だから言ったでしょう・・。転生令嬢と転生令息の友情。
簡素なベッドの上で弱弱しく呼吸している包帯だらけの青年。
「馬鹿な子・・。」
私は眠る青年の頭をそっと撫でる。
腰のある艶やかであった黒髪。今はボサボサ、ぱさぱさと味気ない触り心地だ。
包帯だらけのやせ細った身体にため息がこぼれる。
「実に病人臭い・・。」
隙間風が染みるこの小さな小屋の中は、まるで末期の捨て置かれた老人の部屋みたいに陰気な空気で満ちている。
「やめとけって言ったのにやめとかないのは若さ故・・でしょうけどね。」
仕方がない。というように彼女は建付けの悪い窓を開けて少しでも空気を入れ替える。
窓の外をチラリとみやると・・。馬を休ませながら心配半分。呆れ半分の貫禄のある中年の護衛と目が合って、苦笑しておく。
「もう少し待ってね。」小さな声で護衛に語り掛けると、彼はヤレヤレというように肩を竦めて馬と見つめ合い一つ頷いてくれた。
私は、それに感謝するように眉を下げてもう一度ベッドの側へ腰かける。
包帯だらけで眠る黒髪の青年のベッドの端に腰掛けると、水たばこを取り出してそっと深く吸って吹きかける。
所詮ここは剣と魔法の世界。
私は秘密にしているが浄化の魔法が使える転生令嬢。
けれども、それは聖女の様に祈りを捧げて光を伴う浄化ではない。
前世で愛用していたタバコの延長戦・・魔力の宿る水たばこを深く吸って体内の自魔力と練り合わせて彼に吹きかける。
ふーっ。
一つ二つと吹きかける。
ふーっ。ふーっ。
・・・。
薄っすらと瞬きをして包帯の中からこげ茶の眼が開く。
「おはよう。おバカさん。」
彼女は苦笑しながら彼のおでこに手を当てる。
「・・・つっ・・ごめ・・。」
彼は弱弱しく謝りながらもゆっくりと瞬きをして薄っすらと痛みを伴う笑みを口元に浮かべた。
「いいわ。大丈夫ではないのだけれど。私くらいはいいわって言わなきゃしょうがないでしょ?」
愛用の水たばこをカバンにしまいながらどうしようもない程、朽ちそうな彼の手の甲をそっと撫でた。
「・・あぁ・・本当に・・。」
「言ってた通りだったね・・。」
遠い目をして彼はもう一度目を閉じて深く眠っていった。
「ええ。言ったでしょうに・・。」
眠った彼に毛布を掛け直して私は簡素な台所へ歩みを進める。
しょうがないわね・・。前世で散々、人の世話などしなれている。
病気、怪我、挫折・・腐りそうになった若者に食べさせる食事も幾度となく作ってきた・・。
それを少し懐かしく思い出しながら袖をまくって流しにたまった食器を片付けていく。
まったく・・どこの世界でも彼らのやってること変わんない。
しょうがない。しょうがないと言いながら少し嬉しそうに彼女はみすぼらしい台所を綺麗にして色を添えていく。
暖かい。温かい。いい匂いのする台所。
彼に必要なのはまずそれからだろう。
しょうがないじゃない。
彼女は自嘲気味に笑って手早く淀みなく手を動かし続けた。
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目が覚めたらナーロッパの貴族お嬢様でしたなんて、とんでも転生に気付いたのは齢10歳の頃。
どうせ、婚約者に酷い事をされるのだろうと綺麗で少し生意気そうな顔を鏡で見つめてため息を付きながら人生の激流を生き抜くためにやれる事は真面目にやってきた。
婚約者である第二王子とは揉めない程度の普通の付き合い。
教育は興味の赴くままにとはいかなかったが、家族や教師の支えもあって割と良い質の知識や経験を取得していた。
そして、いずれもしかしたら。の為に、前世の知識を生かして少しずつではあるが小説と思い出に残る曲を数曲だけ・・世に送り出してきた。貴族としては軍資金ともへそくりともならないくらいだが、平民であればそこそこ生きていけるくらいの収入は得られるように・・。
そうやって16歳の学園生でありながら、淑女と商品開発をする珍しい人として程々に活躍していると・・チラチラと気になる情報も入ってきていた。
今までの魔法の概念を覆す若き天才魔法士。見たこともない魔道具を作り出す奇才。食べたことのない甘味を作り出す素晴らしき異才・・。
そのどれもが辺境に住む弱小男爵家の三男・・黒髪の美青年であるとのうわさ・・。
あぁ・・・これこの商品・・この魔法・・あぁー・・これお仲間さんだわ・・。
そう気づいたのは前世で見慣れた商品を手に取ってみた時。
それなら多分、向こうも気付いているわね。
私は少ししか転生知識を出していないが、同郷ならば一発で分かる内容であるからして・・。
学園の裏庭のベンチで難しそうな本を手にあーでもないこーでもないとアイディアをひねり出しているであろう青年の隣に腰掛けてひとまず日本語で「コンニチワ。」と挨拶をしたのが学園2年目を半年過ぎた頃。
「あっ・・。あっす・・。」
彼は少し驚いた顔をしたが、やはり気付いていたのだろう。
ポリポリとほほを掻きながら、気恥ずかしそうに苦笑いしていた。
私も気恥ずかしいのだ。転生して足掻いて生きているのなんてお互いにわかっているのだから。
無双してようがチートしてようが。。なんだか気恥ずかしい。
お互いに。
これが二人の出会い。
それから、二人はどうしたかって?
別にどうもしない。
必要な時は協力するし、疲れた時はどちらともなく母国語で気付かれない様に愚痴り合う。
口寂しくなれば、どちらともなくこっそりと故郷の味を持ってきて懐かしい味に笑い合う。
華々しい外見と絢爛たるきらびやかな貴族の世界。
そして転生チートとは縁遠い・・実に日本人らしい自然な付き合いだった。
心の拠り所とまではいかない。同郷の・・陽だまりみたいなそんな付き合いを続けて学年卒業前年・・。
私は懸念していたよくある婚約破棄は受けたけれど。冤罪による断罪は受けなかった。
ヒロインは転生者ではなかったし。今この世で気付けている転生者は多分。彼と私だけ・・・。
ただただ、冷徹に心変わりしていく婚約者の流れにそのまま何一つ心動かされることなく無難に生きていたのもあるだろう。
それに・・。
どんどん有名に成りあがっていく同郷の彼が数度程、王子とヒロインと側近からかばってくれた事もあるからだろう。
ぶっきらぼうに、でも堅実にその背中にかばってくれた大和魂の宿る彼の真っすぐな言葉と態度に、誰も意を覆せなかったのもある。
「かっこいいじゃん。ありがとう。」
私はいつも素直にお礼と心からの笑顔を渡してきた。
「っだよ。わかんねーけど。気分悪いからさ・・。気にすんな。なんか次に旨いもん食わせてくれ。」
彼はいつもそう言って。私を背中にかばってくれた。
私は彼の背中にそっと手を添えてまたお礼を言う。
でも。瞳はいつも憂いていた。
危なげないのは貴方のほうじゃない・・。その言葉を飲み込んで。
それから・・。
彼は、どんどんと心のままに人を助けて行った。
正義を振りかざしているわけではない。ただ純粋に、与えられたチートを駆使して・・。当たり前の様に人を助けていく。
そう当たり前に。
当たり前、素直・・鈍感で純粋に・・。
彼の周りには助けられた素敵な女子が増えていく。
皆、彼の事を盲目的、絶対的に、変わりのない唯一無二として愛していく。
ひとり。ふたり。さんにん。・・・・
5人まで増えたところで私は彼とひっそりと二人きりで図書館で話していた。
「ね。。気を付けなさいよ。どうしたって女という生き物は怖いくらいに感情が変わるのよ・・。」
憂いをもった目で彼を見る。
「ん・・よ。わかってるよ・・。」
彼は少しバツの悪そうに、気が付いたら無自覚ハーレム状態を晒していた自覚がある。だから私の前でだけ恥ずかしそうに俯いている。
「ありきたりだけど、ハーレムは・・マメで器用でずるくて憎いやつで・・何より一番は誰に対しても・・謝るのが上手な男にしか出来ないもんだと私は思ってるよ・・。」
「あんたは・・あぶなっかしい。」
前世でもどうしようもない色々な浮気男がいたけれど、それはチートとか魔法とか・・多彩な食事とか・・そんな一時のことではきっと破綻している・・。
ただただ、女性が好きで。どうしようもないくらい女性にマメな男。女性に優しく女性に謝れる男。
そんなどうしようもない真正の女性好きにしか複数の女性を相手にして許されることはないのよ・・。
別に責めてるわけじゃないから彼もうつむくだけで・・私に悪態をついたりはしない。
そこは素直な彼のこと・・
「それでも見過ごせない。だって貴方の心と背中が私を守ってくれた。私は・・同郷としてもあるけれど、貴方の背中でしか安心できない部分が心の一つの部分にある。それを大切に思うから・・今は忠告をしておくね。」
そっと目を伏せて彼の手をぎゅっと握った。
冷たい私の手と暖かい彼の手。
「あぁ・・。わかってる・・。ごめん・・。」
彼もどうしようもないのだろう。どうしたって不器用な日本人が生れ変ってチートを持ったところで結局は女性に器用になれるのは天性の才能だ・・。
「倒れても良いけど・・・腐り落ちて朽ち果てたりしたら・・怒るから。」
最後にきりっと笑って彼に別れを告げて私は卒業した。
あれから・・私は外国でそれなりの実績を出して新しい婚約を結んで・・子供が一人で来た。
定期的に手紙をやり取りする彼は、相変わらずの無双と相変わらずのもてっぷりらしい。
憂いを残していたけれど。。大丈夫そうかな・・と思っていたところに・・彼の盲目的信者である彼女達による裏切りの報告がもたらされた。
夫は私の転生を知る二人目の男だ。だから私を信じて送り出してくれた。
信じている。だから私も裏切らない。私は不器用な自覚がある。だから貴方を失う事が怖い。
そして彼を見捨てる事も怖い。
そう素直に話して旦那に送り出してもらった。
旦那の信頼する忠実な部下を監視と護衛につけてもらって。目となり盾となり。私の行動を示すつもりで。
ボロボロの家畜小屋のような見た目の簡素な家を前に私はため息をもらす。
「馬鹿・・本当に・・馬鹿。」
打ち捨てられた彼が、包帯にまみれて綺麗だった黒髪を損ねている。
いつだって昔を思い出すつきんと痛む心の奥に、その黒髪を目印に彼に微笑みかけていた私・・。
お互いに、お互いが必要だったのだろう。
きらびやかな貴族と夢の様な魔法の世界に生きる・・普通の日本人だった私たちの拠り所・・。
ひっそりと、友情・・哀愁・・望郷・・そんな感情を含めた二人の間。
私はやっとこさ歩ける様になった彼を台所に迎え入れる。
ほかほかのごはんに卵焼き。肉じゃがに焼き魚に・・お味噌汁。
彼は少し泣いたと言う。
台所から香ってくる懐かしい匂いと音に。どうしようもない程泣きたくなったらしい。
私は愛用のエプロンでそっと彼の瞼を撫でて早く食べなよと彼に手を貸して椅子に座らせる。
「・・いただきます!!!」
彼は上手く動かない手を小さく震わせながら合掌して懸命に和食を食べていく。
私は・・そんな彼にほっと溜息をつきながら緩く話をしていく。
「私ね、貴方が守ってくれたから・・幸せになったよ。」
彼はピクリと箸を止めて・・うつむいて・・「一人だけでもそうできたなら・・俺も捨てたもんじゃないな・・。」
と小さく鼻をすすってまたご飯を噛み締めていく。
「ええ。まぎれもなく。その通り。貴方は私を守ってくれたし。私は守ってくれた自分を大切にして努力したもの。」
「だから、大丈夫。私は幸せ。」
微笑みながら私もゆっくりと箸を動かす。
「あぁ・・。良かった。本当に。」
彼は小さく頷きながら不器用に箸を進めていく。
「ね、私・・思い出すことがあるの。」
黙ってご飯を進める彼に私は静かに語りかける。
「夕暮れ時ってね、子供たちが学校から帰って限りある時間で命一杯遊んで・・。そろそろ帰りなさいって時間でしょ?」
私はなんともなしに微笑みながら話続ける。
「あれね。私今でもどうしたって忘れられないくらいに懐かしくなるの。」
「お母さんたちがね、締め付けのないゆったりとしたワンピースにすっぴんでサンダル履いて各々の子供を迎えにきて・・」
「今日の夕飯の話や・・熱くなった寒くなったって言いながら。迎えついでに散歩させてる犬とじゃれてる子供や遊び足りない子供をなだめながらピンクからオレンジに変わる空の下でわいわいと集まってくるの。」
「今日の夕飯なに?とか宿題沢山だよとか。明日は何して遊ぼうとか・・。そろそろ子供会の準備がとか・・次の遠足はこんなだとか・・そんな話を取りとめもなくしながら家の広場に集まって・・それから帰宅していくの。」
「子供達と手を繋いだり、話したり・・時にはボールを投げあったりね・・。」
「魔法も、貴族も、王子様もヒロインも、ハーレム美女もなんもなかったけど。」
「私はあの時間がもうこないことが。。どうしようもなく寂しくなる時があるのよね。しょうがないんだけどね。」
「誰もかれもが平凡で・・誰もかれもが・・ありきたりだったけどね。」
そう、あの時にしか味わえない。あの懐かしい故郷。
私は静かに手を動かして残りのお魚をつついている。
かちゃかちゃと響く二人の食事の音。
積もり積もった感情はいつでも二人をあの日に戻す。
そうやつて食事も終盤に差し掛かった頃。
彼は黙々とご飯を食べながら・・ポツリと言った。
「俺、生きるよ。」
「だってあんた寂しいのわかってくれるやつ他にいないだろう?」
素直で馬鹿な無自覚主人公な彼はやっぱりそんな事を言ってのけた。
「フフっだめじゃない。それまたフラグだよ!」
私はコロコロと笑う。
「あっ・・。」
と言いながらも彼もどうしようもないくらい弱弱しくでも。。仕方ないじゃんと言っておかしそうに笑っていた。
私も私の作る、昔の家庭の味が本当にわかってくれる人を失いたくないからいいよ。と答えておいた。
彼は泣き笑いのように微笑んで。ありがとうといってくれた。
だから、私もありがとう。生きて食べてくれて。と返しておいた。
それからね。どうしたっていうとさ。
結局彼は、あんまり変わらなかった。
新しい名前と身分と住む場所は、今世の旦那が用意してくれた。
器の大きな旦那は少しだけ嫉妬したらしく、自分が手配して見守れる方が安心するからだとちょっとむくれて教えてくれた。
彼は何も残らないざまぁされた主人公で、女性の敵になった?
ええ、一度はそうなった。
でも、そんな彼にも一人だけ残っていた女性がいた。
かつて奴隷にされて女性の尊厳を踏みにじられた小柄な獣人女性。
彼女だけは、愛想をつかせたハーレム女性から非難されようと、彼の痕跡を辿って私の前に現れた。
真剣に彼に会いたい。と願い頭を下げる彼女に私は・・
私の大切な家庭の味を教えてあげた。
どこか達観したような世捨て人になったような彼は。
彼女にあって最初は酷く驚いて、自信なさげに付き放そうとした。
だけど彼女は諦めなかった。迷わなかった。信者じゃない彼女は揺らぎなく彼に向かっていった。
「ありがとう。あんたが作る故郷の味。彼女が食べさせてくれて・・初めて俺はあんた以外の前で泣けたんだ。」
不器用な彼は幸せそうに獣人の彼女との間に生まれた娘を抱いて私達夫婦を夕暮れ時に夕食に招待してくれた。
「遅いけどね。でも良かった。」
私は苦笑しながら彼を見る。
「「ありがとう生きてくれて。」」
同郷でいてくれてありがとう。
お互いに愛情よりも哀愁を持って接してきた私達。
側で見守ってくれるお互いの大切な家族。
「「ハッピーエンド・だな!だね!」」
どちらともなくそう言って今度こそ心の底から大きな声で笑い合った。
転生先で同郷に会ったら・・という観点で一話書いてみました。
転生で生きる様をお互いに知り合うのって。。なんか気恥ずかしいよね・・?って思ったのがきっかけです。
この主人公男子。案外憎めなくて一番好きなキャラです。彼は高校生くらいで転生しているイメージで書いています。




