第37話 『変態』のワンランク上って『変人』だと思う
遅くなりました。マジですんません。
妙に手が進まなかったんです
ああ…やっぱり俺には文才ってもんがないのだろうか…
うぅ…才能が欲しい…
あれから復活した美玖先生による、それでもやや暗い雰囲気のHRが終わり、俺と楓はクラスの連中に適当に挨拶してから教室を後にした。
今日は楓と二人きりで下校になる。行きは大抵弾も一緒なのだが、弾は放課後は野球部で青春の汗を流すので一緒に帰ることは滅多にない。修也は時折どこかの部活の助っ人に行っている。今日は確かテニス部とサッカー部だったか。京子は家の人が黒塗りリムジンで迎えに来る。あのチビブルジョワめ。羨ましいぜ。
そんな訳で楓と二人、他愛もない会話をしながら校門を抜ける。
俺達が通う県立木暮学園は中高一貫の学校である。ちょっと前にあった市町村合併の関係でここら辺にあった高校といくつかの中学校が一緒になったものだ。中学校はまだいくつかあるものの、高校はここしかないので色んなところから人が来る。修也と京子もその内だ。それぞれ中学校の頃はギリギリで別々の中学校の学区内だったらしい。んで高校からここに通うようになったと。ちなみに俺と楓と弾は中学一年からの付き合いになる。
出会いのきっかけって何だっけか………ああ、そうそう。中学に入学してばっかの頃、街で弾が楓をナンパしてるのを見かけたんだっけ。それがあまりにもしつこくて、見かねて間に割って入って。それで偶然にも同じクラスだって気付いて。それからずるずると続いてきたんだっけか。
いやー、あの時の弾は楓の上っ面にだまされて声をかけてたんだな。もしその時楓の本性を知っていれば声をかけたりせずに、むしろ姿を見た瞬間逃げ出してたんだろうな。それくらい楓は恐ろしい。おっと、こんなこと考えてるとまた「なんかムカついたから」って理由で殴られちまう。
歩いて十数分、毎朝待ち合わせている十字路まで来た。ここで俺は真っ直ぐ、楓は左に曲がっていく。それじゃあ八時に廃病院で、と言いながら別れた。
十字路から家までは歩いて数分、走って数十秒ってところにある。ま、特に急ぐわけもないのでのんびりと歩いて家まで歩き、「ただいま~」と言いながら玄関を開けた。
「おかえりなさい、あなた。ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも…わ・た・し?」
我が篁家の玄関のマットの上に裸エプロンの女性が三つ指付いて座っていた。
「……………」
俺はとりあえず、靴箱の中から『鈍器のような物』を引っ張り出し、その女性目掛けて振り下ろした。
「危なっ!?」
女は素早くそれを察知し、身軽な動きで避けて後退して行く。動きの中で気付いたが、裸エプロンじゃない。エプロンの下にスクール水着を着てやがる。マニアック度が上昇したな。
「……んで。何をやってるんだ、鈴?」
怒りを押し殺しながら尋ねると、その女――篁鈴はにゃぱっと快活に笑う。
「あはははは。なんだよぉ。可愛い義妹のちょっとしたおちゃめじゃないか、お兄ちゃん」
「可愛い義妹はスク水エプロンで兄を出迎えたりはしない」
『鈍器のような物』をぽいっと投げ、とりあえずは靴を脱いで家に上がる。どうして家の扉からここまでの狭い空間でこんなに疲れなければいけないのだろうか。
元凶である妹はおろしていた髪をせっせとサイドポニーに結っている。その姿だけ見れば可愛いんだけどな……着ている服が問題です。
エプロンのポケットから手鏡を取り出して、それを見ながら髪を整えた鈴は、改めて俺に向き直った。
「で、どうかな?」
「……何が?」
「むぅ、質問に質問で返すのはマナー違反だよ。じゃなくて、この格好どう思う?」
「着てて恥ずかしくないんですか」
「まったく!」
無駄に威張って言ったな。てか、その姿で胸を張られても困るんですけど。主に視覚的な面で。
「とりあえず、そのスクール水着(紺色)はどこで入手したんだ?」
「ふっふっふ。それは当然あの人さ!では、スポンサーの方、カモン!」
大げさな身振り手振りで鈴が合図すると、今に続く扉から一人の男が出てくる。
「やあやあ、どうも。スポンサーのお父さんだよ?」
「何故に疑問系」
手に持ったボウルの中身を泡だて器でかき混ぜながら、我が家の大黒柱である篁龍一がニコニコしながら登場した。
この篁龍一という人間を漢字二文字で表すとするなら“変態”という言葉が一番ぴったりである。別に性癖"だけ"が変態という訳ではなく、もう身体的スペックから頭脳まで。天才を超えて変態なのだ。
もう俺を含めた家族や近所の方々はこの人が何をしても、もう驚かない。実は元死神ですとか、超大型マフィアのナンバー2だったりとか、何回か世界を救ったことがあるとか言われても「ああ、やっぱり」と返せる自信がある。仮に正体がウルフオルフェノクとかだったとしても、「へー」と言ってなにかしらアクションをすることもない。そんな存在だ。
「…そういや母さんは?鈴が帰ってきてから俺が帰るまでの貴重なツッコミ役は一体何処に?」
俺の母親にしてこの家ではツッコミ役の片割れを勤める篁優希。彼女がいれば、血のつながらない義妹がスク水エプロンでお出迎え、なんていう状況にはならなかった筈だ。
「ああ、優希なら駅前のスーパーが特売だと小崎さんのところの奥さんから聞いたらしくてね。ちょっと前に走っていったよ」
いやあのここから駅前のスーパーまで五キロはあるんですけど……まあ大丈夫か。
「それよりお父さん、今日は何を作ってるの?」
「ああ、今日はブッシュドノエルさ。ちょっと時間が余ったから退屈しのぎにね」
ボウルの中ではチョコクリームがかき混ぜられていた。なるほど、確かにスポンジの焼けるいい匂いがする。
「ホント!?わーい!私お父さんの作るケーキ好きなんだ!やったー!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現する鈴。うむ、俺も親父の作るケーキは好きだぞ、美味いし。なによりチョコレートケーキってのが一番いい。俺はチョコが大好きなのだ。
ちなみに、我が家ではなぜか男性陣の方がお菓子作りが上手かったりする。順番的には父、俺、母、鈴といった具合にだ。このことが分かったときの女性陣の落ち込みようと来たら、今思い出しても笑える。普通の料理は父、母、そして俺と鈴が並ぶ順序になる。なんで親父のほうが上手なんだろうか。
「そんなことより、いつまでもそんな格好でいたら風邪ひくぞ、鈴?もう夏なんだから蚊に刺されるかも知れんぞ」
「うへー。蚊に刺されるのは勘弁ー。さっさと着替えよ」
とんとんと階段を登っていく鈴に向かって俺は、
「風邪は引いてもいいのかよ」
「うん。だってもし風邪になったら、お兄ちゃんが看病してくれるじゃん」
元気一杯の笑顔でそう言って、鈴は二階にある自室へ向かう。あれだけ元気なら風邪は引かないな。
「んじゃ、俺も部屋いくわ。ケーキ期待してるからな」
「おう。任せておけ」
いつも楽しそうな親父に思わず苦笑し、俺も部屋に向かう。
俺の部屋は鈴の部屋と隣同士。『トモヤ』とゴシック調で書かれたプレートが掛けられているドアを開けると、いつもと変わらない俺の部屋があった。
足元に散らかっている漫画雑誌を踏まないように気をつけつつ、机の上にカバンを放り投げ、ベッドにダイブ――しようとして思いとどまる。制服のまま飛び込んだら制服が埃だらけになる。ちょっと面倒に思いながらも制服を脱いでハンガーに掛け、朝起きたときに着ていたシャツとジーパンを着たところで予定通りベッドにダイブ。パイプ式の簡易ベッドが軋んだ音を立てるが気にしない。
だるい。あーだるい。だるいー。だーるーいー。眠いー、のに眠くないー。
とりあえず床に転がっていた雑誌を一冊手に取り、パラパラと流し読みながら何をしようかと考える。
と、そこで携帯から『JOINT』のサビの部分が流れ出す。この着メロはメールだな。なになに…
『From 有吉 弾
Sub 忘れてた
本文 肝試しやる廃病院の場所教えるの忘れてた。地図添付しといたんで確認よろ』
おお、そういや肝試しなんかやるって言ってたな。玄関先での出来事のインパクトが大きすぎてすっかり忘れてたぜ。
集合は八時だっけ。今が12時ちょいだから時間あるな…。何してようか?
あ、それよりみんなに肝試しに行くって言っとかないと。
つーことで場所を移動して現在一階のリビング。親父はそこでスポンジにクリームをコーティングしていた。
なんつーか、普通に出来栄えがプロなんですけど。そういや親父の作ったケーキを一口食べた近所のケーキ屋の店長が『一から修行し直してきます』て置き手紙を残して消えたことがあったけとぼんやり思い出す。どうでもいいか。この程度のことならよくあるし。
「ということで、今晩肝試しに行ってきます」
「いきなりで話がよく分からないんだが…」
なんと。超人的な変人である親父にまともな返答をされてしまった。しょうがないか。流石にいきなり過ぎたしな。
「かくかくしかじか、って訳だ」
「なるほどね。それじゃあちょっとその廃病院までの地図を見せてくれないか?一応確認しておきたい」
そう来ると思ってちゃんとケータイはメール画面のまま持ってきてるぜ。
…………ああ、うん。かくかくしかじか、で伝わったことについてはツッコミは入れないよ?これぐらいでいちいちツッコミを入れてたら一週間で喉がつぶれる。
『ただいま~』
あ、母が帰ってきた。
「丁度いいから優希にも説明してきなさい。私は場所を確認しながらケーキの仕上げをするから」
「おーけー」
フォーク一本でリアルすぎる樹皮をケーキに表現しながら、視線はケータイの画面から離さないという神業をやってのけるいつも通りの親父に背を向け、俺は帰ってきたばかりの母がいるであろう玄関に向かった。
『………そうか、肝試しか…。フフフ、随分と面白そうじゃないか。どれ、少しだけ悪戯をしてみるか…』
その、いかにも悪巧みしてますよ的な親父の台詞は、どういう訳か俺の耳には届かなかった。
「おかえりー」
「あ、智哉帰ってたんだ。おかえりー、そしてただいま」
両手にスーパーの袋と思しき物をぶらさげた格好で、我が母はゆったりと挨拶を返して来た。その表情は親父にも言えることだが、とても高校生の息子がいるとは思えないほど若々しいし、どこか抜けている。相手にもよるが初対面の人には大体20代前半辺りに見られる。
「見て見て、今日は大漁だったんだよ」
「ふーん、どれどれ」
親父の様にニコニコしながらスーパーの袋を広げて中身を見せてくるので覗きこむ。
「ステーキ用お肉、560グラム~」
「それ絶対業務用」
母上…あなたは一体何処に買い物に行ったのですか?つか肉しっかり人数分買ってきてるし。
「ふふ~ん、これだけじゃないんだよ。じゃじゃーん、業務用チョコレート10kg~」
「有難う御座いますお母様!」
ビシィッ! と完璧な最敬礼を決めた俺は、母さんからチョコレートを貰おうと手を伸ばし、
「(ガシィッ!)何をしてるのかな、お兄ちゃん?それは私がお母さんに頼んだものだよ?」
隣に現れた鈴に手を掴まれる。いつの間に来やがった…!
「…この手は何なのかな、鈴?」
「それはこっちの台詞だよお兄ちゃん。人がお願いしたものを横合いから掻っ攫おうなんて、いい根性してるじゃん」
両親のようににこにこと笑いあいながら、されど目は一切笑っておらずガンくれ合う。
「いいじゃねえかチョコレートの10kgや20kg。器が小さいぞ、ついでに胸も小さいぞ」
「――っ!人が気にしてることを…!ふん、そっちだって妹のお菓子を奪おうとするなんて大人気ない。ついでに大人毛無い」
「いやあるわ大人毛。そっちこそ大して生えてないくせに」
「なにおう!」
「なんだよ!」
ごろごりと額をぶつけ合いながら、鼻先が触れ合う距離で睨み合う。もうすでに二人で分け合うという発想なんか存在しない。ただひたすらに己の欲望をぶつけ合うだけだ。
だがそんな中、
「あらあら。そんなに近くで見つめ合っちゃって……これからキスをする恋人同士みたいね」
「「――――ッ!?」」
外合いから入れられた母の冷やかしの言葉に、一気に二人で冷静さを取り戻す。
ヤバい…この距離はヤバイ。お互いの吐息を唇で感じる。鈴の睫毛の一本一本の長さまで手に取るように分かるほどの距離。あとわずかでも顔を動かせば口付けを交わせるほど近い。
「…………お兄ちゃん」
ああぁぁぁぁああ!!やめろぉ!ほんのり潤んだ目で俺を見つめないでマイシスター!
はっ!そうだシスターだ妹だ!そうだよ鈴は妹、こんな風にうろたえる必要は無い!
『でも義理じゃん。義理の妹ってなんかぐっとくるものがあるよね』
それには激しく同意するがとりあえず今は黙っててくれもう一人の俺!てか死ねっ!
「そんな風に取り合いしなくても大丈夫よ。ほら――もう一袋買ってきてあるから」
「「どんだけ力持ちなんだよ!」」
平然とした顔で片手で買い物袋から10kgチョコレートの袋を引っ張り出す母親に兄妹揃ってツッコむ。片手に10kgずつとか普通にスゲェよ。
「そうだ。丁度いいから二人のお昼ごはんはこれにしましょうか」
「「あんた鬼か!」」
相も変わらずにこにこの笑顔で言ってのける母に多少戦慄しながらも、あの微妙な空気をなんとか出来たことにちょっとだけ感謝した。
――まじで昼飯はチョコレートオンリーだった。うぷ、もう無理食えない。これからしばらくは甘いものを見るのも勘弁し『智哉ー、ケーキ出来たよー』はーい、今行きまーす。
時間はあっという間に過ぎ、時刻は7時30分。特に何をするでもなくうだうだだらだらとしていたらこんな時間になっちゃった。
地図から判断するとここから目的地の病院まで歩いて15分前後だと思う。途中、いつもの十字路で楓と合流することになっているので多少早めに出発することにする。
適当に選んだTシャツとジーンズを着て、リビングでお茶をすすっている両親に出かける旨を伝える。
その時、妙にニヤニヤした親父から携帯を渡されたのが気になったが、気にしないことにした。
それよりも、だ。
今一番気になるのは白いワンピースとピンクのキュロットスカートを合わせて着た格好で玄関で立っている我が妹だ。
「何で一緒に出かける気満々なんですか鈴さん?」
「面白そうだからっ」
そうかそうか。面白そうだからやるという考えは分からなくもないので二つ返事で了承する。うちのクラスの奴らは基本的にいい奴ばかりなので問題はないだろう。
「んじゃ、いってきまーす」
「いってきまーす」
「「いってらっしゃ~い」」
夫婦の完璧の揃った声に小さく笑いつつ、鈴と一緒に玄関を出る。
すると、丁度同じタイミングで向かいの家から一人の女性が出てきた。
「あ、トモちゃんに鈴ちゃん。こんばんわ~」
「柚葉お姉ちゃん!こんばんわっ」
こちらは小崎柚葉。お向かいの小崎家の一人娘。小さい頃から俺や鈴と一緒に遊んでくれる優しいお姉さんだ。
年が経つに従って俺はあんまり遊んだりすることはなくなったが、鈴とはよく買い物に行ったりするらしいし、俺は俺で時たま街に誘われたりする。なんでも彼氏が出来たときのための予行演習らしく、腕を組んで歩かされるからかなり恥ずかしい。逃げようと試みるもすぐにまた捕まる。普段はおっとりしてるくせにいらん時にやけに行動的になるから厄介だ。
今は確か大学一年生のはず。18歳で女性としては相応の身長に規格外の一部分をもっていて、そのせいで今着てるシャツにプリントされている猫の顔が歪んでいる。
「こんにちわ、柚葉。というかこんな時間に外に出るなんてどうしたんだ?」
ちなみに俺がタメ口&呼び捨てなのは、何年か前にさん付け+敬語で話しかけたらいきなり泣き出してしまい、泣き止ませようとあたふたしているうちになんやかんやでこうするように約束してしまったからだ。どうしてこうなったか。俺も良く覚えていない。
「うん。これからポマのお散歩なんだよ。そういうトモちゃん達は?」
「俺たちは肝試し。急に今日やることになったんだ」
ポマというのは、今のんきに「うわ~、面白そう。私もついていっていいかな?」と言っている柚葉の足元で大人しくしている柴犬のことである。
俺が小2で柚葉が小5のときに飼い始めたから八歳そこそこ。飼い始めた理由が柚葉がクラスの男子に告白されたのを知った小崎家父が番犬代わりにと思ったらしい。なんて親バカ。
「ほら、お兄ちゃん!早く行こうよ!」
「うぇ? お、おう」
そういやポマってオスだっけメスだっけ、と悩んでいたら鈴に急かされてしまったので、慌てて思考を放棄して歩き出す。
「肝試しかー。何年ぶりかな?楽しみだな~」
「待てい。何故に柚葉がついてくる」
いつもの散歩コースは真逆の筈だ。
「え?柚葉お姉ちゃんも来るって決めたよ?私の独断で」
あ、そうすか…。
まいいか。夜道の女の一人歩きは危ないし。うちのクラスの面子なら笑いながら(男子はテンションを上げて)向かい入れてくれるだろう。
その後、楓と合流した。楓と柚葉はそれぞれ初対面だったが、鈴がいい感じに間を取り持っていてくれたお陰でそれなりに仲良くなったようだ。今では女子三人で楽しそうに話してるし。
…そのせいで俺は軽く孤立してるんだけどね。まあ三人が楽しそうだから俺はそれで満足だけどな。
ゴメン嘘。やっぱり軽くさみしいです。うわーん、ポマ慰めて~。
「わふん」
ぽんぽんと前足で励ますように叩いてくれるポマ。その優しさに俺は軽く涙ぐんだりした。
廃病院の前にはもうそれなりに人数が集まっていた。全員が参加するわけでもないだろうし、それでも三十人前後集まっているんだから十分だろう。つかみんな暇だな。
「お、来たか智哉。遅いっつーの」
待ちくたびれたであろう弾が眉間にしわを寄せているので、悪い悪いと軽く謝る。
「数人からは来れないという連絡があったので、とりあえずこれで参加するメンバーは全員集まりましたね。ところで智哉さん、そちらのお二人は?」
修也が後ろにいる鈴と柚葉に視線をやりながら聞いて来る。そういや修也は知らなかったけ。
「このサイドテールのが俺の妹の鈴。んでこっちのおっとりお姉さんがお向かいの小崎柚葉さんだ」
「はじめましてっ。お兄ちゃんの義理の妹の鈴です。血はつながっていません!よろしくお願いします!」
「はじめまして。小崎柚葉です。トモちゃんとは小さい頃から仲良くしていて一緒にお風呂に入ったこともあります。よろしくお願いします」
うん、おかしいね。普通なら血がつながっていないことはもう少し隠すことなんじゃないかな?あと一緒に風呂つっても最後に入ったのは俺が小3の時だぞ。……あれ?これもおかしいか?
『…………チッ』
……なんだろう。男性陣から尋常じゃないレベルの真っ黒い怒りを感じる。
「ちょちょちょちょちょーっとこっちに来てくれるかな智哉くん?!」
「あん?なんだよ」
なんかテンションがうざいくらいに上がっている弾に引っ張られて三人から離される。
「おま、あのちょー胸のでかいお姉さんは誰だよ?まじストライクだわ。紹介してくんない?」
「いやだよ。今のお前の台詞聞いて紹介できるか。胸しか目に入ってねえのかお前は」
「当たり前だろ!女性といえばおっぱい!おっぱいは言わば母性の象徴。男がそれに惹かれるのは致し方のないこと。あえて言おう。俺は、おっぱいの大きな女の人が大好きだ―――!!」
「……うわぁ」
「流石にそれは…」
大声で宣言した弾に対し五メートルほど距離をとる。もうみんなどん引きですよ。近くで話を聞いてた修也も笑顔が崩れかかってるし。ほら、そこの女子なんか通報しようとしてるよガチで。
「なんだよお前らその反応は!じゃあお前らはどんな女の人がいいんですか!?」
どうやらキレたらしい弾が俺と修也を指差しながら怒鳴ってくる。仕方ないので修也と顔を見合わせタイミングを揃えて言う。
「可愛けりゃなんでもいい」
「未発達の肢体にしか劣情を抱けません」
「お前らのほうが最悪じゃね!?」
え、そうか?いやいや、修也の回答はともかくとして俺のは遥かにましだろう。弾の理論で行くとお前はジャイ○ンの母ちゃんでもいいということに……ならないか。
「ちょっとー。いつまでバカ話してんのよーっ。待ちくたびれたんだけどー?」
「ん、おい。あっちの人たち痺れを切らしてんぞ」
「ああ、そうだった。こんな思春期男子にありがちなトークしてる場合じゃなかった」
いや話し始めたのはお前だろうと内心ツッコんでいると、当の弾はなにやらポケットをごそごそさせて何かを取り出した。えぇっと…割り箸?
「肝試しは二人一組のペアで行う。そのペアを決めるのがこの俺お手製のクジだ。同じ番号のやつ同士で組め。反論は認めん。決まった奴からさっさと入っていってくれ。んじゃまず智哉、引け」
ずいっと差し出された割り箸の束。ここはあえて一番端のを選択。思いっきり速く引いて摩擦熱で弾を苦しめる。
「熱っ!てめこのやろっ。…まあいい、十三番か。よし、次は楓だ」
「……分かったわ」
何故だろう。楓が何か不機嫌そうなんだけど。なんかこう近寄りがたいオーラが出てる。こんなときの楓には近づかないのが一番だな。
「おし、引いたな。楓は……お、十三番だ。すげえ」
嘘だーッ!なんでよりによってこのタイミングでペアになるんだよ!
「ということで智哉と楓はペアだな。んじゃとっとと行って来い」
ほい、と弾から懐中電灯を手渡される。……しょうがない。ここまできたら覚悟を決めるか…。
「楓、行くぞ」
「……分かってるわよ」
相も変わらず何処となく不機嫌そうな楓に軽く脅えながら、俺と楓は病院の中に踏み込んだ。
◆ ◇
「…行ったか」
「ええ、そのようです」
智哉と楓が病院の中に消えるのを確認した弾は、残ったクジをまた仕舞いこむ。
「あれ?なんでクジをしまうの?まだみんな引いてないよ?」
その行動を見た鈴が不思議そうに言う。隣の柚葉も同じように首を傾げている。
「ああ、理由はこれさ」
鈴の言葉を受けた弾は仕舞う途中だった手を戻しクジを鈴に渡す。すると鈴は「あっ」と声を上げる。
「これ、書いてある数字が全部同じだ。…どういうこと?」
「ふっふっふ。簡単なことさ」
鈴の質問に不適な笑い声をこぼす弾。まったくといっていいほど似合わない。
「今日の肝試しは、ひと夏の思い出を作ることが目的なんかじゃない。本当の目的は…」
「目的…は?」
たっぷりと間をとった後、弾はカッと目を見開き、
「真っ暗な夜の病院で肝試しという状況を利用した吊り橋効果で、あの二人をくっつけることだぁあああああああああああ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』(男子一同)
『なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?』(一部女子)
「どどどどういうことなの弾さん!お兄ちゃんと楓さんをくっつけるって!」
「言葉どおりの意味さ!あの二人を付き合うように仕向けるんだよ!」
「一体何のために!」
「何のため?そんなこと決まっている…いい加減あいつらがイチャイチャする光景を見てるのはうんざりなんだよ!」
『そうだそうだ!』
『何が手作りのお弁当だ!妬ましい!』
『誤魔化す理由が「作りすぎたから」なんてのでまかり通る訳がないだろう!』
『でもなんで智哉はそれを信じるんだよ!バカなのかわざとなのかはっきりしやがれ!十中八九素で気付いてないんだろうけど!』
あちこちから湧き上がる男子の怨嗟の声。すでに女性陣は数メートル離れている。
だがそんなことにも気付いていない男性陣。そのリーダー格である弾は燃えていた。
「絶対にくっつけてやる…!覚悟しろよ…智哉…楓……!」
今回無駄に長ッ!
という訳で、どうも作者です。
なんとなくノリではじめてみた過去編(?)的なもの。意外と指が進まないもんですね。
もう少し短く収まるかな~、と思っていたのだけれど、なんか長くなってしまった。
それよりもまた無駄にキャラを増やしてしまった。どうやって収拾をつけよう。
それ以前にこの過去編(?)の終わり方はどうしよう…
いくつも悩みを抱えたままではあるが、とりあえずは、もう間近に迫っている学校のテストを何とかしたいと思います!!
それでは、さいなら~