003. 策略の襲撃(3)
――パーン!と弾ける音がした。
背後から近づいてきた追手の襲撃者三人は反応する暇もなく、頭部が内側から弾けた。まるで赤い果実を握り潰したように脳漿が飛び散り、頭部という支えるべき部位を失った首から噴水のように鮮血が吹き出している。
やがてそれらはバランス感覚を失い、ふらふらとよろけた後、力なく地面に横たわった。
「不審な動きをするな。仲間とも喋るな。俺の質問にだけ答えろ。どれか一つでも守らなければ殺す」
残りの襲撃者三人に対してシオンは冷徹に言い放つ。そこには普段の親しみやすい彼の面影はなかった。背後で茫然自失としている仲間達にあれこれと説明している暇はない。命のやり取りの上では、握った主導権を手放してはならないからだ。
一瞬の静寂。襲撃者達は先程まで生殺与奪の権を自分達こそが握っていたはずなのに、一瞬で学生風情と見下していた相手に奪われてしまった。だが、彼らもまた荒事を生業とする存在。動揺を隠しつつも、反撃の機を伺っていた。
襲撃者の少年の手が、ピクリと動いた。
――ユニークスキル《人間ぶち殺し》発動
「グヴェ!」
瞬間、襲撃者の少年はうめき声をあげ、潰れたカエルのように地面へ押し潰された。身長の十分の一以下程に小さく圧縮された彼は、最早元が人間であったことなど誰も分からないほど原型を留めていなかった。
「わ、分かったわ!だからもうやめてちょうだい!」
襲撃者の女が思わず叫ぶ。彼女も反撃の機を伺っていたが、無駄だと悟った。スキルだとか魔法だとか、そんな話ではない。もっと邪悪なナニカだ。
「もう分かるよな。俺は一瞬でお前達を殺すことができる。さっき潰したやつは、無詠唱…おそらく指を鳴らすことで魔法を発動できる。最初に不意打ちの攻撃をもらった時もそうだった。だから、手を動かした時点で殺した」
シオンはゆっくりと襲撃者の方へ歩みを進めていく。瞬く間に四人を殺された襲撃者達にとってそれは死神の足音に聞こえた。
「俺達をターゲットと呼んだな。狙う理由はなんだ?」
「あなたは関係ないの。狙われてるのはあなたの後ろでプルプル震えてる子羊ちゃん達よ。グランオーレリア王国の王子アレクシス・オーレリア。ルーミリオン神聖共和国の次期聖女シャノン・ルーン。アストリア大陸部族連合の獣人族長の娘…リディア・サンフィールド。これだけ各国にとっての重要人物が一堂に会するパーティーなんて、狙われる理由しかないんじゃないの?」
襲撃者の女は若干余裕を取り戻してきたのか饒舌に喋る。
「アンタが協力的で助かるよ。だから予備は必要ないな」
――ユニークスキル《人間ぶち殺し》発動
シオンは残りの襲撃者である黒い鎧の男へ視線を向けると、男の纏っていた鎧がバラバラに砕け散った。次の瞬間には男の人体に薄い網目状の赤い線が浮かび上がり、高く積み上げた積み木が崩れるが如く崩壊した。よく見ると細かく正方形に斬り刻まれており、どこか現実感のない光景に思える。
「質問の続きだ。依頼主は誰だ?または裏で手を引く黒幕に心当たりは?」
戻りつつあった余裕が引っ込み、襲撃者の最後の生き残りである女の表情が引き攣る。
「…ないわ。アナタなら理解していると思うけど、暗い仕事の依頼主って正体を誰にも明かさないものよ。依頼を発注しにきたのは特徴のないおじさんだけど、まぁ普通に考えると代理でしょうね。依頼主を辿れないよう、すでに殺されてるはず。…私達は殺しでも盗みでも金払いさえよければなんでもやる裏組織《闇手》のメンバー。何時も通りに依頼を受けただけ。…今回は運が悪かったみたいだけど」
シオンは襲撃者の女から得られた情報を反芻する。脅して喋らせ、女も想像以上に情報を提供してくれたが、この事件の首謀者へ辿り着ける情報はなかった。それが分かっているから、女はすべてを喋っている。狙われる理由が四大国の要人だから、では絞りきれるはずもない。
「ただ今回は凄い力の入りようだったわね。アナタがバラバラにした男の黒い鎧は魔法を反射する人工魔法遺物だし、潰れて死んだやつが無詠唱で魔法を使えたのも人工魔法遺物。ダンジョンに存在しないモンスターを召喚したのも…人工魔法遺物ってわけ。もちろん、すべて依頼主からの支給品よ」
モンスターとの戦闘で弱らせつつ、待ち伏せしてる場所へ誘導し、更に人工魔法遺物の圧倒的な力で殺す。恐らく瞬殺した他の襲撃者も使用することはなかったが、人工魔法遺物を持っていたのだろう。
「そうか…他に言っておくべきことは?」
「…ないわ。依頼主のことペラペラ喋るなんて暗殺者失格ね…。一応聞くけど情報を提供した見返りに、見逃してはくれないわよね…?」
「俺は逃がしてやろうかと思ったが、あいつらが許さないってよ」
シオンは襲撃者に殺された同じ冒険者学校の生徒達の死体を見て、襲撃者の女に言う。彼女は観念した表情で受け止めた。殺していいのは自らも殺される覚悟のある者だけだ。いつもは自分が捕食者だった。だが、自分よりも恐ろしくて強い存在と出逢ってしまっただけ。自らが行ってきたことを清算する時がきたのだ。
「…でしょうね。ワタシもここまでか」
――ユニークスキル《人間ぶち殺し》発動
静まり返ったフロアにガラスが割れるような音が響き渡る。襲撃者の女の肌が剥がれ落ち、隠していた真の姿を現す。
「…なに?ワタシ死んでない?…あ、《擬人化の法》が解けてる」
文字通り必殺のユニークスキルを発動したのに平然と生きて立っている女の姿を見て、シオンは動揺のあまりよろよろと後退りする。女の頭部に生えた二本の角。幽鬼のような白髪。鮮血の瞳。背中には禍々しくも美しい黒き翼。そして強烈な存在感。
――人間ではない。殺せない。
「魔族だと!?」