005. 逢魔時(2)
観念したようにシオンは重い口を開いた。
「《能力の石板》《開示》」
するとシオンの目の前の空中に能力値などが記載された石板が出現した。《能力の石板》は冒険者学校の創設者が開発したとされる画期的な機能。
一般的なダンジョンに出現する最弱モンスターを基準として算出した、冒険者の能力値を数値化したもの。入学時に生徒の同意の元、人工精霊と契約を行い情報を収集する。
必ずしも正確ではないが、数値化されることにより、自身がどのような役割に向いているか、長所短所はどこか、どれぐらい成長したのかが判断できるため、重宝されている。
人工精霊と契約し魔力回路を結ぶことで、魂の共鳴を行う。よって自身が使えるスキルや魔法といった技能なども《能力の石板》に表示される。自分自身のすべてを走査するため、隠し事はできない。
「ここをよく見てみろ」
シオンは《能力の石板》のスキルや魔法といった技能が書かれている欄に指を差した。
「…あれ?」
シャノンが疑問の声を上げる。
「見えるけど、理解できない…!」
リディアが続く。確かにそこになにか書いてあるのは分かる。だが、それを理解することができない。
「シオン、キミのあの力は《能力の石板》さえ欺いているのか?」
「そう、すべてを開示する《能力の石板》になんらかの力が働いて正しく表示されない。俺にだけはハッキリと見えてるけどな。入学して《能力の石板》を発行してもらった時に気づいた。もし正しく表示されて俺以外の人にも見えてたらどうなってたことか…」
アレクシスの驚きの声にシオンが応える。もし《能力の石板》に正しく表示されていたならば、あまりにも凶悪なスキル故、冒険者学校側から、なにかしらの対応があってもおかしくはない。
「俺は便宜上ユニークスキルなんて言ってるが、普通のユニークスキルならこんな表示にはならない。ちゃんとスキルの欄に表示されるからな。ただ現状他に言い表す言葉がないから、ユニークスキルと呼んでる」
そして、シオンは自らの人工精霊を呼び出す。
「《召喚》」
シオンの影から、子供ほどの背丈の暗闇をそのまま人間として実体化したような存在が現れる。全身が闇で覆われており顔もない。だが純粋で幼い印象を受ける。風に吹かれ輪郭がゆらゆらと揺れる。
「知ってると思うが、こいつは俺の人工精霊のトト。多分、こんな見た目なのも例のユニークスキルに影響されたのかもな」
人工精霊は契約者と魂の共有を行うため、姿形は契約者によって異なる。また自我を持ち性格も様々だ。
「トト、このユニークスキルを皆に見えるようにできるか?」
「いいの」
「ああ、大丈夫だ」
「わかった」
どことなく幼児のような受け答えをするトトが主の命令を遂行した。指で見えなくなっている部分をなぞる。
《■■■■■■》
《■間■■殺■》
《■間ぶ■殺し》
《人間ぶち殺し》
「え…?」「見えた!」「ぶ…ぶち殺し…?」
トトによって三人にも見えるようになったそれを見て、あまりにも直球すぎる能力の名称に思わずざわつく。
「そう《人間ぶち殺し》…。そのまんま過ぎてアレだけど、文字通り人間をぶち殺す能力だ。正確には俺が持つ死のイメージを対象に実行する。事象の上書き能力。人間殺しじゃない、人間ぶち殺しだ。どうも物騒で残酷な死に方になるみたいだ」
シオンが説明しながら、ばつが悪そうに頬を掻く。
「いきなり人間の頭が吹っ飛んでビックリしたと思うが、この能力は発動してしまえば終わり。無力化して平和的に解決なんて出来る力じゃない。襲撃された時、ああするしかなかった…。人を殺したんだ。分かってくれとは言わないが…」
重たい空気が流れる。三人はシオンを責める気などなかった。予想もしない襲撃者の脅威から守ってくれた。彼が能力を使用しなければ、今頃自分たちは無惨にも殺された他の生徒達と同じ末路を辿っていただろう。それは分かっている。分かってはいるのだが…。
――「「「(ス、スキルがあまりにも物騒すぎる…!)」」」
「(な、なんだ《人間ぶち殺し》って!そのまま過ぎるじゃないか!人間であれば誰でも殺せるって?それがどれだけ危険なことかシオンは分かっているのか!ど、どうしよう父上に報告するべきだろうか。いや、それじゃシオンに危害が…。ああ、どうしたものか)」
「(ど、どどどどどどうしましょう?!シ、シオンくんは良い人だって分かってます!でも人間であれば誰でも殺せるって、それ聖女も対象ですか…?…え?もしかしたら人間を滅ぼすこともできる?それなんて魔王?)」
「(と、とんでもないことになったわ!《人間ぶち殺し》って獣人や亜人も対象かしら…?もし純粋な人間種だけであれば、シオンはワタシたち獣人や亜人達にとっては無害…。もし人間と対立した時にはこれ以上ない存在…。救世主さま?!)」
三人の考えを知るよしもなく、シオンは皆が黙ってしまったことを、自分を非難していると勘違いしてしまっていた。
「あるじ、だいじょーぶ?」
ダンジョンのフロアにトトの慰めが虚しく響いた。気まずい雰囲気が流れるが、危険を脱したとはいえ、ダンジョン内部でゆっくりと話すわけにもいかず、後日、改めて話し合うことを約束し一旦《帰還の宝珠》でタンジョンから脱出することになった。
冒険者学校の教師陣には、余計なトラブルを防ぐため、シオンの能力は隠して報告することに決めた。筋書きはこうだ。
アレクシス、シャノン、リディアたち各国の要人を狙って襲撃者が現れた。なんとか交戦中、シャノンの神聖魔法が襲撃者の一人の女に当たり、魔族の変装魔法が解けた。正体がバレた魔族の女は、他の襲撃者を皆殺しにして、《人工魔法遺物》を奪い、ダンジョンから退散した。どうやら襲撃者たちと魔族の女はそれぞれ別の目的があったようだ、と。
ようやく四人の長い一日が終わる。アレクシス、シャノン、リディアの三人の考えが一致した。
――これは一度国に帰って報告せねば!