第19話 開廷
いや~、今期のアニメはなぜあんなにも面白いのが多いのでしょうね~
おかげで全然指が進まなかったよ、あっはっはっは
…………………………ごめんなさい嘘です
ただ自分に才能が無いのがいけないんです
無能なりに頑張ってみました
是非読んでください
「だ、大丈夫かいトモヤ君?その…目が死んでるんだが」
開口一番、ヴァンに心配そうに聞かれてしまう。だが問題ない。すでに腹はくくってある。
「はい。平気です」
「そ、そうか。ならよかっ――」
「死ぬ覚悟は出来てます」
「全然よくないっ!」
だってねぇ、エルナに『アレ』見られてから部屋の中がどんだけ気まずかったと思ってんだよ。エルナ、目すらあわせてくんなかったぞ。あんな顔真っ赤にして俯き続けるエルナ見たことねぇよ。話を聞いたフィナとアリスも酷かった。内容が内容だけにやや顔を赤くし、それでも俺に非難がましい視線をぶつけてきた。正直、何度も何度も死にたいと思った。幸い、この世界は夜が更けるとやることがなくなるので、住民は基本早寝早起きだ。俺は一端の学生だったのでそれなりに夜更かしはしていたので眠らなかった。ものすごく助かった。ま、こんな話恥ずかしいから言わないけど。
俺が思考をめぐらせている間、ヴァンは俺に命の尊さを語ってきた。それを見事に聞き流し、適当な受け答えをすると、ヴァンは満足したようで話をやめた。
「ああ、そうだ。これを着てくれ」
そう言ってヴァンが渡してきたのは黒いマント。手触りはいいし結構頑丈なのでそれなりにいいものだと思う。
「なんで?」
「キミのその格好は目立つしね」
ヴァンは俺の着ている服を指差す。たしかに前の世界の服は目を引くし、裁判なんかの最中では浮くこと間違い無しだろう。
そう判断した俺はマントを着る。大きかったので《飛鳥》もすっぽり入った。
「じゃあ、行こうか」
俺がマントを着たのを確認すると、ヴァンは先行していく。俺はその後を追う。
街はすでに暗闇に包まれており、唯一の光源は空に浮かぶ月。綺麗な半月だった。耳に入る音といえば俺とヴァンの足音と僅かな風の音だけ。それほどまでに夜の街は静寂に包まれていた。
そんな街を歩いていくヴァン。行く先はいまいち分からない。裁判といってもこの世界に裁判所があるのか分からないし、もしかしたら教会的なところでやるのかもしれない。ただ一つ気付くとすれば進んでいる方向にデッカイ城があるということだけ。
作戦のことやおばさんのことを考えながら歩き続ける。どのくらいの距離を歩いただろうか。いつしか周りの建物は屋敷や店などといったものではなく、何か行事などに使われる、言ってみれば仰々しいものになっていた。ヴァンは何回か道を曲がると、ある建物の前で足を止める。建物の外観はRPGなどに出てくる教会そのものだった。だが十字架を掲げていたりすることはなく外壁も黒ずんでいて、なんとなく陰気な雰囲気を漂わせている。
「裁判はこの中で行われる。…準備はいいかい?」
ヴァンが木製の扉に手をかけながら聞いてくる。なに言ってんだか。もうここまで来たんだから、いまさら帰るなんてありえないだろ。なんてことを思いながら頷く。
俺の気持ちが伝わったのかは知らんが、ヴァンはなにやら納得したような表情を一瞬する。そしてすぐさま表情を厳粛なものにして、扉を開く。
「……」
建物の中は明るかった。ここで人の人生が決まったりするとは思えないほどに。
構造は前の世界のニュースやドラマで見られるようなものに近かった。傍聴人席は木製のベンチが縦四横三並んでいるだけ。その前には小さな木の柵がある。高さはあまりなく、俺の腰程度までしかない。これはこちらからの侵入を防ぐためではない。線引きのためなのだろうと思う。こっちからは違う領域なのだという。
ヴァンは一番右の列の最前列、五人座りの一番左に座る。俺も続いて左から二番目に。
まばらに人が座っているだけだった席も、しばらくすると埋まっていった。中には隣の人とヒソヒソ喋ったり、俺の髪の色を興味深そうに見るひともいたが、彼らは基本無言だった。
ぼーっと中空を見ていると、正面にみえる裁判官たちが座るであろう机の脇の小さな扉が開く。そこに目をやると、四人の男性が真っ黒な服に身を包み、悠然と入ってくる。この距離だと詳しくは分からないが、全員胸にバッジをつけている。二段になっている机の上の段に一人が座り、残りは下に座る。多分あの上の段の奴が上級裁判官ってヤツだろう。髭や髪に白いものが多いというのに顔つきは凛々しい。
「静粛に」
上の段に座った初老の裁判官が言うと、少し残っていたひそひそ話をしている人がすぐさま黙る。
「私が此度の裁判の上級裁判官を務めるワイト・デュール。名前は覚えなくて結構。活用する機会もないじゃろうからな」
すこし酷い言葉にも聞こえるが、遠まわしに「ここにもう来るな」って言ってんじゃないかな、と思う。
「それでは、此度の裁判の立会人となっていただく方に入廷願おう。お入りくだされ」
彼がそう言うと、裁判官たちが入って来た扉とは反対側にある扉がゆっくりと開き、一人の男が悠然と入って来た。
濁ったブロンドに糸目。口元には人を小馬鹿にしたような小さな笑みがあった。
「旧貴族のロト・ドヘム氏じゃ。ドヘム殿よ、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします、ワイト殿」
ロトが恭しく頭を下げる。ワイトはそれに軽く手を上げて答える。ロトが頭を上げて指定の席であろう場所に着くと、ワイトは続けて口を開く。
「では続けて被告人に登場してもらおう」
俺たちが座っている席の柵を越えた右の壁の扉が開き、鎧を着た男二人に付き添われたメイラさんが入って来る。念のために俺はマントについていたフードを深めにかぶる。俺を見たおばさんが何かしないとも限らないからだ。
裁判席の真正面にある被告席におばさんが座る。
「被告メイラ・ベルティ。容疑は殺人、及び十数年にわたる逃亡。以上のことに間違いはないか」
「間違いありません」
いつの間にやらいた人が言う。どうも検察とか警察とかそこら辺の人っぽい。
返答を聞いたワイトがよくあるあの小さい木槌で裁判台のちょっと浮き出ているところを叩く。
「これより、裁判を始める」
裁判はものすごくスムーズに進んだ。まず検察だか警察だかよく分からない人がおばさんとエルナの両親との関係性を語る。続けてメイラさんの過去の経歴を述べ、国に貢献してきたから情状酌量の余地があると言った。関係ないけどおばさん、『はぐれドラゴン単独討伐』ってスゴ過ぎるだろ。てかドラゴンいるんだ。
ワイトがおばさんに「なにか言い分はあるか」と聞いたら、おばさんは「ありません」と答えた。
それからのことは分からない。あまりにも話が小難しすぎてちょっと寝てしまった。はっと気付いたときにはもう終盤だった。
「それでは立会人のドヘム殿の意見を聞かせてもらおうか。ドヘム殿、どう思うかね?」
裁判官同士で話していたワイトがロトに聞く。ロトは顎に手をやって考えるようにすると、
「被告と被害者はまるで家族のような関係だったと聞きます。そこまでの仲の者を殺めるというのはあまりにも非人道的だとは思いませんか」
よく言うものだ、と隣で唸るようにヴァンが呟く。
「さらに被害者であるコーレイン夫妻の娘を連れ去った疑いもあります」
ロトはそこでおばさんに目をやるが、おばさんは目を閉じて黙り込んでいる。
「誘拐がまだ決定的ではないにしろ、夫妻の殺害の動機は近しい仲であるが故の怨嗟だと思われます。恨みによる殺人、これは決して許されるものではありません。たとえ被告がどれだけこの国に貢献していたとしても、です」
おばさんは何も言わずに黙っている。何故だ?なんでおばさんは何も言わない?
「私は此度の判決に、断固たるものを求めます」
「……うむ」
ロトの言葉を聞き終えたワイトは難しい顔をして俯く。――そして、
「判決は――」
「一つ、いいかい」
おばさんがワイトの声を遮る。
「…なんだね?」
「いや、はっきりさせておきたいことがあってね。構わないかい?」
「……構わない」
裁判長!と下の段の裁判官がワイトを見るが、それを無視して、ワイトはおばさんをじっと見つめる。返答を聞いたおばさんは満足そうにすると、告げる。
「コーレインの娘、エルナ・コーレインは――もういない」
「―――!」
そうかこれか!おばさんの狙いは!死亡が確認されていない以上、エルナはおばさんと同じように探される。だが事件の犯人がつかまれば、その犯人が自ら「もういない」と言ってしまえば、続けてエルナが捜索されることもないだろう。……おばさんはこのためだけに…。
「あたしの言いたいことはそれだけだ。続きをどうぞ、裁判長殿」
「貴様!何と言う口の聞き方だ!」
下の段にいる裁判官の一人が立ち上がる。が、すぐにワイトに手で制される。
「構わん」
「しかし…」
「くどい」
食い下がろうとする裁判官だったが、ワイトが一睨みするとすぐに押し黙る。
「それでは改めて―――判決」
ワイトがおばさんを真っ直ぐに見つめる。
「被告、メイラ・ベルティを三十年の禁固刑に処す」
三十年。長いような短いような年月。と言っても俺が今まで生きてきた期間の二倍。その頃俺はもう四十五になっている。おばさんの歳は知らん。けどもう四十か五十くらいはいってるような気もするな。んで三十年だから七十か八十。この世界の平均寿命なんかは知らないけど、そこまで長生きとも思えない。極刑とかそこらへんなら速攻で止めに入ったけどここまで微妙な感じだとリアクションに困る。
こっそりと隣に座っているヴァンを見る。するとヴァンも同じようにこちらを見ていた。どうするか困っているのだろう。というか若僧の俺に尋ねようとするなよ。あんたの方が場数踏んでんだからあんたが決めてくれと思い、視線を外す。
そこで視界の端に偶然入ったものに自然と目がいく。
笑っていた。
先ほどと変わらぬ席にいるロトの口元が大きく歪んでいた。周囲に悟られないように口を手で覆っているが、この角度からだと見える。
瞬間、頭に血が上る。反面、妙に冷静な部分がある。その冷静な部分の判断で、ヴァンに視線をやる。まだ俺のことを見ていたヴァンと視線があう。そして予め決めていた簡単な手の動きで俺の意思を伝える。それを見たヴァンはほんの僅かに頷いた。
俺は改めて正面を向き、キッとそこに映る全てを睨んだ。
ドサッ
最初に聞こえてきたのは何かが床に落ちる音。
落ちたのは俺の隣に座っていたヴァンの体。ヴァンの体はゆっくりと傾き座席と座席の間に倒れこむ。その動きに気付いた人が僅かに動揺し、そのことに気付いた人もその理由に動揺する。それが何回も重なっていき、いつのまにかほぼ全ての視線が床に倒れ伏しているヴァンに集まっていた。
「あの…大丈夫ですか」
ヴァンが倒れた場所のすぐ近くにいた女性がヴァンに声をかける。
ニチャ
「え…?」
揺さぶろうとしてヴァンの体に触れると、そこからほんの少しの水音が聞こえる。女性が触れた指の先を見ると、そこには赤い液体がべっとりとついていた。次いで、ヴァンの体と床の間から赤い水たまりが広がっていく。
「きっ…、きゃあああああああああああああ!」
その女性の悲鳴を皮切りに、所内は騒然となる。傍聴席に座っていた人たちが全て立ち上がり、何人かの男性が放心状態だった女性をヴァンから引き離す。
その混乱の中、俺は変わらずに席に座っていた。何も変わらないことが異常。何人かの視線が俺に向けられる。
その視線を浴びながら俺はゆっくりとした動作で立ち上がり、わざとマントの隙間から抜き身の《飛鳥》の刃を出す。
「コ…コイツがやったんだ!見ろ!刃物持ってやがる!」
近くから男のあせったような声が聞こえるが無視。俺はそのまま歩き、傍聴人席と裁判台とを仕切っていた柵に足をかけ、乗り越える。
「!え、衛兵!くせ者だ!」
ようやく事態に気付いた例の役割がよく分からない人が叫ぶと、さっきおばさんが入って来た扉から、簡単な装備の六人の男が出てくる。
手に二又の槍を持って少しずつ迫ってくるが、明らかに脅えている。人を切った俺を恐れているのだろう。少々申し訳無く思いながら接近。鞘に収めた《飛鳥》で殴打。鎧の隙間を狙っていく。当然反撃もされるがヴァンの攻撃より遅いし、ちゃんと見えるので反応するのは簡単だった。一人頭二、三十回ほどぶん殴った辺りで全員気絶。その労力を鑑みて、やっぱり自分は気失いすぎだと思った。
頼りの傭兵がやられたからか、傍聴人席の全員が慌てたように逃げていく。裁判官たちも、三人の裁判官がワイトを引っ張っていくようにして元来た扉をくぐっていく。ただ、ワイトが最後まで俺をじっと見てきたのが気になった。
さて、本来ならこの騒ぎに乗じて鳥の血でべっとりのヴァンがこっそりとおばさんを連れ出し、俺も適当なところで逃げる予定だったんだが……ここで一つ問題が発生。
傍聴人席にいた勇気ある数人が倒れているヴァンの体を担ぎ上げて持って行ってしまった。あちゃー、台無しじゃん。こうなると俺一人でやらないといけないじゃん。まあほとんどの人は逃げちゃったし、残るは、
「あんたは逃げなくていいの?」
未だに余裕の態度を崩さないあの貴族様をどうにかするかだな。
「あなたこそ、しばらくしたら騎士団が来ますよ。逃げなくていいんですか」
「まだやることがあるんだよ」
適当に言葉を投げながらおばさんに近付いていく。
「あんた…トモヤかい?」
「ご無沙汰してます」
おばさんの手についている石製の手枷を外そうとする。がうまくいかない。
「なんてことをしてるんだい!あたしの事なんて放ってさっさとお逃げ!」
「そうもいかないでしょ。…あれ?これどうやるん―――ッ!」
全力で横に飛び退く。頬に何かがかすめて血が出てくる。
「テメェ…なにしやがる」
俺は怒気を込めた目を攻撃をしてきたロトに向ける。
「いえ、少々当てが外れましてね。それで邪魔者の排除を」
「邪魔者とは失礼だな。さっきは何もしなかったのに」
「てっきりコーレイン夫妻の娘かと思いましたので」
「自分で殺した人たちの娘を助けようってか。罪滅ぼしのつもりか?」
「あなたの言っていることが理解できませんね。私は行方不明の少女を保護しようと思っただけですよ」
「飛び込んできたのが野郎だったから殺そうってか?女好きにも程があんだろ」
「………少し、生意気ですね…」
そう言ったロトは片手を軽く横に振る。何の意味も無いような動作が一番危険だとこの世界に来てイヤというほど味わっている。俺はさらに後ろへ跳ぶ。
カカカッ
俺が立っていた場所に何かが突き刺さる。これは……針?
「おや、二度もかわされるなんてショックですね」
「けっ、針なんてみみっちいもの、当たるわけ無いだろ」
「そうですか。ではもう一度」
ロトは再び腕を振る。着ていたマントを脱いで針を防ぐ。わざわざ避けるまでも無い。今度は十数本の針が放たれたようでマントに結構な量の穴が開いていた。すでに針の影も形も無いのを見ると、やはり魔法か。
「なかなかやりますね」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
「けれど、次はどうでしょう」
再三、ロトは腕を振るう。先ほどと同じようにマントを振るって針を絡め取ろうとする。―――が、今度の針はマントを突き破り俺に迫ってくる。
「ぬおッ!」
強引に身を捻って針をかわそうとするも脇腹をかすめて、服と皮膚を裂かれる。
「…服これしかねえんだぞこん畜生」
ジクジクと疼く脇腹を押さえながら唸るように言う。幸い掠っただけだったので出血はあまりない。
「服位いくらでも買えるでしょう」
「この服にはちょっとばっか愛着があんだよ」
「以前いた世界の名残、ですか?」
「…分かる?」
「当然気付きます。そのことを踏まえて疑問があるのですが、何故あなたはメイラ・ベルティを助けようとするのです?そこまで親しい仲でもないでしょうに」
棒立ちになっているおばさんを見ながらロトが問う。ニュアンスの違いはあるが内容は昼間のヴァンさんと同じだ。今頃はどうしているだろうか。死んだフリをさっさとやめてここへ来ようとしているのか。まあいいか。質問にはちゃんと答えてやるか。
「お前にゃ理解できねえよ」
それぞれにピッタリの答えを。
俺の返答にロトはピクッと眉尻を動かすが、すぐにもとの表情に戻る。そして大振りで腕を広げ、嗤う。
「まったく。騎士団が来るまで平和的にお喋りでもして過ごそうと思っていたんですけどね…」
「なんだお前、男もイケるクチか?」
ロトの言葉を遮るように茶々を入れる。話の腰を折られたからなのか、はたまた言われた内容からなのか、ロトは小さく笑い、
「大概にしろよゴミが」
明らかな敵意のある目で睨んでくる。
「…ちょっと沸点低すぎない?」
「黙れ。喋るな。空気が穢れる」
それだけ言うとロトは素早く腕を振るってくる。咄嗟に横に走る。針が後ろを通過していくのを感じながら、走り続ける。次々と針が襲い掛かってくるが、走り、台の影に身を潜め、マントを広げて目寸を狂わせて、避け続けていく。
「…チッ!」
続くやり取りに嫌気が差したのかロトは舌打ちをする。そして辺りに巡らせていた細い目が枷に拘束されたままのおばさんを捕らえた様な気がした。口元が横に広がる。
(マズい…!)
そう判断して駆け出した時にはもうロトは手を振るっていた。何回も見たからか捕らえられる針の軌道。それは真っ直ぐにおばさんを狙っていた。おばさんを引っつかんで強引に避けさせる余裕などは無い!
(くっ…!)
ザシュッ!!と肉が貫かれる音がした。
だがそれはおばさんの体から出た音でも、ましてやロトの体から流れた音でもない。
肉を貫かれ、体から血を流しているのは――俺だ。
咄嗟の判断で体を突き飛ばしたおかげでおばさんにはかすり傷ひとつない。代わりにおばさんに刺さる筈だった鋭い針は俺の手を、肩を、腹を、足を、貫いていた。
「う…っ…」
痛みに体が揺らぐ。改めて体に刺さっている針を見て、青く半透明であることから水で出来ていると分かった。
突き飛ばされた時に打ち所が悪かったのか、おばさんは横倒しになったまま動かない。くっくっくと笑いが聞こえたのでそちらを向くと、ロトが口に手を当てて震えていた。
「そいつを助けるために少しでも隙が出来ればと思ったんだが、予想以上だな」
再び笑い出すロト。
「しかし分からんな。何故そこまでその女を助けようとする?その女がどうなろうと、貴様には関係ないだろうに」
利己主義者が、と小さく呟く。
例えおばさんが殺されようが、目の前で大虐殺が繰り広げられようが、隣人が不治の病に苦しもうがこいつは動じないのだろう。むしろ表情は悲惨なものにしながら内心では笑うようなやつだ。
元来、人間の思想はそれぞれ別だ。こいつのように他人なんかより自分のことを優先させるものもいれば、逆に他人を重視するやつもいる。解決すべき物事に見てみぬ振りをするやつもいればいちいち事件に首を突っ込むやつもいる。美意識だって人生観だってそれぞれ違う。自分と違う考えを全て否定するなんてキリがない。だからコイツの考えを否定する気は無い。
だが、
「………だよ…」
「ん?」
「……ィんだよ」
「なんだって?」
「…今ここでこの人を、恩人を見捨てたら、俺の寝覚めが悪ィんだよ!」
自らの考えを曲げる気も無い。
「………」
ロトは無言だった。善だの悪だのそんなことを言うつもりは無い。いつだって俺は自分がやろうとしたことを出来るだけして生きてきた。
どちらかといえば俺もロトと同じような利己主義者だ。己のやりたいことをやる。他人の意見などは気にしない。思うままに行動して悔いが残らないように生きていく。その結果他人が救われようが底辺まで落ちようが知ったことではない。俺がよければそれで満足である。
だからこそ、
同じ考えのロトとは反りが合わないのだろう。
視線の先にいるロトは無言だったが、急にニヤッと笑みを浮かべる。
「…面白い。面白いねぇ。そうかそうか寝覚めが悪くなるか。結局は自分のため。そうかそうか」
そう言ったロトはますます笑顔になって、
「それじゃあよく眠らせてあげよう」
不意に、頭上に影が現れる。反射的に見上げた先にあったモノを、どう表現したらよいのだろうか。
全体的に青く半透明なのはさっきの針と同じだ。ただ違うのは規模。一辺が五メートル近くある正方形。奥行きの正確な長さは分からないが決して短くは無いだろう。その水で出来た大きな塊は、
一直線に降ってくる。
「――!」
瞬発的に《飛鳥》を上げてその塊を受け止める。圧倒的な質量が身に掛かり、傷口から血が溢れていく。塊の質量は一向に減らず、むしろ時間が経てば経つほどに増大していくように感じる。《飛鳥》を支えている腕が震える。骨が軋む。踏ん張っている足が崩れそうになるのを、砕けるほどに歯を食いしばって堪える。そこまでしても、受け続けるので精一杯だった。
「どうだ、私の魔法は?」
薄ら笑いを浮かべたロトが問う。
「それは私が使えるものの中で一番の威力を誇るもの。本来ならばあっという間に潰されて終わるのに、それに耐えているあなたはスゴいですよ」
冗談ではなく本当に感心したようにロトは言う。そんな余裕さが腹立たしかった。
「…へっ、なめんなよ。この…位、全然問題ないっての…」
「…ふっ、そんな状態でも軽口をたたくか。ならば…」
ロトの手に三本の針が現れる。思わずぐっと息を呑む。
「これも平気か?」
ドスッ!と一本の針が左の太ももに突き刺さる。
「ぐっ……」
思わず左膝をついてしまい、さらなる負荷が体に掛かる。
次は右。これも同じように太ももに刺さり、その痛みで力が抜け、地に膝を着く。両膝をついた状態で上からの重量に耐える。そんな姿は傍から見たら滑稽だろう。
「ふむ。ここまで耐えられると私も自信を失くすな」
ロトの呟きが聞こえるが、もうなにを言うことも出来ない。体中の傷から血と一緒に力まで抜けていくような感覚。すでに服は真っ赤に染まり、足元には小さな血溜まりが出来ていた。
「…もう喋る気力も無いか」
ロトが言う。
「ならばいっそのこと、楽にしてやろう」
言葉の後に耳に届いたヒュンという風切り音。右肩に鋭い痛みを感じたのを皮切りに、全身から力が抜けていく。
直後、圧倒的質量が身を潰す。
どうでしたか
裁判のトコは本っ当にテキトーです
もしどこかでイラッとしたなら誠心誠意謝罪させていただきます
次話は出来る限り急ぎます