016. それぞれの事情――リディア・サンフィールド(3)
「パパ、伝えるのが遅くなったけど話があるの」
リディアはシオンの能力の件について話した。――シオンのユニークスキル《人間ぶち殺し》についてだ。
「たまげたな…。まさかそんな能力がこの世に存在するとは…」
「消えた四大魔王の一柱と関係あったりするかしら…?いえ、関係あるどころか、彼が…」
タロンは唸る。このお転婆娘はとんだ爆弾を持って帰ってきてくれた。確かにリディアの言う通り、あまりにも対人類に対して殺意が高い能力だ。魔王の能力だと言われても充分過ぎる程納得できる。――いや、魔王すら越える能力だ。
「分からん。だが彼を魔王とすると腑に落ちん点がある。そんな馬鹿げた能力を魔王が持っているのなら討伐隊が魔王に傷をつけ、あまつさえ生還できたのは何故だ?」
そうだ。そのような能力があるのなら、為す術なく皆殺しにされるはずである。リディアの話を聞くと能力使用の代償や制限も無さそうだ。――隠しているだけかもしれないが。
「だとすると…シオンって魔王よりもヤバい存在ってこと…?」
「う、うむ」
タロンはすっかり酔いも覚めてしまった。頭も痛い。明日に来るはずの二日酔いが前倒して来てしまったようだ。
「シオンとやらはその能力で獣人や亜人を殺したことがあるか?」
「それはワタシも気になってたけど流石に聞けなかったわ。襲撃者も魔族を除いて全員人族だったし…。それにシオンは相手が悪人でも殺すことを忌避していたように感じたの。人を殺すことに何も感じない殺人鬼とは思えない…」
タロンはシオンと会ったことはないが、娘の話を聞くかぎりでは好感を持っていた。自分の娘の命の恩人でもある。もし娘が襲撃者に殺されていたならと考えるだけで恐ろしい。だが恩人であることと警戒すべき人物であることは別問題だ。
「では人間だけを殺せると仮定しよう。残された種族は獣人、亜人…そして魔人。魔王は四柱存在している。例えばそれぞれ《獣人殺し》《亜人殺し》《魔人殺し》といった能力を持つとする。そして、四柱の魔王の魂が一つになり魔神として復活すれば…すべての種族に死を齎す存在になるだろう」
「陰謀論にしては筋が通っている気もする…。頭痛くなってきたわ…」
「仮定に仮定を重ねた話だ。シオン君の能力は獣人と亜人も対象なのかもしれん。この件は他国の上層部とも協議する。恐らくリディアのパーティーメンバーも自国に報告しているだろう。なに、悪いようにはせん」
――そろそろ寝なさい。
リディアは自室に戻り眠ることにした。今は父の言葉を信じるしかない。シオンは大事な仲間だ。三国がシオンを害することがあれば、シオンの味方となって戦う。それほどリディアはシオンに信頼を寄せていた。
「(でも…もしシオンが魔王となにか関係があったら…。ママ、ワタシはどうすればいいの?)」
リディアは考えを巡らせている内に眠りに落ちた。シオンのことを考えながら眠りについたせいで、彼と初めて出会った日のことを夢に見た。
◆ ◆ ◆
――シオンを知ったのは、人工精霊と契約する儀式の時。
冒険者学校に入学すると《能力の石板》といった便利な機能や冒険者業務の補助を任せることができる精霊と契約を行うの。精霊と言っても本物ではないわ。あくまで人の手で創り出した人工の精霊よ。人工の《魔獣》と言い換えてもいいかもね。
この世とは別次元の領域に存在する形を持たない魔力の塊。無限に存在すると言っていい魔力に形を与える。どれほどの量を引き出せるかは本人の資質に依るところが大きいわ。引き出された魔力は人々の集合的無意識の領域を通過し、人格と姿を会得して《魔晶石》に宿る。
つまり形のない魔力の塊が人々の想像する精霊の姿となって顕現する。例えばドラゴンに並々ならぬ愛着があるのなら、人工精霊はドラゴンの姿になることもある。だから人々の内なる世界の顕現とも言われているわ。
だけど人工精霊はあくまで外付けの魔力貯蔵庫が人格と姿を得た存在。少ない量の粘土で巨大なドラゴンの人形を作れないように人工精霊がどんな姿になるのかは契約した本人次第と言う訳よ。
「リディア・サンフィールド!汝の人工精霊は名称《太陽の鷹》!位階は《神話伝承》である!」
老齢の教師がそう告げると、会場に歓声が上がった。
――位階。人工精霊の格を区分する等級。
・《神話伝承》神話や伝承に登場する高位の存在。
・《英雄伝説》架空、空想の存在を含む人物や化け物。
・《四大元素》火、水、風、土の四大元素に基づく精霊。またはそこから派生した存在。
・《武装具現》武器や防具の形をした精霊。装飾品の場合も。
・《絡繰機巧》何かを実現するための道具。大抵の場合、魔道具で代用できる。
《神話伝承》が一番格が高く、《絡繰機巧》に行くほど格が下がる。時に位階を凌駕する存在も現れるけど、大抵の場合は位階が高いほうが強力な人工精霊である傾向があるわ。
ワタシは一番格が高い人工精霊を創造できた。魂に刻まれた一族の祖《太陽の鷹》。翼のないワタシに与えられた人工の翼。
少し感傷的になっていると、今度は戸惑いのざわめきが聞こえた。
「な、なんじゃこれは…?シオン、汝の人工精霊の名称は《正体不明》じゃ!位階も《測定不能》である!」
「じぃじ、うるさい」
「しゃ、喋ったじゃと?!」
シオンという生徒が創造した人工精霊は影をそのまま人間として実体化させたような存在に見えた。子供ほどの背丈だ。全身が闇で覆われていて顔もない。
それだけだと何も不思議な点はない。だけど、人工精霊が喋った?しかも自発的に?どんなに位階の高い人工精霊も喋ることはできない。人格と姿を得たと言っても自立して存在している訳ではない。あくまで外付けの魔力貯蔵庫。自我があるなどあり得ない。道具は使い手が使用するまで、ただそこに在るだけ。設計図通りに動く。感情ではなく反応があるだけ。
「な、なんと言うことじゃあ…。学校始まって以来の珍事!いや大発見!け、研究させてくれんか?!」
「害がないなら構いませんが。まずは儀式を終わらせましょう」
「そ、そうじゃったの。ではその人工精霊に名付けたまえ」
「…では、トトにします。昔飼っていた黒猫の名前です」
「トト。あるじ、いっしょ!」
ざわついていたが恙無く契約が終わり、次の生徒の番へ進む。ワタシは獣人の特徴を引き継がなかった。身体能力では同じ獣人に敵わないが、その分魔法の勉強を頑張った。魔法が好きだったからでもある。
そんなワタシの興味をくすぐって止まない人工精霊とその主とお近づきになるため、儀式終了後に彼が一人でいるところを捕まえて話しかけた。
「ねぇ!アナタの人工精霊って一体何なの?!」
「…教授に分からなかったことが俺に分かると思うか?まぁただの集積された情報不足だっただけだろう。つまり記録されていないほど低級な存在だってことさ」
「自発的に喋っているのに?自我が存在するって証明でしょ!もしかして、とんでもなく高位な存在なんじゃないの?」
「…なぜ喋らないか。それは人工精霊が魔力の塊で自己の魂がないからだ。契約者と人工精霊は魂の共有を行うが、あくまで一つの肉体に一つの魂が原則。もし本当に人工精霊が魂を獲得し自我が発現したとしても、複数の自我が共存するなんて無理だ。まだ多重人格説の方が説得力がある。自分の無意識化の領域に存在するもう一つの人格が人工精霊の自我として顕在化したという説。――まぁこの説だと、俺のもう一つの人格は子供だってことになるが」
確かにそうだ。シオンの言うことにも一理ある。と、ここまで喋ってまだ名乗っていなかったことにワタシは気づいた。
「そういえばアナタ、シオンって言ったっけ?自己紹介がまだだったわね!同じAクラスのリディア・サンフィールド。獣人族よ。友達になりましょう!」
「ああ、シオンだ。よろしく。それにしても…獣人族?見た目では分からんな」
「…ええ。ワタシは身体的特徴はないの。本当なら羽が生えているはずなんだけどね。おかげで同族の間では落ちこぼれ扱いよ。その分、魔法を人一倍頑張るって決めたの!だからアナタの人工精霊が気になっちゃってさ…」
「そうだったのか。だがリディア、翼は無くとも人は飛べるぞ」
――魔法と言う翼で、お前は同族の誰よりも高く飛べばいい!
◆ ◆ ◆
朝になり、リディアは目を覚ました。思い起こせば帰省してから怒涛の展開だった。母の死の真相、迫りくる危機。その事を考えると憂鬱になるが、仲間の顔を思い出すと元気が出た。――早くみんなに会いたい。
リディアは決意を新たに冒険者学校へと戻る。




