第13話 少女のための戦い
いやー、案外早く出来てしまいましたね。夏休みだからでしょうかね。
まあいいや、どうぞ読んでください。
両親がいた頃の記憶は少ない。その中で一番鮮明に覚えているのは、父親におぶられているときの記憶だ。
物心ついた頃には両親はすでに死んでいて、引き取られた先ではたくさんの先生にたくさんのことを教えられた。
先生たちは口々に言う。
「キミは天才だ。出来ないことは無いだろう」
子供心にも分かった。そんなことはないと。出来ないことが無いのなら、なんで私はあの窓の外にいる子達のように遊べないのだろう。
ある程度の教育が終わると、次は養父の研究所で研究をするよう言われた。私はそれに従順に従った。養ってもらっている恩があるからだ。だから、どんなに怪しげな研究も、疑問を持たずに続けた。
ある時、自分ひとりの研究室を渡された。そこで、また新しい研究をするように言われた。でもそれは、今までとは違うものだった。その研究を続けていくには、感情があまりにも弱かった。だから自分は、感情を押し殺した。もともとあまり感情を表に出さない方だったので、そこまで苦労はしなかった。
でも、完成に近付くにつれて、耐え切れなくなった。恐ろしくなった。だから逃げ出した。抜け出すのは簡単だった。
外ははじめて見るものに満ち溢れていた。
元気に走り回る子供たち。声を出してお客を呼び込む店の人。物騒な武器。美味しそうなお菓子。じっと見すぎて怪訝な顔をされたりもしたが、気にならなかった。
一日中、いろんなものを見続けた。お金もなく、宿にも泊まれなくてボロ布を纏って眠った。空腹感を感じたが、今まではそんなこと感じたことも無かったので、少し嬉しかった。
それでも、一日以上何も食べないと、やっぱり辛い。空腹のあまり、倒れてしまった。
そんな時、二人に会った。二人は見ず知らずの自分にごはんを食べさせてくれた。そのせいで自分たちのお金が無くなったとしても。
そんな人を見たのは初めてだった。自分のせいだったから申し訳なくなった。だから、せめてと思って、ギルドに連れて行った。ギルドに行くのは初めてだったけど、うまく登録できた。
はじめて街の外に出た。狩りはそんなに大変じゃなかった。魔物の血は見慣れてるから。でも、彼の血を見ると、とても嫌な感じになった。自分の治癒魔法は今まで使う機会が無かった。そのときがはじめてだった。
狩りの終盤、私は怪我をした。自分の魔法で自分を治せないことが歯がゆかった。迷惑をかけたくなかったから
自分で歩こうとしたら、彼がおぶると言い出した。断ろうとしたが、断りきれなかった。
帰路は彼におぶられていた。おぶられていると、両親の記憶を思い出した。彼の背中は父親より小さかったが、不思議なことにとても広く感じた。
道中、彼は言った。「努力すれば人は大抵のものになれると思う」と。なげやりな言葉だった。でも、今までに知ったどんな名言よりも、私の心に響いた。彼にそんな気は無かったのだろう。だから余計に響いたのかもしれない。
街に戻ってから、私は思うようになった。ずっとこのままでいたいと。
でも叶わなかった。見つかってしまった。二人に知られてしまった。知られたくなかった。彼は私を連れて行かせまいとしてくれた。彼は危害を加えられた。
私のせいだ。私が研究所を抜け出したから。私が彼らと関わったから。私があんなことを願ったから。
研究所に帰り、私は無心に研究を完成させようとした。完成が近付いてることを知っているため、所長は、ずっとこの研究室にいる。
突然、研究所内の警報装置が鳴った。私が気にしたような素振りをみせると、所長は続けるようにと、伝えてきた。私はそれに従った。扉の外から重厚な音が聞こえても、戦闘音が聞こえても、扉を開ける音も無視した。研究があと少しで完成する。
でも、次に聞こえてきた音は無視できなかった。なぜなら、
「フィ~ナ~、遊びに来たよー」
それはあまりにも、この場に不釣合いで、脈絡が無く、唐突で、軽い、子供のような、
「トモヤ・・・!」
もう会うことは絶対に無いと思っていた少年の声だったから。
◆ ◇
扉のノブに手を掛け、一気に開ける。
そこはだだっ広い部屋。いくつもの実験台があり、その上にはなんだかよく分からない器具や装置がある。
部屋の中にはこちらを見て、怪訝な表情をしているヘレイ・クリミナルと、装置に向かってなにやらしているフィナの二人しかいなかった。
フィナはこちらを向いてすらいない。しょうがないので呼ぶことにする。
「フィ~ナ~、遊びに来たよー」
真面目なのは性に合わないので、ふざけて呼んでみる。はっとフィナは振り返る。信じられないようなものを見る顔で、
「トモヤ・・・!」
なんて言ってくるから、
「おっす」
と、軽く応える。
「なんで…、どうして…」
フィナが呆然と呟く。
「だから言ったろ、遊びに来たって」
「だから、それが…」
「それにそちらの方にやられた一発、返すのもあったし」
言いながらヘレイを睨みつける。
すると、へレイが大仰に肩をすくめる。
「キミのその傷は私の部下がやったもの。私に返されても困るよ」
「上司なら部下の後始末くらいつけろよ」
「それもそうだな。なにより…」
へレイは俺が入って来た扉の向こうを見ると、
「キミをこのまま帰す訳にも行かないようだ」
険悪な目つきになった。
「いえいえお構いなく。暗くなったら勝手に帰るんで」
「そう言うな。そういえば、キミは遊びに来たんだっけね」
言いながらヘレイはフィナに近付いていく。俺は何かあったら飛び出せるように身構える。
へレイはフィナのすぐ近くの台に置いてあったビーカーを取ると、中の液体を赤い液体で満たされた大きな器に入れる。ビーカーの液体がすべて注ぎ込まれると、器に入っていた赤い液体が一気に透明になる。その液体の中には赤い球体が沈んでいる。
「では、面白いものを見せてあげよう」
へレイは着ている服の上だけを脱ぎ捨てる。彼の体に贅肉など見られない。あるのは、骨と皮とほんの少しの筋肉だけだった。へレイは器の中に沈んでいる赤い球体を手に取ると、自らの心臓の位置に押し当てる。
――瞬間、球体が体にめり込み、そこから神経や血管が浮き彫りになっていく。その光景に目を奪われていると、へレイの体が更に変化していく。まずは体格。お世辞にもがっしりしているとは言いがたい痩せ細った体だったが、急激なスピードで成長し、瞬き一つする間に2メートルを優に超した。体の細部にも変化が現れる。腕の長さが足の膝を越すほどに長くなり、爪は異様なほどに鋭くなる。足も大きく、特に太ももの筋肉が肥大化する。足先の形状も人のそれではなく、獣のように爪先立ちになっている。体につく筋肉はただついているわけではない。必要な分だけ、行動に最適な分だけついている。病的なほどに吊りあがり、見開かれた眼。その姿はまるで――
「ケモノだな…」
「ほう、なかなか鋭いじゃないか。ウチに欲しいくらいだ。だが…」
へレイはこちらをキッと睨みつける。
「キミは少々、やり過ぎた」
言い終えると同時に、へレイは襲い掛かってくる。その巨躯に合わぬ俊敏な動き。反応はギリギリだった。
「くッ…!」
ギリギリで拳を鞘で防ぐ。と同時に、刃で胴体を斬り付ける。切り口から鮮血が流れる。が、
――その傷は一瞬で塞がる。
「なっ!?」
驚いて声を上げる。へレイは意地の悪い笑みを浮かべたまま動かない。遊ばれてるなこりゃ。
折角なので乗っかることにする。振り切った刃を返し、今度は突き出している腕を斬る。が、また塞がる。
「ちっ…」
効果が無いのが分かり、一旦後ろに退く。
「くくく。どうだいこの能力。素晴らしいだろう?」
「人間離れしてんな。むしろ魔物の方が近いんじゃないか」
「ほほう、なかなかに鋭い。やはりキミはいい科学者になれるよ」
「そりゃどうも――ッ!」
今度はこちらから向かっていく。へレイはニヤけたまま動かない。完全に舐められている。
「ざけんなっ!!」
大上段から振り下ろす。その刃を手で掴まれる。そして躊躇い無くその刃を握り締める。手のひらから血が滴り落ちるが気にした様子はない。刃を引こうとするが、微塵も動かない。
「くくく。手も足も出ないとはこのことだね」
「…その笑い方、趣味悪いからやめた方がいいですよ」
冷や汗を流しながら言う。へレイはそのまま腕を引き、俺をぶん投げる。軽く5メートルは投げられる。キレイに受け身など取れるわけ無いので、無様に着地する。
「いってぇ…」
「どうしたどうした。ほら今度はこっちから行くぞ!」
言うが早いが走り出すへレイ。……キャラ変わってない?
そんなことを考えてる間にへレイはかなり近付いていた。こちらに繰り出されるのは右の拳。ギリギリで防げるタイミング。拳を防ぐと、すぐに戻し、今度は左。これは防げない。脇腹に食らう。すんごく痛い。でも骨が折れた感じはしない。再び右。食らう。左。防ぐ。右。食らう。左。食らう。右。食らう。左。食らう。
何回も殴られるが、大きなダメージにはならない。この野郎、遊んでやがる…。
殴られた回数が二桁を超える。ふと、拳が止まる。見ると、俺とへレイの間にフィナが割り込んでいた。
「なんのつもりだ、フィナ?」
へレイの鋭い眼光にもフィナはひるまない。
「もうやめて」
「なんだと?」
「お願い、もうやめて。私は何でも言う通りにする。だからトモヤは見逃して」
フィナは言う。自分の身を呈して俺を助けて欲しいと。ったく、助けに来たのはどっちなんだか。
フィナの願いを聞いたへレイは笑う。慈しむように笑う。あまりにも似合わない笑顔。その笑みが嘲笑に豹変する。そして、フィナを横に弾き飛ばす。
「てめぇ!なにしてやがる!」
「ふん。笑わせるな。何でも言う通りにする?そんなのは当然だ!貴様は私のモノなのだからな」
フィナが…コイツのもの?
「おい…、どういうこったそりゃあ?」
俺の問いにへレイは笑みを深くする。
「そうだな…」
へレイは飛ばされたまま動かないフィナを横目で見る。
「いいだろう、教えてやる」
典型的な悪役のセリフだなオイ。
「そうだなまずは…、フィナの両親の話からだな。二人共私の研究所で働いていた。可も無く不可も無い平凡な科学者だった。だが二人の娘は違った。幼い頃からその頭脳の片鱗を現していた。私は二人にその娘をこの研究所に入れるよう命令した。だが、二人は拒絶した。こんな研究、娘は知らなくていいと。そう言い残して二人はここを去っていった。それでも私は諦め切れなかった。どうしてもフィナが欲しかった。だから、私は――」
「――二人を殺した」
!フィナの両親が…どっかで聞いたような話だな。
「両親を失ったフィナを引き取るのは容易かった。金さえつぎ込めばどうにでもなった。フィナは私のモノになった。私はフィナに勉強をさせた。ただただ研究のためだけに使う為の知識を教えた。当然だろう。モノは使い勝手がよくなくてはならないからな。研究をさせると面白いように結果を出してくれたよ。研究の内容が少々この年の子供には酷過ぎたようで感情の起伏が平淡になったが…、まあいいだろう。私が私のモノをどうしようと、私の勝手だからな」
話を聞き終えた俺の頭は混乱していた。感情が平淡?それほどまでに酷い中身の研究をさせた?自分のモノだから別にいい?この男は何を言ってるんだろう?
「くくく。お喋りが過ぎたな。どれ、そろそろ終わりにしようか」
へレイが何かを言っているが、全く頭に入ってこない。ひどい耳鳴りがして鼓膜が痛い。視界が窄まっていく。 妙な浮遊感が体を包んでいるのを感じたのを皮切りに、少しずつ感覚が戻ってくる。
開いた俺の視界に映ったのは、左肩からごっそりと切り落とされたへレイの姿だった。その光景に唖然とする。
《飛鳥》の刃に血が付いているのが見え、自分がやったのだと分かる。
俺の意思ではなく口が開く。次いで出てきた言葉は、自分で出しているのか信じられないほど冷たかった。
「なんだ。心臓真っ二つにするつもりだったのに。さすがケモノと言ったところか」
対するへレイは、傷口ではなく、左胸を抑えている。
「キ、キサマ、よくもぉ…!」
ヘレイがてをどける。どけられた手の下からは欠けている赤い球体が見えた。だが先程までとは違い、膨張し、今にも破裂してしまいそうな印象を覚える。
「そんなこと知ったことか。ほら、次行くぞ」
そう言って体は構える。そこで俺は気付く。《飛鳥》の刀身が淡く光っているのを。なんなのだろうと考える前に、体は走り出す。その姿を見たへレイは残った右腕で向かってくる。それを見た体は右拳の軌道上に刃を構える。構えた刃は、振るわれた拳の中指と薬指の間に入り、その手首までを切り裂いた。
「ぐっ!がぁぁあああああ!」
絶叫を上げ飛びのくへレイ。その両腕からは夥しい量の血が溢れ出ていた。
それを見た俺は疑問を抱いた。
「おまえ、傷が治っていない?」
言って自分で驚いた。自分の意思で体が動いた。手も動く。問題ない。さっきまでのは何だったのだろうか。
「う、うあぁぁ…」
呻き声にはっとする。声のした方を見ると、へレイが胸の球体を押さえて悶えていた。
「う、うあぁ…、うがぁあ…、あぁあああぁああああああああ!!」
呻き声はやがて絶叫へと変わっていた。変化は急激に訪れた。球体の周囲の肉が蠢き、体の大きさがさらに肥大していく。切り落とされた左腕が生えてくる。だがその手は元の腕とは大きく違い、長さが地に引きずられるほどまであった。右手は中指と薬指の間で分かれたまま、遠目には指が三本しかないように見える。顔の形状も変化し、目は塞がり、口が耳まで裂けて歯が剥き出しになる。体表の色までも変化する。球体を残し、すべてが白になる。最も、研究所の白とは違いくすんだ白である。最初に球体によって訪れた変化とは、また違う変化の仕方。それはまるで暴走。
「っつか今度はマジでバケモノじゃねえか…」
へレイの変化の様子は見ていて気持ちのいいものではなく、背筋がゾッとする光景だった。
「がるぁああああああああああ!!」
体の細部はまだ蠢いているものの、大きな変化が止まったへレイはこちらを向いて吼える。吼えたときに口の端からよだれが滴り落ち、嫌悪感を覚える。《飛鳥》を構える。そこで違和感に気付く。
刀が軽い。《飛鳥》の重量には慣れていたものの、ここまで軽く感じることは無かったと思う。原因として思い当たる節は一つ。光り続ける《飛鳥》の刀身。
「がぁあああああああああ!!!!」
刀身に気をとられている隙に、異形の姿になったへレイが突進してきていた。恐るべきスピード。この世界に来て始めて遭ったイノシシよりも速いと思う。でも、軽く回避することが出来た。体が軽く感じる。まるで羽のようとまでは行かないが、一メートル程横に跳んだつもりが、五メートル近くも跳んでしまった。
時間があればもう少し考えたいが、今はそんな時間が無い。すでに相手はこちらを向き、なにかしようとしている。
「ヴォウッ!」
「!!」
左腕が伸びた。引っ張ったゴムひもを戻したような勢いで腕がこちらに向かってくる。いつもなら避けることも難しいだろう。だが今なら容易い。それどころか、途中で切り落とすことさえ出来る。
「ヴォアアッ!?」
腕を切り落とされたへレイは悲鳴を上げて腕を戻す。が、次の瞬間には左腕は元通り生えていた。
「ギィィ」
口角を吊り上げて笑ったへレイはそのままこちらに駆けてくる。俺も駆け出す。交差する瞬間、へレイはこちらの首を引き裂こうとしてきたが身をかがめて回避。同時に、へレイの左足をすねの辺りから切り裂く。
スピードを緩めて振り返ると、すでに足が再生し、こちらを向いて笑っているへレイがいた。
「これは…タフなことになりそうだな」
思わず苦笑すると、それに呼応するようにヘレイが襲い掛かってきた。
数十分経ったと思う。自分の体感時間なので本当はもっと短いのかもしれないしもっと長いのかもしれない。
すでにこの部屋は、切り落とされたへレイの体の部位がゴロゴロ転がっている。腕や足はもちろん、下半身まるごとだったり、頭だったりするのでかなりグロい。子供がみたら絶対小便もらすレベルだ。
そこまでスプラッタになるまで斬られたへレイは恐るべきことにまだピンピンしている。まじでバケモノだ。対して俺は、結構ボロボロ。始めの辺りに結構殴られたし、途中から強くなったけどそれでも全く無傷とはいかないわけで、すれ違い様に何回か食らったりした。《飛鳥》の刀身の光も始めに比べて幾分弱くなった。もう長くは保たないだろう。
「ぐらぁああああああ!!!」
どんなに斬ってもすぐに回復して向かってくるへレイに苛立ちが募る。もう何度目かも分からないへレイの突進が来る。かわすのは容易い。でもそこで攻撃するのは難しい。
と、そこでへレイが急停止。至近距離でのラッシュを繰り出してくる。動きは速いが攻撃直線なので避けることに集中し無くてもかわせる。その頭の余白分を使って、こいつを倒す方法を考える。
ふと思いつく。そして呆れる。へレイにではなく己に。思えば簡単なことだった。コレが原因だったのに。その場面を見ていたのに。どうしてこんなことが思いつかなかったのだろうか。はじめから狙うべきだったのはコレなのに。
結論に至った俺は、へレイから一旦距離をとり、駆け出す。
「ヴォゥアアアア!!」
向かってくる小さな敵に対し、ケモノは腕を伸ばす。あたればその身が裂けるような一撃を。だがそれはかわされる。その腕が戻ってくるまで、ケモノは腕を一本使えない状況になる。その隙に小さな敵はケモノの懐に入り込み、そこから抜け出す。
入り込んで抜け出すわずかな間に、ケモノの左胸にある赤い球体を両断して。
球体を破壊されたケモノの体が崩れ落ちる。もう立ち向かってくる様子はない。それを見た俺は小さく安堵の息を吐く。
「う…うあ…、な…なぜ…だ」
「!」
うつ伏せに倒れているへレイの体から、呻くようなへレイの声が聞こえてくる。
「なぜだ…、魔物のチカラを手に入れたこの私が…、なぜ…」
「…違うからだよ」
「な…なに…」
「アンタが手に入れた強さは、アンタの強さじゃないからだよ」
「…ふっ、答えに…なっていな…い…ぞ…」
へレイの体が消えていく。いや、正確には溶けていく。最後の残ったのは、砕けた赤い球体だけだった。
「はぁ…。終わっ…たぁ…」
足の力が抜け、思わずそこに倒れこむ。莫大な疲労と眠気が襲い掛かって来る。それに身をゆだねてしまおうと思い、目を閉じる。
突然頭を持ち上げられ、間に柔らかいものが挿まれる。まぶたを押し開けると、フィナの顔が目の前にあった。
「トモヤ、大丈夫?」
心配そうな声でフィナが尋ねてくる。
「大丈夫、と言いたいところだけど、残念ながら体中痛いです」
笑おうとしたがうまく顔が動かない。フィナはなにかを逡巡するような顔をすると徐に俺の体のほうに手を伸ばす。服越しに腹にフィナが置かれる感触がする。手が置かれたところを中心に暖かさが広がる。この暖かさには覚えがある。フィナの治癒魔法だ。暖かさは広がっていき、俺の体の痛みはすっかり無くなっていた。でもそこで疑問が残る。
「フィナ、お前の治癒魔法って酷い傷は治せないんじゃないっけ?」
自分の体は自分が一番分かる。へレイがバケモノになってからの攻撃は、かなりの威力で、結構ダメージあったんだけど…。
俺の問いにフィナは決まりの悪そうな顔をする。
「あれは嘘」
「嘘?」
「私の魔法は致命傷で無い限り治すことが出来る。でも、自分を治せないのは本当」
「でも、なんで嘘なんか」
「強力な治癒魔法を使える者はとても貴重。下手に広まると最悪さらわれる危険もあったから」
「そうか」
魔法の才能と天才的な頭脳。その両方持った少女は辛い人生を送ってきた。そんなことを思っていると、不意に頬に暖かい液体が落ちる。フィナは泣いていた。
「ごめんなさい」
魔法の才能と天才的な頭脳。その両方持った少女は辛い人生を送ってきた。
「私のせいで」
それでも、
「本当にごめんなさい」
彼女は優しい心を持っていた。
そんな彼女を見て、どうにかしてあげたいと思った。そしたら、一つしか思いつかなかった。我ながら芸がないと思うが、これしか思いつかないのでやることにする。
「お疲れさまでした」
「えっ?」
涙を流していたフィナは俺の顔を見る。きっと俺は笑えているだろう。俺は続ける。
「長い間、嫌なことを耐えてきて、お疲れ様でした」
言いながら、まるで鉛のように重たく感じられる腕をどうにか持ち上げ、フィナの頭にのせる。そして、ぎこちなくだが手を動かし始める。
「もうオマエに命令するようなやつはいないから、これからは自分のやりたいようにやればいい」
「…」
フィナは無言で俯いている。俺はフィナの頭をなで続ける。と、その手にフィナの手が重ねられる。
フィナは泣いていた。
「ありがとう」
そして笑っていた。
今流している涙は、さっきの涙とは違うことが分かった。それに満足した俺は、心地よい眠気の波に身を委ねた。
今回、一万字いくかな~、と思っていたのですが八千字しか行かなかったです。
次は結構早く出せると思いますよ。
ちなみに、バケモノのイメージはエヴァ量産型です。