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第15話 迷子に会ったら交番へ

お久しぶりです。18日ぶりです。三週間ぶりです。

おかしいですね。他の方は夏休みに入ったら執筆速度が上がるものなのに、自分はかなり遅くなりました。

その分長いのが書けたので、どうぞ。

ガタガタガタ・・・・・・・・ガタン

 道の起伏に合わせて車体が揺れる。その振動のせいでそろそろ尻が痛い。しかしとある事情で動くにも動けない。

 新しくフィナを加えた俺たち3人は、無事国境を通ることが出来た。その先に都合よく『中枢都市ミナレット行き』と書かれた馬車(牽いてるのは小さな肉食竜みたいのだったが)があったので、渡りに船と乗り込んだ。御者の人の話では昼過ぎには着くとのことだった。

 それはさておき、さっきのとある事情についてだが、まあこの事情には理由がある。

 今俺たちがいる国、レパーラ。この国は国土の六割を農地や農村で占めている国で、技術が発達しているのは国の中央付近にあるいくつかの都市だけであり、馬車の窓が映していくのはずっと田園風景のためすぐに飽きる。そのため、馬車の中で時間をもてあます。退屈にしていると当然のように眠くなる。しかしこの馬車は乗車賃が安いため大きさが小さい。座席も一つしかなく三人で座っているため眠るには座って寝るしかない。というわけで簡潔に言ってしまえば、現在エルナとフィナは体を俺に預けて熟睡中なんだよ。

 もうぐったり俺に寄りかかってるから俺が動くとこの二人も動いちゃうんだよ。気持ちよさそうに寝てるから起こしちゃうのも忍びない。結果俺はこのケツの痛みと戦わなくちゃいけない。まあ我慢できないほどでもないからいいんだけど。

「ん…」

 左のエルナからうめくような声が聞こえた。エルナの顔を見ると、小さく笑っている。きっと楽しい夢でも見ているんだろう。

「……トモヤ…」

 エルナの口から俺の名前が出る。俺がいるのか?それで楽しいってなんか照れ…

「逃がさないわよ…」

 彼女の夢の中で俺は一体何をしたのだろう…

 これ以上エルナの夢について詮索するのはやめよう。俺の精神衛生上の問題で。

「…トモヤ」

 今度はフィナか。フィナの夢なら俺が何するでもないだろう。

「トモヤ…ダメ…それは……あっ!」

 どうした!?どうした俺っ!?何が!何があったんだ!

「あ…………すぅ…」

 寝るなぁぁあああああああああああああああ!!寝るなよ!いや最初から寝てたけど!せめて俺の安否だけでもはっきりさせてからにしてくれよ!

 ……ああ、もういいや。他人の夢の内容について考えるのは不毛だ。やめよう。

 でもそうなると、一気に暇になるからな。何故か知らんが俺は一切眠たくない。俺の勘では到着まであと…2時間ちょっとってところだな。

「ふふふ、追い詰めたわよ…」

「ダメ…それは罠…あっトモヤ!」

 気になる。この二人の頭の中で俺はどんな窮地に立たされているのだろう。分からない。分かりたくもない。

「ま、まさか、こんなことになるなんて…」

「うそ…」

 二人が非常に気になる発言をし、なにやら身悶えている。そして何故かさらに俺に擦り寄ってくる。……ああもうなんで女の子ってこんなイイ匂いがすんの!?

 俺がどんなに悶々としていても、馬車の進む速度は変わらない。そのことをかなり恨んだ。




 いよいよ目的地の中枢都市ミナレットに到着した。到着して起こした二人が俺を見て涙目で安堵していたことは早急に忘れることにした。

 ミナレットの町並みはスゴイ。何がすごいかって言うと街のど真ん中にデッカイ城がどーんと建っている。あの城のにはレパーラを統べる国王が住んでいるらしい。なんでも天才的な魔法の才能の持ち主であると同時にかなり賢いらしく、国交などの交渉の場ではその頭脳を遺憾なく発揮するという。(フィナ談)

 この都市は東西南北で四つに分かれていて、今俺たちがいる南側が商業区域、東側が居住区域、西側が貴族区域、北側が工業区域となっている。(これまたフィナ談)

 まあそんなことはどうでもいい。俺が今一番気になっていることは他にある。

「フィナ、ひとつ聞いていいか?」

「うん」

「俺の目が確かなら…道行く人の中にちらほら獣耳が見えるんだが」

「あれは獣人」

「獣人?」

「そう。考え的には人と魔物の中間と考えられている」

「げっ…」

 人と魔物、この二つから連想されるのはあのバケモノ。

「違う。アレは人の遺伝子に強引に魔物の遺伝子を混合させたもの。獣人とは違う」

 俺の考えてることが分かったようで、フィナが補足してくれる。

「獣人は魔法が使えない。その分身体能力が高い。だから労働力として使われる」

「労働力って…奴隷か?」

 俺の問いにフィナは小さく頷く。

「男の獣人は力仕事、女の獣人は使用人になることが多い。今は扱いが改善されたけど、昔は獣人をどんな扱いにしようとかまわなかった」

 フィナの説明を聞き、俺は呆れる。差別に対する憤りもあったが、まず呆れた。この世界も、もといた世界も人間のやることは変わらないのだと。前にいじめをしていた奴をシメたことがあったが、あれではなんの解決にもならない。どうにかするには、その人の考えを根底から変えなくてはいけない。ただそんなこと一般人の俺に出来るはずもない。できるのは強いチカラを持った、それこそこの国の国王くらいの人じゃなきゃダメだ。

 そんなことを考えている間、エルナとフィナがなにやら話し込んでいた。すると、エルナが俺を見据えて言う。

「アタシとフィナは買い物してくるから、トモヤは適当にぶらぶらしててちょうだい」

「えー、俺一人かよ。俺も買い物に付き合うよ」

 見知らぬ街に一人だけで放置される恐怖に耐えかね、同行を申し出ると、エルナに睨まれた。

「アンタね、女の子だけで買い物に行くって言ってんの。すこしは察しなさいよ」

 女だけで…………………………なるほど

「分かった。そこら辺うろちょろしてるよ」

「じゃ、集合場所はここね」

 そう言うとエルナとフィナは行ってしまう。ふと見るとフィナの頬がほんのり赤らんでおり、自分のデリカシーのなさを嘆くべきか、フィナが感情を表に出すようになったことを喜ぶべきか一瞬悩んだが、もう考えるのもめんどくさくなったので適当に人ごみに入ることにした。



 通りの様子は圧巻と言わざるを得ない様子だった。両脇にたくさんの露店が所狭しと並んでおり、見たこともない食材がたくさん売っていた。その通りを抜けると、今度はきちんと整理された様子でいくつかの店舗が立ち並ぶ場所に出た。しかし、整理されているといっても人通りは多く、どこか雑然とした印象を与えた。

 そんな場所で見つけた。見つけてしまった。十字路の真ん中でメモのようなものを片手にきょろきょろしている亜麻色の髪を頭の両側で縛った、俗に言うツインテールでメイド服を着た獣耳が生えている女の子。

「………」

 何も言えない。言いたくもない。だって見ろよあれ。物陰から脂ギッシュなお兄さん方があの子のことじっと見てるもん。この場合俺がとるべきアクションは

1、あの女の子に声を掛ける

2、あのお兄さん方をしばく

3、お兄さん方をしばいた後女の子に声を掛ける

4、逃げる

だ。どうする?出来れば4番を推奨したい。でもこの状況を放置するのはちょっとな。2番は簡単だけどな…あの子に声を掛けるのはまたトラブルに巻き込まれる気もするしな…

くいくい

「ん?」

 ごちゃごちゃと考えていると服を引っ張られる感じがした。視線を下げると件のメイド服の女の子が俺の服のすそを掴んでいる。

「あ、あの、すみません。グラドの屋敷ってどこにあるか知りませんか」

「え、えと、ゴメン。分からない」

 いきなりのことにちょっと慌てながら、それでも正直に答える。途端に少女の大きな鳶色の瞳が潤みだす。

「うっ…うっ…」

 小さな女の子が目の前で泣くことに、俺は焦る。

「ちょ、ちょっと待って落ち着いて!なにがなんだか分からないんですけど!とりあえず泣くな。いや泣かないで下さいお願いします。そしてその頃物陰からこちらを見ているお兄さん方の視線が怖い!」

 スッゲー怖い。もうあれ殺気とか出てんじゃねぇの。

 脂ギッシュなお兄さん方に殺されるなんて笑い話にもならない。そう判断した俺は目の前の少女を落ち着かせるために、とりあえず頭をなでてみる。

「んっ…ん……うぅ………うにゃあ」

 最初は驚いたような顔だったが手を動かし続けると、目を細めて猫みたいに声を上げた。が、急にはっとしたような表情になり、パッと飛び退く。

「ち、違うから!別になでられて気持ちよかったとか、大きい手ってなんか安心できるなとか、そんなこと全然全くちっとも思ってなんかないんだよ!」

「あー、分かったから落ち着け」

 大慌てで捲くし立てられても説得力は皆無だが、そこはあえて触れないでおく。

「そ、そうだね。……ふぅ、もう大丈夫」

「そうか。じゃあ一つ聞くがなんでお前は急に泣き出したんだ?」

「うん。私はアリスっていうんだよ」

「待て。俺はそんなこと聞いてない」

「私、さっき言ったグラドの屋敷にお仕えしていて、今日はおつかいで街に来たんだけど…」

「ああ、迷ったのか」

「ち、違うよっ!迷ってなんかないよ!ただ帰り道が分からなくなっただけ!」

「それを迷ったと言うんだ」

「うう…口ばっかり達者に育って」

「初対面の人に言うことかそれ」

「初対面の子供にも遠慮ないくせに」

「甘いな。これでも結構優しく言ってるんだぞ」

「本気ならどんなこと言ってるの…?」

「つまり、お前はおつかいに来たけど帰り道が分からなくなって、通りすがりの俺に道を聞いたけど俺も分かんなくて泣いたという訳か」

「…………うん」

「ガキだな」

「怒るよ!」

 頬を膨らませて腰に手を当て、精一杯こちらを睨んでいる…様に見える。身長差のせいでこちらを見上げるカタチになっているため、どんなに頑張っても愛らしく見えてしまう。

 こういうのは子供の特権だよなー、なんて考えつつ、とりあえず手を差し出す。

「ふぇ?」

「屋敷に帰りたいんだろ。一緒に探してやるから。もう泣くなよ」

「泣かないよっ!」

 頬を赤らめて反論しながらも、ちゃんと手を掴んでくるこの少女に出来るだけ優しく微笑みかけながら言う。

「俺の名前は智哉。篁 智哉だ。少しの間だけだろうけどよろしく」

「……よろしくお願いします」

 何故この子はそっぽをむいてしまうのだろうか?すこし見える頬は真っ赤だし。あれ?これ怒ってんの?なんで?俺気に障るようなことした?

 目の前の難問に首を傾げながらも、俺は少女_アリスの手を引いて歩き出した。



「なあアリス、屋敷の周りになんか目印になるようなものはなかったのか?」

歩き始めてから数十分。とりあえず適当に歩き回って見覚えのある道を探していたが全く当たらない。無軌道に歩くのもそろそろなのでここらでなにか目標でもたてようと思い、言ってみたが、

「何を言ってるの。そんなの覚えてたらとっくに人に聞いて帰ってるよ」

 どうやらこのまま歩き続けるしかないらしい。本気で膝を抱えたくなった。―――と、そこで不意にアリスの足が止まった。ぼーっと突っ立って何かを見ているようだ。視線をたどると、前方で談笑しながら歩いている二人組の女子。何の変哲もない普通の女の子だ。どうしてこんなに凝視しているのだろう。もう一度アリスへ視線を落とし―――そこで気付く。アリスの目線は少女たちをというより、少女たちの持っているものを見ている。少女たちが持っているものは……アイスクリームっぽいものだ。断じてアイスクリームではないだろう。だってアイスクリームはあんな色していない。真っ黒だもん。いや、確かイカ墨のアイスとかあったような…?

 いかんいかん。思考がちょっと横にずれた。で、アリスがあの暫定アイスクリームを見ている理由は…考えるまでもないな。

「アリス」

「……」

「アリス!」

「ひゃ、ひゃい」

 うん。いい具合にテンパってるな。

 アリスの反応に口元を緩めながら、例のアイスクリームを指差す。

「あれ、食べたいのか?」

「えっと……………………うん」

 なんかけっこう間があったけど、どうやら食べたいらしい。ここで買ってあげるのが紳士というものだろう。でもアイスクリームを売っている場所はさっぱりなので、仕方がない、都合よく近くで飴細工の店があったのでそこで兎の形の飴を買う

「んじゃ代わりにこれをやる」

「え?」

 俺が差し出した飴を見て、アリスはぽかんとする。

「…………………」

「…………………」

 ……あれ?おかしいな。なんでこの子は受取らないんだ?っていうよりキョトンとして俺を見上げてるし。

「えっと…いらないのか?」

「あ、くれるの?」

 危なかった。危うくマンガみたいにすっ転ぶとこだった。

「当たり前だろ。ほかにどうするんだよ」

「だって…今までお菓子とか食べたことなんかなかったし…」

 あー、獣人の扱いはひどいってフィナが言ってたっけな。この子も今まで冷遇されてきたりしたのかな…。

 そう思った俺はアリスの目線に遭うようにしゃがんで、再度アリスの目の前に差し出す。

「食べろ」

「え、でも…」

「いいから食え」

 俺の言葉を聞いたアリスは、迷うように視線をめぐらせると、やがておずおずと俺の手からキャンディを取ると、ゆっくりと口に入れた。途端に少女の大きな目が輝く。

「おいしい!とっても甘くて、とってもおいしい!」

「そうかそうか。アリスも女の子なんだな」

「…どういう事?」

「いやな、女の子っていうのはな、甘いものを食べたら幸せになれる生き物らしい」

「ふ~ん」

 空返事で答えるアリス。お前が聞いたんだろと文句の一つも言いたかったが、幸せそうな顔で飴をなめているアリスを見ているとそんなことも言えず、優しく手を引いて歩き出した。



 歩くことさらに数十分。途中、なめ終わった飴の棒をポケットにしまうアリスを見た俺が「捨てるから頂戴」と言ったところ、「やだ。返さない」と返されるというやり取りがあった。別に遠慮なんかしなくてもいいのに。結構責任感があるのかな~、なんて思ったりした。

 まあそんなこんなで俺とアリスは商店街的な通りを歩いている。

「なあアリス。道とか思い出さないのか」

「う~ん。なんかどこも似たようなのに見えるんだよね」

 オイオイ。それはちょっと問題じゃないのかい。それだと下手すると延々と歩くハメになるぞ。

 そろそろ本気で諦めようかなーと思っていると、またアリスが立ち止まる。今度は何事だと思い、アリスの顔を見ると、今度は随分と上のほうを見ていた。

「おい。どうした?」

「あれ」

 そう言ってアリスは何かを指差す。その指先は街路樹を指差していた。

「あの木がどうかしたのか?」

「そうじゃなくて、木の枝のところ」

「枝?」

 言われた通りに枝の辺りを見てみる。……あ、猫。

「きっと下りられなくなったんだな」

 枝の真ん中辺りでプルプル震えている猫。枝は結構太いから折れる心配はないけど、けっこう高いから下りるのも難しいのだろう。

 ちょっと助けてやるかと思い、歩き出そうとした瞬間、隣にいたアリスが走り出し、あっという間に木まで辿り着くと、その木を登りだし…ってオイ!

「待て!アリス」

 注意しながら俺も木まで走る。着いたときにはアリスは結構登っていた。

「大丈夫。私、木登りは得意な方だから」

「そうじゃない。お前、自分の服装考えろ」

「え?」

 そう言ってアリスは自分の服に目をやる。彼女の服装はメイド服。そうメイド服なのだ。当然下はスカート。そんな服で木になんて登ったらどうなる?そう、答えはパンツ丸見え。まあまだギリギリちょっとだけ見えるっていうレベルだけど。

「にゃああああ!」

 猫みたいな声を上げて木から飛び降りたアリスは、顔を真っ赤にさせてスカートを抑えてうずくまっている。そんな彼女を見ていると、なんだかいたたまれなくなり視線を逸らした。と、視線を向けた気にはさっき見つけた脂ギッシュなお兄さん方が鼻血噴いて倒れていた。……うわぁ

「うう…」

 顔を赤くして呻いているアリスを見て、わりと本気であの男共を排除しようかなと思ったりした。

「トモヤ!ちょっとしゃがんで!」

 どうやら立ち直ったらしいアリスが立ち上がる。まだすこし頬は赤いが。

 とりあえず言われたとおりにしゃがむ。と、肩に衝撃が来る。予想はついていたのでなんとか堪えて、足に力を入れて立ち上がる。いわゆる肩車だ。

「うわぁ!すごーい。高ーい」

「こら、あんま動くな。落とすぞ」

 手足をばたつかせて喜びを表現するアリスを軽く脅し、足を掴みなおす。―――――そこで気付く。アリスがはいているのが膝までのソックスだと。俺がちょっと脅したのを真に受けて俺の頭を足でしっかり挟んできたと。これは…感触が……ヤバい。

 なんともいえない柔らかさと戦いながら、怪しまれないように動く。しかし、揺れるたびに頭をはさむ力が強くなって…ああチクショウ!なんでこんな目に。

 俺が下で悶々としている間、上ではアリスが無事猫を確保したらしい。ほっと安堵するような息が聞こえた。だが当の猫はアリスの腕の中で暴れ、

「あっ……」

スルリと抜け出すと走って行ってしまった。

「あー、逃げちゃった」

「うぅ…もうちょっと抱っこしていたかった…」

 さびしそうな声が聞こえてきて俺は苦笑する。とはいえ、現在脳髄から湧き上がる煩悩と交戦中。一刻も早くこの戦いを終わらせるために、ゆっくりしゃがんで言外に「降りろ」とアリスに示す。

 だがアリスは一向に降りようとしない。それどころか俺の首に手を回してもたれかかってくる。

「おい…なにを…」

「猫に逃げられた寂しさをこれで埋めるぅ…」

「これってなんだよ!?それは俺の頭だ!」

 文句を言おうと手を放す様子はない。それどころか「これだけは放さない」とばかりに手に力を込め、さらに密着してくる。アリスのツインテールが垂れてきて頬をくすぐり、なんだか甘い匂いがしてくる。

 もう抵抗する気力さえ失った俺は、

「トモヤの頭ってなんかイイ匂いがするね~」

とか言って人の髪に顔をうずめているアリスを肩に乗せたまま歩き出した。



「なんだあれ?」

 俺がついそんな声を上げてしまったのは、アリスが仕えている屋敷を探し始めてからもう一・二時間経ち、そろそろ戻った方がいいかなと思い出した頃だった。大通りの真ん中で一人の男に若い女が群がり、まんざらでもないような表情をした男がなにかするたびに黄色い声を上げている図だった。かなり腹が立つ。

「……デ〇ノート落ちてないかな…」

 そんな暗い願いを持ってしまうくらい目の前の光景は腹立たしかった。もう一度言おう、腹立たしい。

 本来ならば通り魔的犯行であの男を亡き者にしたい。そこまで行かなくとも、せめて石の一つでも投げてやりたいが残念だがそうもいかない。なぜなら俺の肩の上のアリスが舟を漕ぎはじめているので非常にバランスが悪いからだ。

 真に遺憾ながら、この場は立ち去ろうと思う。運が良かったな名も知らぬクソ野郎。

 視界に入れるのもイヤな集団を多きく迂回するように回避する。と、そこで、チラッと横目で見た瞬間に中心にいる男と目が合ってしまう。そこまでならいいのだが、何を考えたのかその男はその輪の中から出てきて、俺の前に立つ。

「…なにか用ですか?」

 ガン無視したいところだがそうもいかないっぽいのでとりあえず聞く。

 ブロンドの髪を肩まで流し、その髪を無駄にかきあげた男は俺に言う。

「キミは、家の使用人と何をやっているんだい」

「あ?」

 一瞬疑問に思ったものの、すぐに理解し、

「おい起きろ」

「うひゃう!?」

強制的にアリスを起こす。方法は簡単。思いっきり上体を後ろに反らし、アリスの頭を地面にぶつけた。

 俺の肩から降りたアリスは涙目で睨んできたが、気づかない振りをした。

「アリス、この人、お前んとこのひとか?」

「え…………………………ああ!ハルンお坊ちゃま!」

「お坊ちゃま?」

 声を張り上げたアリス。俺が発言内容に疑問を抱くと、例の男が自信満々に言う。

「そう、僕はその使用人が仕えているグラド家の長男、ハルン・グラド。剣の腕前も頭脳も天才的。まさに神に選ばれた者。さあ、僕の美しさを、素晴らしさを、その頭に叩き込むがいい」

「黙れよ変態ナルシスト」

 話している最中何度も何度も髪をかきあげやがって、そんなに邪魔なら俺が切ってやろうか?

「なっ………キサマ、言うに事欠いて僕をバカにするだと……?」

「なーんだ、バカにされてたことは分かるんだな。サル並みの頭かと思ってたけど」

「キサマァ……」

 憤怒の表情で俺を睨んでいたハルンは、ふと俺の持っている《飛鳥》に目を留める。そしてニヤリと笑う。なんだコイツ、気色悪い。

「丁度良い。キサマ、僕と………決闘だ!」

 ……………………………………………………………………………………………………………。

「………………………………………………はい?」

 イカン。話が見えない。

「このボクをバカにするとは、どうやら身分が分かっていないようだからね、ここは決闘をし、実力の差を教えてあげようという訳さ」

 説明口調ありがとうございます。どうでもいいけど後ろの女共キャーキャーうっさい。

 無表情で傍観していた俺。するとアリスに服を引っ張られる。見ると非常に心配そうな表情をしていた。

「ハルンお坊ちゃまと戦っちゃダメ。お坊ちゃまは頭はちょっとアレだけど、それでも、剣の腕前は確かなんです」

 あれ?なんか俺が決闘する前提で話進んでない?

「もういいかい?まあ、どんなことをしたってキミが僕に勝つことは不可能だけれど」

「……………むっ」

 そう言われるとちょっとむっとする。

「上等だ。やってやろうじゃねえか」

「トモヤ……」

「大丈夫だ。なんとかするから」

 アリスを後ろに下がらせて、ハルンに向き直る。気づくとグルッと人だかりが出来ていた。

「ふっ、覚悟が出来たようだね」

 そう言うとハルンは腰から剣を抜く。俗に言うレイピアだ。対する俺は刀を抜かない。ただ棒立ちしているだけ。ハルンは一瞬怪訝そうな顔をするが、すぐに不適に笑う。

「いざ…………尋常に………」

 あ、前口上は普通だ。

「勝負!」

 言うが早いがハルンは突っ込んでくる。体全体を使った突き。結構早い。でも避けれない程でもない。

 横に飛んでかわすとハルンは驚いたような表情をする。今の一撃で決まると思っていたのだろう。だがすぐに表情を戻すと、再び来る。

 先程と同じで、突き。でもスピードは違う。より早い。それでも体を捻ってかわす。体勢を立て直す間もなくまた突きが繰り出される。これは身をかがめて避ける。と、そのまま刃が振り下ろされる。これを転がって回避。安全圏まで移動し、素早く立ち上がる。

「スゴい。スゴいよ。ここまで出来るとは予想外だよ」

 ハルンは笑っていた。上品な笑いではなく、おそらく心からであろう笑み。

「そりゃどーも。それならここらで止めにしませんかい?」

 俺はこの戦いを早くおわらせたいんだよ。

 マズい。マズいんだよ。よくよく考えたらエルナとフィナはもう集合場所にいるはずだ。いくら女の買い物は長いといっても一時間そこらで終わるはず。それよりも更に一時間プラスって、絶対怒ってる。特にエルナ。絶対なんかされる。体に深刻なダメージを受ける。また気絶する。っていうか俺この世界来てから気絶する回数多くね?

 俺がこれからの未来に悩んでいると、ハルンは笑いながら言う。

「止める?ありえないね。久しぶりだよ。本気でやってもかまわない相手なんて。父上以来だよ。父上にはまるで歯が立たなかったけど、キミは………どうかなっ!」

 ハルンは楽しそうに突撃し、また突きを連発してくる。それを身を反らし、身をかがめ、かわし続ける。

 ふざけんなよこのヤロウ。そりゃアンタは楽しいからいいかもしれないけど、こっちはそんなんじゃないんだよ。この決闘に勝っても負けてもどっちみち痛い思いをしなきゃいけないんだよ!

 そんなことを考えながらも、ハルンの攻撃をかわす。

 突然、今までボディ狙いだった剣が顔に向けられ、そして突かれる。これを顔をすこし横に倒すだけでかわす。が、頬が切れる。

「んなっ!」

 慌ててハルンから距離をとり、頬に手を当てる。確かに切れていた。血も出ている。

 おかしい。確かにかわしたはず。ハルンを見ると、なにやら不適に笑っていた。

 くそっ。アイツ、何をした…?

 再びハルンが向かってくる。繰り出される突きをかわし続ける。それでも、体は切られていく。

「ちっ!」

 再び後退。息を整えながら、考える。一体どうやってアイツは俺を切っているのか。俺がかわしそこねているのか。いや、完全に避けている。

「ふっ、もう限界かい?まあ無理も無い。このボクとここまでやりあったんだ。むしろ賞賛されるべきだ。だが、これで終わりだ!」

 そう言ってハルンは突貫してくる。動作が大きい。その分威力も大きくなるだろう。これで決める気か。チクショウ。こっちはまだ考えてるっていうのに…。

 なんでだ…?完全にかわしているはずなのに、なんで切れるんだ…?まさか剣を振った時の風圧で切れたとかそんなのは……………………風?

 そういえば魔法の属性にも風が………というより俺、水と風の二つだったような…。

 あー、そういえば武器に風を纏わせるってイメージ湧かなくてすっかり忘れてたけど……なるほど、こんな風に使えばいいのかー…………………………………………って

「何ちょこざいなことやっとんじゃこんクソがァァァッ!」

 キレた。ちょっと口調もおかしくなった。なんだよ決闘だって言うからもっと正々堂々とやるもんかと思ってたのに小細工しやがって!……いや、こっちの世界なら普通なのか………?ってどっちでもいいわ!

 確証がないのは頭のどこかで分かっていたが、それで冷静になれるほど大人ではない。怒りのまま《飛鳥》を抜き、振り下ろした。

「………………」

 ハルンの動きが止まる。理由?そんなの決まってんだろ。俺がハルンのレイピアを切ったからだよ。先っちょの方は地面を転がっている。

 俺はのろのろと《飛鳥》をしまい、ハルンの横を通り過ぎる。そこでハルンは言う。

「ボクの負けだ。完敗だよ」

 そう言って、ハルンは歩いていってしまう。俺はというと、思わず足を止めていた。表情には出さなかったが、内心さっきのハルンの行動がスゴくカッコいいと思ったからだ。

 そのことに苦笑し、前を見る。――――呆然としているアリスと目が合い、はっとする。慌てて振り向くが、ハルンの姿はもう無い。アイツに道を聞く。というより、アイツについていけばよかったと後悔する。

 申し訳ない気持ちでアリスを見る。―――――何故か彼女は満面の笑みを浮かべていらっしゃった…。

「スゴいスゴい!スゴいよトモヤ!ハルンお坊ちゃまに勝つだなんて!ハルンお坊ちゃまが勝てなかったのはご主人様だけだったのに勝っちゃうなんて!スゴいよトモヤ!」

 駆け寄ってきた途端に捲くし立てるアリス。どうやら自分が帰るチャンスを逃したのは気づいていないようだ。

 とりあえず俺は、当面の不安を解消するため、騒ぎ続けるアリスをなんとか静かにさせ、集合場所へ向けて歩きだした。


いやー、夏休みももう終わりですねー

作者の中学校の夏休みは今日までなのですが、作者はろくに課題も終わっていません。まあ、これから頑張る予定です。

ではこれで

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