第40話 出来れば説明は一度で済ませたい
おかしいな。
今回は特に話が進んだりすることはない普通の話のはずだったのに、なんか地味に一万字超えてやがる。
そして気付いた。
俺は執筆するのが遅いんじゃない。一文字も書かない日が何日もあるからダメなんだ。
ということで、明日から本気出す。
昨夜、不思議な腕輪をつけてその中にいた少女と会話したり、なんやかんやで空を飛んだりと、中々にファンタジーな経験をした俺だったが、よくよく考えてみると、今更ファンタジーもクソもないと言うことに気がついた。
まず第一に、ここすでに異世界だし。魔法があるって事を含めてこの世界そのものがもう十分ファンタジーだ。
というか俺もそろそろファンタジーになってきたと思う。今まで飛行機にも乗ったことのない俺の、人生初フライトは生身だったとか。しかも羽を生やして。笑えてくるぜ。
ちくしょう。俺の身の回りのファンタジーは親父だけで一杯一杯だったのに。一体いつから俺もあっち側の人間になっちまったんだ!まあ確実にこの世界に来てからだと思うけど。
この世界に来てまだあまり時間は経っていないけど、思い返せば色んなことがあったな。
……………あれ?女の子を助けるか、摩訶不思議生命体と戦った記憶しかないぞ?
何をしてるんだ俺は!せっかく異世界に来ちゃったんだから、もっとやることがあるだろう!例えばドラゴンとか妖精さんとか…どっちも会ったな。魔法は…バリバリ使えるし。伝説の強い武器とか…それらしいのは持ってるな。
じゃあ後一体何がある?ファンタジー系のライトノベルの主人公は異世界でどんなことをしてたっけ。思い出せ俺!あんなにたくさん読んだじゃないか!新刊の発売日にはチャリをすっ飛ばして買いにいって、学校でも授業そっちのけで本を読んだじゃないか!
ああ、そうだ。女の子とラブコメするか、なんかデッカい悪の組織とバトルしてたな。
とりあえず悪の組織とバトルとかマジ勘弁。そして主人公共爆発しろ。
つーかさぁ、普通に考えてあり得なくね?あんな風に何人も女の子に好かれるとか。どうやるのか教えてください本気で。
でもま、しょうがないのかな?主人公達ってカッコいいし。ヒーローっていうのかな。巨大な悪に敢然と立ち向かい、そして勝利する。そりゃ女の子たちも惚れるさ。いやースゴいスゴい。俺にはとても真似できないよ。キャラじゃないし柄じゃない。俺がなれるのは、初期登場時は主人公のライバル的な存在なのに、終盤では完全に追い越されて戦闘の解説役になってしまう、ぶっちゃければベ○ータのポジションが精々だよ。クリ○ンはあれ、中盤からは完全に戦いで役に立ってないよね。なんで敵だった人を奥さんに貰って、しかも子供作ってんだよ。羨ましいにも程がある。
ふぅ、まあいい。ここで○ラゴンボールキャラを扱き下ろしても仕方ない。俺が言いたいのは、チ○がどのタイミングで○天を身籠ったのかってことで………あれ?違う?
とりあえず、閑話休題。
とにかく、色んなものをとにかくとして、今まで思ったことを全て置いといて、最終的に現実として何を言いたいのかというと、
「おい、ちゃんと聞いてるのかトモヤ!」
「すいませんっ!」
俺は今、ユアンに説教されてます。正座で。
内容は当然昨日の夜のこと。こんなに金ピカな腕輪が目立たないわけがないので、朝食の時にユアンに尋ねられたのでさらっと答えたところ、こんなことになりました。ちなみにこの後、エルナたちからも説教を貰う予定です。
「ったく、地下室の南京錠を壊したのはいいとして、そこで偶然古戦器を見つけるとか、ふざけてんのか」
「はい、すみません」
鍵を壊したのは本当にどうでもいいらしい。あくまで説教内容は偶然見つけた腕輪を無用心につけたことのみです。
「まあ、城の中にどんなものがあるのかきちんと把握していなかったこっちにも多少の非があるからあまり強いことは言えないな。とにかく、どんなものか調べるから一旦その腕輪外せ」
「いや…あのぉ…」
思ったよりも説教が短かったことは嬉しいのだけど、その差し出された手に困っちゃうんだよ。
「どうした?出し渋るならもうちょい説教してやってもいいが」
「そうじゃなくて、この腕輪なんだけど…」
「なんだ?ハッキリ言え」
「外れません」
「あ?」
「というか、外れないんですよコレ」
「…はぁ?どうゆうことだ?」
「いやあの、俺も良く分からないんだけど。この腕輪の中にいるツキってやつが言うにはさ、この腕輪を俺から取るには、腕を切り落とすか俺が死んでからじゃないと無理らしいんだよ」
「………」
説明を聞いたユアンは、すっっっごくいい笑顔になると、
「おーい、誰か斧持ってきてくれー」
「待て待て待て待て!」
「大丈夫だって。何も首を落とすわけじゃない。ちょっとお前の腕を真ん中から切断するだけだ」
「やめてー!お願いだからやめてー!」
ごたごたばたばた。俺とユアンが騒いでいると、
『なんじゃ、うるさいのぅ』
右腕に付いた腕輪の赤い宝石部分がチカチカと点滅し、同時に童女の声が発せられる。この会話方法はどうも慣れない。自分の手首から声がするってなんかイヤじゃね?
「…お前が、ツキってのか?」
おお、いきなりのことに動じないなんて、さすが王様だ。関係ないかな?
『そうじゃ。まあその名前は昨日主に貰ったばかりじゃがの』
「そんなことはどうでもいい。簡潔に聞く。お前は『呪具』ではないんだな?」
『ワシをあんな汚物と一緒にするな』
いえーい。相変わらずの俺の置き去りっぷりになんか涙出そう。でも泣かない。男が泣いたってキモいだけだし。
「質問です。『呪具』ってなんですか?」
「呪具は、言ってしまえば古戦器に近いが、その実は限りなく遠いものだ」
なにその論理的思考(?)。俺の低スペックな脳みそでは理解に時間がかかるよ。
『古戦器が特殊な力を持たせるために作られたものだとすれば、呪具は何の変哲もない道具に特異な力が宿ったもののことを言う。力が宿る原因は、人間などの負の感情じゃ』
「何十人もの人を切り刻んだ剣とか、罪人の首を落とし続けた首斬り斧とかがそうなりやすいな」
『他にも、人が殺される直前まで持っていた人形やネックレスなんかもなりやすいと聞く』
「力の元が負の感情だけに、当然持ってもいい結果にはなんねえ。そのものに宿った感情に心と体を操られるのがオチだ。注意しろよ」
『まあ、物に力を宿らせるほどの深く濃い感情など、そうそう出るものでもないから、普段はあまり気にせずともよい』
「だが、ある所にはあるからな。今回みたいに、そこら辺に落ちてるものをほいほい拾ったりするなよ?」
「はーい」
ユアンとツキのダブル先生による講義を聞き終え、大体のことは頭に入った。
ようはあれだろ。いわくつきの刀とか、夜になると髪が伸びる日本人形とかそんな類のことってことか。あーやだやだ呪いとか。おっかないわー。そんなもん頼まれたって近づくもんか。
「とりあえず俺からはもう終わるが、もうこんなバカなことはするんじゃないぞ?」
「うぃーす」
「よしよし。じゃあ次はアイツらにみっちり怒られてこい」
「…………」
ニヤニヤと笑いながら言うユアンに軽くイラッとするが、でも行かなくちゃならない。行かないと後々怖いし。
……とりあえずユアンの秘蔵のエロ本の隠し場所をリアさんにチクってやるか。
「アンタはさー、ホントにさー、全く…何考えてんの?」
「……………」
エルナ達からによる説教は、こう、がっつり怒るようなものではなく、『呆れてものも言えない』という視線をひたすらぶつけられながらチマチマとお小言をいただくという、非常に精神にダメージのいくものであった。
「トモヤはいつもいつも…もうすこし考えて行動した方がいいと思う」
「そうですよ。子どもじゃないんですから、気になるものをすぐ触ったりしようとしないでください」
「はい、すみません」
へこへこと謝る俺。傍から見たらきっと情けないんだろうなぁ…。どうでもいいけど。
あ、アリスはいません。ランとリンと一緒に、例の部屋を見に行ってます。クレアも付き添ってる。お目付け役らしい。俺みたいに変なものを拾ったりしないようにね。
「んで、今回はどんな不思議アイテムを見つけたのよ。説明しなさい」
「あ、はい。えーっとですね、この腕輪なんですけど、これつけてから、なんやかんやあってこんなの出るようになりました」
座ったまま翼をだす。この翼、俺が『出ろ』って思えばあっさり出てくれるみたい。便利だね。
「うわ…」
「……スゴい」
「キレいですね…」
おお、女性陣からの評価が高いな。コレはうまくやれば早めに説教終わらせれるかも。
「これで飛んだり出来るんだけど、飛んでみたい人ー?」
言った瞬間、エルナ、シルフィアの手がピシッ挙がる。よし、後は上手く事を運ぶだけ…。
「それじゃあ飛んでみようか。順番はどっちからに「待って」す……る?」
俺の言葉に割り込んできたのはフィナだった。フィナは俺を、というか翼と腕輪をじっと見て、
「本当に飛べるの?危なかったりするかもしれないし、腕輪をつけただけで翼が生えるのはおかしい」
「む、言われてみれば」
「そうですね」
くっ、フィナめ。流石元研究員なだけあって鋭い。不安定な事象を追求するのは性ということか。でも、大丈夫。
「心配すんなって。昨日アリスを抱えて飛んだときは何の問題もなかったし」
『(ピクッ)』
「それに腕輪をつけただけで翼が出るようになった訳じゃない。ツキに出るようにしてもらったんだよ」
『(ピクピクッ)』
「ということで、百聞は一見にしかず。論より証拠。一回俺が飛んで見せるからそれを見てて」
言いながら俺は立ち上がり、
――――次の瞬間には取り押さえられていた。彼女達に三人がかりで。
……何その連携。打ち合わせとかしてないよね。どんだけ息合ってるんですか。
軽い現実逃避をしながら、じわじわと来る背中の痛みに耐えていると、
「聞きたいことは二つ。一つ目、アリスを抱えて飛んだってのはどういうことか。二つ目、ツキって誰か。正直に答えなさい」
馬乗りになったエルナがキツイ目で問いかけてくる。見ると右側を押さえているフィナと左側を押さえているシルフィアも同じような目をしていた。どうでもいいけど女の子が男の上に馬乗りとかまずくない?というか身動きが取れないように押さえつけられてるって、男として情けない。ま、いいや。抵抗は無意味だし。
「え~っと、一つ目はあれだ。飛べるようになって妙にテンションが上がったから、アリスを抱っこして部屋の窓から飛び降りた」
「抱っこ?」
「そ、お姫様抱っこ」
ギギギギギギギギギギィッ!!
詳細に説明した途端、なにやら得体の知れない方法で体を締め上げられる。めちゃくちゃ痛い…。
「ふ~ん。随分と楽しそうなことやってるじゃない…!」
やはりキレ気味なエルナ。なんだ?飛ぶときに誘ってくれなかったことに怒ってんのか?だからこれから飛ぼうぜ、って言ってるのに。
「二つ目は?」
「ああ、ツキってのはその部屋で見つけた腕輪の中にいた子でさ、名前がないって言うから俺がつけた」
「……女の子?」
「え、そうだけ『ま・た・女・か・!』うぇ!?」
三人が叫ぶ。エルナはともかく無口なフィナとおとなしいシルフィアが叫ぶなんて…一体どうしたんだよ。
「また女の子!?いい加減にしなさいよ!この女こまし!」
「何考えてるの?そんなに女の子に囲まれていたいの?」
「大概にしてください!もう十分でしょう!」
おぶぇ、ちょ、エルナ襟掴んで首ガクガクすんの止めて。フィナお前腕ひしぎなんてどこで覚えた。シルフィア待ってその関節はそっちには曲がらな、って嘘だろ曲がってるヤバい方に曲がってるぅぅ!?
三方向から繰り出される地獄の責め苦に、痛みを訴える余裕もなくただやられている俺だったが、不意に動きが止まった。見れば三人とも手を緩め、何故か表情を曇らせている。
どうしたのかと思っていると、
「トモヤってさ、やっぱり可愛い女の子が好きなの?」
と、いきなり過ぎる質問がエルナから投げかけられた。戸惑う俺に、エルナはさらに続ける。
「可愛くて、優しくて、何でも出来て。そんな女の子がタイプなの?」
どことなく、悲しそうなエルナの声。そんな声は聞きたくない。出来ることならいつものように元気一杯の明るいエルナにしてあげたいけど、原因が分からない。こんな時ほど自分のバカさ加減が嫌になってくる。
いいや、もう。バカはバカなりに、正直な気持ちを言うまでだ。
「確かに、そんな子がいたら好きになるかもな」
「…………」
「けど、俺のタイプは、そういうんじゃないんだ」
「……?」
「俺が好きになるのはな、いい女なんだ」
「いい、女?」
「そ。外見とか内面とか色々基準があるんだけどな。でもさ、」
一旦言葉を切り、見つめてくるエルナの顔を見ながらその紅い髪をくしゃりと撫でる。
「エルナは十分、いい女だと思うよ」
「…………っ!~~~~~~~っっ!?」
あれ?笑いながら言ったら、エルナの顔が真っ赤になっていく。怒った?おかしいな、褒めたはずなんだけど。そして左右からどす黒いプレッシャーを感じるのはなぜ?
「ア、アンタは…いきなり、何言うのよーっ!」
「へばっ!?」
顔をトマトのような色にしたエルナが叫び、俺は殴られた。
いや、殴ったというのは少し語弊がある。拳で殴ったのではなく、あろうことか、恐ろしいことに、使われたのは肘鉄であった。しかも、馬乗り状態からそのまま飛び上がり、体重と勢いを一点に集中させたものである。エルナはそんなに体重はないだろうし、飛び上がった距離もたいした事はないが、何せエルナの腕は細く、当然肘も小さい。小さなその一点に集約された力は、普段のその細腕の何処から出るんだと思うような力を遥かに上回っており、それを叩き込まれた(しかも鳩尾。狙ってないよね?)俺は、ごく当たり前のように、気絶した。
「――てなことがあったんだ」
「うむ。死んでくれんか」
「なんでっ!?」
「………ふん」
ツキにそっぽを向かれてしまった。おいおいどうなってんだよ?俺はただ今日あったことを説明しただけじゃんか。
時刻は夜。場所は俺の精神世界。今日も一日が終わり、後は寝るだけとなったので布団に入ると同時にここに来た。
図書館で記憶の本を読みながらツキに今日あったこと、具体的には気絶させられて目覚めた後、ユアンやおばさん監視の下実際に飛んでみたり、飛びたいという女性陣を抱えて飛び回ったことを話しただけなのに。全く、女心というのは理解不能だぜ。
「…当たり前じゃ。主が女心を僅かでも分かってやることが出来れば、あの娘たちも報われるじゃろうに」
「ん?なんか言ったかツキ」
「何も言っとらんぞ」
そうか、と呟きまた本に目を落とす。話をしていて機嫌を損ねたといっても、あくまで目的は本を読むこと。雑談はついでだ。その中で何があろうと大したことじゃない。少ししたら元通りだ。
「………」
「………」
雑談を止めてしまったのでお互い無言。そしてこの場には他に人がいないので静かなもんだ。聞こえるのはそれぞれが本の頁を捲る音ぐらいだ。
仮面ライダーの本を読んでいると、俺の意味記憶についての本を読んでいるツキが話しかけてきた。
「のう主よ」
「なんだ?」
「この七つの傷を持つ男はほぼ毎回上半身の服を破いておるのじゃが、次の回には戻っているのはなんでじゃ?」
「そこを気にしたら負けだよ」
「では戦闘時の声が異常に高いのは何故じゃ?」
「演出だ」
「そうか」
ぺらり。ぺらり。ぺらり。
「のう主よ」
「なんだ?」
「何故この男はいつも海パンしか身につけておらんのじゃ?」
「変態だからな」
「主とこの男ではどちらが変態なのじゃ?」
「俺とその刑事では変態のベクトルが違うんだ」
「そうか」
ぺらり。ぺらり。ぺらり。
「のう主よ」
「なんだ?」
「2014年にこの兵器は完成するのか?」
「個人的には完成して欲しいな」
「このファーストとかいう娘は結局なんなのじゃ?」
「俺はセカンド派だからよく知らん」
「そうか」
ぺらり。ぺらり。ぺらり。
「のう主よ」
「なんだ?」
「この少年の周りでは、人が死にすぎなのではないか?」
「推理モノだからしょうがないんだよ」
「探偵や警察にヒントを示すときの声がわざとらし過ぎるのじゃが?」
「演出だからしかたない」
「そうか」
ぺらり。ぺらり。ぺろり。あ、間違えた。
「のう主よ」
「なんだ?」
「この青狸は子守りロボットにしてはスペックが高くないか?」
「きっと22世紀は赤ん坊もレベル高いんだよ」
「【どくさいスイッチ】や【地球はかいばくだん】…物騒ではないか?」
「きっと孫が魔改造したんだよ」
「そうか」
ぺらり。ぺらり。ぺらり。
「のう主よ」
「なんだ?」
「どうしてこの娘は葱を持って踊っておるのじゃ?」
「キャラ付けだ」
「髪の色が緑なのはおかしくないか?」
「それもキャラ付けだ。というかそれくらいならこの世界にもいるんじゃないか、異世界だし。見たことないけど」
「そうか」
ぺらり。ぺらり。ぺら――
「主よ、そろそろちゃんと寝ないと寝不足になるぞ」
「え、もうそんな時間か?」
「大体午前3時くらいかの」
「うわマジで。全然眠くないから気付かなかった」
「ここでは眠くなったりすることはないぞ。睡眠欲は外の海の一部じゃし」
「言われてみれば。んじゃもう帰るわ。またな」
「うむ。また会おう」
そう言って手を振って、俺はそこから消えた。
戻ったらめちゃくちゃ眠かった。
◆ ◇
城に仕えるメイドの朝は早い。
朝5時には起床。素早く身支度を整え、五時半には集合して点呼を取る。
全員いることを確認したら、朝食。それが終わったら城全体の清掃を行う。一時間ほどかけ、ある程度キレイにしたところで終わり、それぞれの仕事に入る。これがこの城に仕えるメイドの日課だ。
以前このことを話した時トモヤ様は「うへー、何そのスケジュール。俺には守れないよ」と言っていた。小さい頃から繰り返してきた私はもうなんて事はないのだが、やはり他からすれば辛いことなのかもしれない。
そんな事を考えながら、私――クレア・エスリークは朝日が射しこむ城の廊下を歩いていた。向かう場所は私の主、トモヤ様の部屋。あの人の専属メイドになってから、毎朝彼を起こしに行くことが日課に追加された。まあ彼は寝起きがとてもいいので大した苦にはならないが。
先ほどトモヤ様を私の主と言ったが、別にトモヤ様からお給料を頂いているわけではない。お給料は他のメイドたちと同様リアさん、というかユアン様から頂いている。主とお給料を頂く人が別というのはおかしなことだが、特に問題もないので誰も何も言わない。
ユアン様は義姉であるメイラさんを助けてくれたお礼といっていた。他にもメイラさんの裁判に乱入した罪を帳消しにしたりと、気前が良くてカッコいいとメイドたちの間で評判になっている。
メイドたちの間では(既婚者や年配者を除く)ユアン様とトモヤ様のどちらがカッコいいかと常に論議されていたりする。もうすでに結婚しているユアン様か、好きになったとしてもライバルが多くしかも気付いてもらえないトモヤ様。どちらがいいかという議題である。
なんでもトモヤ様は日頃から場内を歩き回っており、すれ違うメイドに笑顔で挨拶して軽く話したり、大荷物を持って困っているメイドがいたらさり気なく助けて何も言わずに去っていったりしているらしい。
……………なんだろう。不覚にも苛立ってしまった。
主人に対してこんなことを思ってしまうとはメイド失格だ。自分をきつく戒める。
……………でもまた女の子と関わりを持ったらしい。なんでも例の部屋で見つけた腕輪の中にいたらしい。意味が分からない。けれどなんとなくモヤモヤするのでメイドたちとの事を彼女達にそれとなく話してしまおう。
そんなことを考えながら、目的の部屋のドアをノックする。
「起きて下さい。朝ですよ」
それなりに大きな声で言うが、返事はない。いつもの事だ。
「失礼します」
扉を開けて中に入る。見ればいつものようにシーツを体に巻きつけながら気持ち良さそうに寝ている姿があった。
「…………」
……この少年に仕えるようになってから、増えた日課がもう一つある。それは、
「…かぁ……んぅ…ふぅ…」
「~~~~~~っ!」
トモヤ様の寝顔を観察することである。
いや、普通に考えて変なのは分かっている。悪趣味だし気持ち悪いのだって重々承知だ。けれど、そんなのを無視してもいいくらいの価値が、この寝顔にはあると思う。
トモヤ様は普段子どもっぽいのか大人びているのか分からない。凛とした顔で難しそうな本を読んでいるかと思えば、寄ってきたラン様やリン様をまるで兄のような眼で見つめ、次の瞬間には同じように無邪気な笑顔で遊んでいる。その様子は見ていて飽きない。実際私と彼女たちは、気付けばその横顔をじっと目で追っている事がある。ふっと我に返ると猛烈に恥ずかしくなってしまうが。
そんなトモヤ様だが、寝ているときの表情はまさに子ども。お昼寝をしている時のあのなんとも言えない幸福そうな表情そのものだ。こう言ったら嫌がると思うが、正直とても可愛い。
出来ることなら延々と見ていたいが、私はメイド、職務を全うしなければいけない。
「トモヤ様、起きて下さい。もう朝ですよ」
肩に手を置いて揺さぶる。が、起きない。おかしい。いつもならこうした途端飛び起きるのに。
不思議に思いながらも、起こすために揺さぶる手を強くする。
「起きて下さい。お目覚めの時間ですよ」
「…んぁ…ぁ…」
トモヤ様は顔を僅かにしかめて顔を振ると、私の腕をがしっと鷲掴みにし、思い切り引っ張る。
「え、ちょっと待ってくだ――!」
予想外の行動だったのと、思った以上の腕力に、私は抵抗できずにそのまま引かれ、
「くふぅ」
「へ…?」
ぽすんと、トモヤ様の腕の中に納まった。
え…っと…これは、一体…?
も、もしや、これは俗に言う『お誘い』というやつなのでは…?トモヤ様だって年頃の男性。やはりそういうことをしたいと思っていてもおかしくはない。ああでも、他にも女性はいるのにどうして私を選んでくれたのだろうか。いや決して嫌という訳ではない。メイドとしては主人の要望には出来るだけ応えなければいけないし、それを抜きにしても個人的にはむしろ……。
「あ、あの…トモヤ様…」
いきなりのことだったので多少言葉がどもってしまう。が、それでも意を決して顔を上げる。
「くぁ……すぅ…」
眠っていた。いつものように、気持ち良さそうに。
「………」
言葉も出なかった。高鳴っていた鼓動も一瞬でいつものペースに戻った。
これはあれですか。私は抱き枕ということですか。起きたら枕を抱きしめていたということがあるけれど、私はその代わりということですか。寝ぼけて無意識にやったことで、そこにはトモヤ様の意思や感情なんて微塵も無いということですか。私の乙女心を返してください。
やや不機嫌になりながら、とりあえずこの状態から抜け出そうとする。と、
「うぅ…ん」
ぎゅ、と。抱きしめられた。
いきなりのこと過ぎてまた声が出ない。自分のことながら動揺しすぎだ。そんな間もトモヤ様は私を抱く腕を強くし、髪に顔を埋めて幸せそうな声を漏らしている。
心臓の鼓動が早くなる。さっきとは比べ物にならない。直接耳で聞こえるトモヤ様の鼓動の二倍は早いと思う。つまりは、動悸の音が耳に届く程に密着しているということで。その事に気付きさらに鼓動は早くなる。
そして――
「……きゅう…」
目の前が真っ白になった。
その後。
他の誰かが見に来る前になんとか意識を取り戻すことが出来た私は、名残惜しさを振り払いながらも起き上がり、赤くなっているであろう顔を冷ましてから改めてトモヤ様を起こした。
いつもより遅くなったことを疑問に思った数人からどうしたのかと聞かれたが、いつもより起こすのに時間がかかってしまった、と誤魔化した。実際トモヤ様もとても眠そうにしていたので特に追求されることも無かった。
とりあえず。
今朝のことは私の心の奥底に、そっと仕舞っておくことにした。
………夏休みが、終わった…
この休み中にしたことといえば、家に引きこもるか、家族と出かけるか、本屋に小説を買いに行くくらい。
…………灰色の青春過ぎるわぁあああああああああああああああああ!
もう少しくらい、充実した生活を送りたい!
これから頑張りたい!
じゃあねっ!
ところでみんな。何のアニメのどのキャラのこと言ってるか、分かった?