第43話 初体験(やらしくはない)
最近、アニメを見ていない。
小説しか読んでいない。
たまーに読んでいる本のアニメ版を見ると違和感がある。やはり字面と動く絵では受ける印象が違うのだろう。
まあ小説もアニメもどっちも好きだからいいけどね!
どんなことでも、初めてというのは緊張するものだ。
人は過去の経験を生かして生きていく。故に前例が無いものというのは恐怖心からか好奇心からか、どうしても緊張してしまう。いくら脳内でシュミレートしても先達からのアドバイスを聞いたとしても、こればっかりは仕方ない。
けれど緊張するというのは決して悪いことではないはずだ。緊張している間は少なくとも油断することは無いし、緊張を少しでも和らげるために入念に用意することも出来る。
だがどんなに事前に準備していても不測の事態というのは得てして起こってしまうものである。全く世の中というのはままならない。
そんな時、慌ててしまうのは一番の悪手だ。落ち着いて深呼吸。それから冷静に対処するのが一番いい。大抵の問題は熱いコーヒーを一杯飲む間に解決するといったのは誰だったか。
あれ?でも別に初めてじゃなくっても緊張するよな。思えば小学校の頃、遠足の前日というのはえらく緊張したものだ。もちろん良い意味で。ワクワクドキドキ。楽しみで楽しみで眠れなくて、でも親に言われてベッドに入って、そしたら気付いたら朝だった、ってことは定番だよな。
逆に緊張しなかったこともある。高校生活初日、周りの皆は新しい環境に馴染めるかどうか不安な反面、少なからず何かしらの期待があったはずだ。でも俺はそんなことは無かった。中学の卒業式も、高校の入学式も大した差はなかった。そんな俺を見て周りのやつらは「枯れてるな」と評した。俺もそう思った。
……ん?待ってくれ。それじゃあまるで俺が潤っていた時期があったみたいじゃないか。潤沢になる余地が僅かでもあるみたいじゃないか。どうでもいいけど。
そんなことはさておいて、何が言いたいかというと、初体験である。
――篁智哉、何気に人生初デートである。
…緊張して悪いか。緊張するに決まってんだろうが。昨日は良く眠れなかったし、今だって手に変な汗かいてるし!
それにしても、初めてのデートが王様ゲームの命令ってどうなんだろ。いやでも、初デートは初デートだし。
前の世界で女性と二人きりで出かけることはあったけど、あれはあれだ。鈴とはおつかいだし、柚葉とはあくまでデートの練習だし、ノーカウントでいいだろう。
何が違うってワケじゃない。女の子と二人きりで街を歩いて色々するってのは変わらないけど、なんかこう…「デートする」って意識があるから無性に緊張するんです。どうしましょう。
いやさ、でもさ。相手はエルナだぜ?よくよく考えると緊張する必要が無い気がしてきた。なにせこの世界に来てから一番長く一緒に居たんだから、個人的にはもう家族も同然といってもいいくらいだ。
家族とお出かけする。ほら、気にすることは無いだろう?
考えに考えた末、そんな結論に至った俺は大きく息を吐いて後ろの石像に体を預けた。
昨日やった王様ゲームの最後の命令によって四日連続で別々の女性とデートすることになった俺(ここだけ抜粋すると俺かなりのリア充だな。あくまでここだけ見れば、だけど)。そのデートは発案者というか命令者のユアンによって色々条件を付けられた。
面倒くさいことにデートは待ち合わせをすることになってしまった。ということで、十数分前に俺が先行して城を出、街の中にあるこの国の創始者を象った石像で待っているというこの状況。非常にメンドくさい。いいじゃん、一緒に出ればいいじゃん。「これもデートの醍醐味だ」とかなんとか言っちゃってくれやがってあの野郎。サプライズもあるから楽しみにな、って弾ける笑顔で言ってたのもキモかったぜ。
後、丁度いいから、とよく分からない理由で元々着ていた服を返してもらった。いや、正確には着ていた服にそっくりに作った服を貰ったというべきか。着てた服は穴だらけだったり血まみれだったりでもう着れないらしいく、ユアンの好意でそっくりな服を作ってくれることになった。
スゴいね。着心地抜群だよ。いい生地使ってるっぽい。メイドインチャイナの前のやつより数段質は上がってるね。つか前の世界の裁縫技術を真似るってどんだけですか。
しかも、この服を縫うときに特別な手順と手法を用いたらしく、この服一つで複数の魔法陣を描いており、その効果で防御力上昇・各環境への適応・汚れがつきにくい・油汚れが落ちやすい・シワにならない・色落ちしない、などといった非常に便利な効果が付けられた…らしい。詳しいことは分からぬ。
しかし暇だ。すごく暇だ。何もすることが無くて手持ち無沙汰だ。周りには同じように待ち合わせをしていると思しき人達が男女合わせて数人居るが、その人達も退屈そうにしている。周囲には暇をつぶせそうな建物がいくつかあるものの、少しでも離れている間に待ち人が来る可能性もあるので却下。
あまりにもやることがないので空を見上げて雲を数えることにする。…うわ、千切れ雲多いな。
「………お待たせ」
カウントが三桁に届くかという頃になって、聞き慣れた声が耳に入る。雲の数えるのに集中し過ぎてた。雲の境目が曖昧すぎたのが悪い。…おりょ?気付かなかったけどなんか周りがザワザワしてるな。ま、いいか。長く固定していたせいで固くなった首を動かし前を見て、
「…………」
絶句した。開いた口が塞がらなくなるという体験を人生で初めて経験した。
何があったかといえば、何が問題かといえば、それはエルナの服装だった。
赤系統の色をしたキャミソールっぽいシャツを重ね着して、下はデニムっぽいミニスカート。なんとまあ、俺からしたら普通の格好をしていた。
いや、それだけならいいんだ。それだけだったら懐かしいなと僅かな感傷に浸ってそれで終わりだった。でも、そんな服装をしているエルナが…
「な、なに見てるのよ…」
着慣れない服を着ているせいなのか、はたまた普段より肌色の面積が広くなる服装をしているせいなのか、やや頬を赤くしているエルナ。その姿は…なんというか…
……………くそっ、カワイイじゃねえか。ありがとうございます!
さてはユアンが言ってたサプライズってこのことだな!あの野郎、粋なことしやがって!帰ったら本気でお礼を言おう。
あ。ひょっとして周囲がざわざわしてるのってエルナのせいか?そうであってもおかしくない。今のエルナはそれほどの魅力があるのだから。……あ、連れ添ってるカップルの男がこっち見てて彼女に頬引っ張られてる。やはりか。
ふむ、とりあえずもう一度エルナをつま先から頭のてっ辺までじっくり見てみよう。……うん、いいね。
「ちょっと、何さっきからじろじろ見てんのよ。…もしかして、どこか変だった?」
きょろきょろと自分の格好を見渡す。やっぱり着た事の無い服を着るというのは不安なのだろうか。
「ああいや、大丈夫だ。どこも変じゃない」
「ホント?なんか周りもちらちら見てくるし…やっぱり変なんじゃ…」
落ち着かなさそうにしているエルナに、「あー、違う違う」と苦笑しながら、
「エルナがカワイイから、周りの人達は見惚れてんだよ」
「ひゃいっ!?」
ボフンッ!と擬音がつきそうな勢いで顔を赤くした。ん?一体どうしたんだ?…………って、
「………………おぅふ」
なーに言っちゃってんだよオレ。やっべぇ、ついつい口が滑って本音が。
だがここで動揺を顔に出せばこの場の空気がギクシャクするのは自明の理。敢えてポーカーフェイスで『ん?なにか?』って感じで乗りきろう。
「………ホントに?」
先程よりはマシになったものの、まだ顔が赤いままのエルナは照れたように見上げてくる。俺はその頭に手をのせ、セットしてきたであろう髪が崩れないように優しく撫でた。
「本当だ。キレイだよ、エルナ」
「……あ、ありがとう」
さらに顔を赤くして俯くエルナに苦笑しながら、その手を引いて歩き出す。折角のデートなのだから色々見て歩きたいし、なにより後ろの方で今のやり取りを見ていた人達のいろんな感情が混じった視線に耐えられなかった。
………嗚呼、自殺したい。悶絶死で。
デートの定番といったら三つある。定番というからには当たり前すぎてインパクトはあまり無いだろうけど、やはり定番というのは外れないものだ。
しかしここは異世界。定番の一種の映画は技術が足りないだろう。向こうから色んなものがちょくちょく流れてきているらしいので、探せばフィルムの一つや二つ、映写機の一台くらいはあるかもしれないが、とりあえずはデートで手軽に楽しめるようなものではないだろう。
一種の内、ボウリングやバッティングセンターなどを含むアミューズメント施設もまた除外。そもそもそんなスポーツがあるかどうかすら危うい。他にもサッカーとか野球とか。まあスポーツにはあまり関心は無いのでなくても構わないのだが。
故に、初めてのデートであるし、やるからには相手の女性を楽しませたいという妙な義務感を抱いている俺が選んだのは三種の内の最後の一つ、尤も無難ともいえる選択、ショッピング。というかウィンドウショッピングだった。
ということで、わたわたとあった後、なんとか平静を取り戻したエルナとともに、
「あ、これ可愛いわね」
「えー、そうかー?」
「アンタね、こういう時は頷いておくもんなのよ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんなの」
こんな感じ。
ぶらぶらとしながら店を覗き込んでは感想を言い合う。そしてたまにある屋台で適当な食いもんを買ったり買わなかったり。美味そうだった買う。金に問題はない。軍資金はあらかじめユアンに渡されている。この金を出すためにリアさんから晩酌を一本減らされたユアンに黙祷。
「~~~♪」
楽しそうに鼻歌なんか歌っているエルナ。何処と無く浮き足立った様子で俺の前を歩いている。動きにあわせてぷらぷら揺れるポーニーテール。引っ張ってみようか。いややめよう。以前妹の髪を引っ張ったときに豪く怒られたっけ。曰く「痛くするのはいいけど髪を引っ張るのはやめて」。おかしいだろ。
やはり女の人にとって髪は大事なものだろうか。男からしたら、少なくともオレにとっては、髪なんて放っとけば伸びてきて適当なタイミングで適当に切っとけばいいもの、というイメージしかない。俺の価値観なんてどうでもいいけど。
とりあえず、女性にとって髪は大事なもの。ご多分に漏れずエルナもそうなのだろう。ツヤツヤしてるし。手をかけてるんだろう。
ふむ。…………。よし。
「エルナ、こっち」
「え?ちょ、ちょっと…?」
困惑するエルナの手を引き、直前に発見していた店に入る。店員のお姉さんの「いらっしゃ~い」という声を聞きながら、目当てのブツを探す。
入ったのは雑貨店。女の子女の子した小物が一杯あるような店。多分ここならあるだろう。陳列棚をチェックしていく。
「ねぇ…なんなのよ一体…」
あ。エルナの手掴んだままだった。慌ててぱっと離す。「あ…」残念そうな声が聞こえたけど、気のせいだろう。え~っと、多分ここらだと思うんだけど………お。見っけ。
「なにそれ?」
棚から取り上げた物を見てエルナが聞いてくる。いやいや、これはどう見たって、
「リボンだよ。髪留めとも言う。お前へのプレゼント」
「……………え?」
きょとんとするエルナ。面白かったので破顔。
「折角のデートなんだ。彼女にプレゼントの一つぐらいしてもバチは当たらないだろ」
「彼女って……!」
顔を真っ赤にして俯かれた。恥ずかしいのか?俺も言ってて恥ずかしい。
赤くなって動かないエルナの手を引いてカウンターへ。レジにいるお姉さんの微笑ましいものを見るような視線に耐えながら会計を終える。
「んじゃこれはこのまま」
お姉さんから受け取ったリボンを流れ作業でエルナに渡す。エルナもおずおずとしながら受け取ってくれた。
「気に入ったらつけてくれや」
「……うん。ありがとう」
顔を綻ばせるエルナを見て、買ってよかったと再確認。
ふんふん。今のオレは気分がいい。ちょっと調子に乗るか。
「なんなら、今リボンつけてやろうか?」
「えぇっ!?い、いいわよそんなの…」
「遠慮すんなって。あ、ども。さ、座って座って」
話の流れから察してか、どこからともなく椅子を二脚用意してくれたお姉さんにお礼をいい、エルナの膝をあれこれしてさくっと座らせる。その時に手からリボンを抜き取るのを忘れずに。
「はいは~い。じゃあ始めまーす」
「あれ!?いつの間に椅子に座って……リボンも無い!?」
何か騒いでるのをスルーして、とりあえず今髪を結んでいるゴムひもを解く。バサッと波打つように広がる紅い髪。ふわっと漂ってきたいい匂いにくらっとするが微塵も表に出さないことに成功する。ん~、こうなるとただ結うだけじゃ味気ないな……ん?肩を叩かれ振り返るとお姉さんが櫛を渡してくれた。ありがとうございます。お姉さん、空気というより心読んでるんじゃないですか?
気を取り直して。
優しく丁寧に、一房ずつ髪を手にとっては櫛を通していく。やはり手入れを怠っていないのだろう。引っかかったりしない。触り心地もいい。こういうと変に誤解されるかもしれないが、女性の髪というのは誰のでも触り心地はいいもんだ。昔から、鈴と喧嘩した時は、大体風呂上りの鈴が部屋にやってきて黙って櫛とドライヤーを差し出し、対する俺も黙ってそれを受け取り髪を梳いてやって、それで仲直り、というのが定例になっていた。お陰で髪を梳くスキルは中々のものになっていたり。
黙って俺のされるがままになっているエルナだが、やはり恥ずかしいのか時たまもぞもぞと体を動かしている。可愛いもんだな。
さて、あらかた櫛を通し終えたところで手を止め、今度はリボンを持ち髪を結ぶ。最後の結び目をきゅっとしたタイミングでやはりお姉さんが鏡を持ち出してきてエルナに見えるようにしてくれた。お姉さんマジぱねぇ。
「……………」
「ふふん。どうだ。自信作だぜ」
「……ちゃんと出来てるのが意外」
なにおう、と文句を言おうとしたけれど、リボンに手をやって柔らかく温かい笑みを浮かべているエルナを見ていると、なんだかどうでもよくなって。
ポンと頭に手を置き、
「よく似合ってるよ」
「……ありがと」
どういたしまして、とぶっきらぼうに告げられたお礼に笑顔で返事をすると、「ふん!」とそっぽを向かれた。でもやや赤くなってしまっている頬は丸見えなので意味はないだろうが。
そっぽ向きながらもどうしようもなく口元が緩んでしまっている彼女を見て、俺は人生初デートの成功を悟ったのだった。
みなさん、声優さんはお好きですか? ボクは大好きです。
NO.1は水樹奈々さんです。異論は認めん。
演じてるキャラがみんないい子です。歌も最高です。総合評価で満点です。むしろランク付けすることも点数をつけることも愚かしいこと思えてきます。
個人的にはキリスト様やブッダ様よりも、オレは水樹奈々さまを神として崇めたい。むしろすでに崇めている。
みんな、水樹奈々さんを好きになろう!