第二話ー月夜のダンス
外に出ると、辺りは暗く、行き交う人々の人相が少し分かりにくい。
(戯れと言えど、陛下の命だ。口裏を合わせてくれる令嬢などいないだろうか)
本当に自分と踊ってくれとは言わない。あとで聞かれた時に肯定してくれるだけでいいのだ。
ふと、噴水の裏手から人の声が聞こえた。
(揉めている?)
複数の男が女性に詰め寄っているように見える。
マーシャルは考えるより先に足が動いた。
「何をしている?」
とりあえず有無を言わさず男の腕をねじり上げる。
「うわっ何だ?!」
掴まれた男は、逃れようと暴れたがマーシャルはびくともしない。
なかなかガタイの良い男だが、獣人には及ばない。
マーシャルは獣人にしては細身な方だが、公爵として自領の軍を率いている身なので、一般の令息が逃げられるものではなかった。
「王城で騒ぎを起こすとは。名乗れ」
マーシャルは低い声で言った。
2、3人はいたはずだが、マーシャルに捕まった男の連れはすぐに逃げた。掴んでいる男も、震えるばかりで名乗らない。
マーシャルは舌打ちをして腕を離した。
「この程度で腰を抜かすなら、悪さをするな」
そう言って睨むと、男は地べたを這うように逃げて行った。
(軟弱すぎないか?)
半ば飽きれながら、潜んでいるはずの部下に言った。
「一応、どこの家の者が確かめておけ」
「は」
茂みの奥から声がして、気配が消えた。男の後を追ったのだろう。
振り返ると、1人の令嬢が震えながらこちらを見ていた。
女性の存在をすっかり忘れていたマーシャルは慌てたが、月明かりに照らされたクリーム色の髪を見て、固まってしまった。
揺れるクリーム色の髪に、潤んだ瞳、震えながらこちらを見るその姿があまりに可愛らしく、マーシャルはぽつりと呟いた。
「天使···?」
自分の口から出た言葉とは思えず、とっさに自分の右頬を打つ。
その仕草に令嬢が驚いた。
「えっ大丈夫ですか?」
慌てる仕草も可愛らしく、見惚れていると、令嬢が挨拶をしてくれた。
「助けていただきありがとうごさいました。私はロズウェル伯爵家の長女、イリスと申します」
そして丁寧にカーテシーをとった。
「あ、私は···」
マーシャルは慌てて名乗ろうとしたが、言葉が出てこない。自分のポンコツぶりに、血の気が引くほどだ。
イリスは、そんなマーシャルを見て微笑んだ。
「存じております。マーシャル・グレイシス公爵閣下」
花が咲いたような微笑みに、マーシャルはまた言葉を失った。
「先ほどの奴らは知り合いか?」
「ええ。アカデミーに行っている弟の知り合いだったようです」
「そうか。いささか乱暴な友人だな。弟君に友人は選んだほうが良いと進言した方がいいだろう」
「はい」
マーシャルはハッとした。
(今、この令嬢をダンスに誘えば良いのではないか?)
「あー、その」
「はい?」
「あー·····」
チラリと令嬢を見る。
(細いな···)
自分が触れて閉まっては、折れてしまうのではないか?悩んでいると、視線に気づいたイリスが言った。
「やはりドレスが地味でしたね。王家主催の夜会には相応しくありませんでした。私はこの辺りで暇しようと思います」
「えっ」
思いもよらぬ言葉に、マーシャルは慌てた。
(ドレス?地味?しまった不躾に見すぎたか)
後悔しても時すでに遅し。イリスは背を向けた。
マーシャルはすぐさま弁明した。
「そんなことは思っていない。ドレスはとても綺麗だと思うが?不躾な視線を送って申し訳なかった」
イリスは驚いてこちらを見ている。
弁明とともに、手を掴んでいたらしい。イリスの細腕が怪我をするかもしれないと思い、とっさに離した。
「そうでしたか。先ほどの令息たちから、ドレスが地味だと言われ····申し訳ありません、私の勘違いでしたね」
顔を真っ赤にしてイリスは言った。
マーシャルはドレスが地味か派手かなど分からない。ただ、これだけは分かる。
「どんなドレスでも、貴方自身が美しいので問題ないと思うが」
思ったことをそのまま言った。
「へ?」
口をぽかんと開けたまま、イリスの顔がますます赤くなる。マーシャルは心配になった。
「大丈夫ですか?ロズウェル嬢。お顔がとても赤いですが」
「だっ、大丈夫です!お気になさらず。ところで、公爵閣下はどうしてこちらに?会場にお戻りにならないのですか?」
イリスが下を向いたまま聞いた。
「陛下からの無理難題から逃げてきました」
「無理難題、とは?」
マーシャルは少し悩んだが、思い切って聞いてみた。
「もしよろしければ、ロズウェル嬢。私と踊っていただけませんか?」
「えぇっ?!私とですか?恐れ多いです!」
「どうか人助けだと思って」
やはり、自分と踊るのは嫌なのだろうか。あまり拒否される前に諦めねば、心が折れる。
「閣下の様な素敵な男性と踊るなんて、緊張し過ぎて私にはとても」
下を向いて手を差し出していたマーシャルは驚いて顔を上げた。
(聞き間違いか?素敵だと?)
顔を見ると、イリスは本当に照れている。頬が薔薇色に染まり、マーシャルは吸い寄せられるように手を握った。
「会場に戻るのが嫌でしたら、ここでも構いません。レディ、踊っていただけますか?」
「···はい」
恥ずかしそうに言うイリスに、マーシャルに抱いたことのない感情がうまれた。思わず手に力が入りそうになるのを堪え、できる限り優しく手を握る。
会場から漏れる音楽で、2人は踊った。
ダンスは初めてではない。これまで何度も踊ってきたが、これほど緊張と興奮が交じることは初めてだ。
「あっ」
イリスがマーシャルの足を踏みそうになった。マーシャルはステップを変えて、よろけたイリスを持ち上げた。そしてふわりと回ってストンと下ろす。
「ふふっふふふ」
思ったより高く持ち上げられ、イリスは微笑った。
「すまない。怖かったか?」
マーシャルは笑顔に目を奪われながらも、心配して聞いた。
「いいえ。とても楽しいです」
「それは良かった」
本心から言った。
「実は、ドレスは祖母のものなのです。私には合わないことは分かっているのですが持ち合わせがなく···なので今日、公爵閣下からダンスに誘われるなんて思っておりませんでした。ありがとうございます」
「いや、こちらこそ助かった」
月明かりに照らされたイリスの顔から、マーシャルは目を逸らせなかった。
ダンスが終わると、会場から人が出てきた。
「イリスお姉様?どこなの?」
甲高い声が聞こえた。
「連れの方が来ましたね。私はこれで失礼します」
自分と一緒に居たらイリスが困るだろうと、マーシャルはその場から離れた。
読んでいただきありがとうございます。
3話は明日の更新予定です。
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