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第49話 本心

「―――くっはぁ……」

 身に沁みるほどに熱いお湯に肩まで浸かりながら、俺は思わず息を漏らした。カポーン、と擬音がなりそうなほどに広々とした風呂だった。こんなのが城内にあるなんて未だに信じられない。

「なんだなんだ、年寄り臭いな」

「うるせー」

 反論する言葉にも覇気がない。ぼんやりと虚空に目をやりながら熱い湯に体を馴染ませていく。その過程の中で体に溜まる疲労が溶け出していくようだ。ただでさえ今日は昼間からバカデカい狼とバトルしてたんだ。気持ちよさも一押しである。

 時は夜。今日の戦闘で負った傷は夕方にはフィナに治して貰ったし、少し前に大量に飯を食って体力も大分戻った。とはいえ、やはり疲れは残っていたのだろう。どうにも動く気にもなれない。同じように湯に浸かっているユアンの調子外れな鼻歌を聴きながらぐったりとだらける。

 と、そこで、

「もう体は大丈夫なのか?」

 もう何度目かになる質問をユアンはしてくる。戦い終えた後のくたびれた俺を見てかなり心配していたからな、コイツは。

 明朝からユアンが調査に行った怪施設だが、到着後準備を整え突入したはいいものの、見事に蛻の殻だったらしい。何者かがそこで何らかの研究をしていた痕跡は残っていたものの、研究結果も、それに用いられた主要な研究道具も発見されなかったという。

 しかしながら一室に設けられていた黒板に、今日俺が戦った(フェンリル)の絵と性能が詳しく書かれていたらしく、同時に大きな獣の爪によって殺されたと思われる兵士の死体が複数出てきたことから作業を中断。転移用の魔法陣を描き、街へと戻ってきたのだという。まあその時には全部片付いてたけど。

「だから平気だって。うちのフィナの力を甘く見るなよ」

「……そうか」

 適当に、投げやりに答え、後に続いていたであろう謝罪の言葉を封殺する。折角風呂に入って寛いでんのに辛気臭い話なんかして欲しくない。

「……………よし!」

 パン!と強く自らの頬を叩き、何を思ったかユアンは真っ直ぐにこちらを見る。

「いつまでもうだうだしてんのは性に合わねえからな。最後に一言だけ言って、後はもう何も言わない」

 そう言ったユアンは深く、頭を下げた。

「ありがとう」

「…最初からそれだけ言ってくれれば良かったのに」

 苦笑。続けて大笑い。つられる様にユアンも笑い出した。

「ったく、なんだよお前。神妙な顔して謝ってばっかでさ。似合わねえよそんなの」

「そういうな。こっちは愛すべき民を守ってもらったんだから。どんなに言っても足りないくらいだ」

「良いのかよ。一国の王がそんな簡単に頭を下げて」

「良いんだよ。王様って言うのは立派な玉座にふんぞり返ってるやつのことを言うんだ。ここにいるのはこの国を愛している全裸のおっさんなんだから、問題ない」

「そっか」

 軽口を叩き合う。俺たちの関係はこうあるべきなんだ。年齢も身分も経歴も違うけれど。それでも俺とこいつはこんなもんだ。

 ゆったりと温まりながらユアンと話していると、竹製の仕切りの向こうから人の声が聞こえてきた。

 ここは、男湯。つまり、壁の向こうは女湯である。

「………」

「………」

 俺たちは無言で、水音ひとつ立てずに移動し、壁際に到着する。そしてやはり何も言わず目を合わせ、頷いた。

『(覗こう)』

 意思の確認は不要だった。

(どうする?やはりここは定番の覗き穴といくか)

(そうだな。それが一番リスクが少ない。だが、肝心の穴がないぞ)

(おい、バカかお前は。なんでこの風呂を設計したときに予め用意しておかなかったんだよ)

(この風呂は俺がつくたんじゃねえ。先々代の王の時に出来たもんだ。あと改修工事のときにこっそり空けようとしたらリアに見つかってふるぼっこ)

(お前の勇気に乾杯。なら、これから穴を開けるか?いや、でも気づかれるか)

(それなら大丈夫だ。俺が魔法であれこれして音も立てずにやってみせる。これでもガキの頃は『神童』って呼ばれてたんだぜ)

(才能の無駄使いだな。でもお願いします。……あれ?これ俺が飛んだら済む話じゃねえの?)

(そういやそうだな。よし、俺を持って飛べ)

(えー、全裸のおっさんに触れたくない)

(報酬はエロ本二冊)

(なにやってるんだ?ほらとっとといくぞ)

 肩を貸すようにしながら翼を展開。出来る限り静かに飛んだ。仕切りは中々高かったが、あと少しで越えられる。三…二…一!

 湯煙の向こうに見えたのは、


『ふぅ……いい湯だねぇ……』


 おばさん(メイラ・ベルティ)だった。

「「―――――――――――――――ッッッ!!?」」

 声にならない悲鳴を上げながら、俺たちは墜落した。

 ……イヤなモン…見ちまったぜ……グフッ…。


                    ◆                    ◇


「…いつまで入ってんのよアイツら。さっさと上がってくれないかしら」

 私たちが入れないじゃない、と嘆息した。

 浴場が共用という訳ではないのだし、別にこのまま入っても問題はないのだ。あるとすれば、それは男湯に入っているのがあの二人だということぐらいだ。二人が女湯に誰かが入ってきたのに気づけば必ず覗こうとするだろうというのは全員の見解の一致だった。

 唯一、見られても大して気にしないというおばさんが悠々とお風呂へ向かったが。

 というかあのバカ、本当に覗いたりしてないわよね。まあおばさんの裸だから見てもたいした問題にはならないと思うけど(当人に聞かれたらぶっ飛ばされるわね)。

「…というかなんでアイツはこそこそ覗いたりするのよ。そんなに裸が見たいなら言ってくれれば……恥ずかしいけど、どうしてもって言うなら二人きりで…」

「?エルナ、何をぶつぶつ言ってるの」

「えぇっ!?べ、別になんでもないわ!気にしないで」

 どう見ても動揺した返事だったが、フィナは首を小さく傾げると、気にしなくてもいいと判断したらしく再び開いた本に目を落とした。

(…そういえば、意外とアイツも本を読むのよね。たまにフィナとお勧めの本とか言い合ってたりしてるし。いいなぁ、話す話題が多いって…………って何考えてるのアタシ!)

 小っ恥ずかしいことを考えてるのに気づき、赤くなった顔をぶんぶんと振り熱を冷ます。ある程度熱さが引いたところでふと顔を上げると、なにやらニコニコとしたリアさんの顔が視界に入った。う、なんかイヤな予感…

「ふふ、エルナ様は本当にトモヤ様のことが好きなのですね」

「ぶふっ!?な、なな何言ってるんですかリアさん!アタシは別にあんな奴のことなんて…その……」

 徐々に尻すぼみになっていく言葉。否定しきることが出来なかった。それはやっぱり、アタシがトモヤのことを『そう』思っていることの証になるのだろう。

「そうです。ちょうどいい機会ですし、みなさんがトモヤ様のことを好きになった理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 そう言ったリアさんの言葉に、私だけでなく同室にいた少女たちがビクッと反応する。その数は三。メイドのクレアさんとランちゃん・リンちゃんはこの部屋にはいない。…この三人も今の質問には大きな反応をするだろうと考えると、非常に気分が悪くなる。

「別に、そんなことをお話しする必要は無いのでは…」

 やや頬を染めながら、先ほどまでアリスと遊んでいたシルフィアが言う。

「まあまあ、良いではないですか。言って困ることでもないですし、聞かれて困る人もいないことですし、こういうのも友好を深めることにもなりますし」

 飄々と笑うリアさん。仕事のときはクールな姿勢をとっているが、プライベートな今のような時は普通の女の人のようになる。普段の姿や本来あるべき王妃という立場からは想像も出来ないような態度に最初は面食らったものだが、もう慣れてしまった。

 そして、

「私は、トモヤが好き」

 フィナのこういった行動にも慣れてしまった。

「いきなり何を言ってるのよ!」

 思わず立ち上がって声を上げるが、フィナは意に介した様子も無く、

「トモヤは私を助けてくれた。救ってくれた。あの場所から引っ張りあげてくれた。理由はそれだけじゃ無いけど、これが大部分」

 淡々としているように見えるが、よく観察するとうっすら顔が赤い。やはり恥ずかしいのだろう。それでも彼女は、むしろ誇るように言い切った。

『…………』

 その姿に思わず何も言えなくなってしまった。

「…私はね」

 次に口を開いたのはアリスだった。

「その、笑った顔がすごく格好よかったから。多分、一目ぼれっていうのだと思う」

 恥ずかしそうに、それでいてとても楽しそうに彼女は言った。

「では次は私が」

 微笑みながらシルフィアが、

「難しいことで悩んでいるときに、トモヤさんに力を貸してもらいました。その時の彼の優しさに、私は惚れてしまったんだと思います」

 初めて会った頃と髪形を変え、いつの間にか隠していた顔を表に出すようになっていた彼女は、そのときのことを懐かしむように言った。

 他の三人が話したことで、自然、全員の視線がアタシに向けられる。

「その、アタシは…」

 好きじゃない、と言おうとして、自分を見つめる視線に口を止める。

 からかうような気配など微塵も無い。暖かな視線に、ふと今だけは素直になってもいいかな、と思った。

「――理由は分からない。気がついたら好きになってたのよ」

 意識せず口を吐いて出た言葉は、紛れも無く自分の本心だった。

 認めてしまえば、一度口にしてしまえば、あとは簡単だった。すとんと憑き物が落ちるような感覚がして、じんわりと胸が温かくなる。くすぐったくて、心地いい。トモヤの隣にいるときに感じるようなこの感覚。きっとこれこそが『恋』というものなのだろう。

 他の面子に比べて明らかに弱そうに感じたが、しかし彼女たちは、

「分かる気がする」

「うん。確かに色々理由は言えるけど」

「結局、みなさん同じなのかもしれませんね」

 柔らかな笑顔で肯定してくれた。それがとても嬉しかった。

「ふふ。本当に愛されていますねトモヤ様は。幸せ者ですね」

 全くその通りだ。それなのにあの唐変木と来たら…

「あ、そうだ。今度はリアさんのことを聞かせてくださいよ。どうしてユアンさんを好きになったんですか?」

「私ですか?」

 意趣返しのつもりで聞いたが、リアさんはうーん、と考えるような仕草を見せて、

「エルナ様と同じですね」

 見惚れるような綺麗な笑顔を見せた。それを聞いて笑った。みんなで笑った。

 正直に気持ちを吐き出したことで、なんだか少し前に進めれるような気がした。

(でも、こんな事恥ずかしすぎてアイツには言えないわね……少なくとも、今はまだ)


                   ◆                    ◇


 ピチョーン、と水滴が落ちる音がする。

 ぐったりと体をお湯に沈めながら、虚ろな目で中空を見つめる。

「…悪いことは、するもんじゃねぇなぁ」

「そうだな…」

 同じように意気消沈しているユアンに言葉を返す。

 高所から落下したせいか、それともおばさんの裸を見たせいか(俺たち二人の体の頑丈さを鑑みるに確立としては後者のほうが高い)、気絶していた状態から復活してからずっとこのままだ。

 身体的にも精神的にもダメージの抜け切らない体は重く、どうしても物思いにふけってしまう。

 もう今日も終わる。ぼんやりと煌々と輝く月が浮かぶ夜空を連想しながら、俺はあることを決めた。


 ――この城を、そしてこの国を出よう、と。


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