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第39話 不法侵入はダメだよ



あ……あぁ…………ぐふっ…

 夜、というか深夜。俺はベッドに寝転がりながら本を読んでいた。

 開いている本の数は五冊。以前シルフィアから貰った本と、その内容で分からなかったことが詳しく載ってある本を何冊か図書館から引っ張り出してきた。

 一冊の本を読みながら、ちょくちょく別の本に目を通すというのは中々に時間がかかるもので、夕食の後から今までかかっても半分しか読めていない。

 けれど、時間をかけた甲斐もあって結構面白いことが分かった。

 古戦器(オーパーツ)ってさ、作られた時期によって性能に差があるらしいんだよ。初期に作られた古戦器(オーパーツ)は、なんていうかお試し的な感じで作られたせいで能力とかに偏りがあるらしい。んで、その試作の反省を生かして作られたのが後期のもので、その力は初期のものを遥かに凌ぐらしい。

 後期に作られた古戦器(オーパーツ)にはもう一つ特徴があって、引き起こす現象や形状は別の世界、つまりは俺が前にいた世界の様々な神話や伝承にある武具を参考にされていて、その名前も付けられているらしい。

 これまでそれなりの数の本を読んできたが、どこかの伝承に“飛鳥”という日本刀があるというのは見たことがない。故に、俺の《飛鳥》は初期に作られたものだと思う。

 正直助かった。だってさ、神話とかに出てくる武器と同じ名前の武器を持ってるってるってさ、なんていうか…イタくない?中二的な感じがして恥ずかしいじゃん。

 コンコン。扉が叩かれる。

 ん?誰か来た?こんな夜更けに一体誰が。ここの世界の人たちは基本早寝のはずだけど…。

「どーぞー」

 とりあえず体を起こしてから招き入れる。ドアノブが回され扉がゆっくりと開いていく。その向こうにいたのは…アリス?パジャマ姿のアリスが申し訳なさそうに立っていた。

「何か用か?」

「あ、えっとね…」

「ああ待て。それの前に中に入れ。いつまでも廊下じゃ寒いだろ」

「うん。分かった」

 部屋に入り扉を閉めるとアリスはとことこと歩き、俺の隣へ腰掛けた。少し前は俺と顔を合わせるだけで頭から湯気を噴き出したりして話すこともままならないこともあったが、今では大分元に戻ってきている。

「それで、どうしたんだ?」

「ちょっと眠れなくて」

 眠れない?そういやこいつ、昼間ランとリンと一緒に昼寝してたっけ。昼寝したせいで夜眠れないとか。

「子どもだな」

「怒るよっ」

 いつも通りのやりとり。そしていつも通りに「悪い悪い」と言いつつ頭を撫でてやると、「ふにゃぁ…」と間の抜けた声を漏らす。

「つまり、眠れないから眠くなるまで俺とお話でもしようと」

「うん。扉から明かりが漏れてたからきっと起きてると思って」

 なるほど。周りの人がみんな寝てしまったのか。大体分かった。

 さてどうしよう。このまま読書を継続したいけど、アリスを帰すのもなんだし。かと言って話の種も見つからない。はてさてどうしたもんか………………よし。

「じゃあ城の中でも探検してみようか」

「どうしてそんな考えにたどり着いたの!?」

「だってただ喋ってても眠くなんかなんないだろうし。それに、夜の城ってなんかワクワクしないか?」

「む。言われてみればそんな気がしないでもないかもしれない」

「よく分からんが肯定と受け取った。それじゃ、行くぞ」

 そう言って右手にランプ、左手にアリスの手を掴み、俺は部屋を出た。

 しかし、探検するとはいったものの、城の構造は大体把握しているし、今更何処に行こうかとも思う。どっかに隠し通路とか無いもんかね。ゆったりまったり廊下を歩きながら考える。

 廊下はそれなりに明るい。両脇の壁に等間隔で蝋燭が付けられているからだ。風が吹いているわけでもないのに炎が揺れ、それに応じて影も揺らめく。見ようによっては怖いとも思えるし、幻想的ともいえた。だからどうって訳じゃないけど。

「ねー、どこに行くのー?」

 繋いだ手をぶんぶん振り回しながらアリスが聞いてくる。そうだな…。

「隠し部屋とか地下へ続く階段とかあれば、面白いんだけどなー」

「ん~っと、隠し部屋とかは知らないけど、地下室の場所なら知ってるよ」

「え、マジ?」

「うん。この前ランに教えてもらったんだ。こっちだよ」

 腕を引っ張られるままに進む。

 なるほど。こういうのは大人より子供の方が知ってたりするんだな。暇なときに俺たちと同じように探検ごっことかしてて偶然見つけたんだろう。ありがとうラン、明日会ったら、いの一番にハグしてあげよう。

 階段を下り、たどり着いたのは一階。そこからまた歩き、エントランスからは丁度真逆の位置に来る。そこには確かに、さらに下に行くための階段があった。

「スゲぇ。マジでこんなのあんのかよ。この先に何があるのか知ってる?」

「扉があったよ。鍵がかかってて開けれなかったけど」

 完璧だ。人目につかないところにひっそりとある地下への階段。その先にある鍵のかかった扉。最高じゃないっすか。ヤベぇよ冒険の始まりだよ。

「よし行こう」

「え、でも鍵が…」

「なんとかする。具体的には蹴破る」

「そんなことしたらダメだよっ!怒られるよっ」

 大丈夫だ。ロマンを求めた、って言えばきっとユアンは許してくれる。その代わりリアさんとおばさんからはしこたま怒られるだろうけど。

 わーわー騒ぎながら俺に注意してくるアリスに「蹴破るのは最後の手段だ」と七割本気の言葉を言って宥めると、「最後でもしちゃだめだよ」と言いながらも収まってくれた。

 というかこんなに騒いで誰か起きてきたりしないか一瞬不安を感じながらも、特に気にすることなく階段を下りる。流石にここまでは蝋燭の火も点いていなかったので、一つ一つ点けながら。

 やがてそれらしき扉の前に着く。他のところにある扉よりもやや古めかしく、なんとなく脆そうだ。本当に蹴破るか。

「…………」

 隣のアリスから胡乱気な目で見られたので、この考えはいったん置いておくことにする。

 しかし南京錠か。しかもそれなりのゴツい。当たり前ながら鍵なんかあるわけがないし、ぶっ壊すのも骨が折れそうだ。こんなことなら部屋から《飛鳥》持って来ればよかった。メンドイしもうこうなったら…

「……トモヤ?」

 考えろ。考えるんだ俺。「やったらタダじゃおかないよ?」って露骨に語っている目で見てくるアリスが怖いからって訳じゃないけど、蹴破らないでこの扉を開ける方法を考えろ……!

 はっ!俺の頭の上にピコーンと豆電球が光る。え、古い?ごめんなさい。

 とりあえずランプのカバーを開け、火元を剥き出しにし南京錠を熱する。横でアリスが驚いているが無視。しばらく熱し続け、赤みが全体に行き届いたところで火を放す。ランプを持っていないほうの手を近づけ、熱が伝わってくる辺りで止める。そして、イメージ。この南京錠が凍りつくようにイメージを固める。すると、

 バキィィッ!と音を立てて南京錠に罅が入る。軽くチョップすれば簡単に壊れた。

「わ!わ!すごい!一体どうやったの!」

 興奮したアリスが身を乗り出して聞いてくる。俺も漫画とかで見ておぼろげにしか知らないので、「加熱したものを急激に冷やすとその物体は壊れやすくなるんだよ」と適当に教えた。

「?」

 全く理解できていないようだった。それもそうか。

 過程はどうあれ、扉の鍵を破壊することには成功した。後は後日、どこからか同じような鍵を見繕ってこっそりつけておけば完全犯罪の出来上がりだ。

「それじゃ、失礼しま~す」

 扉を開ける。まあ当然のように真っ暗だったので入り口近くに置いてあった使いかけの蝋燭に着火し、続けて部屋にある他の蝋燭にも火を移していく。

 オレンジ色の灯りで照らされた部屋の中は、一言で言うなら『ごちゃごちゃ』していた。

 子どもが書いたであろう下手くそな絵。根元から折れて柄しか残っていない剣。なぜかある自転車のサドル、etc…。なんかそこら辺にあるものを片っ端から放り込んだようか感じがする。実際そうなのだろう。物置的な役割を持っている部屋だったのか。

「うわー、きたない…」

 ものが乱雑に置かれている棚を指でなぞったアリスが呟く。確かに、白かった指が真っ黒になるほど埃がこびりついている。長年使われていないだけあって、溜まった埃の量も尋常じゃないようだ。

 しかしまあ、見れば見るほどがっかりしてくる。地下室という魅惑の響きに期待していた分、残念な感じが半端ない。これはあれかね、謎は謎のままにしておいた方がいいと神様が言ってるのかね。

「……ん?」

 ふと、幾つも詰まれた木箱の隙間に、きらりと光るものがあった気がした。勘違いじゃないか、どうせ見つけても大した物じゃないんだろうなとも思いつつ、それでも手を伸ばして掴む。

「…わぉ」

「なにそれ、すごーい!キレイ!」

 アリスの言うとおり、それはとてもキレイな腕輪だった。

 金色にキラキラ光って、所々に赤い宝石がはめ込まれているデザイン。細かい修飾がこれを作った人物の技量の高さを表している。ちょっと派手なような気もするが、それを補うほどに美しい。

 てかコレ、マジで金でできてんじゃないの?とすればこの赤い宝石はルビーとか。鑑定なんか出来るわけもないから分からんが、なんかそんな気がする。

「いいなー。ねえ、ちょっと貸して」

「もうちょっと待って。もう少し見ていたい。……お、割れた?」

 弄くっているといきなり半分に割れてしまった。壊したのかと一瞬焦ったが、そんな音はしなかったし、断面が規則的な形をしていることからそういう細工になっていたのだろう。こうやって腕にはめるんだな。

 右手首に合わせ元に戻すようにすると、パチンと音がしてくっつく。おおピッタリだ。

「あー!勝手に付けてる!」

「ごめんごめん。すぐに貸すから」

 軽く謝りつつ腕輪を外そうとする。……あれ?なんだ、外れない?それに今宝石のとこが光ったような――


―― 一瞬、視界が暗転した。気がつくと俺は、ビルの壁面に立っていた。


「………………………、は、ぁ?」

 状況が理解できない。僅かに言葉を搾り出すのがやっとだった。

 いやいや待て待てちょっと待て。とりあえず落ち着くんだ、俺。とりあえずは落ちついときゃ人間どんな状況でもベストな行動が取れるはずだ。よ~しよし落ち着いた。もう大丈夫だ。

 まずは現状確認。第一に、ここはどこだろうか。

 右を見る。遥か遠くにアスファルトの道路が縦に見えた。左を見る。視界の下を這って伸びるビルの壁の先に青空が見える。ぐるりと見渡す。高層ビルが立ち並ぶ都市部、ただし人っ子一人いない。

 うん、違和感しかないね!

 分かった、これは夢だ。というより他に何があると?また別の世界に来ちまったとでも考えればいいのか。そんなのは俺の精神衛生上嫌だ。流石の俺でもそんなに頻繁に世界を移動したら参っちまうよ。その点、これが夢だとすれば、問題は俺の精神構造だけになるので非常に安心できる。

 あ、どっかで見た光景だなって思ってたら、これ黒崎○護の精神世界そのまんまじゃん。なんと、俺は深層心理で黒崎さん家の長男に憧れていたというのか。夢に見るくらいだし。ならばやるべきことは一つ。せーの、

「斬○ッ!」

 ………………………………………………………………………。

 ………………………………………………………………………………………………。

 ………………………………………………世界が死んだ。

「やれやれ、お主は一体何をしておるのじゃ?」

「!?」

 突如背後から掛けられた声に、咄嗟に振り向き……固まった。

 そこにいたのは少女だった。

 年齢は十歳前後だろうか。金色の瞳に長い金髪。白いレースの付いたゴスロリ服を着ている。大分使い回された表現ではあるが、『まるでお人形のよう』という表現がピッタリな少女だった。

 違う、少女の外見などどうでも…いやよくない。可愛いじゃん。めっさ可愛いじゃん。それだけで十分じゃないか。やっほー!美少女サイコー!

「お主、なにやら表情が気持ち悪くなっておるぞ」

 お主、だって!きゃっはー!年寄り口調だ!さすが俺の夢。マニアックなところを突いてきやがる!

 いいよね?コレ夢なんだし、×××とか×××してもいいんだよね!?

「…なにやら悪寒がしたので言っておくが、これは夢ではないぞ」

「まじでか」

「まじじゃ、まじ」

 うっわー、夢じゃないのか。やべぇ、俺さっきかなりキモいこと考えてた。夢の中だから別にいいかって欲望の赴くままに下品なこと考えてた。ちょっと反省。

「反省は後回しだ。とりあえずそこの小さいの、この状況を説明しろ」

 スイッチを切り替えちょっちマジモード。今の俺は普段とは一味違うぜ。

「態度の変わり様が激しすぎて気持ち悪いの。まあよい、話が早いのはいいことじゃ。まず、端的にいえばここはお主の心の中、心象風景というやつじゃの」

「心象風景って…俺の心の中ってどっかの死神代行と同じなのか?」

「それは違う。この風景はお主の中にある心象風景のイメージを借りたものじゃ。おぬしの本当の心象風景は…これじゃ」

 少女がパチンと指を鳴らすと、世界ががらりとその姿を変える。

 今度の風景は海辺。足元には砂浜、目の前には広大な海。後ろを向くと鬱蒼と生い茂る森林。空は青空のくせに太陽はなく、代わりにデッカイ満月が浮かんでいる。

「なんか、案外普通だな。もっとへんてこりんな場所かと思ってた」

「確かに、空の月を除いて別段おかしな所は見当たらないの」

「きっと俺の心がキレイってことだな。この広い海は俺の度量の大きさを表しているに違いない」

「…いや、この海はどうやら他のものを表しているようじゃぞ」

「なに?」

「お主の、欲望の量じゃな」

「…………」

 落ち込んだ。なんか生きているのが申し訳なくなってきた。本気ですいませんでした。

「うむ、追い討ちを掛けるようで悪いが、ワシの経験上まともな人間であればあるほど、その心象世界は珍妙なものになっているものじゃ」

「……その心は?」

「つまりお主の精神は普通ではない、ようは異常じゃ」

 トドメを刺された。やばい、マジ泣きしそう…。

「まあいいんだけどね」

「その立ち直りの早さが、すでにおかしいの」

 気にしなーい。目の前のロリっ子がなんか呟いてるけど気にしなーい。

「そうそう、色々あって忘れてたけど、お前は何者なんだ?タイミング的にあの腕輪の妖精さんか?」

「今更そこを気にするのか…。妖精かどうかという質問には、当たらずとも遠からずと答えよう」

「………」

 真っ直ぐに少女の目を見る。嘘は言ってないみたいだな。

 はぁ、とため息を吐く。この状況に、そしてこんな突然の出来事になれ始めた自分に、どうしたらいいのか分からない。

 何でこんなことになっているのか、俺はここから出ることができるのか。手がかりは目の前にいるこの少女が握っている。

「単刀直入に聞く。俺はこの世界から出ることができるのか?」

「ほほぅ。これはまた随分せっかちじゃのう。そういうのは嫌いじゃないぞ」

「いいから、質問に答えろ」

「出るも何も、ここはお主の心の中。出入りはお主の自由のはずじゃ」

「それが本当なら俺はとっくにここからいなくなってるんだよ」

「まぁ、今はワシがお主をここに留めておるからの」

「さっさと帰せ」

「そう急くでない。…ちょっと付き合え」

 それだけ言うと、少女は体の向きを変え森の中へ入っていく。得体の知れないやつの言うとおりにするのは嫌だったが、他にどうしようもない。しばらく悩んで、俺はその背中を追った。

 それなりの時間は経っていたが、身長の差もあってか、あっさりと追いつくことができた。

「さて、お主の疑問に答えよう」

 歩きながら少女は言う。

「お主がつけたその腕輪。あれは古戦器(オーパーツ)じゃ」

「名前は?古戦器(オーパーツ)なら、名前があるはずだ」

「…名なぞ無い。ひっそりと作られ、人目に晒されることの無かった小物じゃからの」

 ふーん。名前が無い…か。そういうのってどんな気持ちなんだろう。物心ついた時から名前があった俺にはさっぱりわかんないや。

「この腕輪の能力は至って単純。腕輪をつけた者の願いを叶える、といったものじゃ。一回だけじゃがの」

「願いを?」

「そうじゃ。例え世界を征服したいと言っても構わんのじゃぞ?一応は古戦器(オーパーツ)の端くれ。一騎当千の力を与えることも可能じゃ」

「別に世界に興味なんてないし」

 しかし…願いか…。

 そっと隣の少女を見る。

 歩くだけでしゃらしゃらと靡く金の髪。ややツリ目がちだが大きな瞳。ふっくらとした丸い頬。艶やかな赤い唇。フリフリの服のせいでよく分からないが、体型はやはり年相応に未発達なのだろう。

 ………………………………………………………ごくり。

「……言うておくが、ワシに対しての疚しい願いは叶えんぞ?」

「な、何を言ってるのやら?俺がそんな事を考える訳がないじゃないか」

「そうか……」

 疑うような目で見られる。本当に違うんだ。まだ具体的なことは何も考えてない……言い訳にもならないか。

 どれ、ここらで真面目に願い事でも考えてみるか。

 消去法でいくと、まず世界、金、名声、女とかはいらないな。こういうのは自分の手で手に入れてこそ価値があるんだ。飯にだって困ってない。更なる力が欲しいなんて俺のキャラじゃない。

 じゃあ後一体何がある?いくつか思い浮かぶけどどれも下らないものばっかだし。こんな機会滅多にないんだから有効に使わないと。

 やっぱあれだよな、普通なら叶うはずのない願いとかだよな。なんか…なんかないか?

 なんか出せ……搾り出せ……脳みそから捻り出せ俺…

「……………あ」

 あったわ、一つ。普通なら絶対に叶わないけど、割と本気の願い事。

「願いが決まったのか?」

「おう。決まった決まった。これしか無いって程の願いだ」

「ほう。どんなものじゃ?富か?女か?」

「その事に関してはすでに自分の中で終わってる。そんなんじゃない」

「では一体何が欲しいのじゃ?世界がいらない、金がいらない、女がいらない。これ以外に何を望むと?」

「翼」

「………は?」

「翼、翼が欲しい。あの大空に羽ばたけるような翼を」

「…頭は大丈夫か?」

「俺の精神構造についてはさっきお前が言ってただろ」

「…ワシの頭が痛くなってきたわ」

 ぐりぐりとこめかみをほぐすように揉む少女。何だよ、俺は結構真面目に考えて答えたんぞ。そりゃ確かにちょっとおかしいとは俺も思うけどさ。

 しばらくぐりぐりと指を動かし、やがて少女は疲れたように口を動かした。

「一応、理由を聞いておこうか」

「いやさ、俺この間、なんやかんやあって空高くから地上に向かって落下したんだよね。幸い無傷で済んだんだけどさ」

「無傷で済むのならいらないじゃろうに」

「いやいや。そん時助かったのは、不思議な湖のお陰なんだって。流石にもうスカイダイビングすることは無いと思うけど、備えあれば憂いなし、みたいな。以上、説明終わり」

「……ふぅ」

 説明を聞き終わると、少女は表情を一変させた。冷たく、全てを拒絶するような。その表情はもとの顔立ちと相まって、彼女に芸術品のような美しさを持たせていた。

 美しすぎて、触れること、近づくことすら憚れる様な、そんな雰囲気に、俺は何も言えなかった。言うことが出来なかった。

「先ほど、願いを叶えると言ったな。あれは嘘じゃ」

「…嘘?」

 かろうじて、少女の言葉に反応する。ここまで緊張したのはいつ以来だろうか。出来ることなら今すぐ逃げ出したいが、少女の言い知れぬ気迫にそれすら叶わない。

「嘘というよりも餌と言った方が正しいかもしれぬ。ワシの問いに、醜い欲望を曝け出して答えたらアウト。疑って適当な願いを言ってもアウトなのじゃ」

「仮にそう言ったとしたら?」

「死ぬ」

 あっさりと告げられた答えに一瞬怯む。マズい。答えた。答えてしまった。彼女の問いに。

 俺の答えは、一体どっちだった…?

「そう固まるな。本来なら、願いを言った時点で自動で命を奪う筈じゃ。そうならないということは、お主の願いはどちらでもなかったという事じゃ」

「…どういうことだよ」

「そう答えを急ぐな。…着いたの」

「………ッ!?」

 気がつくと目の前に建物があった。それなりにデカイ建物。その扉の前に俺たちは立っていた。少女との会話に集中しすぎて気付かなかった。

「ほれ、入るぞ」

「…ふざけんな、こんな訳の分からない所に入れるかよ」

「安心せい。この空間にあるものは、ワシを除き全てお主の中のものじゃ」

 言うだけ言うと少女はまた勝手に進んで、建物の中に入っていく。またしばらく悩んだが、やはりどうしようもないので、俺も扉を開けて入った。

 建物の中は、分かりやすく言うと図書館だった。大量の本棚がいくつも立ち並び、そいこにギッシリと本が詰め込まれている。二階もあったが、どういう訳かそこの本棚は空っぽだった。

 俺はその光景に戸惑いながらも少女を探す。……いた。少女は本棚から一冊の本を抜き取り、ペラペラと捲っていた。

「おい、ここは一体なんなんだ?少なくとも俺はこんな場所知らんぞ」

 離しかけた俺をちらりと横目で見、少女は読んでいた本を閉じると元の場所に戻した。

「ここはお主の記憶じゃ」

「記憶?」

「そう。お主が忘れている記憶から思い出したくも無い記憶まで。あらゆるお主の記憶がここにはある。この本の言葉を引用するなら『意味記憶』と『エピソード記憶』が本となっているということじゃな」

 いや別に俺に思い出したくない記憶なんて無いと思うけど。忘れてる記憶は大量にあるだろうけどな。

 ていうかちょっと待って。その単語が出るってことは、さっきお前が読んでた本って……やっぱり『とある○術の禁書目録』の一巻ですか。

「うわこれ中身まで完璧じゃん。俺ここまで記憶力は良くなかったと思うけど」

「そんなことは関係ないんじゃよ。一度見たり聞いたりしたものは必ず脳裏に焼きつく。ようはそれを思い出せるかどうかなのじゃよ」

 なるほど。よく分からないが分かった。

「それにしてもその歳にしては中々に記憶が多い。特に意味記憶じゃ。たくさんの知識があるのはいいことじゃ。じゃが……ああいうのはどうかと思うぞ」

 少女が珍しくも、いや出会ったのはちょっと前なのだがそんなのはどうでもいい。とにかく少女がやや頬を赤くしながらどこかを指差す。そんな顔をすることを意外に思いながらその方向を見ると、

「ぶっ!!」

 な、なんかピンク色の暖簾があって、大きく「18禁」と書かれていて、他のところとは仕切りで分けられていた。

「い、いや、分かるぞ。お主も年頃の男じゃし、ああゆうのに興味が尽きぬのも分かる。しかし…あそこまで記憶の量が多いのは…」

 た、確かに仕切られている面積はかなり大きいけどさ、きっとあれだよ、二階と同じで中身はすっかすかなんだよきっと。そう…信じたい。身に覚えが無いとは言い切れないからちょっと困るけど。

「そういえばお主、先ほどから何度かワシの事をいかがわしい目で見ていたの。こんな貧相な体をそんな風に見れるとは、お主…」

「あ、あー!あれはなんだー!」

 汚物を見るような目で見られかけたので、咄嗟にあらぬ方向を指差す。誤魔化し方が小学生以下のような気もするが贅沢は言っていられない。たとえ何も無くたって、そこから話題を広げてこの場であった事をなかったことにするんだ!

 そう思ったのだが、

「……おぅ?」

 マジで気になるものを見つけてしまった。

 それは鳥かご。銀色の鳥かごが天井からぶら下げられている。中には鳥が一羽おり、鳴きもせずただこちらをじっと見つめていた。あの鳥…多分燕だな。

「なんだアレ…?」

「何って…お主は何を言っておるのじゃ?」

 驚いたような声に思わず「は?」と間の抜けた声を漏らすと、少女はわずかに目を見開くと、早足で鳥かごの方へと進みながら「さっきの話の続きじゃ」と言ってくる。

「お主がワシに言った『翼が欲しい』という願いは、欲に満ちたものでなければその場しのぎで言った虚言でもない。つまり、真剣に考えた心からの純粋な願いだということじゃ」

「それがどうしたよ」

「ワシはそんな答えを、長い時間待ち続けた」

 鳥かごの中に手を入れながら少女は語彙を強める。燕はそんな少女に驚きもせず、伸ばされた指先を優しく噛んだ。

「過去にも、何度かこの腕輪を付けた者がいた。だがその全てが、その願いとともに散っていったのじゃ」

「なんでそいつらは死んだんだよ」

「相応しくなかったからじゃよ。お主、古戦器(オーパーツ)を発動させるには何が必要か知っているか?」

「知らん」

「真っ直ぐな想いじゃ。正しいとか間違っているとか、善とか悪とか、そんな下らんことは関係ない。純粋で真っ直ぐな想いを持つ者だけが、古戦器(オーパーツ)の能力を扱うことが出来る」

「………」

 その言葉で、理解できることがあった。

 過去に二回、俺は《飛鳥》を発動できたことがあった。まあ一回目は微妙だったけど、それはさておき。確かに二回とも、その時は俺の心に強い思いがあった気がする。一回目は怒り。二回目は守りたいという想い。どっちもガラじゃないな。

「分かるだろう。欲望に満ちた人間や脅えて嘘をつくような人間に、そんな想いが抱けるはずが無い」

「そりゃそうだな」

「だがお前は違う。条件を満たしている。故に、ワシはおぬしの願いを叶えたいのじゃが…」

 そこで少女は鳥かごに目を向け、

「今回のお主の願いは、ワシが叶えるまでも無いようじゃ」

「…どゆこと?」

「お主は尋ねてばかりじゃの。まあよい、千年以上待ちに待ったワシを扱えるものじゃし、多少の無能さは目を瞑ろう」

 無能って何だこら。知らないことは悪いことじゃないだろう。

「逆に言えば千年以上待ったのじゃ、一度くらい譲っても構わん。ワシは今回多少のサポートをするだけじゃ」

「さっきからお前は何を言ってるんだ。説明しろ」

 いい加減痺れを切らしたので多少強い口調で言うと、少女はやれやれといった風に肩を竦めた。なんか腹立つな。

「簡単に言えば、お主にはとうに翼がある。ただそれを引き出せないだけなのじゃ」

「…どうやって引き出せばいい」

「こやつをここから出してやればよい」

 ぺしぺしと少女は鳥かごを叩く。 こやつって、その鳥? ならさっさとかごを開けて…あれ? 開けれない。というより開けるところが見つからない。

「そんな簡単なことではないに決まっているだろう。名を呼べ。そうすればこやつはそこから出られる」

「名前? そんなの分かる訳がないだろ」

「いいや、お主はこやつの名を知っておる。それを導く程度の脳みそはあるはずじゃ。考えろ」

 少女は言うだけ言って後は口をつぐむ。随分と投げやりだな。

 さて、この子のお名前を当てろってか。難しいな。今までの人生で、少なくとも俺が覚えている限りでは、俺は燕に名前をつけたことはない筈だし、周りの誰かが飼っていたという記憶もない。そんな単純なことではないんだろうけど。

 ぶっちゃけると、一つだけ心当たりがある。かなり条件は満たしているし、ぴったりだと思うけど、いいのかな。チャンスは一度だけとかじゃないといいんだけど。

「……飛鳥?」

 ぽそりと呟く。すると鳥かごがわずかに発光したと思うと、次の瞬間には跡形もなく消えており、燕は素早く羽を広げ、建物の屋根の辺りを飛びまわっている。

「意外に早かったの。ワシが思っていたより脳みそは詰まっているようじゃ」

「どんなもんだい」

 無駄に胸を張って威張ると、少女に可哀想な目で見られた。

「飛ぶ鳥と書いて飛鳥。故にあやつは、ああやって飛んでいるのが正しい姿なのじゃよ」

 元気に飛び回る燕、いや飛鳥を見て、どことなく羨ましそうな声で呟く少女。そしてすっと手を上げると、そこに急降下してきた飛鳥がとまった。

「名とはその者の存在と概念を表しているといっても過言ではない。よってこやつの概念は飛ぶ、ということじゃ。その概念をワシの力でお主と繋げる」

「あー、悪いが日本語で頼む」

「ようはお主は飛べるようになるということじゃ。説明するより実際にやってみた方が手っ取り早いの。いくぞ、3、2、1」

 カウントしながら、少女が飛鳥を両手で包み込む。いや、ちょっと待、

「0」

 小さな声が耳に届くと同時に、背中に妙な感触があった。振り向きたい。でも振り向きたくもない。一瞬考え、結局振り向くことにした。

「……うっそぉ」

 青かった。隣の芝生が、じゃなくて、翼が青かった。修飾語をつけるなら、俺の背中から生えている翼が青かった。

「あれ。おかしいのぅ。真っ白な翼にしてやろうと思ったのじゃが」

 やめろ。真っ白い翼とか、天使みたいで恥ずかしいわ。つか確信犯か。

「これで、飛べるのか?」

「飛べるぞ。ここでは無理じゃがの。目覚めたら試してみるがよい。念じれば翼は出てくるからの」

「分かった」

 話を聞きながら色々してみて気付いたんだけどさ、この翼、直に背中から生えてるわけじゃないんだな。微妙に間があって、そこからばさっと現れてる。あと羽根が抜けました。ちょっとひんやりしてます。

 短い説明を終えると、少女はこちらに向き直り真面目な顔になる。その顔を見て俺も姿勢を正す。

「…古戦器(オーパーツ)には名前がある。そして、中にはワシらのように意思を持ったものがおる。苦しいが、一つの生き物と言えなくもない」

 いつの間にか場所を少女の頭の上に移していた飛鳥も、じっと俺を見つめている。

「だから頼む。ワシらの事を、せめて『道具』とは見ないでくれないか…?」

 少しだけ悲しさが混じった、その縋るような視線に、俺はふっと微笑んだ。

「一つだけ、いいか」

「…なんじゃ?」

「確かにお前らには意思がある。そして飛鳥には名前がある。でもな、俺はお前の名前を知らないんだ」

「だから、それは…」

「名前がないんだろ?でも、そんなの簡単な話だ。名前がないなら考えて付ければいい。というか、もう考えたから、勝手につけるぞ」

 俺は少女の前にそっと跪き、ぽんと頭に手を置く。

「今日からお前の名前は、ツキだ」

「ツキ……、月?」

「そうだ。この世界に来て、空の月見た瞬間に思ったんだ。お前の髪と目と同じ色だって。だから、ツキ」

「………………ぷっ、ははは、ははははははははははは!」

 うお、何かいきなり笑い出しやがった。なんだよ、ネーミングセンス悪いか? 別のがいいかな?

「…流石に、単純すぎるのではないか?」

 ひとしきり笑うと、笑いすぎて出てきた涙を拭いながらツキが聞いてくる。

「いいんだよ、名前なんかシンプルで。飛鳥だって飛ぶ鳥とかそのまんまじゃ――痛たたたたっ!?やめろ飛鳥!つつくなゴメンって!」

 俺の言葉が気に障ったらしく、飛鳥はツキの上から嘴でつついてくる。謝ったら止めてくれた。名前のこと、気にしてるんですね。

「とにかく。…嫌か?ツキって名前」

「…いいや、嫌ではない。むしろ気に入ったぞ。よし、今日からワシは『ツキ』じゃ」

 そう言って無邪気に微笑むツキは、もとが出来過ぎているだけあって、物凄く可愛かった。

 その笑顔を作ったのが俺だと思うと、なんだか無性に嬉しくなり、思わず小さく微笑んだ。

「あっ…」

 ん?なんだ?俺の顔を見た途端、ツキの顔が急に赤くなりだしたぞ。なんかそのまま俺から顔を背けるし。

 まさかこれは…!

 ……俺の笑顔、そんなにキモかったですかね?

 ですよねー。キャラ的に合わないもん。小さく微笑むとか、もっとカッコいい人がやったら様になるんだろうけど、俺がやってもそんな風にならないだろうし。ウケ狙い程度にしかならないよね。

「と、とにかくじゃ! いい加減目覚めんと外が朝になってしまうぞ!」

 妙に慌てた感じのツキが言う。え、ちょっと待って。ここの時間と外の時間って連動してんの? てっきり、ここでどんなに経っても向こうに戻れば一瞬だった、的なもんだとばかり。 やべー、結構時間経ってるよ。きっとアリス滅茶苦茶心配してるよ。

「分かった。それじゃあ俺戻るわ」

「うむ。では」

 ツキが俺に向かって手をかざすと、俺の体が光の粒になって少しずつ消えていく。完全に消えるまでもうちょいあるな。

「また、ここに来れる?」

「当たり前じゃ。ここは元々お主の世界じゃ。おぬしが自由に来れないでどうする」

「そりゃそうか。んじゃ、また来るよ」

「…その時は、空を飛んだ感想でも聞かせてくれ」

「ああ。ここから出たら、すぐに飛んでやる」

 そうこう話しているうちに、俺の体も大分小さくなってきた。

「そろそろだな」

「分かっておるわ、そんなこと。あー、それでじゃな…こほん」

「?」

 しきりにそわそわしたと思ったら、咳払いを一つ。そして、

「――(あるじ)よ。ワシらはいつでも主の中におるからな」

「あ、―――――、」

 その言葉に何返す前に、俺の口は消えてしまう。最後に見えたのは、照れくさそうに微笑むツキの顔だった。



「――モヤ!トモヤ!」

「…ん、ぁ…」

「トモヤ!?」

 目を覚ますと、目の前に泣きっ面のアリスがいた。どうやらずっと俺を心配して呼びかけていてくれたらしい。嬉しさと申し訳なさがない交ぜになった気持ちになる。

「あ、動いちゃダメだよ!いきなり倒れたんだからおとなしくしてないと!」

「いや、もう大丈夫だから。心配すんな」

 アリスの狼狽っぷりから察するに、精神世界に行っている間の俺の体は傍から見てよほど危険らしい。これは行く時は夜眠るときだな。下手に昼間に行くととんでもない事になりかねん。

「……ホントに?ホントにもう大丈夫なの?」

 心配そうな声で聞き返してくるアリスの顔は涙でぬれていて、軽い罪悪感を覚えたが、それ以上に涙目で見上げてくるアリスを可愛いと思う俺はダメだと思う。

 まだ多少ぐずっているアリスを落ち着けるため頭を撫でながら、こんなに俺のことを心配してくれたアリスに何かしてあげたいと考える。

 あ、丁度良いのがあるじゃん。

「大丈夫だって。心配してくれてありがとな。そのお礼といっちゃなんだけどさ、」

「うん?」

「――俺と一緒に、楽しいことしようぜ」

「ぶっ!」

 うおっ!いきなり噴き出しやがった。一体どうしたんだ。俺は一緒に空を飛ぼう、って意味で言ったのに。あ、他の人たちには分からないか。

「た、楽しいことって!その、それ、もしかして…い、今夜だし!それでその、私全然詳しくないから!だから!」

 なんだなんだ、アリスのテンパり具合が尋常じゃねぇぞ。顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振り回しながら意味の分からないことを口走っている。

 しばらく経っても収まらないので、俺自身限界なせいもあり、俺はアリスを強引に抱き上げた。お姫様だっこで。

「ひゃっ!?ト、トモヤ!?」

 相変わらずテンパった口調で話すアリスを軽く無視して、俺は部屋から飛び出した。蝋燭の灯りは凍らせて消しました。

 夜の城の廊下を全力で駆け抜ける。久しぶりの全力疾走で軽く息が乱れたが、それでも目的の俺の部屋に到着する。そのままの勢いで窓を開けバルコニーに出る。

 冷たい夜風が頬を撫でるのを感じながら、俺は目を閉じる。

「トモヤ?」

 アリスの不思議そうな声。どうやら落ち着いたらしい。そう考えながら、俺は念じる。出ろ、と。

「…うわぁ…!」

 アリスの感嘆の声。そして背中に感じるこの感触。本当に翼が出たらしい。

 これで、飛べる。飛べないかもしれないとは思わなかった。だって俺は、飛鳥とツキを信じているから。

「アリス、飛ぶぞっ!」

「え、ちょっと待ってってきゃああああああ!」

 返事を待たず手すりに足をかけ、一気に飛び出す。一瞬の浮遊感の後、ふわりと引っ張られるような感覚がしたと思うと、落下が止まる。つまりは宙に浮いている。

 やった。空を飛べた。嬉しすぎて声が出ない。ライト兄弟も空を飛べたときはこんな気持ちだったんだろうか。

 とそこで、腕の中で目を硬く瞑りながらぷるぷると震えているアリスに気がつく。

「大丈夫だよアリス。怖くないから目を開けてごらん」

 努めて優しい声をかけると、アリスは少しだけ目を開き、続けてかっと目を見開いた。

「嘘…なんで…どうして飛んでるの?それにトモヤ、その羽…」

「細かいことは気にすんなって。それより、今は夜空の散歩を楽しもうぜ」

「絶対にそれは細かいことじゃないと思うけど…うん!」

 笑顔になるアリス。それを見て俺も笑顔になる。笑いあいながら、空を飛ぶ。上昇も下降も俺の思い通り。宙返りだってムーンサルトだってお手の物さ!

「楽しいな!」

「楽しいね!」

 笑いあった。



 滑らかにバルコニーに着地するとともに翼を消す。出来るだけ静かに窓を開け部屋に入り、ベッドにアリスを寝かせる。別にやましい事をしようって訳じゃない。飛んでるうちに気付いたらアリスが寝てしまっていたのだ。もともと眠れないから俺のところに来たんだし。

「くぅ…すぅ…」

 おうおう、よく眠っておるわ。寝顔を見るとつい悪戯をしたくなってしまうどうしようもない俺は、とりあえず頬をつついた。

「んにゅ…うぅ…」

 おお、ぷにぷに。柔らかい。摘まんで伸ばしてみる。よく伸びるな。

「んむぅ…にゃ」

 ぺし。眠ったままのはずなのに的確に俺の手を叩いてくる。しかし、一度やられただけで諦める俺ではない。次はここだ。えい。

「…あぅ……んっ」

 くにくにとアリスの獣耳を弄くる。すげえ、ふわふわしてて触ってると楽しい。他にも爪で軽く引っかいたり色々してみよ。

「むにゅ…あ……にゃふふふ」

 あらあら、幸せそうな顔しちゃって。一体どんな夢を見てるのかしら。あまりいじり過ぎて、起こしちゃうのも可哀想だし、そろそろ止めとくか。

 嬉しそうに寝ながら笑うアリスにシーツをちゃんと掛けてあげて、俺はソファに寝転がる。今日の俺の寝床はここだ。

 あ、そうだ。寝る前に。

 右手に付いた金色の腕輪を根の前に持ってきて、

「ありがとうな、飛鳥、ツキ。お陰ですっごく楽しかった」

 お礼を言った。こういうのはきちんとしておきたいよな。

『うむ。どういたしましてじゃ』

 あ、そのままでも喋れたんですね。



………かゆ……うま…

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