第20話 想い
ダルいです
今話は早く書き上げたのでやや雑かもしれません
ご了承ください
夜の帳も下り、僅かな月明かりだけが照らす街をひたすらに駆ける。
アイツがいないことに気付いたのは偶然だった。たまたま夜中に目が覚めて、何か飲もうとベッドから降りたら、アイツのベッドがもぬけの殻だと気付いた。代金の都合上、しょうがなく同じ部屋で寝ることになったのがこんなところで役に立つとは思わなかった。
アタシが眠っている間にアイツがいなくなるのは二度目だった。不安になった――別にアイツが心配とかそういうんじゃない――アタシは、慌ててフィナとアリスを起こして、心当たりが無いか聞いた。
するとフィナが、アイツがヴァンさんのお屋敷から帰ってきてから何か隠していたと思う、と言ったので、さっさと身支度を整えてヴァンさんのお屋敷に向かった。
夜中だし流石に誰も起きていないと思っていたけど、屋敷の扉を叩くとすぐに執事長のマロフさんが出てきた。アタシたちの姿を見て驚いた様子のマロフさんに、アイツがどこにいるか知らないか、と尋ねると、言えません、と答えられた。
言えない。つまり知ってはいるけれど教えることは出来ないということになる。
そう言われてもただ引き返すことなんて出来ないアタシたちは、それからもマロフさんに詰め寄った。初めの内は教えられないの一点張りだったマロフさんだったが、元が優しい人だったからか、やがてゆっくりと話してくれた。
今日裁判が行われること。その裁判がおばさんにとって不利になること。その裁判にトモヤが行くこと。そして――アイツが囮になっておばさんを助けようとしていること。
それを聞いたアタシは、ほとんど掴みかかる様にしてマロフさんから裁判所の場所を聞くと、一目散に駆け出した。
(…ふざけないで)
暗く、前すらろくに見えない道を全速力で走りながら思う。
(一人で勝手に突っ走って……置いて行かないでよ。アタシだっておばさんを助けたいの。そのためにここまで来たんだから。フィナの時だってそう。フィナを助けたいと思ったのはアンタだけじゃない。アタシだってどうにかしたいと思った。でもアンタを放っておくなんて出来なかったから我慢したのに、アンタは……)
息も荒く、胸がキリキリと痛んだ。後ろからフィナとアリスの声が聞こえた。それでも走る。
(また一人で背負い込んで…なんで自分だけでやろうとするの?アタシたちはそんなに頼り無いの?)
街並みが少しずつ変わってくる。簡素な造りの建物から、次第にしっかりした大きな建物に変わってくる。
(…バカにして…!)
周りに何人か人がいる。なにやら切羽詰ったような顔をしていた。いつもなら気になっていただろうが、今は道の小石ほどもどうでもよかった。
(あの夜、勇気を出せって言ったのはアンタでしょ!おばさんを助けれるか不安になっていたアタシに、あんなバカみたいな事を言って元気付けてくれたのはアンタでしょ!あんな子供みたいな方法でも、アタシは……本当に…)
目の前に黒ずんだ壁の建物が見えた。マロフさんが言っていた建物の特徴が一致していた。その扉に向けて一直線に走り、扉に手をかける。
開けると同時に大声で叫ぶ。なんでも一人で解決しようとする、大バカ野郎の名を。
「──トモヤ!!」
開いた扉の中の光景を見たアタシは思わず目を見開いた。ぐったりと倒れているおばさん。悠然と立っている男。そして、血まみれのトモヤ。
「────ッ!」
慌てて駆け寄ろうとしたが、なぞの男がこちらを見てきたことにより思い留まる。なぞの男はこっちを見てその細い目をかっと見開き、顔を驚愕に染める。
「まさか……コーレインの…?」
その小さな呟きが聞こえ、アタシはさらに警戒を強めた。アタシの姿を見ただけでそこまで分かるなんておかし───
「トモヤッ!!」
「!」
アタシの思考は突如聞こえてきた悲鳴ともとれる声に遮られた。その声の主は遅れてきたフィナ。彼女の目は血まみれで倒れているトモヤに釘付けになっている。
「あ……あ…」
一緒にやってきたアリスはこの惨状に固まってしまっている。無理も無いだろう。自分だってギリギリのところなのだから。
「…くっ…」
男から小さく呻くような声が聞こえた。次々と人が来たことに焦っているのだろうか。
「トモヤ!」
「あっ、フィナ!」
男に目を奪われているうちに、フィナがトモヤの元へ走り出してしまう。慌てて呼ぶも、彼女が振り返る様子は無い。座席の間を駆け抜け、小さな柵を乗り越え、倒れ伏しているトモヤの隣に跪き、体に手を当てる。ここからだとよくは見えないが治癒魔法を使っているのだろう。
「─────!」
その光景を見た男の顔色が変わる。その鬼気迫った様子で腕をフィナに向けて振るう。振るわれた手の間から何かが飛び出したような気がした。
「危ない!」
反射的に口から飛び出したその言葉を聞いたフィナはハッと振り返るが、飛び出したものとフィナの距離はもう長くはない。そのスピードを考えればあと数秒でフィナの元に辿り着いてしまう。思わず身を硬くしてしまうと、後ろからバキッとなにかを壊すような音が聞こえ、
ゴウッ!と音を立てて座席が飛んでいった。
「……は?」
ものすごい勢いで飛んでいく座席は真っ直ぐに男へ向かう。そのあまりの速度によって生まれた風によってフィナに向かっていた何かは軌道を逸れて壁に刺さり、男は慌てて飛来した座席を避けた。
ぎこちない動作で後ろを振り向くと、無残に破壊された座席の留め金と、妙な姿勢で固まったアリスがいた。
「……………アナタが…」
まるで何かを投げた後のような体勢のアリスが言う。
「アナタが……トモヤをそんな目に遭わせたの………?」
俯いて前髪が顔にかかっているのでその表情は窺えない。
「……もし、そうなら…」
アリスはゆっくりと体勢を解くと、座席の背もたれを掴む。
「許さないッ!」
アリスが腕を引くと、堅牢のはずの留め金がまるで飴細工のように千切れる。かなりの重量があるはずの座席を片手で掴んで振りかぶると、それを一直線に投げる。
再び投げられた座席を前に、男は最小限の動きでそれをよける。さっきまでの狼狽っぷりは完全に無くなっていた。それどころかお返しとばかりにアリスに向けて魔法を放つほどの余裕があった。
「アリス、フィナのところへ行って!」
放たれた魔法をかわし、反撃のため新たな座席に手をかけたアリスに言う。一瞬迷ったような顔をするが、アリスは従ってくれた。フィナの元に向かうアリスを狙おうとしている男をフレイムランスで牽制する。
本来、魔法には名前は無い。属性や種類に違いはあれど、人それぞれで形も役割も違ってくる。けれど、魔法をはじめて使う子供やうまくイメージ出来ない人のために造られた、『イメージしやすくするための魔法名』がある。市販されている子供用の教科書にいくつか載せられており、『フレイムランス』もその一つ。子供たちはこういった魔法を扱えるようにし、そこから独自の魔法を考え出していくものだ。
けれど、小さい頃の出来事により魔法を使うことを恐れ、魔法への関心を失ったアタシは、この教科書レベルの魔法しか使えない。いや、知らない。
対してこの男はおそらく貴族。英才教育を受け、幼い頃からのびのびと魔法を使い、考えてきたのだろう。
両者のチカラの差は深い。純粋な魔法による勝負ならば勝てる確立は低い。
けれど、
(負けられない…!)
いや、負けたくない、の方が正しい。
だからこそ、
「───アタシはエルナ・コーレイン!メイラ・ベルティを助けに来た!」
逃げ道を、なくした。
考えていたように、向かう男は口元を歪めた。
「はじめまして。コーレインさんの娘さん。私はロト・ドヘム。この国の旧貴族です」
こんな状況にも関わらず、ロトは恭しくも腰を折る。その態度に苛立ちを覚えた。
「募る話もあるけれど、あなたに一つ聞きたい。あなたは本当に、あそこのメイラ・ベルティを助けるというのですか?」
ロトは横目で気絶しているおばさんを見る。その見下したような目つきに、さらに苛立ちが募る。
「ええ、そうよ」
溢れそうな怒りを押し殺し、出来るだけ平淡な口調で答える。
「知っているのですか?彼女は現在、あなたのご両親を殺害した罪に問われており、さらに、幼いあなたを誘拐した疑いまでかかっているのですよ」
「そんなこと、承知の上よ」
「では…何故?」
「──────十何年も一緒にいると、分かるのよ。あの人がそんなことをするような人じゃないって。だから、助けに来た。トモヤと一緒に」
「………くっくっく」
アタシの言葉を聞いたロトは笑った。そして倒れているトモヤを見る。
「あの少年はすごいですね。あなたにそこまで信頼されている。それに、治癒魔法なんて稀有な能力を持っている子、獣人の子にあそこまで心配されるなんて。よっぽどの魅力があるのでしょうね」
一生懸命怪我を治しているフィナを見て、泣きそうな顔で声をかけているアリスを見て、
「まったく、腹立たしい」
吐き捨てるように言う。
「まったく最悪の気分だ。あんな友情ごっこをするガキが私の邪魔をするだなんて、身の程知らずにも程がある」
まくしたてるロト。その表情からは嫌悪感と侮蔑しか読み取れない。
「しかし思わぬ収穫もあったな。あの治癒魔法、かなりレベルが高いようだ。容姿もいい方だし、あの獣人と一緒に裏の競売にでも出せばかなり値が出そうだ」
瞬間、頭が沸騰しそうになる。ほとんど無意識のうちに腕を跳ね上げ、魔法を撃とうとする。だが、撃てない。胸のうちから得体の知れないものがまとわりつく。
「どうした、コーレイン?私に攻撃しようというのか?おお怖い。これは身を守らなければな」
言ってゆっくりと腕を上げ、ロトは手から魔法を放ってくる。
「くっ……」
モヤモヤを振り払い、魔法を撃つ。放たれた魔法を狙うと考えれば、体も少しはマシになる。
バンッ、と音を立てて、互いの魔法がぶつかり合って消える。
「ふむ。まあまあだな。次はこれだ」
続けて一度に複数個の塊を出してくる。その数と同じだけの火弾を放ち、相殺する。
そんなやり取りが何度も続く。少しずつ難易度が上がっていく様子に、遊ばれている、と感じた。
「……もう飽きたな」
その呟きが聞こえたのは、撃ち合いがもう数十回も続いた頃だった。
「つまらんし、時間の無駄だ。限界を見てみたかったが、さっさと済ますか」
そう言ってからの魔法は、先ほどとは段違いだった。十数本もの針が、一度に飛来する。
「なっ…!」
慌てて魔法を放つ。一つ一つを撃ち落とすのは無理なので、役割が爆発のものを使い、爆風で蹴散らす。
こちらが放った魔法は、相手の針の束の先頭に当たると、ボンッ!と音を立てて爆発する。狙い通りにいったか、と一安心するが、
「っ…!」
突然、ふくらはぎに鋭い痛みが走る。爆風で軌道が変わった一本が掠めたらしい。大した傷ではなかったが、突然のことで意表をつかれ、膝が崩れてしまう。
「終わり、だな」
わずかな煙の向こうからロトが語りかけてくる。
「お前を『保護』したいが、あまり動き回れても面倒だ」
ロトが軽く手を閉じて開くと、針が一本現れていた。
「足をやらせてもらう」
言葉とともに放たれる針。声にならない悲鳴がのどの奥に沸きあがる。逃げ出そうにも足が動かない。ぎゅっと目を閉じる。すぐに襲い掛かってくるであろう痛みに備えて。
「……………………」
だが予想に反して痛みは一向にやってこなかった。僅かな風が頬をなで、瞑ったまぶたの隙間から光が入って来る。なにがどうなったのか知るために、恐る恐る目を開け、
「──────、」
絶句する。
「……バカな」
相対するロトも驚きを隠せないでいる。
今、アタシの目の前にあるのは、光り輝く《飛鳥》を持ち、服を血に染めて、それでもしっかりと立っているトモヤの姿。
「な…ぜだ……?」
ロトが問う。
「何故立ち上がれる…?」
トモヤは答えない。
「あれほどの攻撃を受け!それほどの血を流し!あんな無残な姿で倒れていたお前が!何故!立ち上がれる!?」
そう叫ぶロトの顔には、はっきりと恐怖の色が浮かんでいる。
対して、問われたトモヤは、
「───根性」
ただそう答えた。
どうでしたか
次回予告も世間話もしないで伝えるべきことだけ言います
作者はこれからゲーム三昧になるので、更新が遅れます
ゴメンなさい