第1話 何気ない日常
拙い文章ですがよろしくお願いします
夏である。
暑いのである。
たったこれだけのことで現状を正確に表現できる俺ってすごくないだろうか。ごめん、調子に乗った。
「あぢぃよ……」
これだけ気温が高ければもう何をする気も起きない。扇ぐのに使うためだけに持ってきている下敷きを机の中から取り出すのすら億劫で、今こうして机に突っ伏しているけど卓板と接している部分が汗でベトベトして気持ち悪いんだけど暑いのでそれすらどうでもいいというか。
全開にしている窓から流れ込む風の恵みをただただ待ち望むばかりである。
こんな時窓際の席なら風がダイレクトに来て涼しいんだろうなー。でも下手をすれば直射日光を浴びて溶けてしまうかもしれない。そう考えると座席の行列の真ん中からやや窓側よりのこの席は意外と良ポジションだったりするのかも。どっちにしても今日はほぼ無風。誰か風の精霊とか召喚してくれないかな。
「そうやって一人で机に伏していると、まるで友達がいないやつみたいよ?」
「……あながち間違っていない。俺友達少ないし。割と人見知りするし」
後ろから聞こえてきた声に反応する。いや、座標的には床のほうを向いてることを鑑みれば音源は下の方にあることになるのだが。どうしてこのクソ暑いのにつまらないことを考えてしまうのだろう俺。
「嘘つけ。アンタしょっちゅう始めてあったって人と仲良さ気に話してるじゃない。社交性だけはあるわよ」
「いや違うんすよ楓ちゃん。俺ちょーシャイだし。ほら、俺ナンパとか全然出来ないし」
「それが普通よ。あと楓ちゃん言うな。気色悪い」
酷い言われようである。
いつまでも下を向いているわけには行かない。話すときは人の目を見て喋りましょうとちゃんと小学校で習ったからな。木目とじゃあ目が合っているかすら分からない。
ぺたぺたする机から顔を離して、纏わりつく熱気を引き剥がすように体を回転させた。
俺と同じように暑さにうんざりしたような、しかし最低限の気力だけは維持しているらしい凛々しい顔が視界に入った。今日も眼鏡が良く似合っているよ。
彼女は琴片楓。割と長い付き合いで登校時には待ち合わせて一緒に行くくらいには仲はいい。肩の辺りで切りそろえた髪ときらりと光る眼鏡が一見真面目っぽいけど、意外とノリがいいやつ。
「いいじゃんか楓ちゃん。可愛いよ楓ちゃん。萌え萌えだよ楓ちゃん」
「次ちゃん付けで呼んだら燃え燃えにしてやるわ」
音声だけなら違いは分からないけど字面にすると違いがはっきりと分かるね。ところでカッターシャツって石油製品だけど火つけたら燃えやすいのかな?
「おーい、弾」
「あん?なんだよ」
夏は灼熱、冬は極寒、春と秋は寝すぎて先生に怒られるという魔性の席である窓際の後列から二番目で、屍のように野垂れていた一人の男子が顔を上げる。
有吉弾。野球部。五分刈り。背は俺より高い、クソが。付き合いは楓と同じくらいだった気がする。そんでもってバカ。
「借りるよ」
「取りながら言うなバカ」
するりと楓がかけていた眼鏡を拝借しつつ席を立ち弾に近づいていく。奴さんは斜め上から降り注ぐ日光から目を守るために目蓋をほとんど閉ざしているようでこちらの動きをほとんど把握できていないよう。これはチャンスだ。
光の通り道に眼鏡を置く。凸レンズによって集められた光が一点に、具体的に言えば弾のつむじに向かった。
「…………………………熱いわっ!」
悲鳴を上げて弾がその場を飛びのき、勢い余って机と椅子を巻き込みながら後ろに転がった。
見たいリアクションも見れたのでその場を離れ、楓にお礼を言いながら席に戻った。
「それだけ!?お前のおもちゃにされた俺に掛ける言葉は一言も無いのか!?」
掴みかからんばかりの勢いで弾が迫ってくる。その前にしっかりと机の整理をしてくるのが変に几帳面というか。
「あー、失敗だわ。シャツが燃えやすいかどうか知りたかったのについ生身にいってしまった。うっかりうっかり」
「何でそんなに軽いノリなんだよ!後そうじゃねぇよ!謝れって言ってんだよ俺は!」
「弾、うるさい」
「あ、はい、すいません」
冷徹な楓の一言に右肩上がりだった弾のボルテージは急降下。へこへこと頭を下げつつ近くの席に座った。
「全く、なにをそんなにカッカしているんだ。今朝は明日から夏休みだとあんなに嬉しそうだったじゃないか」
「誰かさんのせいでねぇ!……はぁ、もういいや。怒るのもしんどい。お灸を据えられたと思って我慢しよう」
「お、上手いこといったな。誰か彼にホットコーヒーを」
「いるか!……うわマジで投げてくるな熱っ!」
日の当たる場所に置いていたらスチール缶がヒートアップしてしまったので飲めないらしい。最前列の関口君に感謝を込めて手を振っておいた。
やがて始まるイッキ飲みの掛け声。最初は拒絶していたがクラス全員に囃し立てられ勇ましく缶を垂直に傾ける弾。その瞬間計ったかのように目を逸らすクラスメイト。缶から口を離しキレる弾だが唾とコーヒーが飛んで来たと楓に吹き飛ばされる。笑うクラス一同。力尽きる弾。そこで担任が教室に入ってきて内部の惨状に目を見開いて驚愕する。
いつもと変わらないその光景に自然と笑みが浮かんでいた。
――いつも通りの、はずだった。