007. 逢魔時(4)
魔族の吸血鬼族カリナ・ノクターナは真剣な表情で言った。どこか縋るような声音で。
「行方不明の囚われの身か…。なぜ生きていると分かる?」
「姫様は種族で最も偉大な者なの。死と再生を司る朱い月の盟約。種族で最も偉大な者が生まれた時と死ぬ時、月は朱く染まる。姫様がご誕生されて以降、一度も月は朱く染まっていない。そして種族で最も偉大な者は常に一人」
――種族で最も偉大な者。
極稀に誕生する種族の中でも傑出した才能を持って産まれる者。王の中の王。伝説では種が絶滅の危機に瀕している時、種の滅亡を回避するために現れる救世主となりうる個体。種族全体の生存本能の顕現。
選ばれしもの。特異点。
「まさかとは思うが、新たな種族で最も偉大な者を誕生させないために、あえて生かされている?」
カリナは唇を強く噛みしめる。血が滴り、まるで吸血鬼が人の血を吸ったように見えた。
「…そうよ。捕まった魔族がどんな目に遭うか想像できる?人間は魔族を忌み嫌うけど、どっちが邪悪なんだか…」
「分かった。いいだろう。その姫様とやらの救出に協力してやる」
カリナの話を途中で遮り、シオンが言った。カリナの気持ちは痛いほど分かった。何かを取り戻したいという気持ちは同じだ。
カリナは目を見開いて驚いた。交渉は難航すると思ったからだ。シオンは人間を殺す能力を持っているが、本人自身が特段強い訳ではない。魔族である自分は能力の対象外だし、どうにでも御すことが出来る。
つまり、魔族である自分には無害で、敵対する人間に対しては無敵。こんな都合の良い存在があるだろうか。
「…いいの?」
「もちろん条件がある。俺はこれから各国に狙われることになるから守って欲しい。《闇手》との戦闘で俺は隠し札を晒した。本来であれば一生秘匿すべきことだった。アレクシス、シャノン、リディアを殺すことも考えた。それが一番早い解決方法であることも知っている。だが、俺は自分の物語を進めることにする」
「…」
「俺は《人間ぶち殺し》を隠さず使ったことで、お前という新たなカードを得た。能力の仕様上、俺は人間相手に負ける気はしないが、魔族やモンスターにはほぼ無力。だからこそお前の様に強い魔族と手を組めるのは好都合だ」
――そして、俺はあえて《人間ぶち殺し》の情報を三人に開示し、各国の出方を見る。
シオンには内に秘めた野望があった。それを叶えるために冒険者学校に来た。そして、冒険者としての才能がない自分が身の丈に合わぬ遥か高みを目指すなら、必要なのだ。変化が。
そして変化とは、自らの行動なくして起こりはしない。シオンは覚悟を決めた。例えこの先に絶望が待っていたとしても決めた。進むと決めたのだ。
「分かったわ。アナタも訳ありのようね。お互いギブ・アンド・テイクでいきましょう」
ここに人と魔の歪なチームが誕生した。
「じゃあさっそく始めるか。善は急げだ。《闇手》の隠れ家へワープ出来るか?」
「…なにする気?」
「人探しは人手が多いほどいいだろう?」
カリナは言われた通り、《闇手》の隠れ家へのゲートを開いた。組織では人間と偽り加入していたため《擬人化の法》を施して人間の姿に化けた。そして組織の構成員を全員隠れ家へと集結させた。遠くにいる者はワープゲートで迎えに行き、漏れなく徹底的に集めた。
事実組織にとっては危機的状況だったこともあり、三十名全員が集まった。冒険者学校の生徒を襲撃し人工魔法遺物を装備した手練れ六人の内、五人が死亡したのだ。これから国々が対策に乗り出すのは時間の問題だった。
「シルヴァ、お前以外の五人全員が殺されただと…?」
《闇手》の隠れ家で、頭領であるギルデバルドが唸るような声を発した。シルヴァは魔族であるカリナの人間のフリをしている時の偽名である。
「はい、頭領。全員死にました」
「それでェ…お前はノコノコと逃げ帰って来たってェのかァ?」
「そうですね!」
ギルデバルドの脅すような言葉に屈する様子もなく、シルヴァは呑気に明るく返事をした。何時もと違う幹部であるシルヴァの態度に、集会場に集まっていたメンバーに動揺が走る。そんな口の聞き方をしては、ボスに殺されてしまう…と心配してしまう程だった。
「テメエェ!フザケてやがんのパベラァッ」
瞬間、ギルデバルドは布を絞るように人体を拗られ、絶命した。濡れた雑巾を絞った時に水が溢れるように、ギルデバルドも同様に全身から血が溢れた。
「ヒィッ!」「ボ、ボス?!」「嘘だろ!」「なにが…起こったんだ…」
突然の出来事に動揺する《闇手》の構成員達を、正体を隠すために仮面を被ったシオンが一喝した。
「聞け!《闇手》の構成員達よ!お前達の頭領は死んだ!俺が殺した!今日から俺がお前達の新しい頭領だ」
「な、なにを言ってやがる!そんなの認められるわけプフュッ」
いち早く動揺から立ち直った構成員の一人は、抗議する間もなく全身の皮が消失し絶命した。剥き出しの肉体は真っ赤に染まっており筋肉や血管が晒されている。人と言うより恐ろしい怪物に見えるそれに、残忍さを誇る《闇手》の構成員達ですら久しく忘れていた恐怖を思い出した。
「文句があるやつは殺す。俺について誰かに漏らしたり、喋ったりしても殺す。命令に従わない場合も殺す」
――跪け!
一人、また一人とその場に跪く。逆らう気も起きなかった。自分も先の二人と同じ道を歩むだけだと分かったから。人ではない。あの仮面の男は死、そのものだ。
場の全員が跪ついたのを確認すると、シオンは前頭領の死体を蹴飛ばして椅子から落とす。そして、自らがドカッと勢いよく腰掛けた。その後ろにカリナが従者のように控える。
絶対的強者に跪く者たち。その光景はまるで絵画の様に見えた。題して『玉座に座る、新たな王、その誕生の瞬間』。
「最初の命令だ。囚われの魔族の女を探せ」
仮面を被った謎の男。死の象徴。その正体がただの学生であることは、《闇手》の構成員達には知る由もなく。突然自分達のリーダーが変わってしまったが、不思議と納得する気持ちが沸き上がってきた。
――殺しを生業とする我らの王として、これ以上に相応しい御方がいようか。
「(…シオン、アナタは闇の中でこそ輝く!ワタシは決めたわ。…アナタを魔王にする)」
人と魔の、逢魔時の邂逅はこうして終わりを迎えた。