ってくれ」
何を言えばいいのだ。マーシャルの蛇の姿など初めて見る。爬虫類は苦手だと思っていたが、マーシャルの蛇の姿には嫌悪感はまるでない。むしろ神々しい。
「何があった?戻れなくなったのか?」
獣人たちは体力が低下したり、魔力が枯渇すると、回復するまで人の姿に戻れないと聞く。
「アーサーの勘違いだ。しばらく休めば元に戻る」
「蛇の姿はそうだとしても、お前が恋をしているということは勘違いじゃない」
「やめろその単語を出すな」
白蛇が紅く染まるなんてことあるのか。ユリウスはマーシャルの蛇の姿から目が離せない。
(ーん?恋?)
「待て、今聞き慣れない言葉が出てきたぞ。誰が恋をしていると?」
アーサーがひどく真面目な顔をして言った。
「マーシャルだ」
ユリウスは扉の外に控えている侍従に言った。
「侍従長を呼んで、夜の会食をキャンセルさせろ。明日の予定もだ」
扉を閉め、振り向いて言った。
「よし。詳しく説明しろ」
❋❋❋❋❋❋❋
アーサーとユリウスがあーでもないこーでもないと話している時、マーシャルはユリウスのベッドの真ん中でとぐろを巻いていた。
(蛇の姿になるのは久しぶりだ。やはりまだ戻れない)
自分の中の何かが、不具合を起こしているのか、冷静になれないからなのか、身体が言うことを聞かない。
昔、似たことが一度だけあった。雪の日に、母にバルコニーに出された時だ。元々蛇は寒さに弱い。それを母は知っているはずなのに、マーシャルを朝まで室内に入れなかった。体力もなくなり、精神も傷付き、その後二月、蛇の姿から戻れなかった。
(どうやら私の場合は、精神面の不調が強く出るらしいな。)
自己判断をしながら、布団にうずくまる。
(恋か。恋だと認めたところで何になると言うんだ)
認めたところで彼女が可哀想だ。自分のような人間に惚れられるなど。
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第5話は明日の更新予定です。




