第8話 おまじない
早く出せるといっておきながら、逆に遅れてしまいました。
得体の知れない奴らの声を聞いてから、約一時間後、俺は街外れの丘に来ていた。空を見上げると、眩いばかりの星がきらめいていた。
夜空を見上げながら、さっきまでのことを思い出してみる。
おばさんと話してから、視界が暗くなった。気がつくと俺はアレフさんの店の中にいた。隣には呆然としているエルナもいた。店の中からアレフさんが出てくる。アレフさんは突然聞いてくる。
「エルナちゃん。キミは自分のご両親について知っているかい?」
突飛過ぎる質問。エルナは答える。
「…おばさんは、時が来たら話すって…」
悲しそうな表情。ずっとそう言われてきたのだろう。
「そうか.…それなら、今がその時だと思う。僕から説明するよ」
「えっ…」
驚いた表情。何故、アレフさんがエルナの両親のことを知っているのか?
「まず、エルナちゃんのお父さんとお母さん、僕とメイラさんはレパーラ出身なんだよ」
レパーラ。確か、レイヴィアン王国のすぐ上の国だったはず。
「僕たちはそこで、国を守護するための魔法部隊に所属していた。といっても、僕はまだひよっ子だったから、活躍していたのはメイラさんとキミのご両親だったんだけどね。特にキミのご両親のコンビネーションは素晴らしかった。倒せないものなどいないとまで言われたぐらいだからね」
エルナの表情がほころぶ。両親の話を聞けてうれしいのだろう。
「だが、ある日、二人が死んだ。いや、殺されたと言った方が正しい」
エルナの表情が固まる。殺された・・・?
「ちょっと待ってください。さっき家に来た奴ら、おばさんが殺人罪に問われてるって…」
浮かんだ考え。正解であって欲しくない。ハズレであって欲しいと願った。
「そう。現在、エルナちゃんのご両親を殺したのはメイラさんということになっている」
「そんな…、うそ…」
口元を覆うエルナ。だが、俺は今の言葉に疑問を覚えた。
「アレフさん、【なっている】ってどういうことですか?」
俺の問いにアレフさんは苦笑する。
「トモヤくんは案外鋭いんだね、意外だよ。…本当はメイラさんは人殺しなどしていない。それは僕が保証するよ」
「じゃ、じゃあなんで、おばさんが犯人になってるんですか?」
アレフさんは目つきを鋭くする。
「メイラさんは犯人に仕立て上げられたんだよ。犯人はおそらく国の上層部の人間だと思う。エルナちゃんのご両親は上層部の汚職について調べていた。動機はそのことだろう」
「そんなことって…」
「犯人の手がエルナちゃんにまで届くのを恐れたメイラさんと僕は赤ん坊だったキミを連れて、レパーラから逃げ出した。ま、いつかこんな日が来るのは分かってたけどね」
「それじゃあ、今頃おばさんは…」
「キミたちがここに来たのと同じように転移魔法を使われて、すでにレパーラの中だろうね。裁判が行われるだろうが、国の上層部が相手だ。圧力を掛けられて、最悪死罪になるだろう」
「酷い…」
エルナがそう呟くと、アレフさんはゆっくりと立ち上がった。
「さて、僕が教えてあげられることはこれで全部だ。これからキミたちが何をしようとしても僕は止める気はない」
そう言ってアレフさんは店の奥へ消えてしまった。
しばらくのあいだ俺たちは無言で座っていた。すると、
「ちょっと出てくる」
そう言ってエルナは店から出て行ってしまった。
一人きりで座り続けることさらに数分、
「俺も、少し出るか」
俺は立ち上がると、店を出るべく、扉へと向かった。
「これから、どうするかねぇ」
一人呟いてみる。
草原に寝転がりながら考える。エルナのこと、おばさんのこと、そして、この世界のこと。
ゆっくりと立ち上がり、横に置いてある《飛鳥》を手に取る。
歩き出す。特に当ても無く、なんとなく歩き続ける。
歩いていると、視界の端に紅い色が映る。そっちを向くとエルナがポツンと座っていた。
背中に哀愁が漂っていて、声を掛けづらいような雰囲気がそこにはあった。
「どうしたい、エルナさんや」
雰囲気を無視して話しかけた。
ぶすっとした顔で振り返られた。
「アンタ、こういうときはそっとしておくもんでしょ」
「ごめんなさい。俺、空気が読めないんです」
エルナの隣に寝転がる。
「…邪魔なんだけど」
「そう硬いこと言わずに」
しばらく俺を非難するような眼で見てきたが、やがて諦めたようで、視線をそらした。
「………」
「………」
無言の時間が過ぎる。一筋の風が草を、髪を揺らしていく。
「ねえ」
最初に切り出したのはエルナだった。
「なんだ?」
「アタシ、これからどうすればいいんだろ?」
思いつめたような口ぶり。確かに迷うところだな。このままここに居続けるも良し、別のところに行くも良し、おばさんのところに行くも良し、ってところか。
「知らねーよ、そんなこと。オマエのやりたいようにすればいい」
「そうなんだけどね。自分は、おばさんを助けに行きたいって思ってるんだけど…、そしたら、きっと、人と戦わなくちゃならなくなると思う。そのとき、アタシはちゃんとできるのか不安になって」
「……」
小さい頃に出来た心の傷。誰が悪いわけでもない。エルナが責任を感じる必要なんか無いのに、この子は背負う。とても優しいから。
何とかしてあげたい。きっと誰かが背中を押してやれば、前に進めるんだ。だから…
やるべきことを決めた俺は勢いをつけて、一気に起き上がる。そして、座り込んでいるエルナの前にしゃがみこんだ。
「…何よ」
「うじうじ悩んでいるお前に、とっておきのおまじないをかけてやろうと思ってね」
そう言って優しくエルナの両頬を手で包み込んだ。
「っ!な、何すんのよっ!」
「だからおまじない。これは我が家に代々伝わる由緒正しい呪いなんだぜ」
ニヤリと笑い、そのまま両手を動かす。ぐにぐにと顔が歪み、なんとも面白い表情になっていく。
「……いい加減にしろーっ!」
とうとうエルナが咆えたので慌てて手を離す。だが、顔の笑みは崩さない。
「どうだ?」
「なにが?お陰でこっちは余計にイライラして――」
「モヤモヤしてたものとか、頭の中でごちゃごちゃしてたものが全部消えたろ」
「え…?」
「そうなったら、後は自然に浮かんでくる気持ちに従えばいい」
意表を突かれたような顔をしていたエルナだったが、徐々に表情が変わっていく。もう一押し、俺はしてやることにした。
「あ、そうそう、おばさんから伝言」
「何?」
「アンタとの生活、退屈はしなかったって」
「そっか」
それっきり喋らなくなるエルナ。俺も喋ろうとは思わない。
しばらくして、黙っていたエルナはばっと立ち上がった。
「よし!決めたっ!」
勢いよく立ち上がるエルナ。
「何をだい?」
答えなんかわかりっきっている。でも、聞いてやる。
「アタシは、おばさんを助けに行く!」
大きな声で答えるエルナ。
「OK。なら、俺も一緒に行く。俺もおばさんには世話になったし。それに、オマエ一人で行かせる訳にもいかないしな」
「うん!ありがとっ!」
満面の笑みをするエルナ。やっぱり、笑ってる方がいいな。
「そうと決まったら急ぐわよ!家に戻って準備しなくちゃ!」
言うが早いが走り去っていくエルナ。俺は苦笑しながらその背中を追いかけた。
いかがでしたでしょうか。
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