1.消息不明
「おきゅたん」は私が2014年にネットで生み出したVR応援キャラクターです。漫画やイラストを公開しながら、今年で10周年となり、11年目に入り新たな活動のひとつとして小説形式で作品を書いてみようと挑戦してみました。おきゅたんのテーマ「やってみよ!」をモットーにのんびりとした、それでいて若い少年少女たちの守りたくなるような青くて尊い絆を描いていきたいと思います。
「おきゅたんサン、じゃあまた来るデス……多分」
「ホタルちゃん、ほなまったね〜」
ついさっき出会って、少しだけ楽しく過ごした女の子のホタルと別れの挨拶を交わすと、数秒間ホタルの全身が固まり、音もなく彼女の姿が消えた。
「人がログアウトする時ってなんかさみしい〜」
やや薄暗いワールドに呟いた声が吸い込まれる。
ココはただ広くて遠くに山らしき影が見える以外は何も無い。空は暗くうっすらと巨大な星が幾つか浮かんではいるが、他に星らしきものはほとんど見えない。だけど周りはそこそこ見えるというのは、VR界隈のワールドとしては珍しくは無い。そんな殺風景な場所だからか、やけに静かである。少し文学に長けていれば気の利いた川柳でも句作出来そうであるが、おきゅたんは全くそんな素振りもなく、慣れた足取りでゆっくりと歩み出した。
おきゅたんが生まれて初めてココにログインしたとき、まだ自分の姿は無かった。まるで魂だけのような存在。それでも初めてのVR空間は、見るものすべてが新しく、さっきまで自分の部屋にいたのがウソのような別世界に胸の鼓動が止まらなかった。
あるときはジェットコースターに乗って、あるときは、某ボカロのアイドルに出会ってその現実感に感動した。
そんなある日、とある外国風の景色のワールドに訪れた。一軒の家があるだけの小さな場所。周りの海や空の景色はとても美しく、気持ちが落ち着く優しい場所だった。
静けさの中から、小さな声で誰かの声が聞こえてきた。
「ねぇ、そこに誰かいるよね? そっか……まだ話せないんだ……」
VRの世界で初めて声を掛けられたおきゅたんは、驚いて動けない。
「ココはココロがカラダなの。あなたはまだココロを手に入れてないのね……。でもココに来られたあなたは、それを持つ資格があるということ。」
そんな彼女? の声を不思議な気持ちで聞いていたおきゅたんの周りを、細かな三角形の光が無数に集まってきた。それは形を創り上げて、遂には人の形となり、今のおきゅたんの姿となった。
「ホラ、やっぱりそう……ココロが生まれてきた……」
やっと周りを見渡す余裕が生まれたおきゅたんは、家の窓辺にたたずむ髪の長い女性の姿を見つけた瞬間、その時に使っていたPCが発熱で止まってしまい強制的にワールドからログアウトしてしまった。
その後、おきゅたんはその声の主に会いたくて何度もココにログインした。そんな時に出会ったのが、同じようにココでずっとワールドを巡って過ごしているという、ユニティちゃん。VRの世界を楽しむ二人はすぐに意気投合し、一緒にこの世界を楽しむようになった。おきゅたんは、ユニティちゃんのことを親しみを込めてユニちゃんと呼び、ふざけ合いながらも悩んだ時は背中を押してくれるポジティブな彼女のことが大好きとなった。その後、さらにもう一人「さっちゃん」と名乗る女の子にも出会い、3人で過ごす日々が続いた。だけどずっと自分の存在を導いてくれた「彼女」のことも探し続けていた。
それがおきゅたんの誕生と、今までの日常。
ホタルと別れた後、おきゅたんのポテポテと歩く音だけが辺りに響いていた。
「可愛らしいBGMくらい欲しいところだけど」と独り言を言った途端。
「ゴーン……」
ワールド全体にその音は大きく響いた。
「あ! 誰かログインしてきたやん!」
何故かココでは、誰かがログインしてきた時に呼び鈴の様な効果音が流れる。
「最近会ってないさっちゃんか、それとも……」
おきゅたんの目の前にグレーの人型が現れた。デッサン人形の様なそれは、少し手足が震え出したかと思えば一瞬で別の人の姿に変化した。
「初めての人だ。ネコっぽい……男の子……?」
誰かがココにログインしてきた時は、いつもおきゅたんの胸の内に熱い何かが流れてくる。ココロの中に、何か相手の色の様な、熱の様な、匂いの様なホワっとしたもの。でも決して嫌じゃ無いソレは、その相手に会いたくなる衝動となり、いつもおきゅたんの歩みを早めるのである。
「ちょりーす! 私はおきゅたん! あなたココ初めて?」
ワクワクしながら大きな動きで声を掛けると、猫の様な人はまだこっちに目を向けず自分の両手を不思議そうに見つめながら声を出した。
「え? あ? 俺? アレ? 俺、喋れてる?」
「へ? うん、声聞こえるよ?」
おきゅたんは、相手が自分の声が聞こえていないのか確かめてるのかと思った。普通のVRのワールドでは自分の声がミュートになっていたり、マイクがオフになっているなんて事はよくあるからだ。でもすぐにおかしいことに気付いた。そんな事が起きるのは、普通のVRのワールドであれば、だからだ。ココは、そんな事に気を使う必要はない特別な場所なのだから。
「俺は……コジ」まだ自分の手を見つめながら彼は答えた。
「こじ? コジくん?」
やっと顔をこちらに向けたが少し目が泳ぎながら照れくさそうなコジである。
「そう、コジ。ココは初めてじゃないんだけど、なんか姿が今までと変わっていて、だから戸惑っちゃって」
「へー珍しいね。前は美少女だったとか? ぐふふ」
若干楽しげに笑いながらおきゅたんは聞き返した。
「そ、そうじゃないけど、なんか恥ずかしいから内緒でよろしく」
頭の上の猫耳と尻尾を揺らしながらコジはそう答えると照れくさそうに横を向いた。
(今まで猫の姿で既に何回も会ってたなんて……なんか気まずくて言えない)
コジは、前回までのログイン時の自分の姿を思い出していた。普通の黒猫であった。それは自分の意図したものではなく、勝手にそれが自身の姿となっていたのである。そして、その姿で実は何度もおきゅたんとは出会っていたが、猫の姿のときは喋ることができず、ただの猫っぽく振舞っていたのである。それを思い出すと、なぜか恥ずかしくて尻尾がグニャグニャと動いてしまうコジであった。
「ふぅーん……ま、えぇかー。ねぇコジくん、今から時間ある?」
「あ、あぁ、もちろん時間があるからココに入ってきたからね。何かするの?」
コジはおきゅたんの隣に並び、一緒に歩き出した。横に並ぶと頭ひとつ分以上はおきゅたんより背が高い。首のチョーカーには小さな鈴が付いているのか、歩くたびに小さくチリチリと聞こえる。
「んーとね、人探し。私、最近ずっとココで友達を探してるんよ」
真っ直ぐ前を見たままそう答えたおきゅたん。
「友達?」
「そ。ずっと一緒にいた友達。でもね最近見かけなくなって。いつも一緒にいて。他愛もない話とか、一緒に遊んだりとかしてた。大事な……友達なの」
コジには、おきゅたんが一瞬目を伏せた様に見えた。
「ログインしなくなったって事じゃなくて?」
「うん。消息不明」
いきなり出てきた不穏な単語にコジは焦った。
「え?帰っていい?」
「ダメー」