001. 策略の襲撃(1)
事の発端は七日前に遡る。
シオン、アレクシス、シャノン、リディアの四人は半年近くにも及ぶ冒険者学校の基礎課程を終え、ついにダンジョンでの実地訓練を行うことになった。
アストリア大陸の四つの国にはそれぞれ禁忌指定を受けているダンジョンが一ヶ所ずつ存在する。合計四ヶ所のそれらを総称して《厄災の地下牢獄》と呼び、大陸に存在するすべてのダンジョンの起源である。
そして地下牢獄とは言っても通常の洞窟や迷宮群などとは一線を画す存在であり、内部は濃度の高い魔素で満たされ、地下だというのに空があったり、見渡すかぎりの草原や、対岸の陸地が見えないほどに広大な海が存在していたり、人の想像では計りきれない異空間となっている。
なかでも特筆すべきはダンジョンが生み出す《厄災の獣たち》と呼ばれるモンスターの存在である。
アストリア大陸に生息するどんな生物とも違う異質な存在。姿形がさまざまでどの個体も人に対して明確な殺意を持って襲いかかる理の埒外に在る怪物。魔素で構成されたなにか。死亡した時に実体を残さず魔素へと還る存在。――それが《厄災の獣たち》である。
ではなぜ人々はそんな危険なモンスターが潜むダンジョンに挑むのか。
一つ、ダンジョンは放置すると増えるからだ。ダンジョンの周囲には微弱な魔素が発生するため《厄災の地下牢獄》に封じられた古の邪神がアストリア大陸を環境汚染することで侵略しようとしているのか、それとも自らが復活するための力を得ようとしているのか、学者たちの間でも意見が別れ研究が進められている。
分かっていることは増え続けるダンジョンを放置することは大陸の破滅を意味する。ダンジョンを攻略して消滅させなければ、人類の領土は減り続ける。――これは邪神と人類の陣取り合戦なのだ。
二つ目に、濃度の高い魔素が鉱石に宿った結晶体《魔晶石》の存在や、ダンジョンの力が宿ったとされる強力な《厄災の権能》が発掘されるといったリスクを越えるリターンが存在するからだ。
彼ら四人組もその例に漏れず、ダンジョンで自らの夢や目標を叶えるために挑む。
――必ず生還できる保証などないのに。
「アレクシス! 気をつけろ! 前からなにか来る! またリストにないモンスターだ!」
斥候として先頭を探索するシオンが、スキル《探知》を発動した。想定外のモンスターが検知され思わず叫ぶ。
洞窟の暗闇が広がる中、まばらに散らばる水晶が微かな光を放ち周囲を照らしていた。シオンたち四人の冒険者パーティーが身を寄せ合うように進む。最大三階層からなる初心者向けの低危険度ダンジョン《水晶峰の宮殿》を攻略していた。
冒険者学校からの課題はダンジョンの最奥《終着部屋》に置いてある課題用の《魔晶石》を持ち帰ること。用意されている数は三個、参加する学生パーティーの数は十組。競争型の課題だった。
すでに攻略済みのダンジョン。《迷宮の主》を討伐済みの弱体化したモンスターしか出現しない初心者向けのダンジョン。楽勝なはずだった。
「分かってる! シャノン、リディアは援護を!」
言いながらアレクシスは先頭にいたシオンを追い抜き前方に飛び出る。シャノンとリディアも言われると同時に左右に展開し、先頭でモンスターと対峙するアレクシスを援護できる体制につく。学生の新生パーティーにしては随分と連携がとれていた。
シャノンが杖を掲げ魔法を唱える。
「《星の賛歌・勇気の光》」
眩い光がアレクシスを包み込む。同時、それは襲い掛かってくるモンスターにとっては目眩ましにもなる。戦闘職の能力向上と相手の虚をつく合理的な魔法の選択を難なくこなすシャノンの実力は冒険者学校でも抜きん出ていた。
アレクシスは勇気の光で漲る力そのままに大剣を振りかざした。
瞬間、暗闇の中からモンスターの悲鳴が響き渡った。巨大な蜘蛛のようなモンスターが数匹影から現れ鋭い牙をむき出しにして襲いかかってくる。その内の一匹をアレクシスが真っ二つに切り裂いた。
「アレクシス下がって! 残りはアタシがやる!」
魔力をチャージしていたリディアが叫ぶ。既に魔法を発動する準備は整っている。
「《太陽より放たれし流星》ッ!」
リディアの頭上から巨大な岩石が生成され、アレクシスに先制攻撃を受け虚を突かれた蜘蛛型モンスター群に向かって放たれる。炎を噴き上げながら加速し着弾すると洞窟内に轟音が響き渡った。爆風が収まるとそこには炭化した蜘蛛型モンスターたちが力なく横たわり、次第に魔素へと還っていった。
最後に洞窟内での炎魔法の使用による一酸化炭素中毒を防ぐため、念の為シオンが空気を清浄する魔法で仲間たちをカバーする。
シオンが斥候として危険を探知し先んじてモンスターを発見。アレクシスが前衛として戦線を支え、シャノンが能力向上でそのサポートを。そして範囲火力を有する魔法職であるリディアが弱ったモンスターに対して最大火力で止めを刺す。何度も訓練した必殺の連携だ。
「モンスターの魔素化を確認。周囲に追加の反応なし、一旦乗り切ったな」
はあ、と溜め息を吐きながらシオンが告げた。表情からは色濃い疲労が見える。他の三人も苦しそうに肩を上下げして呼吸を整えている。
「さっきのモンスターもだけど、学校が支給した出現モンスターリストには載ってなかったわよね?」
リディアが暗い表情で言う。
ダンジョンごとに出現するモンスターは決まっており、生物ではなく魔素から形成されているが故に独自の生態系を築くことはない。
「それに《水晶峰の宮殿》は既に攻略済みの課題用ダンジョン……ですよね?」
シャノンもリディアの考えに同意する。
通常、ダンジョンにはその領域とモンスターを支配する一体の《牢獄の王》が存在しており《終着部屋》を根城としている。そして通常のモンスターと違い討伐すると二度と再出現しない。
また、《牢獄の王》を討伐するとダンジョン内に満ちる魔素の濃度が低下し、生息するモンスターは時間経過で復活するものの弱体化した状態で復活する。
そして何より《牢獄の王》を討伐すると《厄災の権能》と《迷宮の石版》が手に入る。《迷宮の石版》にはダンジョン内に生息するすべてのモンスター情報が記されており、それを元に出現するモンスターのリストを制作している。
そしてダンジョンは《魔核》と呼称される特殊な《魔晶石》を破壊されると消滅する。
よって異常事態でもないかぎり、攻略済みのダンジョンでリストに掲載されていないモンスターが出現することはない。それも彼らのように三度目ともなれば。
「ボクは撤退を提案する……」
―ー死の足音がすでにそこまで迫っていることを報せていた。