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第38話 吃驚し過ぎて死んだときって死因なんて書かれるんだろ

ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ

グヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ

クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ












……すみません…




 病院がつぶれたのはここ数年のことらしいので内装はまだ綺麗かと思っていたが、そうでもなかった。

 あちこちに投げ捨てられたスナック菓子の袋。タバコの吸い殻が詰め込まれた発泡酒の空き缶。壁にはスプレーでカラフルに絵が描かれている(何気に上手い)。

 これはあれだな。きっと悪ぶっているお兄さん方が溜まり場として使っていたりするのだろう。しかしその人たちはここで何をしていたのか。待合室に並べられていたと思われる椅子は一つ残らず壊れている。窓ガラスだって割られていないものの方が少ない。患者を運ぶためであろうストレッチャーがここまで運ばれてきていて、尚且つ破壊されている。もう何がしたかったのか皆目見当も付かない。

 建物の中はほぼ真っ暗。今見た光景も懐中電灯で照らせる範囲でのものなので、実際はもっと酷かったりするのかもしれない。

 とりあえず、足元には気をつけよう。なんか変なものが落ちてたりしないか不安だし。

 見取り図を確認…って、思いっきりペンで『順路』って書いてるぞ。しかも油性だし。いいのかコレ。

 ルートは色々巡って四階の院長室にある名簿に名前を書いて戻ってくるのか。詳しい説明まで壁に書いてるけどマジでいいんすかこれ。

 まあいい。とりあえずさっさとクリアしちまおうぜ、と振り返って楓に言おうと――?

 ん?あれ、気のせいかな。いやいや、でもちゃんと感覚はあるから間違いでも錯覚でもないんだろう。でもやっぱり……何で?

「あのぉ………楓さん?」

「……なに、文句でもあるの?」

 いや別に文句って程でもないけど、ただ純粋に疑問に思っただけであってですね。

 ……なにゆえシャツの端っこを摘まんでいらっしゃるんですか、アナタは?

 原因は分からんでもないんだけど、なんか認め辛い。理由は若干猫背気味になって俯き加減になりながら見上げてくる楓の目だ。軽く潤んでるくせに睨んでいるように見える。まるで自分より年上のいじめっ子に挑む少年みたいな目をしている。

 その視線にやや居た堪れなくなったので目を逸らし、

「まぁ…暗いし危ないからな。安全対策としてはいいんじゃないか?」

「……いまいち意味が分からないんだけど、言いたいことがあるならハッキリいいなさい。余計に腹立つから」

「…このチキンが」

「殺すわよ」

 ひぃっ!視線が射殺さんばかりの鋭さを持ったものに変わった!なんだよぅ、ハッキリ言えっていったのはそっちじゃんかよ。

「…もういいわ。ほら、さっさと行きましょ」

 そう言いながらぐいぐいと俺の背中を押す楓。いつも通りに見えるが背中を押す手がやや震えているのがなんとなく分かる。ホントに怖いんだろうというのが分かった。

「……ほら」

 軽く振り返って左手を差し出す。

「掴むんだったらこっちの方がいいだろ。それで怖いってんなら引き返してもいいぞ」

「べ、別に。このくらい平気よ」

 強気な発言をしつつもしっかりと手を握ってくる楓に苦笑しつつ、俺はその小さな手を引いて歩き出した。

 …いやぁ、まさか楓が怖がりだったとは思わなかったな。しかもこんなにプルプル震えちゃって。ぷぷっ。肝試しが終わったらこれをネタに思いっきりからかって――

「ふんっ!」

「おぎゅっ!?」

 肘が肝臓(レバー)に突き刺さった………ぐはっ。


                  ◆                    ◇

 


「…なんだろう、ちょっとイラッとした」

「奇遇ね、鈴ちゃん。私もよ」

 丁度智哉と楓がをつないだ頃、廃病院の外で鈴と柚葉がぼそりと呟いた。なんという勘の良さ。

「む。恋する女センサーが発動したということは、中で智哉と楓がなにかしらしたということだな。よし、そのまま上手いこといっちまえ!」

 なにやら初耳の名称を当然のように口にする弾。すでに彼の半径五メートルに女性はいない。実はメスだったりする犬のポマですら近づいていない。むしろ警戒して唸っている。

 と、そんな中、ふと鈴が声を上げる。

「あれ、弾さん? 吊り橋効果って、怖いと思う気持ちを恋心と勘違いしちゃうことを言うんだよね?」

「まあざっくりと言えばそうだな」

 そう返された鈴は少し何かを考えると、徐に呟く。

「なら、この作戦は上手くいかないね」

「!? ど、どういうことだ、鈴ちゃん!?」

「うん。楓さんはともかくとして、お兄ちゃんは吊り橋効果にはならないと思う。お兄ちゃんはバカで、鈍感で、唐変木で、Hで、節操なしで、優しくて、かっこよくて、いざという時頼りになって、夜な夜なえっちぃゲームをこっそりやってるような人だけど、一つだけ取り柄があるの」

 なんか途中で軽く惚気られたような気がするが、話を聞いている人たちはそこは気にせず鈴の言葉を聞き続ける。というか毎晩エロいゲームやってるのバレてますよお兄さん。

「それはね……お兄ちゃん、怖がらないの」

『…………………………へ?』

 話を聞いていた全員がぽかーんとする。しばらくきょとんとするが、早めに復活した何人かが「どゆこと?」と聞いてくるので鈴は続ける。

「去年の夏休みくらいにね、お父さんが夏だからって理由でT○UTAYAから大量のホラー作品を借りてきたの。それを家族全員で連続で観ることになって、雰囲気を出すために部屋も暗くして冷房の温度も低くして。ほとんど一日中ぶっ続けで観たの」

 怖いのが苦手な何人かは想像しただけで「うっ……」と顔を歪ませる。怖いならなんで肝試しに来たんだ。

「借りてきたのは外国のスプラッタ系から日本の怪談系までいろいろあってね、普通ならどれか怖がるよね。実際私とお母さんなんか震えちゃってさ」

 でも…、鈴は続ける。

「お兄ちゃん、どれを見ても何の反応もしないの。画面の中で殺人鬼のチェーンソーが女の人のお腹を裂いて■■■■■が千切れて■■■■■が飛び出して■■■■■になっても、鏡から出てきた幽霊が何人も■■■■■にしても、顔色一つ変えなかったんだ」

『……………』

 話を聞いていた全員が押し黙る。尚、沈黙した理由は智哉が云々ではなく鈴の言った内容があまりにもアレだったためである。

 もう一つ付け加えるならその時、篁家父はグロシーンを見て爆笑していた。意味が分からな過ぎる。

 ともあれ。話が終わったのが分かった弾は今聞いた話を改めて頭の中で思い返し、

「つまりは、楓はともかく智哉は肝試し程度じゃ怖がらない、と」

「うん」

「これでもし楓が怖がりだったりしたら、今回のことでさらに好感度は上がることになるかも、と」

「…うん」

「そして、智哉はやっぱりいつもどおりでそれに気付かなくて、そのせいで楓のアピールは空回りして、俺らはその光景に軽く同情しつつもそれ以上に怨嗟を募らせることになる、と」

「……へぇ、そんなことになってるんだ…」

 背後に黒いオーラを出現させる鈴。その足元で四つんばいになって激しく落ち込んでいる男性陣。そのそばで、

「うぅ…どうしてそんなに鈍感なの、トモちゃん…小さい頃から私や鈴ちゃんがあんなにアタックしてきたのに気付いてくれないなんて…」

「…それが原因なのでは?」

「え?」

「小さい頃からアタックされ続けたせいで、女性とはそういうものだと思い込んでしまったのでは?」

「………」

「………」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 柚葉と修也が会話しているその近くで、

「わぅ」

 犬のポマが、あきれた様に小さく鳴いた。


                  ◆                    ◇

 


「―――はっ!」

「ふぇっ!? な、なに!?どうしたの?」

「いや…なんか今、俺のトップシークレットがあっさりぶっちゃけられて、その上軽く流されたような気がする…」

「どうでもいいわよそんなのっ!」

 顔を真っ赤にした楓に怒鳴られる。いやいやマジで。何か一度自分という人間を見つめ直さなきゃいけないような気になったんだって。どうでもいいけど。

 何はともあれさっさとこれを終わらせなきゃいけない気がする。今いるのが二階の廊下で目的地の院長室が四階。さくっと進むとしますか。

「んじゃ、行くぞ」

「わ、分かっ――ひっ!?」

 おずおずと楓が一歩踏み出した瞬間、その頭上を作り物の生首が通り過ぎていく。なんてタイミングだ。

 こんな風にあいつらが仕掛けたであろう仕掛けが発動するたびに楓はかなりビビる。怖がりってのは本当らしい。

 それはいいんだけどさ。

 できれば…その…驚くたびに腕に抱きつくのは、止めていただきたいんですが。…くそぅ、楓のくせに柔らかいじゃねぇかよ。

 ああ、そういや前にもこんなことあったっけな。いつだったか親父が大量のホラー映画を借りてきた時、怖い場面になるたびに隣に座ってた鈴がしがみついてきて、鈴のくせにやわらかくて、動揺を顔に出さないようにするのに必死だったな。おかげで映画全然楽しめなかったけど。

 しかし…鈴も楓も胸ないなー。いやあるにはあるんだけど柚葉と比べると無いに等しいし。目測だと六倍はあるし。本当に神様は不公平だと思いました、まる。

 そんなことを考えながらサクサク進む。時折襲ってくるトラップはほとんどが意表をついて驚かせるものばかりなので、どっしり構えていればたいした事はない。むしろ、その一つ一つに律儀にびくついて、その度に抱きついてくる楓の方が気になる。めちゃくちゃ心臓バクバクいってるよ。気付かれないといいけど。

 四階へと向かう階段へと差し掛かる。ここの階段はどこも塗装だかリノリウムだかがはげてて真っ黒いのがむき出しになっていて、転んだりしたら危ない。というのに楓は俺の腕をぎゅっと抱きしめて軽く及び腰になって歩いていてかなり危ないと思う。俺の理性的な意味も含め。

 大体さ、俺の周りの女の子は無防備すぎると思うんだよ。風呂上りの鈴なんてシャツとパンツだけでうろちょろするし、柚葉はなんでいつもあんな小さめのシャツを着るんだよ。そしてなんでいつも腕を組んできやがるんだ。

 今の楓だってそうだっつの。いくら小さいからって全く無いって訳じゃないんだぞ?なのにこんなに抱きつきやがって、そこら辺の男なら襲い掛かってもおかしくないんだぞ?

 俺なら大丈夫だ。小さい頃から鈴や柚葉でそういうのには耐性ができてるし、女の子とそういうことをするのは双方の合意の上でしかありえない、って思ってるからな。コレ絶対。

 一つの扉の前で立ち止まる。扉の上には『院長室』と書かれたプレートが設置されている。目的地に到着したらしい。扉を開ける。

 真っ赤だった。

「きゃあ!!」

 楓が飛び上がって俺に抱きつく。うん、気持ちは分かるよ。だって部屋中に真っ赤な液体がぶちまけられてるもん。流石にこれは俺でもビビった。

 え?じゃあ何で声を上げないかって?そりゃ、俺が声を出すより早く、楓が抱き着いてきたからだよ。腕に、とかじゃなく完全に体に手を回して。ムニュってしたりいい匂いがしたりして恐怖心なんてどっか吹っ飛んでいっちまったよ。

「ほら落ち着けって。よく見ろ、これペンキだぞ。臭いもするし」

 ぷるぷると震えている楓にできるだけ優しく話しかける。というか早く離れてくれ。早くしないと俺の息子がオーバードライブ。

「え……、あ、本当だ」

 分かってくれたようで体から手を離す。助かった反面、ちょっと残念のような気もする。

 それはさておき。目的の名簿はペンキの被害を逃れた机の上にぽんと置いてあったので、備え付けのペンでさらさらと名前を書く。

「これで…よし、と」

 道のりは短かったが、まあそれなりに面白かった。そう思ったのは楓も同じようで、自然と顔をあわせて笑い合い――


 と、どこからともなく不気味で陰気で、されどテンポはいい暗めの曲が聞こえてくる。


「うぉあっ!?」

「ひゃぃ!?」

 二人して飛び上がった。

「何だ!?いきなり『世にも○妙な物語』のテーマソングが――あ、俺の携帯だ」

「アンタぶっ飛ばすわよ?!」

 いや違うんだって。だって俺の携帯の着信音は大体アニソンだし。こんな不気味な音流すわけがないって。つか誰からだよ?……親父からのメールでした。

 えっと、なになに?『そろそろゴールした頃合いかな、と思ったのでメールしました。俺の作った音楽、楽しんでくれたかな?』か……タイミングがばっちり過ぎて怖いし、曲作ったって何よ、とか言いたいことはあるんだけども。なにはともあれ、せーの、

「あんのクソ親父ィィィイイイイイイ!!」




「まったく、人騒がせなんだから」

「どうもすいません」

 先ほどの世にも奇妙な着信音のせいで楓はややご立腹のようだ。ぷんぷん怒りながら先に部屋を出て行ってしまう。俺は適当に謝りながらそれを追う。

「………」

「………」

 二人の間に会話はない。先を行く楓は怒ってますよアピールだろうし、俺に至ってはなんとなくという理由でだ。こういう時は何も喋らないのが俺の流儀だったりする。

 …ふと。本当にふっとだけど、行きとは違い誰もいない左隣が、なんとなく寂しく感じた。

「………ねぇ」

「ん?なんだ」

 いきなり話しかけられた動揺を出さないようにしながら返事をする。三階へと続く階段の手前で立ち止まると、楓は振り返ってこちらを向く。

「最後のはちょっとアレだったけど、それまでは、そこそこ面白かったわよ」

 いや面白かったって、あんたずっと震えながら俺にしがみついていただけじゃんか。まあいいか。本人がそう思ってるなら。

「そうか。で?」

「…で? ってなによ?」

「それくらいのことなら歩きながらでも言えるだろ。わざわざ立ち止まったってことは、まだなんかあるんだろ?」

「うっ……普段はありえないくらいに鈍いのに、変なときに限って鋭いんだから」

 なにやら楓が苛立たしげに唸っている。おいおい、俺は鈍くなんかないぜ。と言うとなんか主人公っぽいよな。自分のことをごくごく平凡な人間だって言うくらいに主人公フラグが立ちそう。そしてそのままあれよあれよと言う間に摩訶不思議ワールドへ、なーんてのは御免なんで、俺はあえて言う。俺は鈍い人間だぜ。

「ほれほれ、ぼやいてないで言ってみろ」

「くっ……」

 楓は苦しげに呻くと、俯いて「あー」だの「うー」だの言ってやたらモジモジすると、顔を上げてきっとこちらを睨む。その顔はやや赤かった。色々なんでさ。

「だから…その…あ、あ…あ…!」

「カオ○シ?」

「違うわよっ。だから…その……ね、あ、あ…」

 どうしたってんだよ一体。さっきから「あ」としか言えてないぞ。どんなことだろうとばっと言えるのが楓のいいところのはずだろ。常々見習いたいと思っていたのに。

「あ…あ、あ」

「あ?」

「あ、ありがとうっ!」

 先程よりもさらに顔を赤くして、楓はそう言った。

「…………はい?」

「だから、ありがとうって言ったの!手を繋いでくれたこととか、いろいろありがとっ!」

 いやあのそんな風に怒鳴られたら感謝されてる気がしないんですけど。

 ていうか、

「…ぷっ」

 それだけのことを言うために、あんなに恥ずかしがってたのかよ。そう思うと、ついつい噴き出してしまった。

「な、何笑ってるのよ、バカ!」

 ふん、とそっぽを向く楓。ああ、やっぱり怒っちゃったか。

 ったく、コイツはいつもつんけんしてるくせに、たまーに、

「可愛いんだよなぁ」

「ふぇっ!?」

 あ、やべ。つい口に出しちゃった。あらら、楓ったら顔が真っ赤じゃん。

「な、なにバカなこと言ってんのよ!?ほら!さっさと帰るわよ」

 顔を赤くしたまま、なんでもないように振舞う楓に、また小さく笑ってしまう。今度は気付かれなかった。

 ―――その時だった。

「あっ…」

 楓が足を滑らした。それも、階段に差し掛かる手前で。当然のように、物理法則だか慣性だかに従い、楓の体は階段へと落ちていく。その顔は何が起こっているか理解できていないようで。その姿がまるでスローモーションのように見えて、

「楓ッ!!」

 咄嗟に前に出て、こちらに伸ばされた手をつかめた自分を褒めてやりたい。

 けど、踏ん張りが足りなかったらしく引き止めれない。おまけに俺の体までもが引っ張られて、俺の体までもが宙に投げ出される。

「きゃあああああああああああ!」

「くっ!」

 俺にできる事といったら、ようやく事態を理解できたらしく悲鳴を上げる楓を胸に抱きかかえることだけだった。



「ん…ぅん?」

 背中から小さな楓の声が聞こえる。どうやら気がついたようだ。

「お目覚めですか、お姫様」

「ふぇ…?」

 気障っぽい台詞で覚醒を促す。色々と説明しないといけないこともあるしな。

「あれ、智哉?私、どうして……って何よこれ!」

 現状を確認できたらしい楓がじたばたと暴れだす。ちょ、おま、危な。

「とりあえず落ち着け。ちゃんと説明するから」

「それよりもまず降ろしなさいよ!――痛っ!」

 右足を俺にぶつけた楓は苦しそうに言う。あーもう、だから暴れるなって言ったのに。

 今現在、楓は俺におぶられていたりする。理由は、

「お前は階段から落ちたの。で、その時に運悪く足を捻りました、以上」

「え?…ああ、そういえば私階段から…ちょっと待って。アンタも一緒じゃなかった?」

「まあな。悪いな、止めれなくて。ギリギリで庇おうともしたんだけどそれも失敗した。本当にスマン」

「別にいい、っていうか、アンタの方は大丈夫なの?怪我とかしてない?」

「俺は平気。意外と頑丈だった」

「そっか…」

 「ならよかった…」と言って安堵のため息を漏らす楓。自分は怪我したってのに、他人の心配するとか、良い人だな、コイツ。

 俺の中で楓に対する好感度が上昇する。大した意味はないけど。

「私の足、どんな感じだった…って、分かるわけないか」

「ああ、本当に軽く捻っただけだ。安静にしてれば月曜までには良くなるよ。最も、今変に酷使すれば悪化する可能性もあるから、降ろさないよ」

「…スゴい。どうしてそんなの分かるの?」

「両親ともに医大を出てるからな。そっち系の知識はある程度持ってる」

「え!?医大!?」

「うん。二人が出合ったのもそこでらしいよ。母さんは元産婦人科医なんだって。俺を生んだのを機にやめたらしいけど」

「ふ~ん。……あれ、龍一さん(おじさん)って働いてないわよね。アンタの家の収入って何?」

「え~と確か、親父が株で儲けたり、親父がたまに一週間ほどいなくなったと思ったらごっそり札束持って帰ってきたり、親父がどっかの大学で講義したりして稼いでる。ああ見えて親父教員免許持ってんだぜ」

「アンタん家が分からない…」

 安心しろ。俺もよく分からない。分かりたくもないとも言う。

 そんな感じで適当に雑談をする。丁度二階の廊下を歩いていると、楓が言う。

「ねえ、ひとつ聞いていい?その…鈴ちゃんのこと」

「別にいいけど」

「もちろん、話しづらい事だったら言わなくても――え、いいの?」

 お前から聞いてきたくせに、何を言っているんだよ。

「んで、なんだ?スリーサイズなら聞かないでやってくれ。可哀想だから」

「…なんで妹のスリーサイズ知ってんのよ、変態」

 自己申告して来るんだよ。ウチの義妹は羞恥心(大切なもの)をどっかに置いてきちまったみたいなんだ。

「そうじゃなくて、その…鈴ちゃんが、家族になった理由、みたいな」

「…あー」

 そういやいつも義理義妹と言いつつも、理由とかって話したことなかったっけ。

「…やっぱり、話したくないことだったりする?」

「いや、そんなことはないんだけど。一応本人に断った方がいいような…ま、いいや。メンドいし」

 後ろで楓が「面倒って…」とあきれたように呟いたのは無視する。

「そうだな…まず第一に、鈴は父さんと母さんどちらかの連れ子、とかではない。家族の誰とも血は繋がってない」

「………」

「さっき母さんが元産婦人科医だってのは話したろ。俺を産んで、育児に専念したいからって理由で止めたんだって。んで、止める直前に受け持った女の人がいたらしくてさ、その人、付き合ってた男に子どもができた途端に逃げられたらしい。それでかなり大きなショックを受けたらしくて、もともと体も弱かったみたいで、出産すると同時に亡くなったらしい」

 実際はもうちょいドロドロとしたお話なんだけど、頑張ってある程度丸くしてみた。

「さらに悪いことにその女の人は両親もいなかったらしい。親戚も少ない。じゃあ子どもをどうするって話になって、施設に入れるくらいならウチが引き取るって母さんが言いだして、なんやかんやで篁鈴の完成ってことらしい」

「………」

 できる限り軽めに話したつもりなのに、楓は絶句している。まあ確かに、そんな簡単な話じゃないよな、コレ。

 そのまましばらく無言が続き、

「アンタ達も色々大変なのね」

「そう言われても、俺たちは全然気にしてないからな。両親からしたら鈴は大事な娘だろうし、俺にとっても大切な家族だから」

 一階への階段を下りながら言う。

 ……実際はそんな風にあっさり割り切れるわけもなく、ちょっとした問題もあったりしたのだが言わない。ここからは流石に鈴を一緒にしないと話せない。

 微妙な空気になったまますたすたと進む。するとまた楓が、

「ねえ」

「今度は何だ?」

「このままみんなのところに行ったら、また騒がれるんじゃない?」

「………」

 言われてみればそうだな。基本的に騒がしいやつらだし、うざいくらいにからかわれるかもしれないな。

 とは言っても、楓を降ろすわけにもいかないしな…。

「じゃあ選択肢だ。1・お姫様だっこに変える。2・普通のだっこにチェンジ。3・肩車にする。4・現状維持。さあどれがいい?」

「4に決まってるでしょ!ていうか1から3の選択肢ふざけてんじゃないの!?」

 ありゃバレちゃった。他のもやってみたかったんだけどな~。いいか。今でも十分役得だし。

「でも大丈夫だろ。あいつら基本バカだけど、説明すれば分かってくれる奴らだって」

「…それもそうね」

 よし。楓が納得してくれたところでさくさく行くか。



『あいつらは基本バカだけど、説明すれば分かってくれる奴らだって』

 ――そう思ってた時期が、僕にもありました。

「ぃよっしゃぁー!!作戦成功だー!!」

「これで、もうこれ以上シャーペンやら鉛筆やらを折らなくて済むぜ!!」

「でも何だろう。この胸の中のモヤモヤは。俺は一体コレをどこにぶつければいいんだろう…?」

「いやぁぁああああああああ!?嘘よ!こんなの嘘よっ!」

「あんなバカみたいな作戦が成功するなんて、なにかの間違いよ!」

「それより楓が羨ましいっっ!!」

 ナニコレ?男女入り乱れての大騒ぎ。大部分が叫び、残りのメンバーはもれなく何かに絶望したような顔をして真っ白に燃え尽きている。正直ご近所から通報されないか心配だ。

「――兄さん、ちょっとお話しようか…?」

 額に青筋浮かべた鈴がにこやかな笑みを浮かべて尋ねてくる。そこら辺の男なら一瞬で惚れそうな笑顔だが、気をつけろ。目が一切笑っていない。こいつが俺を“兄さん”と呼ぶときはマジギレしている時なのだ。

「何でそんなことになってるのか、ちゃんと説明してくれるよね…?」

 これまた最上の笑顔を顔に貼り付けた柚葉。気のせいか、背後に『ゴゴゴゴゴゴゴ……!』って文字が見える。

 説明か…。説明って言われても……いいや、ざっくりまとめちまうか。

「色々あって……(足が)痛くて上手く歩けなっていうからおぶることになった」

『……………』

 あれ、何か全員ぽかんとしてる。一体全体どうしたって――

『『『Cまでイッたのかー!!?』』』

「うぉっ!?」

 なんかいきなりハモッて叫びだした。なんて言ったのか俺は上手く聞き取れなったけど、後ろの楓がものすごく狼狽しているようなのできっと変なことだったのだろう。

「うわぁぁぁん!トモちゃんが汚されちゃったよぉ!!」

「…こうなったら、兄さんを殺して私も…!」

 なんか失礼なことを言ってる人と物騒なことを呟いてる人がいる。できれば関わりたくないんだけど、残念ながら家族とほぼ家族の方でした。

「Cって……私とコイツが!?バ、バッカじゃないの!?」

 …………お前ら全員、とりあえず落ち着け…


 ~~~説明中(同時に強制的に沈静化)~~~


 説明が終わると、

「ちょっと、楓大丈夫なの?」

「階段から落ちたなんて…他のところも怪我したりしてないの?」

「頭とか打ってないよね?」

「というか何故お前は無傷なんだ」

「階段から落ちてたいしたダメージ無いとかスゲぇ」

「咄嗟に庇ったって…それが主人公体質の力か」

 楓は俺の背中に乗ったままクラスメイトの女子に心配されている。こいつはなんだかんだで面倒見がいい奴なのでクラスでの人気は高い。そして男子どもは少しくらい俺の体の心配をしろよ。まあ問題は無いんだけどさ。

 それからしばらくして、

「二人とも、今日はこんなことになっちまって、ホントにゴメンな」

 発案者であり一応この集まりのリーダー的な立場にいた弾が、代表して頭を下げてくる。楓の怪我のことでそれなりに責任を感じているらしい。いやいや、お前には一切責任は無いだろう。俺たちの不注意が原因なんだし。

「俺らのことは気にすんな。幸い、楓の足も大事には至らなかったし」

「そうそう。だから私たちは気にしないで、残りの人たちも肝試しを楽しんできなさいよ」

 あんなにみんなノリノリだったんだ。きっととても楽しみだったんだろう。俺たちのせいでみんなが楽しめなくなるのは心苦しい。そう思っての発言だったのだが、

『…………………………』

 何故だろう、みんなが気まずそうに目を逸らしだした。おいどうした。こっち向けよ。

「い、いや、その、あれだ」

 妙にどもりながら弾が話し出す。つかお前汗掻き過ぎだろ。

「楓怪我しちゃったじゃん?もしかしかしたらまた同じことが起きないとも限らない。だから…とりあえず、今日のところは解散しようかと…」

「「……………」」

 今度は俺と楓が何も言わなく、いや、言えなくなってしまう。弾…みんな……

「なんか、ゴメンな。俺たちのせいで…」

「うん…本当にごめん…」

「いやいやいや、いいんだって。こっちこそあれだ、お前たちで中が安全か確かめた、みたいなことになって悪いな」

 そんな風に考えて…みんなが目を逸らしたのも罪悪感からなんだな。そんなこと気にしなくていいのに…。

 感動で軽く視界が潤んできた俺は、それを悟られないように、今できるとびきりの笑顔でみんなに向き直る。

「今日はこんなことになっちゃったけど…またいつか、みんなでこんな風に騒ごうな」

 俺のこの一言で、肝試しはお開きとなった。


 ――まあ、この言葉が叶うことはないんだろうけどさ――


                  ◆                    ◇



「――こんなもんだな」

 そう言ってトモヤはグラスに残っていたジュースを一気に煽った。同じように俺も酒を飲みながら思考する。

 トモヤのような《渡り人》。どういう訳か別の世界からこの世界へとやってきた人間。何故彼らがこの世界へ来てしまったのかはまだ解明されていない。当人達すらも分かっていないのだから当然か。

 《渡り人》という現象が起こり始めたのは大体千年前。それ以来今日まで、何人もの異世界人がこの世界へとやってきた。

 彼らは当然元の世界へと帰りたがった。けれど、どうやってもそれは叶わなかった。

 そのことに絶望し、あるいはまったくの別のことが原因で、自ら命を絶つ者もいた。この世界の暮らしに適応できず命を落とした者もいた。帰ることを諦めこの世界で天寿を全うした者もいた。終わり方は違うが、少なくとも彼らは元の世界に帰ろうとあがいた。

 けれど、目の前の少年はそんな素振りは僅かも見せない。今話を聞いたがとても楽しそうな世界だった。彼は本当に帰るのを諦めたのだろうか。あるいは……。

「トモヤ……アンタ、随分と楽しそうな生活してたのね…」

「うぉっ?!エルナ!?お前寝たんじゃ…つかフィナとアリスとシルフィアまで起きてるし!止めてっ!なんで俺の体を抑えるの!?」

「すぐ隣であんな話をされたらいやでも目が覚めるわよ…。それよりも、アンタには聞きたいことがあるのよ…」

 あーあ。トモヤの奴、まーたやられてるよ。それでも可哀想だと思えないのは、気がつけないあいつの鈍さが原因だと分かりきっているから。つかあの話を聞く限り、アイツに惚れてる女はもう二・三人はいるな。うわー、羨ましい妬ましい。ちょっと軽く消し去ってやりたい。まあ、俺には愛すべき妻がいるから問題ないけど。

 …あいつが元の世界に戻りたいかは俺が気にすることじゃない。それはあいつと、もっとあいつの近くにいる奴らが決めること。俺みたいなおっさんは、一歩離れたところから支えてやればいい。

 だからとりあえず、

「正直になにかを吐かせたいときには、酒の力に頼るのが一番だぞー」

「おいっ、酔っ払い!何言ってやがんだこら!」

「………」

「え、ちょっと待ってくださいエルナさん。落ち着いて。ね、落ち着こう。とりあえずその手に持った酒瓶を置いて、それからゆっくり俺と話し合――おぶっ!?」

 口に瓶口を突っ込まれ、ぐびぐびと無理やり飲まされていくトモヤ。瓶の中身が空になるまで飲まされ、瓶を抜かれるとともに首を落とす。そんなトモヤに、女の子達が詰め寄る。

「トモヤ、ハッキリと答えて欲しいんだけど。その……前の世界でさ、付き合ってた女の子とか――」

 あんな風に顔を赤くした女の子にあんなこと質問されるとは、男冥利に尽きるな。

 ただ惜しむべきはトモヤが完全にダウンしていることだな。なんだあいつ、酒に弱かったのか?こればっかりは体質だか仕方ないが、もったいないなぁ、このおいしさが分からないなん――ん?トモヤの顔が徐々に上がっていってる。目元は髪で隠れてうまく見えないな。大丈夫なのか?

 あん?今、キュピーンって感じで目が光ったような――?


                 ◆                    ◇



 おかしい。

 何がおかしいかって言うと、昨夜ユアン達に前の世界の話をしてからの記憶がない。一体どうしたんだ俺は。なんかエルナ達に詰め寄られたような気もするが、かなり曖昧だ。

 おかしいといえばエルナ達も変なんだよ。俺を見た途端おかしくなるっていうか。エルナは俺を見ると顔を真っ赤にして逃げ出すし、フィナも俺を見た瞬間顔を赤くして俺と顔をあわせようとしない。アリスはやはり顔を赤くして頭から湯気を出すし、シルフィアに至っては顔を赤くする前に気絶してしまった。いや本気で一体どうした。

 事情を知ってそうなユアンに聞いても、「酒を飲んだら人格が変わるっていうか、お前は末恐ろしい奴だな。とりあえず、俺の娘の前では酒を飲むなよ?」と、よく分からない言葉を貰った。

 ということは俺は昨日酒を飲んだのだろうか。いやでも一切記憶が無いし。仮に酒を飲んでいたとしても、それではエルナ達のあの態度を説明できない。

 うーん、謎だ。



あっるぇー?おっかしぃなぁー?

初投稿から一年たってると思ったらそこからさらに一ヶ月もたってるよー?

……ちょっとマジでヤベぇなこれは。こんな調子だと完結まで何年かかると思ってんだよ。

ポケモンでいえばまだ一つ目のバッジを手に入れたって辺りだぞ。

マジでヤバい…………ま、いっか。

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